2007-07-04 「あかい」のにはわけがある〜あさひとうこうらんのはんのうそくど
あさにっしんぶんのどくしゃ、とくにとうこうらんにとうこうするようなにんやあさひかだんにとうこうするようなにんははんのうがはやい。ゆえ・まつおかまえのうみずそうがじさつしたつぎのにちにはにんぴにんな「せんりゅう」をたいりょうにのせ、きのうのきゅうかんしのじにんにかんしてはけさのとうこうらんにふたつも、しかもどうしゅしのものがけいさいされていた。こういったらんではできるかぎりしゅしがこうむらないようにえらぶものだとかんりにんはおもうのだが、あさひしんぶんはちがい、いつも(あさひのしゅちょうに)にたようなとうこうをにさんのせ、まるでこれがこくみんのいけんだ、といわんばかりであることはいぜんからかいてきたとおりだ。
こんかいのとうこうもいつもとかわらず、きのうかんりにんがしょうらんでひはんしたようなろくでもない、あほでばかでまぬけなないようがけいさいされていた。これもじょうほうかしゃかいのおかげなのであろう。あさひは、ともすればねっときせいすいしんともとれるきじをかいてくるがあさひもそのおんけいにあずかっていることをじかくするべきではないだろうか。
あさひが「あかい」のはだてではないらしい。つうじょうのさんばい(?)*1のはやさでとうこうがけいさいされるのだから。
わかるにんにしかわからない、しかもしょうもないねたであることをおわびしつつ、
ではきょうもいきましょうか。
■[こくない][ざいにち]このきじをみてもみんしゅにいれるにんげんはかみ〜みうちにあまくあいてにきびしいのはせいじかのしゅくめい?

みんしゅとうけんれんでろうそけいのかくだぎいち、とみおかゆきおっとりょうさんいんぎいんらが2にち、けんちょうできしゃかいけんし、ちじせんでこでらちじをしえんしていくことをあらためてひょうめいした。
かいけんをもうけたのは、いしかんたかししゅういんぎいんらほしゅけいがちじせんでやまもとりゅうしをしえんしていることからといい、かくだしらは、「みんしゅとうはやまもとしかというこえがせけんにあるので、そうではないことをけんみんにあらためてせんめいにしたい」とのべた。
どうとうがかかげるたせんきんしのほうしんについて、かくだしは「こじんてきにはたせんきんしにはんたいで、こうほしゃのせいじしせいをせんきょたみがはんだんすべきだとおもう」とし、とみおかしも「ちじせんのすいせんけんげんがあるとうほんぶのじょうにんかんじあはなにもけっていしていない」とのべ、とうのほうしんにはんしないとのかんがえをしめした。また、おなじけんれんないでことなるこうほをしえんすることについては、かくだしは「わかれているからしょうがない。いまさらいっぽんになんかなりっこない」とごきをつよめた。
これにたいし、いしかんしは、「せいとうにしょぞくするものが(たせんきんしという)とうのほうしんにしたがわないのはりかいできない」とひはんした。
■かくださんいんぎいん けんきんもんだい「いっけんらくちゃく」■
やく2520まんえんのけんきんをせいじしきんしゅうしほうこくしょなどにきさいしていなかったもんだいでこんねん1げつまつ、さんいんふくぎちょうをいんせきじにんしたかくだし。このにちはじにんかいけんいらい、やく5かがつぶりのきしゃかいけんとあって、ほうどうじんからけんきんもんだいにかんするしつもんもあいつぎいだが、「とうほんぶから(4げっかじゅんに)げんじゅうちゅういしょぶんをうけ、このけんはいっけんらくちゃくした」などとのべ、せつめいせきにんをはたそうというしせいはじにんかいけんどうよう、さいごまでみせなかった。
このもんだいをめぐってはよみうりしんぶんがうらづけとなるかいけいしりょうをにゅうしゅし、3がついこう、けんれんがわにちょうさをもとめているが、けんつらのざんていしっこうきかんであるさいこうしっこうやくいんかいぎへのしゅっせきをどうしがきょひしつづけていることなどから、ちょうさはまったくすすんでいない。
かくだしはこのにちのかいけんで、けんきんもんだいのしんそうがまったくかいめいされないなかでせんきょのしえんなどをするのははやすぎるというしてきにたいし、「はとやまかんじちょうはしょぶんのきわ、『これはひとつのけじめです。これでおわりです』というかぜにいっってくれたのでぜんぜんかんけいない」ときょうちょう。「せつめいせきにんをはたさないのか」というしつもんには、「そのしつもんにはなにをいわれてもこたえません。こたえる、こたえないはわたしのじゆう」などとこえをあらげた。
