ろれつ / a mode distinction

2009-01-09

[] おかいものしあん:はやかわかんのへん『じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために』  おかいものしあん:はやかわ&かんのへん『じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために』 - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  おかいものしあん:はやかわ&かんのへん『じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために』 - ろれつ / a mode distinction  おかいものしあん:はやかわ&かんのへん『じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために』 - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

さくねん10げっかんぎょう。

でてたのしりませんでした。

  • はじめに

だいIぶ じんめるのしょうがいとぎょうせき

  • じょ しょう にんげんじんめる ― にんとしそう(ちょう しげる)
  • だいいちしょう 『しゃかいぶんかろん』 ― じんめるのしゃかいがくのしゅっぱつてん(おおがね たけし)
  • だいにしょう 『れきしてつがくのしょもんだい』 ― こせいにんしきとしてのれきしにんしきかわもとこうし)
  • だいさんしょう 『かへいのてつがく』 ― こうかんきのうとしんらいのしょうちょうとしてのかへい(おかざわけんいちろう)
  • だいよんしょう 『しゃかいがく』 ― しゃかいがくてきあいであのほうこ(すぎもと がく)
  • だいごしょう 『しゃかいがくのこんぽんもんだい』 ― けいしきしゃかいがくをこえて(かんの ひとし)
  • だいろくしょう 『うのてつがく』 ― じんめるしそうのえっせんす(はやかわようこう)
  • だい7しょう じんめるのじょせいろん ― もうひとつのうのありほう(かわもとこうし)
  • だい8しょう しゅうきょうろん ― あわせかがみとしてのしゅうきょうとしゃかい(はま ひでお)

だいIIぶ しゃかいがくしのなかのじんめる

  • だい9しょう じんめるとまるくすきんだいしゃかいへのふたつのあぷろーち(はやかわようこう)
  • だい10しょう じんめるとうぇーばー ― ともにたたかうらいばる(はやかわようこう)
  • だい11しょう じんめるとでゅるけーむ ― しゃかいぶんかとこせいかへのまなざし(とくだ つよし)
  • だい12しょう じんめるとぱーそんず ― こういりろんのてんかいと「けいしきしゃかいがく」ひはん(とくだ つよし)
  • おわり しょう じんめるしゃかいがくのいぎ ― にいっせいきのじんめる(はやかわようこう)

じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために

じんめるしゃかいがくをまなぶにんのために

せかいしそうしゃ>もくじ
とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20090109

2009-01-08

[] おかいものしあん:たてまつ『ふっさーる・せれくしょん』  おかいものしあん:たてまつ『ふっさーる・せれくしょん』 - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  おかいものしあん:たてまつ『ふっさーる・せれくしょん』 - ろれつ / a mode distinction  おかいものしあん:たてまつ『ふっさーる・せれくしょん』 - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

そろそろ『いでーん』ほうやくぞくかんもでるらしい*ので、そのつゆはらいというところでしょうか。

ふっさーる・せれくしょん

ふっさーる・せれくしょん

  • しゅっぱんしゃ/めーかー: へいぼんしゃ
  • はつばいび: 2009/01/09
  • めでぃあ: たんこうぼん

というか.... これ、「ふっかん」ではないのかなぁ???

ほんやでかくにんしてからのほうがよさそうですね。

* みすずのさいとでは「きんかんよこく(2009ねん2がつ20にちはっこうよてい)」されてますけどもー
http://www.msz.co.jp/book/new/

[][] とくかき:『ひょうげんとかいにゅう』『かがくてつがくのぼうけん』  とくかき:『ひょうげんとかいにゅう』『かがくてつがくのぼうけん』 - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  とくかき:『ひょうげんとかいにゅう』『かがくてつがくのぼうけん』 - ろれつ / a mode distinction  とくかき:『ひょうげんとかいにゅう』『かがくてつがくのぼうけん』 - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

