2009-01-04
たびのきろく 2008-05-25(2) さんくとぺてるぶるく
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[14:30] えるみたーじゅびじゅつかんをでてねう゛ぁかわにかかるきゅうでんはしをわたりえるみたーじゅのたいがん、ねう゛ぁかわぞいのこうえんでぶらぶらしていんたーねっとかふぇへ。うくらいなのゆーすほすてるをよやくするがよやくのかくていまでさいだい48じかんかかるようだ。でんわでのよやくはなにかとふあんなので、というかいまのごがくりょくではふかのうにちかいのでおちついてよやくできるWebよやくをうまくつかいたい。あしたのしゅっぱつまでにやどからのへんしんがあればよいのだが。
ねう゛ぁかわのたいがんからみる”えるみたーじゅびじゅつかん”
[17:00] いんたーねっとかふぇでりょこうだいりてんのばしょをさいどかくにんし、おふぃすをさがす。
とちゅうかんこうぽいんとの”ぎんこうはし”のけんぶつする。いちおうかんこうがいどにのってはいるもののちいさなほこうしゃようのはしでらくがきもあったりしてじみだが、かんこうきゃくらしきだんたいはちらほらいてきねんさつえいをしている。
りょこうだいりてんのいっっているびるがはっけんできたので、あしたのしゅっぱつまえにちけっとはぴっくあっぷできそうだ。
ぎんこうはしとはしをかざるぐりふぉん
こうえんではいろいろともよおしものが
ここはらいぶすてーじでほんばの『いっしゅうかん』をきいた。
きいたのはもちろんにほんごじゃないけどね
ろしあしゅっこくにあたってすこしみだしなみをととのえようかとひげそりをさがしてあるくがはっけんできず、ぶらぶらあるくうちえるみたーじゅまえのきゅうでんひろばへもどってくる。
さんくとぺてるぶるくたんじょう305ねんまつりのふぃなーれをむかえていてかそうこんてすとのけっかはっぴょうとじゅしょうしきをしている。ちゃくぐるみやく10からだがだらだらとおどるなか、さんくとぺてるぶるくしちょうとおぼしきじんぶつがすぴーちをはじめ、さいごにこぶしをつきあげけんぶつきゃくとのこーる&れすぽんす。かいじょうがもりあがったところでふぃなーれはかみふぶきがふきふうせんがまいあがりなぜか”Bellini” の『Samba De Janeiro』がながれる。ちょっといいものをみた。
[20:30] ほてるへのかえりみち、どこのみせもこんでいる。ひかくてきかいてんのはやいみせ…まくどなるどにせわになることに。めにゅーはにっぽんとさほどかわらないがさいずは1.5ばいくらいある。たべているとちゅうでふとえいが『すーぱーさいずみー』をおもいだし、あしたからはもうすこしまともなものをたべないといけない、とおもった。
ほてるへもどりうくらいなへいくためににもつをまとめてからごろごろしてそのうちにねむる。
2009-01-02
たびのきろく 2008-05-25(1) さんくとぺてるぶるく
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きのうはぱんをたべててれびをながめてそのままねむる。03:00じころめをさましふたたびね、05:00じころめをさましてれびはけしてでんきはけさずにまたねる。さいしゅうてきには07:30ごろべっどからでてしゃわーをあびる。
きのうはあまりきにしていなかったがしゃわーをあびると、うわさとおりしゃわーのおゆがいそくさいうえにほんのりとちゃいろくしょくづいている。これはさんくとぺてるぶるくがかいがんぞいいのしっちおびをうめたててできているちりてきもんだいでかいすいをくみあげてつかっているからなんだろうけど(しょうさいはふめいだがもののほんによるとさいきんをおおくふくむためはみがきのさいにもくちにはふくまないほうがあんぜんとのこと)ずーっとしべりあをとおってうみのちかくまできたことをかんじる。
