2008-11-24 DVはまちがいでただしくはGV(じぇんだーばいおれんす)
ないかくふのちょうさではつまからおっとへのぼうりょくはふうふかんぼうりょくのやくさんぷんのいちでありけっしてすくなくない。またかていないぼうりょくにおけるふうふかんぼうりょくのひりつは50%いかであり、かていないぼうりょくにおけるおっとからつまへのぼうりょくはせいぜい2〜3わりていどにすぎない。でーとDVにいたってはかていないとはなんのかんけいもない。
せいさべつにきいんするぼうりょくをじぇんだー・ばいおれんす(gender violence)とよぶが、いっぱんにはかっぷるまのだんせいからじょせいにたいするぼうりょくをどめすてぃっくばいおれんすというまちがったよぶほうをされている。
かていないぼうりょくにはきょうだいおやこかんぼうりょくなどもありますし、でーとDVにいたってはかていないぼうりょくではありません。
ただしいようほうとしてどめすてぃっく・ばいおれんすではなくじぇんだー・ばいおれんすをつかうべきだ。
かきのさいとでじぇんだーばいおれんすのしんこくなじったいがしょうかいされている。
2008-11-14 ほうちされるどめすてぃっくばいおれんすのなんぱ
DV(どめすてぃっくばいおれんす)かつどうをいっている「なづな(おんなつな)〜すとっぷDV とやま」のほーむぺーじにつぎのようなちゅういがきがある。
「DVさいと」をねらい、そうだんあいてをよそおうねっとなんぱしがいる・・・というじょうほうがあります。めーるあどれすはきさいしないこと、また、ぷらいべーとにおいてもそういうだんせいをみぬくめをもつようごちゅういください。
このようなちゅういがきはほかのいくつかのHPでもみうけられる。
じつはDV(どめすてぃっく・ばいおれんす)かつどうはきわめてなんぱのせいこうりつがたかいといわれている。
どうししゃじょしだいがくしょくたくこうしのあらいしんじしはせいぼうりょくにかんするかのHPのなかでかきのようなただしかきをづけている。
わたしはひがいしゃしえんはまったくのしろうとです。せいひがいのごそうだんは、ほっとらいん(そうだんでんわ)、かくしゅだんたい、せんもんかのさぽーとをごりようください。せいひがいについてのそうだんのめーるをいただいても、ごへんじできません。さばいばーのぱーとなーのほうからのごそうだんにも、よういにはごへんじができませんので、ごりかいください。
まともでりょうしんてきなだんせいけんきゅうしゃならば、このようにことわりをいれておくのがDV(どめすてぃっくばいおれんす)かんけいしゃのじょうしきだ。また、じぇんだーかんれんのしゅうかいなどでも、「どめすてぃっく・ばいおれんすのひがいじょせいのきゅうさいにとりくんでいるけいさつかんけいしゃだ」などとしょうしてじょせいのじんけんにじぶんがいかにづくしてきたかをたからかにじまんしまくるあやしげなだんせいをみかけたこともある。そういうところでじょせいのきゅうさいをこわだかにうったえるだんせいのとびいりさんかしゃにはとくにちゅういがひつようだ。ほんとうにまともなかつどうかならそんなことはしないはずだからだ。
まともなDV(どめすてぃっくばいおれんす)かつどうかやDV(どめすてぃっくばいおれんす)ひがいしゃのきゅうさいだんたいにおいて、いんたーねっとのけいじばんやめーるなどをつかってせんもんかのだんせいがこべつにしどうするなどということはきいたことがない。たとえ、たかいちいのあるDV(どめすてぃっくばいおれんす)やでーとDVせんもんかだからといってあんしんはできない。ほんとうにDV(どめすてぃっくばいおれんす)かんれんぎょうせいなどにかかわっているべんごしやだいがくきょうじゅだからといってぜんにんとはかぎらない。かんけいしゃのかんではうんどうにとりくんでいるべんごしやだいがくきょうじゅだからといってしんようできないというのがじょうしきとなっている。かならず、しかるべききかんをとうしすべきだ。そういうことがどめすてぃっく・ばいおれんすかんれんのけいじばんではじょうしきとしてかんきされている。