ひょうげんとかいにゅう―ぼるへすてきげんそうとしんべーこんしゅぎ

ひょうげんとかいにゅう―ぼるへすてきげんそうとしんべーこんしゅぎ

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20090108

2009-01-07

[] ゆるふわもてめたどくしょかい:だいさんかい  ゆるふわもてめたどくしょかい:だいさんかい - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  ゆるふわもてめたどくしょかい:だいさんかい - ろれつ / a mode distinction  ゆるふわもてめたどくしょかい:だいさんかい - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

こまば

Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)

Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)

だいいちしょう「Abstract Entities」のこうはん、「ちゅうしょうてきたいしょうなんてないよ」はのぎろん。

1.2 There Are No Abstract Objects Cian Dorr

  1. The Thesis (p.32)
  2. Paraphrase (p.36)
  3. Abstract Object in Scientific Explanations (p.37)
  4. Abstract Objects in Philosophical Explanations (p.43)
    • The physical strategy (p.46)
    • The structural strategy (p.47)
    • Brute necessitie (p.50)

の p.40 くらいまで。

ちょしゃは、ちゅうしょうてきそんざいしゃをふくむぶんのろんりぶんせきのようなことをやりたいようなのだが、どくしゃにしてみると、すいろんにおけるどうしゅつがぶんせきてきかひぶんせきてきか、ということだけをとってみても、ろんてんせんしゅになってないのかどうかをはんだんするのがたいへんむずかしい。ごくろうなことである(どくしゃが)。


うえで「ろんりぶんせきのようなこと」とよんだのは、ちょしゃがこみだしでいうところの「paraphrase」なのだが、それが3ふし「かがくてきせつめいにおけるちゅうしょうてきたいしょう」ではつぎのようにつかわれる:

  • Tを「an ordinary scientific theory incorporating certain mathematical axioms」だとしよう[p.38]。

Tのなかにはちゅうしょうてきたいしょうのそんざいにこみっとしているようにみえるぶんがふくまれるはずだが、それをおっかむのかみそりでけずって(T* にして)やる(→paraphrase):

  • T* If it were the case that [mahematical axioms] and the concrete world were just as it actually is, it would be the case that T [p.38]

ちょしゃは、これは「exactly the same consequences for the concrete world as T itself」だというのだが、しかし「exactly the same」とはどういういみだろうか。いいかえると、この「ぱらふれーず」には、ちゅうしょうてきたいしょうへのそんざいろんてきこみっとめんとをかいひすることいがいのなにごとかも、いっしょに してしまっていないだろうか。

わたしには──しゃかいがくにめがくらんだわたしには、というべきかもしれないが──ここでもう、ぎろんは「しゃかいがくてき」なりょういきにあしをふみいれているようにおもわれる。つまり、これは(かがくてき)じっせんのきじゅつのもんだいをていきしているようにみえる。



ほい

ぶらっどれーのせすすむ」ぶんしょ。

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20090107

2009-01-06

[][] とくかき:まるてぃん『けいじじょうがくのげんりゅう』  とくかき:まるてぃん『けいじじょうがくのげんりゅう』 - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  とくかき:まるてぃん『けいじじょうがくのげんりゅう』 - ろれつ / a mode distinction  とくかき:まるてぃん『けいじじょうがくのげんりゅう』 - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

そうじをしたらでてきたのでついでによんでみた。

「そんざいとしてのそんざい」というはっそう──そんざいとはなにか、どういつものとはなにか、というとい──がどのようにとうじょうしたのかについて、そくらてすぷらとんありすとてれすのきょうせつを かんてぃあんがしょうかいしますよ、というほん。

けいじじょうがくのげんりゅう (1978ねん)

けいじじょうがくのげんりゅう (1978ねん)

