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2007-12-17-Mon

[]せかいしB・そうおうちょうのこうぼう

このくらすきょうがこんねんさいごのじゅぎょうということで、どうやってもきれのよいところでおわらせなければならない。ちゅうごくしということで、しゅうへんしょこくれきしについてはらいねんにまわし、とにかくそうおうちょうをどうにかしないといけないということで、じゅぎょうのすすめかたはさくねんとおなじこうぞうとし、まずはちゅうごくじんのしてんでかたるちゅうごくし(ひがしあじあし)ということで、ずいとうていこくからごだいじゅうくに、そしてそうというながれからさきにすすめることにし(もんごるはべっかくとする)、きょうはそのながれのさいごである。らいねんさいしょのじゅぎょうはほっぽうみんぞくからみたちゅうごくし(ひがしあじあし)として、りょうやきん、もんごるについてふれ、そののちちょうせん・う゛ぇとなむ・にっぽんというしゅうへんしょこくについてちゅうごくおうちょうとひかくたいしょうさせてせつめいするよてい(ぷりんとはさくせいとちゅうで、ちょうせんしのみかんせいしている)。

さて、そうについてはせんしゅうのじゅぎょうでごだいじゅうくにとそのつぎのちょうきょうたね(たそ)のそくい=そう(きたそう)のなりたとつばめくもじゅうろくしゅうだっかんをめぐるりょうとのたたかいについてはふれ、じくさまさあき「どくさいくんしゅのとうじょう そうのたそとたしゅう (しみずしんしょ (045))*1をりようして、たそそくいときのいつわ(ほとんどでんせつのいきをでない)やたそとたしゅうとのまのはなしなど、ひろうすべきえぴそーどはひろうしたので、きょうはそうのとうちのとくちょうについてからいることに。

そうのとくちょうはこうていどくさいのきょうかである。ぶんじせいじ(しゅぎ)によるぶんじんかんりょうによるせいじこうていへのへいけんしゅうちゅう、ぶんじんかんりょうとうようしけんたるかきょのじゅうじつ(どのしどうにゅう)のにほんはしら。そしてそこにしんこうじぬしそうとしてたいとうしてきたけいせいこのせいかいしんしゅつをくわえることで、そうのとくちょうについてはしゅうりょう。そしてほどなくしてざいせいなんということで、つぎはかいかくへとすすむ。ここまではじゅんちょうといえる。

で、かみしゅうこうていじだいのかいかくはおうあんいし(しんぽう)とほしゅはしばひかり(きゅうほう)というわかりやすいこうずをつくり、しんぽうのないようについてはようごしゅうをかつようふゆやすみもあとすこし、ようごしゅうかつようのきっかけをあたえるのもわるくない。ようごしゅうはつかいつぶしてなんぼである。じゅぎょうでぼろぼろになったわたしのようごしゅうをみせたのはそのためである。もちろんわらいとともにであるが。しんぽうのきそは、ふこくきょうへいじさくのうとちゅうしょうしょうにんのいくせい・ほごである。とくにじさくのうということばと、けいせいこということばがたいしょうてきであることをこくばんのことばをさしぼうでしめしつつ、しんぽうとうときゅうほうとうのとうそうのせつめいをおこなう。

そののち、じょしんにんのきんていこくのせいりつ(1115ねん)とそうとのきょうどうさくせん(そうはほとんどなすことはなかったとされる)によってりょうをほろぼしたのち(1125ねん)にはっせいしたやすしやすしのへん(1126ねん〜1127ねん)でのきたそうめつぼう*2こうなんでのたかむねそくいみなみそうせいりつをせっと(しゅとりんやすも)でつっぱしる。しょうしょうたいへんかなとおもいつつも、ここでこくばんさんぷんわりがそうこうする。さてこくばんのみぎはしへとつにゅうきょうのばんしょりょうはつうじょうひ2ばいていど。