わたしはDV(どめすてぃっくばいおれんす)やでーとDVかつどうかとしょうするおとこのぎょうじょうのわるさをちゅういして、あべこべにせいさべつおとこにされてにせものやにせじょうほうにくるしんでいる。
また、ねかまといっていんたーねっとうえでじょせいをよそおうおとこもいるので、くれぐれもちゅういがひつようだ。
まともなかつどうかなら、だんせいがいんたーねっとやDV(どめすてぃっくばいおれんす)かんれんのかいごうにおいてとびいりでじっせきをじまんしたりしないはずなので、くれぐれもちゅういがひつようだ。
このように、ぼうりょくひがいでくるしむにんたちのこころをふみにじるなんぱおとこのしゅつげんは、DV(どめすてぃっくばいおれんす)のにんちがたかまってくればとうぜんおこるべくしておきるじたいである。
こころあるDV(どめすてぃっくばいおれんす)かんれんのけいじばんでは、じょせいにたいしてだんせいをみるめをやしなうことをすすめている。
by ふるだちまこと
2008-10-04 おとこの30%じょせいからぼうりょくをうける
「でーとDV」いがいなしんじつ おとこの30%じょせいからぼうりょくうける(2008/5/ 7)
いんたーねっとのJ−CASTにゅーすにこのたいとるででーとDVにかんするにゅーすがかかれていた。ないようのいちぶをばっすいする。
「DV」ははいぐうしゃやないえんかんけいなどしんみつなかんけいにあるにんからのぼうりょくだが、「でーとDV」は、わかいせだいをちゅうしんとしたこいびとからのしんたいてき、せいしんてき、せいてきなぼうりょくをさす。しょうらい、ふうふかんのDVにはってんするしんぱいもある。「でーとDV」のしんこくさをきゃっちしたよこはましが、2007ねん6がつから12がつにかけてしないのこうこう・だいがくにかようだんじょ922にんにあんけーとしたところ、こうさいけいけんがあるにんのなかで「でーとDV」のひがいにあったのは、じょせい371にんなか144にんで38・8%。だんせいは204にんなか56にんの27・5%だった。
こうべしが07ねん10がつから12がつにかけ、しないのこうりつこうこうのだんじょせいと3020にんをたいしょうにいったちょうさでは、「でーとDV」をうけたことがある、とかいとうしたのはじょしが38%で、だんしが28.7%だった。このうち、「なぐられたり、けられたりする」(だんせい3.9%・22 にん、じょせい3.3%・21 にん)、「いのちのきけんをかんじるほどのぼうりょくをされる」(だんせい1.4%・8にん、じょせい1.3%・8にん)となっていて、「でーとDV」をうけるのはじょせいとがおおいが、ちょくせつてきなぼうりょくをふるわれるのはだんしせいとがややおおいことがわかった。
たいとるをみるとひがいしゃが「おとこ」でかがいしゃが「じょせい」とされていることにたしょうのいわかんをかんじるが、それはそうとこのでーたをみるかぎりではじょせいがいっぽうてきなひがいしゃとはとてもいえない。むしろこうりつこうこうのちょうさではちょくせつてきなぼうりょくをうけるのはだんしのほうがおおい。
でーとDVのこんていにはだんそんじょひがあるはずではなかったのだろうか。どめすてぃっくばいおれんすのところでもつうじょうのぼうりょくとくらべてじょせいがかがいしゃであるわりあいがいようにたかいことをしてきしたが、このちょうさをみるとそのけいこうがさらにけんちょにあらわれている。
べつのちょうさではどうか。
にっぽんDVぼうし・じょうほうせんたーは06ねん10がつ〜07ねん2がつ、がくせいらみこんだんじょ285にん(だんせい46にん、じょせい239にん)をたいしょうにでーとDVちょうさをじっしした。だんじょとも6わりいじょうがこうさいあいてからにくたいてき・せいしんてきなぼうりょくをうけたけいけんがあるとかいとう。だがたにんにそうだんしたのは23.2%にとどまった。「そうだんすることではないとおもった」が57.4%(ふくすうかいこたえ)、「みんなこんなかんけいだとおもった」も29.4%(どう)いた。