また、さいこうしっこうやくいんかいぎへのしゅっせきをきょひするりゆうについては、「わたしはふくぎちょうをやめさせられたんですよ。(けんつらのほしゅけいと)まったくしんらいかんけいがないのにかいぎなんてできるわけがない」とのべてほしゅけいをあんにひはんした。
もはやかいせつはいらないであろう。ちょうって、そしてつぎのさんいんせんではまちがってもみんしゅとうにいれないことをこころにきめるのみである。*2きゅうかんしをきゅうだんしていたあのしゅうかいでこのきじを、とくにかくだしのはつげんのぶぶんをきょうちょうしながらろうどくしてみたいものだ。
みんしゅとうのぐんまにおけるないぶぶんれつぶりはすごまじいものがあるらしく、もうほしゅははみんしゅをはなれてじみんにつくなりどくりつするなりしたほうがいいとおもうのだが、それほどまでにみんしゅとうというものはみりょくてきなのだろうか?かんりにんにはりかいできない。
ついでにいうと、たたかれることをわかって、このさんいんせんのすんぜんにでてくるかくだしのしこうかいろもきゅうかんしのそれとおなじれべるでりかいできない。きゅうかんしへのとうれいなのだろうか。
よければこちらにもあしをはこんでください
このきじをきにいればくりっくしてくださいです・・・
らんきんぐさんせんなか。きょうりょくしていただければさいわいです。
とうぶろぐはざんねんながらきっずgooからはけんさくできません。
■[こくない]これもみんしゅ〜「かがいしゃにしのきょうふをあじあわせたいの?」ひがいしゃははおやへのぼうげん

1 なまえ: ぶろがー(ほっかいどう) とうこうにち:2007/06/29(きん) 22:57:14 ID:8NBDTcbg0 ?PLT
そーす:おおたひかりのわたしがそうりだいじんになったら ・・・ひしょたなか にて
ひがいしゃのはは
「むすこはしょうねんほうかいせいのぜんじつに17としと15としのかがいしゃに2じかんあまりのむごいぼうこうをうけのうしじょうたいになり、いつかかん、いしきふめいつづきました。おいしゃようのはんだんでこしつにうつされたにち、わたしはまくらもとで『たすけてあげられなくてごめんね』とはなしかけると、むすこはなにもいわずただなみだをながしました。こうつうじこにあい、はんしんふずいとなり、ぜつなりはびりをのりこえやっとあるけるようになったむすこをのうしじょうたいになるまでなぐりつづけてころしたのです。」
みんしゅとうねくすとほうむだいじん「え?じゃあ、かがいしゃがしぬめにあえばいいんですか?」
みんしゅとうねくすとほうむだいじん「ごうもんしてころせばそれできがすむっていうんですかぁ」
ひがいしゃのはは「むすこがしんではんにんが1、2ねんででてきてのうのうとくらしてるのがなっとくできない」
みんしゅとうねくすとほうむだいじん「しのきょうふをあじあわせたい?」
みんしゅとうねくすとほうむだいじん「かれらにもはんざいをおかすじじょうがあったんですよ」
ひがいしゃのはは「じじょうってなんですか?」
みんしゅとうねくすとほうむだいじん「そ、それはおいといてですね・・・」(※ようやくされてます)
そのじじょう(かがいしゃしょうねんのどうき)「しょうがいしゃがこうこうへいくなんてなまいきだ!!」
http://news23.2ch.net/test/read.cgi/news/1183125434/
http://yabusaka.moo.jp/outu01.htm
※ぜんぶん
348 なまえ: かじゅう(ぎふけん)[] とうこうにち:2007/06/30(つち) 01:47:10 ID:qVj4dThc0
ひがいしゃはは 「じぶんのたいせつな ほんとにしあわせをねがってそだててきたこどもをいのちをうばわれて、かがいしゃ17とし15とし1,2ねんで(しょうねんいんから)でてきました。ほうりつはよわいたちばのにんをまもるためにあるとおもっていたがしょうねんほうでかがいしゃをようごしひがいしゃはしにんにくちなし(むすこが)なくなるまえのひはびょういんでこしつにしてもらった。 ゆうちゃん(むすこ)たすけられなくてごめんねとさけんだら、ゆうはなみだをながした。なみだでしかなにもいえなくて‥ ちょうしょをよんでいけんちんじゅつをして、ちょっとでもきびしくばつしてほしいとおもってるときにかがいしゃはべんごしから1.2ねんでしょうねんいんからでられるときいて、なんのためのいけんちんじゅつだったのかとおもった。しょうねんいんはほごしょぶんでばつでもなんでもなく、しょうねんいんにいけばぜいきんで3しょくたべられますし、てれびもありますし、ぷーるもあるしょうねんいんもある。せいじかのかたはよわいもののためにほうりつをみなおしていただきたい。」