たいとるにいう「いっぱんけいじじょうがく」というのはう゛ぉるふようごで「そんざいろん」のこと。

もくじ

  • じょろん
    • けいじじょうがくのこんぽんもんだいのさいしょのかくてい
  • だい1しょう ふへんてきなもののはっけん [そくらてす]
    • ゆうきとはなにか [『らけす』]
    • とくとはなにか [『めのん』]
    • ちしきとはなにか [『てあいてとす』]
  • だい2しょう いであとしてのどういつもの [ぷらとん]
    • いであろん [『ぱいどん』]
    • いであとしてのどういつもの
    • いであとはなにか [『ぱるめにです』]
    • そんざいとはなにか [『そふぃすてす』]
  • だい3しょう せんけんてききていとしてのどういつもの [ありすとてれす]
    • げんごにおけるぜんてい [『けいじじょうがく』10-1]
    • れきしじょうのぜんてい [『けいじじょうがく』10-2-1]
    • せんけんてききていとしてのどういつもの [『けいじじょうがく』10-2-2]
    • どういつものとそんざいへのとい [『けいじじょうがく』3-4]
    • ありすとてれすにおけるけいじじょうがくのかだいとほうほう [『けいじじょうがく』7-1]
  • けつろん
    • けいじじょうがくのかのうせい


 [ほんしょではやらないけれども、] どういつものとはなにかというもんだいのけいいを、そのきげんからげんだいにいたるまであとづけてみるのも、もちろんきょうみのあることではある。そのばあい、きょうでは、しぜんのどういつせいをささえるしぜんほうのりこそが、もっともじゅうようなどういつもののもんだいになっていることはあきらかであり、このじだいに、どういつものとはなにかとぐたいてきにとうことは、なにがまさにしぜんほうそくなのかをとうことにほかならないであろう。[p.5]


ぷらとん

kata [いっさいをつらぬいて]

 「いっさいをつらぬいて」(73D[『めのん (いわなみぶんこ)』])という、このあたらしいようごほうで、ぷらとんは、ひとつのことが、おおくのものについてなりたつことをのべているのである。ぎりしゃごの kata というぜんちしは、ぞくかくしはいのばあい、まず、「うえからしたの〜へ」といういみをもち、ついで、「それがうえからしたの〜にいたるまで」のしゅしで、「いっさいの〜について」といういみにまでかくちょうされる。ぷらとんは、このぜんちしをつかって、ふへんてきなもののとくしゅなものにたいするかんけいをのべることにより、ふへんてきなものが、そのしたにある、いっさいのとくしゅなじれいについてなりたつことをいおうとするわけである。ぷらとんてきながいねんのけいせいは、このようなようごほうのてんでも、そくらてすのたいわをかいしゅうしていることがちゅうもくされる。[p.29-30]

いであのめいしてきひょうげんとけいようしてきひょうげん

 これら[いであろんがさいしょにどうにゅうされる『ぱいどん』isbn:4003360222 の 65D-E、74A-C]ふたつのかしょから、いであろんにはもともと、ふたつのりょういきがあり、いっぽうはりんりてき・しんびてきな、たほうはろんりてき・すうがくてきなりょういきであったことがわかる。ぜんしゃには、せいぎやぜんやびのいであがぞくし、こうしゃには、おなじもの や おおきさ のいであがぞくしている。ここで、われわれは、あるげんごじょうのそういにきづくべきであり、

そのことは、いずれたいけいてきにせつめいするはずだが、ようするに、それはつぎのことである。

どいつごでいであろんをのべようとすれば、たいていは、び や せいぎ や どういつせい や おおきさ についてかたることになり、こうしてつまり、めいしがたようされるであろう。これらのめいしのいみをよりめいかくにするためには、びのいであ、せいぎのいであ、どういつせいのいであ、おおきさのいであ というひょうげんもかんようされる。ぷらとんはしかし、いであをかたるのに、たいていはけいようしのめいしかたちをつかい、ほとんどつねに「びなるものそのもの」、「ぜんなるものそのもの」、「おなじものそのもの」でとうしている。しゅらいえるまっへるは、[ぎりしゃごからのほんやくにさいして]これらのやくごをたようするが、たしかにぷらとんほんらいのめいしによって、いであをひょうげんすることはまれなのである。[p.54-55]