しゃわーをあびたあとうすちゃいろのみずでTしゃつやくつしたをあらうがこのいっしゅうかんきていたTしゃつはうすちゃいろみずにまけないよごれをだしているのでたしょういそくさくなろうともよしとする。
09:00 ちょうしょく。ぱん、ちーず、はむなんかがよういされていてるが、みにほてるなのでしょくじようのすぺーすはなくてきとうにとってへやでたべるしすてむのようだ。はむ、ちーずをぱんにはさんでたべる。ろしあにきてからいちばんまともなちょうしょくをとっている。てつどうでいっしょだったじみーるにならってあまいこうちゃをいっぱいとこーひーをいっぱいのんでこのたびのもくてきその2の”えるみたーじゅびじゅつかん”へとでかける。そとはかぜがつよいがよくはれている。
11:00 たびのもくてきその2である”えるみたーじゅびじゅつかん”へとうちゃく。ほてるからは15わくらいのきょりだがろしあは1くかくがみょうにでかくちずで2、3ぶろっくさきになるとまがりかくはかなりとおくかんじる。ろしあはとちがあまってるのだろうか。
なかにいるとずいぶんとこんでいる。にゅうじょうりょうとかめらもちこみりょうきんをはらい、にもつをくろーくへあずけてんじしつへ。”えるみたーじゅびじゅつかん”はえかてりーな2よがびじゅつしゅうしゅうをはじめたことがきげんとなるびじゅつかんで、なにしろしゅうぞうされているさくひんすうがおおすぎてびじゅつかんでもはあくしきれておらずしゅうぞうひんりすとはつくっているがかんせいはだいぶさきのはなしで、なんでもまいとしかなりのかずのびじゅつひんがとうなんあるいはふんしつというじょうきょうになっているがなにがをなくなっているのすらはっきりしない。なんてはなしをきいたのがいってみたくなったりゆうのひとつである。
よーろっぱのびじゅつかんははじめておとずれるのでほかとひかくしようがないが、にっぽんのびじゅつかんとくらべるとかべいちめんにこれでもか、というりょうでえがてんじしてある。にっぽんのびじゅつかんのようにしらかべにかんをおいててんじしてあるじょうきょうになれていると、ないそうがすでにこってりしているうえにこれまたこってりしたえがかざってあるせいかすうじかんもいるとえとないそうによってくる。
『きりすとなきのぎたーそろ』
てんじしてあるおおくのさくひんがしゅうきょうがで、しゅうきょうがとひとくちにいっってもいろいろあるがしばらくみてまわるとおなじもちーふのえがなんてんもあることにきづく。しゅうきょうがにおけるにんきのしーん、ものがたりのはいらいととよべる「じゅたいこくち」とか「はりつけられてるきりすと」とか。じだいがへつにつれもちーふとなるしーんにもたようせいはみられるのだが、ぎゃくにじだいをさかのぼればさかのぼるほどにもちーふはどんどんしぼられていく。
きりすとがじゅうじかからふろされるしーんもそのにんきしーんのひとつでこのもちーふだけでなんてんあっただろうか。あまりにおおくみすぎたせいかさいごにきりすとはよってかいほうされているはんはだかのにんにしかみえなくなるしまつ。もう10ねんぶんはきりすとのかおをみたきになった。
『よってかいほうされるきりすと』
”えるみたーじゅびじゅつかん”もめだまのひとつがれおなるど・だ・う゛ぃんちさく『りったのせいぼ』おおきなびじゅつかんのなかでもゆいいつこのさくひんのてんじしつへはぎょうれつができている。つらにならんでかいがかんしょう。ほかにもすうてんだ・う゛ぃんちのさくひんがてんじしてあったがだ・う゛ぃんちのさくひんはどれもさいぶへのかきこみがいじょうで、めいんのもちーふいがいのはいけいにもすべてぴんとがあっているためおなじようなこうずのほかのえにくらべるとみつどがたかいようにみえる。こんなところがだ・う゛ぃんちをてんさいといわしめたかどうかはしらないが、すくなくともほかのがかのえにくらべるといさいをほうっっている。つらにならんでもこのさくひんはみておくかちがあるはず。
『りったのせいぼ』へつづくれつ