このちょうさけっかでもだんせいひがいしゃがかなりそんざいするし、とくにじょせいひがいしゃがおおいわけではなさそうだ。おんなせいさべつのこうぞうがこんていにあるとはかんがえにくく、むしろぎゃくのかのうせいすらある。by ふるだちまこと
2008-09-28 おやじこのみのでーとDVうんどう
はらじゅくかうんせりんぐせんたーしょちょうのしんたさよこBROG「ゆめはこのをかけめぐったか?」にかきのようなきじゅつがある。
うたしょくひこくのかんていけっかがほうどうされている。けんさつとべんごがわそうほうのかんていけっかがせきにんのうりょくなしというものだ。いっちしたこともいれいだが、これほどうたしょくひこくをごくあくにん(かつてのどくふ?)とほうどうされているなかでだされたこともいれいだ。
もともと、わたしはあのじけんをDVひがいしゃによるおっところしだととらえてきたし、DVのひがい(おっとからくりかえしなぐられることのえいきょう)がいかなるものかをいっぱんのひとたちにしってもらうこうれいだともかんがえてきた。
けんさつがわのかんていいがこくりつせいしんしんけいせんたーのきんきちせいせんせいだったこともさいわいしたとおもう。かぞくというみっしつのなかでくりかえしぼうりょくをふるうことが、あいてにどのようなえいきょうをあたえるのかということ、もしじぶんがうけているがわだったらどのようなえいきょうをうけているかをしるこうきになるだろう。
ざんねんながらてれびでは、いぞくがわのひがいしゃかんじょうにかたんし、なっとくいかないというろんちょうにしゅうししていた。
もちろんひがいしゃのいぞくはなっとくいかないのがとうぜんだろうが、できればDVのえいきょうについてもすこしかいせつをしてほしかった。くろーずあっぷげんだいで「でーとDV」のとくしゅうなんかやってるひまがあったら、DVのあたえるえいきょう、DVをみてそだつこどもへのえいきょうをちゃんとほうどうしてほしい、NHKさん!!
でーとDVがこれほどもてはやされるのは、きょういくのいっかんというにげみちがあるからだろうし、いまどきのわかもののもんだいにすりかえられるからだろう。だからわたしは、でーとDVはあつかわないときめている。
どめすてぃっくばいおれんすのひがいをきょうちょうしているうたしょくひこくにかんするきじゅつにはさんどうできないが、でーとDVにかんする「でーとDVがこれほどもてはやされるのは、きょういくのいっかんというにげみちがあるからだろうし、いまどきのわかもののもんだいにすりかえられるからだろう」というしゅちょうについてはそのとおりだとおもう。
さいきんのでーとDVぶーむで「おんなにぼうりょくをふるうなんていまのわかいおとこはなさけない。おれたちのごろにはそんなことはなかった」とみょうにいきおいづいているちゅうこうねんだんせいがすくなからずそんざいする。しかし、ちょうさによるとでーとDVだけでなくDVぜんぱんについてげきぞうしているとされている(これについてはおおいにぎもんがあるが、すでにのべたのでここではくりかえさない)。わかものだけがじょせいにぼうりょくをふるっているわけではないのだが、そのにんたちのあたまはかんぜんに「いまのわかいものは」てきなしそうにこりかたまっている。ふるいせいしんぶんかをひていすることがもくてきのうんどうのはずだったのにこれではほんまつてんとうではないか。
DVうんどうはしょうらいてきにほしゅてきなおやじどものてにおちるだろうとよそうしているが、でーとDVうんどうはそのけいこうをさらにかそくさせることになりそうだ。
(ふるだちまことのHPより)
2008-09-27 ないかくふのでーとDVちょうさ