みえるものとみえないもの

[p.62-64]

ousia [かちくのようなしょゆうぶつ]

[p.67]

あかやほこりのいであ
ぷらとんがいであろんをもっともしょうさいにけんとうしているのは『ぱるめにです』isbn:4000904140 ですよ。このちょさくは「けいじじょうがく」のたんしょだといえますよ。

『ぱるめにです』からのいんよう。[130A-E]

  • ではそくらてすよ、くんはたとえば、けやあかやほこりなどのように、まるでおかしな、とるにもたらぬほどつまらぬものについてもまようのかね。これらにもそれぞれ、われわれがてにとるものとはやはりちがった、とくべつないであがあるとしゅちょうすべきなのか、それともそうではないのだろうか、と。
  • けっしてそうではなく──とそくらてすはいう。むしろそれらはみるとおりのものにすぎず、それらにまでいであがあるとかんがえることは、たしかに、まったうきみょうにすぎるだろう。もっとも、じじょうはすべてのものについておなじなのではないのか、とときにじしんがなくなることもある。だから、わたしはこのあたりまでくると、うっかりこんきょのないもうそうにおぼれこみそうなきがして、にげだすわけだ。こうして、さきにもわれわれが、たしかにそのいであはあるとみとめた、かのしょたいしょうにもどり、それらについてかんがえることだけでまんぞくする。
  • そくらてすよ、くんはやはりまだわかい。

「くんはまだわかい」めそっど。いつかつかう。


■ちょさくべついであどうにゅうがいど: まるてぃんまとめ [p.76]

  • 『ぱいどん』:
    • りんりてき・しんびてきなもの。ろんりてき・すうがくてきなもの
  • 『ぱるめにです』
    • りんりてき・しんびてきなもの: び、せいぎ、ぜん
    • ろんりてき・すうがくてきなもの: るいじせい、ひととた
    • せいぶつてきなもの: にんげん、ひ、みず
ぎりしゃにんにとって、ひとかみずは「せいぶつのようななにか」だったんでー。
choris [わけて]

[p.78-81]


ありすとてれす

ありすとてれすのそんざいかみろん

──とはいでがーが)いうのは こいつ↓のことですよ。>だれか

 そんざいとしてのそんざい のがくという、けいじじょうがくのこのきていは、たしかに、ありすとてれすのどくじなしさくによって、そんざいのしょきょくめんが、つぎのようにかいそうかされることからのせいかであったといえる。

たとえば、たいようについてかんがえてみると、そのかんぜんなじつざいせいのなかには、さいげつのすいいやにんげんのせいかつとのみっせつなれんかんがふくまれている。たいようはひかとねつのげんであり、はるをもたらすのも、すべてのせいぶつをせいちょうさせ、はんえいさせるのもたいようである。だが、このようなじつざいせいをしゃしょうして、たいようのなかにじゅんすいうんどうげんしょうだけをかんさつし、たいようをたんなるてんもんがくたいしょうにすることもできる。[...] このようなちゅうしょうをさらにもういちだんかいてっていすることができる。たいようをたんに、うごくものや、きかがくてきなけいしょうによってきていされるもの、あるいはまた、かぞえうるものであるとみなすだけでなく、むしろこのさいごのちゅうしょうは、たいようがまさにそんざいするということだけをもんだいにするのである。

このさいごのちゅうしょうによって、じつはいっさいのものが、たんにそんざいするものとしてこうさつされることになり、こうして、そもそも、そんざいとしてのそんざいとはなにをいみするのかという、ありすとてれすのけいじじょうがくにおけるほんらいのかだいがせいりつするわけである。

 どうじにしかし、ありすとてれすは、けいじじょうがくが さいこうのそんざい のがくであるともきていしているが、かだいのうけとりかたのこうした にじゅうせい のこんていには、ぎりしゃにんにとってかなりいっぱんてきであった、つぎのようなかんがえかたがはたらいている。