いちまいのえにあつまる
『りったのせいぼ』
にゅうかんして5じかんじゃく。えるみたーじゅびじゅつかんはばかみたいにでかいうえににたようなへやがおおいのであんないずかたてにあるいてもまようしまつ。すべてのへやをみたわけではないがおはらもへったしつかれたのでえるみたーじゅかんこうはしゅうりょう。えかてりーな2よのぷらいべーとるーむなんかもふくめてかいがだけでなくきゅうでんのないそうもきょうみぶかくみていてあきない。つぎにさんくとぺてるぶるくへいくことがあったらもういちどゆっくりとみてまわりたいびじゅつかんである。
たぶん”おうのかん”だったような
”ぶどぅあーるのへや”
2008-12-23
ほんのしょうかい あんそにー・ぼーでいんちょ『せかいをくいつくせ! きっちん・こんふぃでんしゃる・わーるど・えでぃしょん』☆☆☆☆
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りょこうきをよむことがすきだ。りゆうはしごくかんたんでよむほどにじぶんのしらないせかいがたくさんあることがわかるから。たかだかすうじゅうねんのじんせいのなかでせかいのすべてをみてまわることはできないけどもかのうなかぎりみてまわりたい。りょこうきはたびのきっかけやもくてきをみつけるうえでじゅうようなしりょうでもある。
たびのきろくをかいているみでありながらきこうぶんとしてはたぶん”よんでおくべき”さわきこうたろうちょ『しんやとっきゅう』をまともによんだことがない。さわりのぶぶんはともだちのいえでよんだがないようはすっかりわすれてしまった。11がつに『たびするちから―しんやとっきゅうのーと』というえっせいがでたようなのでこれにあわせてよんでみようかとおもう。いまかいているたびにっきをもっとよみやすくつたわりやすいぶんしょうになるようまなばねばならないだろう。
そんなおかとらべらー(おかさーふぁーてきないみで)のぼくのすすめるりょこうきはあんそにー・ぼーでいんちょ『せかいをくいつくせ! きっちん・こんふぃでんしゃる・わーるど・えでぃしょん』。ないようはせかいをまわっていろんなものをたべてまわるってだけのはなしだけど、とちのきょうどりょうりやめいぶつりょうりがとてもみりょくてきにえがかれていて、とりあえずくえるもの、すすめられるものはなんでもたべてみるしせいがおもしろい。しょくじはしぜんやたてもの、おんがくとおなじようにそのとちのぶんかのいったんをにない、とちのりょうりをたべることでそのりょこうはたのしみをますことになる。なによりくわずぎらいはじんせいにおいておおきなそんしつであるときづかせてくれる。りょこうさきでめんどうくさくなるとうっかりまくどなるどにいっってしまうぼくににらみをきかせるいっさつ。でぃすかばりーちゃんねるをみることができるにんは『あんそにーせかいをくらう』でもたのしめます。
2008-12-16
たびのきろく 2008-05-24 さんくとぺてるぶるく
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7:00すぎきしょう。しゃないはしずかでおもったいじょうにかいてきでもっとねていたい。てんきはせい。さんくとぺてるぶるぐまでのち40ふんほど。
どうしつのきゃくへちょうしょくがはこばれてくる。きのうなにかちゅうもんしていたのはこれだったのか。ちょうしょくはどうやらちけっとだいにふくまれているらしい。ぼくはなにもたのまなかったのでちょうしょくはなし。
8:00 ほぼていこくとおりさんくとぺてるぶるぐにとうちゃくする。てんきはかいせい。