しかい 「きょうのぎろんをおききになってて、どんなことをおかんじになりました?」
ひがいしゃはは「やっぱりじんじとおもう。じぶんもひがいにたってはじめてこんなにきびしいとわかった。ひがいにあることがどれだけきびしいかわかってもらいたくて‥わたしはむじゅんしているが、しょうねんいんにこうえんにいってさいはんしてもらいたくないのでひがいしゃのきもちをつたえています。しょうねんいんにいってたいいんしてもしごとをさがしていきていくのはたいへんだからがんばっていきてほしいという。でもじぶんのかがいしゃにはしんでほしいぐらいおもってます。それすごくむじゅんしてるんですけど‥
374 なまえ: かじゅう(ぎふけん)[] とうこうにち:2007/06/30(つち) 01:49:59 ID:qVj4dThc0
>>348のつづき
ひらおかぎいん 「かがいしゃのにんにしのきょうふをあじあわせるというきもちで、あおきさん(ひがいしゃはは)がほんとうにしあわせというかなっとくするというか、できるとはおもわないんですね。むしろわるいことをしたこどもたちはそれなりのじじょうがあって、そういうことになったおもう。」
ひがいしゃはは 「じじょうってなんですか?」
ひらおかぎいん 「いやいや、じじょうをいうのはね、かれらどういうかんきょうでそだってきたとか?どういうおやとかおとなとかかんけいであったとか‥‥それはともかくおいといて、かがいしゃのこどもたちにどうなってもらいたいのか?そのこどもたちがじぶんをはんせいし、これからのじんせいをあゆんでくれるって‥そういうのはいいから、とにかく、しのきょうふをあじあわせてやりたいってことですか?」
ひがいしゃはは「じぶんのいのちをさしだしても、いきかえってもらいたいとおもっているが、それができないいじょう、むすこはめそめそきらいなこだったので、きもちはありますが、それはおいてますね。」
とうひょうへ‥
10 なまえ: しゃちょう(あいちけん)[] とうこうにち:2007/06/30(つち) 02:58:59 ID:4H+RLcO90
ようつべきたよーー
どうが1
http://jp.youtube.com/watch?v=ScJkZJYwbE0
どうが2
いぜんじみんとうからでたほうむだいじんがじしんのしんじんのかんけいでしけいしっこうにさいんできないといっていたのをおもいだしたがひではない。「うむきかい」なんかともひかくにならない。やまぐちけんひかりしのいっけんでこくみんのかんしんがこのてのもんだいにたかまっているのにこれである。やはりみんしゅとうもきゅうかんしへのおれいがしたかったのであろう。
もうなにかかたろうともおもえない。
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らんきんぐさんせんなか。きょうりょくしていただければさいわいです。
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■[かんこく]かんこくとうきごりんゆうちのせかいちずにはにっぽんがない〜ちょうせんはんとうにかくされるにほんれっとう

かんこくがとうきごりんのゆうちにうごいていることをけさのNHKのにゅーすでしった。ほかにゆうりょくなこうほはろしあとおーすとりあらしい。ここでかんこくにゆうちされれば2018ねんだかのとうきょうごりんがあぶなうくなりかねない*3のでできるかぎりかんこくにはならないでほしいものだ、とにゅーすをみておもったのだがこのかんこくがわのゆうちさいとのせかいちずをみてぜったいにかんこくになってほしくはないな、とおもったのでしょうかいすることにした。かきURLがそれである。
http://www.pyeongchang2014.org/eng/main.html
どうみてもにっぽんがかくれている。ちょうせんはんとうがとびでているえんしゅつだが、この「とびだしほう」にはさくいてきなものをかんじざるをえない。とびだすならばまっすぐにとびだせばいいものを、わざとにっぽんのほうへ、しかもうまくにほんれっとうをかくすようにえがかれているようにしかみえない。このような「ちず」がつかわれるごりんをにほんじんとしてかんげいはできないものである。