わかりやすくせつめいしてみると、たとえば、う゛ぁいおりんえんそうとはなんであるのかをしるためには、いだいなげいじゅつかのさいりょうのえんそうにふれるひつようがあるとするのがそのかんがえかたである。しょしんしゃのさいしょのれっすんも、あるいみでは、すでにえんそうであるといえなくもないが、たほうそれは、たしかに、まったくえんそうになっていないともいえる。われわれにもりょうかいできる、こうしたぎりしゃにんのかんがえかたによれば、いかなるぶんやについてもそこでのさいりょうのものだけがきじゅんになりうるのである。

このかんがえかたを、そんざいとしてのそんざい へのといにてきようするなら、そこにとわれているのは、けっしてにんいのそんざいではなくて、むしろ、まさに さいこうのそんざい であるとかんがえるべきであり、そのかぎり、そんざいとしてのそんざいのがくは、おのずから、さいこうのそんざいについてのがくであることになる。けいじじょうがくは、そのにせんねんにわたるぜんかていをつうじて、つねにどうじにしんがくでありきりすときょうせかいでは、とくにしぜんしんがくとよばれるものであったが、こうしたにじゅうせいのきげんは、あきらかにありすとてれすじしんのうちによういされている。せんけんてつがくとしてのけいじじょうがくが、そんざいとしてのそんざいのがくからゆらいしたように、しぜんしんがくとしてのそれのげんりゅうは、たしかに、さいこうのそんざいについてのがくであったといえる。もちろん、しだいにじゅうてんは、ぜんしゃをかだいとすることにおかれるようになり、われわれにはとにかく、けいじじょうがくがただちにいっぱんけいじじょうがくをいみするわけで、とうぜんそれは、そんざいとしてのそんざいのがく、つまりは、せんけんてつがくであるよりほかはない。そのきわ、かんとのいみでのせんけんてつがくが、このかだいのかくていにせいとうにきよしていることはみとめるにしても、いっぱんけいじじょうがくをせんけんてつがくであるとかいするについては、けっしてそれを、かんとのいみだけにせいげんするわけではない。[p.167-170]

けいじじょうがくのあぽりあ

 かつて、どのじだいにもとわれていたし、いまもやはりとわれており、しょうらいもつねにとわれるであろうが、どのじだいにもけっしてかんぜんにはとけないであろうもんだいは、まさにこの、そんざいとはなにか というといであり、さらにいえば、うーしあとはなにか とのといである。[Met.1028b2-4(7-1)]

[...]

 ありすとてれすにおけるけいじじょうがくのほうほうにかんしては、うえけいのかしょに、けっきょくはそれが、かいけつふかのうなといであるようにかたられていることが、とくにちゅうもくされなければなるまい。そんざいとはなにか、というけいじじょうがくのきゅうきょくのといにたいして、かくていてきなこたえがほとんどきたいできないとする、ここでのみかたは、ぷらとんがすでに『そふぃすてす』においてのべているところでもある。われわれは、だれもが「ある」というごをつかっており、そのことでなにをいおうとするのかを、じゅうぶんよくしっているはずだとおもうのに、じっさいにそのいみをかたろうとすると、ただちに、はたとこんわくしてしまう。あぽりあとよばれる、けいじじょうがくのこうしたとくしつに、ありすとてれすもやはりこしつしていることがわかるのである。[p.165-170]

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20090106

2009-01-05

[] ゆるふわもてめた  ゆるふわもてめた - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  ゆるふわもてめた - ろれつ / a mode distinction  ゆるふわもてめた - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)

Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)

ぜんかいさんかできなかったいっしょうぜんはんろんぶんのれじゅめ

およびいっしょうこうはんろんぶんをぱらぱらと。


あとこめんとらんでおしえていただいた PSEの「けいじじょうがく」こうもく(by う゛ぁん・いんう゛ぁーげん)さいほう。これはわかりやすくて よいまとめですね。



ところで。「はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく?」えんとりをかいたときに、してきしようかとおもっ(たけどかかなかっ)たことだけど、「けいじじょうがくし」において、「いぎりすけいけんろん」のあつかいがびみょうなものになるのは──いんう゛ぁーげんのこのこうもくでも じっさいにそうであるように──あるいみとうぜんだとおもう。

だってかれらは、にんしきろんてきもんだいせっていをぶきに、「すこらてきけいじじょうがく」をはいげきしながらとうじょうしたんだからね!