2007ねん11がつ9にち19とき55ぶんぱいしん まいにちしんぶんのいんたーねっとのにゅーすにかきのようなきじゅつがある。
ないかくふは9にち、10〜20だいのわかいせだいでのこいびとまのぼうりょく(でーとDV)にかんするいんたーねっとちょうさのけっかをはっぴょうした。だんじょとも50%がこうさいあいてからにくたいてき・せいしんてきなぼうりょくをうけたけいけんがあるとかいとう。そのさいにそうだんしたあいては「ともだち」が55.5%(ふくすうかいこたえ)でさいただったが、42.7%はだれにもそうだんしていなかった。
でーとDVは、はいぐうしゃやないえんかんけいしゃのぼうりょくをきせいするDVぼうしほうがてきようされずたいさくがむずかしいため、ないかくふがはじめてじったいをちょうさした。じぜんにとうろくしたもにたーやく60ばんにんのうち10だいと20だいのみこんだんじょをむさくいでちゅうしゅつし、358にん(だんせい192にん、じょせい166にん)からかいとうをえた。
こいびととのかんけいについて、だんせいの35.4%(ふくすうかいこたえ)、じょせいの56%(どう)が「こいびとがじぶんかってなこうどうをとるとふゆかい」とかいとう。「ぼうりょくをうけるがわにもわるいところがある」とかんがえるにんも10.1%(どう)いた。こうしたかんがえが、でーとDVがひろがるはいけいにあるとみられる。
「こいびとがいる」「かこにいた」とこたえた258にんのうち、だんせいの53.1%、じょせいの44.6%がけいたいでんわにからむひがいをけいけんしていた。ふくすうかいこたえのうちわけは、「でんわにでなかったり、めーるにすぐへんしんしないといかられた」(38.8%)▽「ちゃくしん・はっしんりれきをかってにみられた」(16.7%)▽「1にちになんどもこうどうをほうこくするようめいじられた」(7.4%)などだった。
このほか、こいびととのかんで「きげんがきゅうにわるくなったり、やさしくなるあいてにいつもきをつかわされる」(33.7%、ふくすうかいこたえ)▽「こうどうをせいげんされる」(21.7%、どう)▽「ことばでいやなおもいをさせられる」(13.2%、どう)などのけいけんがめだった。
これは2007ねんのちょうさだが、このでーとDVちょうさではかいとうが358にんなのでつうじょうのちょうさとくらべてずいぶんすくない。
おなじくないかくふがじっしする「はいぐうしゃなどからのぼうりょくにかんするちょうさ」ではぜんこくに〇としいじょうのだんじょし、ご〇〇にんをたいしょうとし、へいせいじゅうよんねんどのちょうさはさん、さんにふたり(じょせいいち、はち〇ふたり、だんせいいち、ごに〇にん)、へいせいじゅうななねんどのちょうさはに、はちはちはちにん(じょせいいち、ごしちはちにん、だんせいいち、さんいち〇にん)からかいとうがあった。へいせいじゅうななねんどちょうさのゆうこうかいしゅうりつはろくし・に%だった。
ここではだんじょべつのちょうさがほうこくされていないので、はたしてでーとDVなるものがせいさべつとかんけいあるのかどうかわからない。
「でーとDVは・・・ないかくふがはじめてじったいをちょうさした」とあるが、ならばでーとDVがげきぞうしているとしゅちょうするにんはいったいなにをこんきょにしているのだろうか。でーとDVにかんするかこのでーたがないのだからくらべようがないではないか。
また、「でんわにでなかったり、めーるにすぐへんしんしないといかられた」、「ちゃくしん・はっしんりれきをかってにみられた」、「1にちになんどもこうどうをほうこくするようめいじられた」、「きげんがきゅうにわるくなったり、やさしくなるあいてにいつもきをつかわされる」、「こうどうをせいげんされる」、「ことばでいやなおもいをさせられる」といったじれいはぼうりょくとしてはひかくてきかるいじれいなのではたしてそんなにさわぐほどしんこくなじたいなのかどうかもぎもんである。by ふるだちまこと