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■[きたちょうせん][ちょうせんしんぽう]またきたちょうせんからのおてがみ〜いみがわからないのはけっしてやくしゃがへたなわけではない

ちょうせんちゅうおうつうしんしゃは6がつ29にち、にっぽんとうきょくのぐんじたいこくかさくどうをだんざいするこくはつじょうをはっぴょうした。
こくはつじょうは、こくさいぶたいで「けいざいたいこく」のちいにみあう「ぐんじてきやくわり」をしゅちょうし、ぶりょくぞうきょうと「じえいたい」のやくわりをきょうかするにっぽんのはんざいこういはげんざい、ぼうかんできないきわめてげんじゅうなだんかいにいたっており、はいせんご60よねんかんきょうこうされてきたにっぽんのぐんじたいこくかがあべないかくほっそくのち、さいしんりゃくのじっこうだんかいでよりろこつかしているとしてきした。
こくはつじょうは、あべないかくが、「せんごたいせいからのだっぴ」と「しんけんぽうせいてい」をていしょうしながらぐんじたいこくかのほうてききそをかんびしようとさくどうしているじじつにげんきゅう、にっぽんとうきょくのぐんじたいこくかさくどうでもっともちゅうもくすべきは「じえいたい」をこうげきがたのしんりゃくぶりょくにかんぜんにへんかさせていることだとしてきした。
また、にっぽんとうきょくのむぼうなぐんじたいこくかさくどうはこんにち、ちょうせんはんとうじょうせいをせんそうすんぜんにおいやっており、あべないかくが「にっぽんのあんぜんほしょう」とちょうせんの「ぐんじてきいかく」をこうじつに、せんせいこうげきでちょうせんさいしんりゃくやぼうをじつげんしようとしているとしゅちょうした。
こくはつぶんは、りくかいくうぐんぶりょくとそのほかのせんそうのうりょく、こうせんけんをもてないことになっているせんぱんくにのたちばをわすれ、ぐんこくかとかいがいしんりゃくやぼうをじつげんしようとむふんべつにさわぐにっぽんはんどうのさくどうは、せかいのへいわとあんぜんにたいするげんじゅうなちょうせんでありゆるすことのできないはんざいこういだときゅうだんした。
[ちょうせんしんぽう 2007.7.2]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2007/04/0704j0702-00002.htm
これはこくはつじょうであるらしい。こくさいしゃかいにたいしてきたちょうせんはゆうきをもってにっぽんのばんこうをおしとどめるべく、きけんきわまりないにっぽんからのほうふくにもおびえることなく、ていこくしゅぎのやぼうにくすることもなく、せかいにさかえある、せかいしうえにのこるだいたんなこくはつをしたらしい。
どれもこれもすべてはいだいなるしどうしゃきんせいにちどうしのたくえつしたしどうのおかげだそうだ。このこくはつぶんもどうしがてがけ、そのりゅうれいにしてよむものをすべからくかんどうさせるぶんたい・ぶんこうぞうをじつげんしたようだ。せかいのじんみんはこのきだいのめいぶんをよめることにかんしゃしなければならない。きんせいにちどうしがぞんめいのなかいきていることをいっしょうふんのしゃいをもってさんじにかえなくてはならないのである。
……
ないようについてのひひょうはいらないであろう。いつものそれである。さいきんは、せんぱんこっかといったいいまわしをいたくきにいったらしい。まるでじしんがこくさいほうをじゅんしゅするきんだいこっかのようなかきかただが、「たざんのいし」なることば*4をおくりたい。これをもってしょうぐんさまへのしゃいとかえてよいであろうか。これいじょうかくことはない。
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らんきんぐさんせんなか。きょうりょくしていただければさいわいです。
*1:とうぜんながら「とうしゃひ」(というか「かんりにんひ」)というやつである
*2:もっとも、せいさくのぎんみもひつようだがみんしゅよりはじみんのほうがまだましである
*3:NHKもそういったことをにおわせていたがはっきりとはいわなかった
*4:つかいかたはびみょうにちがうが。これだとにっぽんの「ぐんじてきやぼう」がじじつのようになってしまう。あくまできたちょうせんしてんで、ということにしたい