たほう、「いぎりすけいけんろん」が、「けいじじょうがくのもんだいし」において、もんだいにおうじてとりあつかいをうけることもある、というのもまたとうぜんのこと。

じっさい、はいでがーもそうしているわけだ。これはちょっとだけかいたが、さんしょうしたあのかしょではこぷらについてのがくせつしをけんとうしている。

「なにがあつかわれているのか/なにがとわれているのか」をいっこだにもせずに、「はいでがーはいぎりすけいけんろんをいっこだにしていない」などとひょうするのは まったくおかしなことなのでありますよ。

[][] じゃん・ぐれーしゅこうえんほうやくにほん  じゃん・ぐれーしゅこうえんほうやくにほん - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  じゃん・ぐれーしゅこうえんほうやくにほん - ろれつ / a mode distinction  じゃん・ぐれーしゅこうえんほうやくにほん - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

めも。

いっさくねんらいにちしたときのこうえんがほうやくされております。http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/news/profgreisch.html


じゃん・ぐれーしゅは、これのちょしゃのひとやくしゃはおでしさんのようでございますな)

そんざいとじかん』については、

  • 「かかれた」ぶぶんについては「ふらいぶるく〜まーるぶるくじだい」(27ねんくらいまで)のこうぎが、
  • 「かかれなかった」ぶぶんについては 「まーるぶるくじだい」(28ねん〜35ねんくらいまで)のこうぎが、

それぞれりかいにしする ──というのは はいでがーよみのじょうしきにぞくすることだとおもうのですが、

まぁよのなかには こういうじょうしきのつうようしないひともいるわけですけれども、

ぐれーしゅのこのほんは、『そんざいとじかん』のかくせつについて、かんれんするふらいぶるく〜まーるぶるくじだい(28ねんまで)のこうぎをていねいにばらんすよくさんしょう・しょうかいしながらかいせつをすすめていて、たいへんべんきょうになるよいほんだとおもいます。

わけもへいいでよみやすいし、かんまつのじゅつごにちどくほとけたいしょうひょうも たいへんべんり。おすすめ


ところで、このほん↑にしても、(ちょっとふるいけど)げるう゛ぇんの『はいでっがー『そんざいとじかん』ちゅうかい (ちくまがくげいぶんこ)』にしても、こういうほんをかくのがどいつにんではない、というのはなかなかおもむきふかいことでございますな(しらないだけで──ほうやくされてないだけで──そんざいするのかもしれない*けど)。

* ただし、ぐれーしゅのほんには、「るいしょ」としては、げるう゛ぇんのとどれいふぁすの『せかいないそんざい―『そんざいとじかん』におけるにちじょうせいのかいしゃくがく』(となんかもういっさつくらい)しか あがっていなかったとおもうので、やっぱりないのかもしれない。
とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20090105

2008-12-31 はいでがーについてもうひとこといっっておくか。

[][] はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(1/3)  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(1/3) - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(1/3) - ろれつ / a mode distinction  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(1/3) - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

せんぽうではすでにそうかつせんげんみたいななにかがでておりますが(びくしょう)。


「なぜなにごともないのではなく、むしろろくでもないことがあるのか」 とかについてかんがえてみたりするといいんじゃないですかね(だれかが

まぁそれはそれといたしまして。このえんとりでは、わたしのまええんとりにたいして こめんとらんにてそうりゅうせんせいにいただいたこめんとのいくつかに おこたえしますよ。