やどをさがすためにめぼしをづけておいたゆーすほすてるにいってみるがあきはなく、とうしょとまるよていだったほてるにもいちおうかくにんにいってみるがとうぜんよやくはいっっていない。しかたないのでえきのとらべるいんふぉめーしょんでほてるをさがすことに。このじきのろしあはかんこうしーずんのはじまりらしくとうじつにやどをさがすのはあまりおすすめできない。さがしてもらうとひかくてきねだんのやすいほてるでついんるーむにあきがあったのでそこにきめる。えきからすこしきょりはあるがじかんもあるのでやどまでぶらぶらあるく。てんきがいいからかもすくわよりもにぎやかないんしょう。おおどおりそいにけいかんがやたらおおいのはなにかあるのだろうか。
13:00 さんくとぺてるぶるぐのやど"せんとらるいん"にちぇっくいん。ほてるのにんにまちのようすをきくと、どうやらこのしゅうまつはさんくとぺてるぶるぐのまちができて305しゅうねんのおまつりで、ひるすぎからおおどおりはぱれーどがあるのでけいびにたくさんにんがでているようだ。くわえてきのうのUEFAかっぷのゆうしょうでさんくとぺてるぶるぐのちーむ"ぜにと さんくとぺてるぶるぐ"がゆうしょうしたのでわをかけておまつりかんがあっぷしている。まちにはにんがあふれほどうはまともにあるけないほどだ。きえふいきのちけっとのかくにんをするためりょこうがいしゃにれんらくしてみるがしゅうまつのためだれもでんわにでない。
”ちのうえのきょうかい”、”なつのていえん”をけんぶつしえきちかくのいんたーねっとかふぇでめーるちぇっく。りょこうがいしゃからおふぃすのあんないがきており、ちけっとをとりにこい、ということのようだ。おふぃすはおおどおりからひかくてきちかいばしょのようなのでかくにんがてらさんさく。はなやかなおおどおりからいっぽんうらにいるととりこわしなかのたてものやにんきのないびるもけっこうあってさびしいふんいき。にちのいりがおそいのでにっぽんのかんかくでうごいていたが、きづくとすでに21:00をすぎている。みせはどこもにんであふれいれそうにないのですーぱーでぱんをかってほてるにもどる。
いか、しゃしん
2008-12-05
たびのきろく 2008-05-23(2) もすくわ
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てつどうにのっていたときにあんなにせるげいにかんこうぽいんとをきいていたのにどこもかんこうできなかったのでえきへむかうみちすがら「あかのひろば」だけはみにいくことにする。
18:00すぎにあかのひろばへ。くれむりんのけんがくじかんがおわっていたのとこさめがふっているためかにんはすくない。やたらとひろくみえるむいのぐむひゃっかてんはうらじおすとくのそれとはちがいよーろっぱのこうきゅうぶらんどがならぶおおきなみせで、とうきょうでいえばいせたんのようなかんじといえばつたわるだろうか。
それんじだいにはしゃかいしゅぎのちゅうすうだったくれむりんのよこにあるまくどなるどがやたらとこんざつしているのがいんしょうてきだった。
めとろにのり19:00すぎにはれにんぐらーどえきへ。さんくとぺてるぶるぐいきのちけっとをかうためにまどぐちへならぼうとおもうのだがばんごうがふってあるだけでどこでかってよいのかわからず、15くらいあるまどぐちのなかでひかくてきにもつのおおいにんがならんでいるまどぐちへならぶことにした。ならんでいるにんずうは20にんもいないのだがなかなかまえにすすまない。1じかんはんもまっただろうかようやくまどぐちへ。きぼうのれっしゃとせきをかみにかいてだす。まどぐちのにんはしばらくがめんをみつめたあとみせたかみに”$1,000”とかいてよこして、こんだけだしたらこのれっしゃにのせてやるということらしい。どうやらきぼうしたれっしゃにあきのせきはないということのようだが、だったらほかにあいてるれっしゃをおしえてくれてもよさそうだがろしあごがはなせないあいてにはそこまでのさーびすはないらしくかみをもどされておしまい。
