finalventのにっき

2008-09-06

ゆたかさのなかでうったものてきなしい

 「まんがかあかつかふじお : NHKあーかいぶす」でふるやさんとしがあかつかのぎゃぐのなかにあるくいものへのこだわり、とくにおそまつくんでくいものをあらそうというあたりをきょうちょうしていて、そのあたりにあかつかのたいけんのこあのひとつがあっただろうとしていた。

 わたしはしょうわ32ねんせいまれで、しゃかいてきなまずしさというじだいかんかくはあるけど、ひもじさというかんかくはない。これはたぶんにこじんてきなせいこうもあるかもしれない。おもうにまずいものばっかりくわされて、くいものっていうのはこういうものかなとしかおもっていなかった。またくうふくかんというのがないにんだったので、こうこうおわってもかいくいというしゅうかんがなかった。やしょくもない。まったくはらがへらないわけではないが、くうふくかんがきくつない。20だいとかいそがしいときはきがつくと1にちしぜんにぜっしょくしていたことがあった。

 わたしよりうえのだんかいのせだいには、かいそうにもよるけど、しゃかいてきなまずしさにくわえて、たしょうひもじさのかんかくはある。くえるだけでかいかんというじだいがそこにあったようだ。

 こうしたまずしさ・ひもじさというのは、にんげんとしぜんのふうけいのなにかとふしぎなとーなりてぃをもっているのだが、おそらくそのかんせいは、おおわくとしてはもう1960ねんだいこうはんうまれいこうのにんはないだろう。

 そこで、たぶん、「ひんこん」というもののいみあいがかわってきているのではないか。これはかへいてきないみあいもある。

 わたしのちちのせだい、せいぜいしょうわひとけたのせだいににんにとっては、かへいてきなふゆうというのは、きほんてきなそうたいせいをもっていて、かへい=ふゆうではなかった。またじっさいのふゆうそうもそれほどかへいてきなふゆうせいはなかった。それをおぎなっていたのがしゃかいてきなしんらいといえばそうなのだが、ちいきこみゅにてぃというより、とりあえずこっかによりそってにっぽんかぶしきかいしゃをそんぞくさせようというあるたねのえーとすだったかもしれない。これははんめんにおいて、だから、かへいによるふゆうをしょうじさせるよちがあり、なんというか、なりきんというべんちゃーをけっかてきにいくせいしていた。ちしきじんはこのちゅうかんてきないちだったかとおもう。

 いずれにせよ、もうそういうじだいはないし、ふっけんもできない。

tennteketennteke 2008/09/07 00:19 しょうわしょきに、ぷろをこころざしているわけでもないのにぴあのとかばいおりんをひいていたひとたちって、ふゆうそうというよりはふごうそうでしょうか?
にっぽんのくらしっくおんがくしのほんをよんでいますと、じだいじだいにえんそうかやさっきょくか、がっきせいさくがいしゃがかつやくしていたときじゅつされてますが、わたしのおや(しょうわ6ねんせいまれ)とかたびさきでしりあったにんにはなしをきいてみたら(まんしゅうかいたくだんのにんとか)、まったくくらえんそうかいなんていかなかったし、きんじょのにんできょうみもってるにんもいなかったといわれます。
ちなみにうち(ちち)はたべものよりもかさがしょうちょうでした。1982ねんごろ、かさをなくしたらよなかに「さがしてこい!」といえをおいだされたことがあります。

finalventfinalvent 2008/09/07 08:18 tenntekeさん、ども。くらっしっくかんれんはかいきゅうというかさーくるというかいちぶはありましたね。すうねんまえのあさどらでもせんぜんのくらしっくかいをやっていたけど。あんなかんじ。かさはきちょうひんでした。まったく!

はてなゆーざーのみこめんとできます。はてなへろぐいんもしくはしんきとうろくをおこなってください。

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080906/1220696745
さいしんこめんといちらん
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