【こめんと1】deepbluedragon 2008/12/22 00:20

[...] げんみつなてつがくしのようごとしてはたしかにもんだいがありますが、でりだでさえひていしんがくをとくしゅないみでつかっているのに、わたしがそうしてはいけないというのはきびしすぎるとおもいます。あうぐすてぃぬすとしんぷらとんしゅぎとのびみょうなかんけいとか、ちゅうせいてつがくにおけるていりゅうとしてのしんぷらとんしゅぎとか、そのあたりをこうりょすればむちゃくちゃというほどではないとおもいます。

【こめんと2】deepbluedragon 2008/12/22 16:24

contractio さんのしてきにはただしいところ(はいでがーはかがくとぎじゅつのさいをむししているなんてたしかにありえない)もありますが、こめんとでのはんのうをみるとどうもどうべんめいしてもどろぬまそうなのでやめてきます。あやまりのしてきをするのはじゆうですが(ふもうそうなので)たぶんもうおうとうしません。どくしゃでかってにはんだんしてください。

はいでがーにははんきそづけしゅぎのそくめんもあるんじゃないのか とおもいますが、まるではいでがーがあたらしいけいじじょうがく(あたらしくそうあんされた「そんざいろんてきかてごりー」)をつくりあげるのがもくてきであったかのようないけんにはついていけませんわたしがげんきゅうしてもないきそそんざいろんのはなしをだいじそうにしながらこめんとではきそさぎょうにすぎないとはなしをずらす し、はいでがーをぶんみゃくしゅぎしゃであるかのようにかいしゃくする(いっぱんてきとはおもえないかいしゃくだ)とか、じかんにかんするはなしのそくめんはむしする とか、もうどうでもいいです。はいでがーをえすのめそどろじすとにしたいならかってにそうしてください

【こめんと3】deepbluedragon 2008/12/23 02:42

なんどかみなおしてやっときづいたけど、「12.(げんまえの)けいじじょうがくとしてのひていしんがく」のぶぶんってべつにわたしへのはんろんになってないじゃん。「かてごりーろんとひていしんがくは、おなじあなのかくである」ことはわたしのぎろんでものべられていることだし。はんろんだとおもいこんでよんでいたからなかなかきづかなかった。さきにゅうみっておそろしい!かてごりーろんとひていしんがくがおなじあなのかくであるからさいしゅうてきにけいじじょうがくひはんはふもうにおちいる っていってるんじゃないのかじぶんって。そうおもってよむと、『「ひていしんがく」てきしゅちょうを「けいじじょうがく」のめいのしたにおこなう』ってのもわたしがろんじているはなしとおなじだし。ぜんはんはひていしんがくというこしょうのもんだいいがいはべつにはんろんになっていないとやっとわかった。

こっちのいいたいこともさっぱりつたわっていなかったんじゃん、おいおい♪


これらにたいし、3(+1)つのえんとりでおこたえします:

つづきをよむ

[][] はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(2/3)  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(2/3) - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(2/3) - ろれつ / a mode distinction  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく2(2/3) - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

そうりゅうせんせいへのおへんじ、つづきです。

このえんとりでは、このあたりについて:

【こめんと2】
  • まるではいでがーがあたらしいけいじじょうがく(あたらしくそうあんされた「そんざいろんてきかてごりー」)をつくりあげるのがもくてきであったかのようないけんにはついていけません
  • わたしがげんきゅうしてもないきそそんざいろんのはなしをだいじそうにしながらこめんとではきそさぎょうにすぎないとはなしをずらす し、

2-2 はいでがーのけいじじょうがくきについて

つづきをよむ

[][] はいでがーしゅうい  はいでがーしゅうい - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  はいでがーしゅうい - ろれつ / a mode distinction  はいでがーしゅうい - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと


せんぽうのこめんとらんでおもしろいことをいっっているにんがいるのでさらしあげておきますよ。

http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20081225/p1#c


deepbluedragon 2008/12/25 15:26

のちからあれ?とおもって「いかなるけいじじょうがくからものがれることはできない」にかきかえてみたのだが、それでもどうもしっくりこない。なんか「すくなくともひとつからのがれることができない」なのか「すべてからのがれることができない」なのかいまいちわかりにくいきがしてきた。ここではもちろんこうしゃなんてばかなことはなくてぜんしゃをいとしてます。あぁ、なんかこれってなんかけいしきいみろんのぎろんでみたことあるきがする。でも、かいせつしょけるほどけいしきいみろんにわたしはくわしくないです、ざんねん!