このじてんで20:30をすぎ、さんくとぺてるぶるぐいきのさいしゅうは23:50〜59のかん。ならぶじかんをかんがえるとつぎでかえないとちょっとこまったことになりそうだとおもいつつちけっとうりばをみまわすといちばんかべぎわに”もすくわーさんくとぺてるぶるぐ”とかいたうりばがあるのをはっけんしそこにならんでみることに。かべにはでんこうけいじばんでさんくとぺてるぶるぐいきとさんくとぺてるぶるぐけいゆのれっしゃのせきのあきじょうきょうがひょうじされている。これはたすかった、とおもいいまからかえる2などせきをさがしてみるがさんくとぺてるぶるぐいきの2などせきはほぼかんばいじょうたいで、1などせきがそこそこのこっているのと、”M”とかかれたせきがかなりある。これは3などせきかな?なんておもいながらつらにならんでいるまにもつぎつぎとのこりのせきもうれていく。じぶんのばんになったので1など、2などとはべつにのこりかずがおおい”M”のもじのせきはかえるのか、ときいてはみるがかえないようなのでてもちのるーぶるをつかいきり1などしんだいをかうことにした。
ちけっとをぶじこうにゅうできたのでひとあんしんしてでんこうけいじばんをながめていると”さんくとぺてるぶるぐけいゆへるしんきいき”の2などせきにあきがあることをはっけん。これはしっぱいしたとおもっているとじぶんのかったさんくとぺてるぶるぐいきにも2などせきにあきが。どうやらきゃんせるがでているらしいが、こればっかりはたいみんぐなのであきらめて、つぎからはまえもってちけっとだけはかくほしておこうとおもう。…いや、ちけっとはかくほできていたはずなのにちょっとしたとらぶるでちけっとがてにできなかったんだ。まあ、いいか。
とけいをみるとかんもなく22:00。えきにとうちゃくしてから3じかんつかってようやくちけっとがかえた。ちけっとのねだんはそれなりだが、にっぽんのりょこうだいりてんをとうしてかうよりはなんぼかやすいのでいちどくらいは1などせきにのってもよいかも、とおもうことにした。とうめんのかだいをくりあし、しんだいをかくほしたことできょうのねどこをかくほできたことにあんしんするとあさのまくどなるどいらいなにもたべていなかったことをおもいだしぴろしき(きゃべつばっかりいっってる)とのんでみたかった”くばーす”をかってたばこをすったりばいてんをひやかしたりしてすごす。もすくわでのはっけんはうらじおすとっくではみかけなかた"PLUS"まーくのついたATMがあったこと。これはさんくとぺてるぶるぐでもきたいできそうだ。それとてつどうのちけっとをかうためにいったりきたりしたとおりそいのせくしーらんじぇりーしょっぷのおねえさんのおっぱいがびっくりするくらいでかかったこと。いまおもいだせるのはこれくらい。しゅっぱつまであと40ふん
なんやかんやあったちけっともんだいもかいけつし、ほぼていこくとおりの23:59ふんてつどうはさんくとぺてるぶるぐへむけてしゅっぱつした。さらばもすくわ。
さて、さんくとぺてるぶるぐいきのてつどうは1などしんだいしゃなのだが、これがきのうまでのっていたしべりあてつどうの2などくるまとはえらいちがいだ。1などくるまは2にんへやでへやにはしゃーぷのえきしょうてれび、かんいせんめんだい、へやはきのすりっぱ、はぶらしなどのあめにてぃーせっとがそなえてありべっどにはぱりっぱりのしーつがしいてある。ろうかのじゅうたんはふかふかでといれはあかるくかみもやわらかそうだ。ろうかのでんげんはしっかりささりけいたいでんわはすぐにじゅうでんをかいし。しかもしゃしょうがへやにきてじゅうでんはへやのこんせんとでしろ、という。なんとへやにでんげんがあるのか。あしたのあさ8:00にはさんくとぺてるぶるぐについてしまうのがおしい。いやほんとにおしい。
もう1ときもちかいのにまだとおくのたいようはおちきっていない。どうしつのにんはきのよさそうなしょろうのだんせいであいさつとかんこうできたことをすこしはなし、にちがおちるのをみながらねる。























































