みなみそうについてはついきんせんそうということでしゅせんはがくひとわへいはしんひのきのあらそいというこれまたわかりやすいこうずをつくり、こうしゃのしょうりとぜんしゃのひぎょうのしということで、しりょうしゅうもさんこうにさせて、げんだいにおけるふたりのひょうかについてふれる。ほんらいならたなかよしきがくひでん(いち)<せいうんへん> (こうだんしゃぶんこ)」をしょうかいすべきなのだろうが、じかんのかんけいとほんこうのとしょかんにはみしゅうくらということでこんねんどはあきらめる。ただ、ちゅうごくしはまだつづくし、せんしゅうはちんしゅんしんちゅうごくごせんねん (うえ) (こうだんしゃぶんこ)」や「ちゅうごくのれきし〈1〉 (こうだんしゃぶんこ―ちゅうごくれきししりーず)」をしょうかいしているので(ぜんしゃはこんぱくとにちゅうごくしをしるのにこうちょであるし、こうしゃはくわしくしるのにちょうどよい。ながいしぶあついがちゃれんじしかいのあるものである)、ちゅうごくしかんけいほんのしょうかいのきかいはどこかでさぐりたいところ。

きんとのわへいののちの、みなみそう*3によるこうなんかいはつのはなしはかんたんにふれ(しゃかいしはらいねんのじゅぎょうでふれるよてい)、きんていこくめつぼうの1234ねんはぜったいおぼえられるんだよといいつつ(そりゃそーだ)、ついもんごるせんそうへとほどなくしていこうし、1279ねんの?やま(ちゅうごくのなんたん)でのさいごのていこうをもとぐんによってふんさいされ、みなみそうめつぼう*4というところでちょうどじゅぎょうじかんのこり1ふんとなる。

ふゆやすみかだいとして11まいのかだいぷりんとをとじたものをきょうたくのうえにどんとおき、ごうれいののち1にん1ぶということでもっていくことをしじ。ただしじゆういしにまかせ、ていしゅつなどはとくにもとめないし、やるきのあるせいとはかいとうのためにわたしのところにくるようにしじをだす。このかんちゃいむがなるのですこしおおごえとなるが、これはしかたがない。せいとのじしゅせいにあるていどまかせることができるのはうれしいかぎり*5

いつになくてんぽのはやいじゅぎょうであり、せかいしBはよういがほかのじゅぎょうにくらべておおくのじかんをようすし、かつじゅぎょうはほかのじゅぎょうにくらべてたいりょくもつかう(とくにわたしは、である)。だいがくじゅけんもくひょうとするくらすでのじゅぎょうであるためか、せいとのりかいりょくはほかのくらすとちがうことが、やりやすさとくふうのしかいをもたらしているきがする。うまくひょうげんできないが、それがたいりょくをよけいにつかうりゆうかもしれない。まぁしょうじきいっって、じゅぎょうがたのしくいから、くにはならない。これから、らいねんのよていはいまからあるていどたて、いっぽうでもう1つのせかいしBのくらすのじゅんびもしなければならない。こんねんもあと2しゅうかん。じゅぎょうものこりすくない。がんばっていこう。





*1:ふるいほんだが、おもしろい。れきしぶんがくがみっせつなかんけいをもっていたごろのあじわいのあるほんである

*2じょうこうきしゅうと9だいこうていきんしゅうのれんこうはとうぜんながらふれる。じかんによゆうがあるなら、すぐにそうだいぶんかしといきたいところだが、じかんわりてきにこんなんなのでなみだをのむわけで

*3にほんしにおけるたいらのきよもりのにちそうぼうえきの「そう」はみなみそうである。じだいのはあくができないにんはまちがうところか?

*4:じっさいはりんあんせんりょうの1276ねんでいいというかんがえかたもある(もんごるしかのすぎやままさあきせんせいなんかはろこつにそんなことをぎょうる(くしょう) )が、きょうかしょやようごしゅうのことをかんがえると、1279ねんというねんがぶなんか。まぁ、このへんはおおもとていこくでもういちどふれることができるので、そのさいのよだんでいくか・・・

*5:ほかのくらすだと、じしゅせいをこちらがもつようにしむけけていかねばならない

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/delunnehr/20071217/1197900386
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