だから....。

じぶんのいいたいことがなんなのか、じぶんでもよくわかってないだけじゃんよ。


つづきをよむ

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20081231

2008-12-21 そろそろはいでがーについてひとこといっっておくか。

[] はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく? - ろれつ / a mode distinction をふくむぶっくまーく はてなぶっくまーく -  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく? - ろれつ / a mode distinction  はいでがーにおけるろんりがくとけいじじょうがく? - ろれつ / a mode distinction のぶっくまーくこめんと

しゅっぱんじゅんびちゅうのほん、ついに「あとはほぼ あとがき だけ」というところまできてたんだけど、たった4000じかくのにひとがつかかっちゃったよ。

おかげでこのかんほとんどなにもてについてないじょうたい。

ぜんほういてきにあれこれとどこおっていてもうどうしようもない。いろんなみなさま ほんとにごめんなさい。

というわけで、そろそろあれこれさいかいしようとおもうんですが、まずはちょっとりはびりもかねて、そうりゅうせんせいのこのえんとりを disってみようかな、とおもいます:


なぜこのえんとりをとりあげようとおもったかというと、そうりゅうせんせいのぶろぐのどくしゃは にんちかがくにかんしんのあるにんたちだろうから。

にんちかがくにかんしんがあるにんなら そのきょうようりすとにはいでがーもくわえておいてそこなはないはず(だとわたしはおもう*ん)だけど、あのえんとりをみたら「はいでがーよまなくていいや」とおもってしまうにんのほうがおおいだろう ──とおもってくらいきもちになってしまったのがいってん。もうひとつは、こうしたしかたではいでがーをりかいしているそうりゅうせんせいが、「わたしははいでがーのかちをひていしていません」というとき、その「かち」っていったいなになの?というのをきいてみたいとおもったから。でした。

* なにしろ──あとでまたしょうかいするけど──、こんなほんまであるんだし。
はいでがーとにんちかがく

はいでがーとにんちかがく


さて。

そうりゅうせんせいのえんとりは、にーちぇこうぎのいっせつをとってきて なんかすきにしゃべってみました、というかんじのものなので、それをけんとうしようとするなら ふつうはてくすとにそくしてかいしゃくのだとうせいをけんとうするところでしょう。しかし、あれこれざったなとぴっくがちりばめたこのえんとり、ざっとよむと それらがつながってすとーりーをつくっているようによめるかもしれないけど、とぴっくをひとつずつみていくと どれもあれなことになっております。なのでこれは「てくすとかいしゃく-いぜん」のものだとはんだんして、いかではにーちぇこうぎも、はいでがーのそのほかのてくすとも(ほぼ)さんしょうしてません。

れいがいてきに「きそそんざいろん」のはなしにだけはちょっとだけあしをふみいれるけど。そのときも、かいせつはかいせつぼんにおまかせしています。

とはいえ、これからはいでがーについてわたしがのべることにたいして、そうりゅうせんせいにはいろんがあるかもしれません。そのときには、それをおしえていただければ、そのじてんでてくすとにたちかえってぎろんをやりなおさせていただきます。

いかで、そうりゅうせんせいのえんとりにふくまれるとぴっくすべてをとりあげることはできません。ただ、
  • はいでがーのけいじじょうがくひはんは、ちゅうせいのがくもんぶんるいをむししている。
のような、とりあげるまでもないようなかいしゃくはほうちしておくとしても、
  • はいでがーは、かがくとぎじゅつのさいをむししている。
のような、はいでがーのどういうしゅちょうをたーげっとにしておこなわれているのかわからないので けんとうすることができないものもあります。こちらのほうは、さらなるごきょうじをねがいたいところ。

まえおきはいじょう。こんてんつはつぎのとおり: