とうきょうのこうべにん このぺーじをあんてなについか

2009-01-02 あけましておめでとう このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 ねんまつからきゅうそくにたいちょうがあっかし、12がつ30にちのよるにこうべにもどってからも1がつ1にちまでほぼ2にちかん、ねこんでおりました。まあむかしからねしょうがつということばもあるぐらいだし、きゅうようがとれたというめんではそれもありかなとおもいます。ずいぶんかいふくしてきたところにきょう2にち、しそうしにすんでいるじゅうけいがいのししのにくをもってとうじょう。いのししなべで“かんぜんふっかつ”といったあんばいとなりました。あしたはきょうとけんぶつにでもでかけようとおもいます。こんかいはまる1にちつかえるので、きょねんにいこうとしていけなかったしせんどうにもあしをのばしてみようかと。

 

 ふつうねんまつになると1ねんをふりかえってはんせいしたり、ねんがあけるとこころをあらたにしてほうふをのべたりするのですが、あまりかわりはえもしないまま、1ねんがまたすたーとしてしまいました。こんなやつできょうしゅくですが、いつもあそんでいただいてありがたうございます(そうです、このだんらくはどくしゃのほうへのめっせーじだったのです)。こんねんもよろしくおねがいします。

2008-12-09 なかのえきでみたもの このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 せんしゅうのどようびに、ともだちのももちゃんかのじょぶろぐはこちら→もも くり さんねん)のらいぶがあったので、こうえんじまであしをはこんだ。そのときにのりかえでつかったなかのえきで、いわかんのあるこうけいをみた。

 くるまいすのじょうきゃくを、ちじょうのれんらくつうろからこうかじょうのぷらっとほーむにはこぶため、いちじえすかれーたーをとめて「かいだんをおつかいください」とえきいんがうながしていた。そのえすかれーたーくるまいすをはこんでいるかん、ほかのじょうきゃくをのせてはこばないるーるになっているようだった。

 ぼくもかいだんであがった。かいだんを3ぶんのいちぐらいあがったところでみかけたのは、あしがわるくてつえをついたおばあさんが、ゆっくりゆっくりと、いっしょうけんめいかいだんをあっているところだった。そのおばあさんは、えすかれーたーにのれればどれだけらくにほーむにあがれたことだろう。そのおばあさんもえきいんにうながされ、えすかれーた−のりようをあきらめたにちがいなかった。

 とうぜんのことだが、これはえきいんのたいまんだ。くるまいすのかいじょにきをとられ、えすかれーたーをほんとうにつかうべきにんをむししたからだ。これはJRかいしゃとしてのたいまんでもある。えれべーたーをせっちしておけば、そもそもえすかれーたーをやめるひつようがないからだ。らっしゅときでもにんのながれをとめずにしょうがいしゃのかいじょをできるうえ、どうじにあしのわるいおばあさんもはこぶことができる。

 しかしむずかしいもんだいは、そのときぼくはどうするべきだったんだろうかということだ。

 そのおばあさんをおいこしてぼくはかいだんをあがった。ぼくがかいだんをのぼりきったころ、おばあさんはかいだんのはんぶんをすぎたぐらいだった。そして、ほかのじょうきゃくをはいじょしてはこばれたくるまいすのじょうきゃくも、あいぜんごしてほーむにあがってきた。でんしゃはすぐにいっってきた。ぼくはでんしゃにのり、とうぜん、くるまいすのじょうきゃくはかいじょつきでのせられ「おきゃくさまのごあんないしゅうりょうです」とこうないほうそうではっしゃのあいずもでた。いっぽうで、あしのわるいおばあさんは、ぼくとくるまいすのじょうきゃくがじょうったでんしゃにのれなかった。

 ぼくはおばあさんをすどおりして、おいこしてよかったのだろうか? それとも、えきいんにこうぎしておばあさんをえすかれーたーにのせるべきだったのだろうか。でもおばあさんにのぼりかけていたかいだんをくだりさせるのは、かえってふたんではないのか。いろんなことをかんがえた。ぼくにできたことは、ほとんどなかったようにもおもえる。しかし、すどおりするのもしのびない、ざんねんだ、ともつよくおもった。

2008-11-30 こうし がく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 ぼこうのこうこうで、1にちだけですが、こうしをすることになりました。ぶんがくぶにいきたいせいとたちにはなしをきかせるのだそうです。はなしたいことはたくさんあります。50ふんかんですが、じかんがたりるかいまからしんぱいです。なによりぼくにこえをかけてもらったことが、とてもうれしくおもわれます。

 それで、そのじゅんびのためにだいがくのちゅうおうとしょかんに、ものすごいひさしぶりにいってきた。ちかくにすんでいるというのに、じつに5ねんぶりぐらいではないか。 ほんのいちがまったくかわっていなかったのがきょうみぶかかった。やはりとしょかんってほしゅてきなせかいなのだろう。おかげで、ほしいとおもっていたしりょうはひじょうにすみやかにしゅうしゅうできた。

 ひかくてき、あいていたこともよかった。れぽーとていしゅつのぴーくともなればまってもまってもこぴーができなかったきおくがあるのに、さくっとこぴーもできた。1000えんのこぴーかーどもこうにゅうした。10まいもこぴーしなかったので、900えんふんいじょうはのこっている。なにかのおりにまたたちよりたいとおもう。でもじっさいもんだい、かいしゃのしりょうしつでじゅうぶんというか、けいざいとうけいとかあたらしくはっぴょうされるじょうほうはねっとでとるのがもっともはやいから、としょかんとはへりのないせいかつをしているのがげんじょうだ。

 とはいえとしょかんをひつようとするようなげんこうも、たまにはかかないとのうがきたえられないようなきもする。がんばれぼく。

lolalola 2008/12/15 16:08 がくさんにりくえすとがやってくるのは
がくさんがきちんとしたおとなになっているからではないでしょうか。すばらしい。
わたしにとってとしょかんは、いるだけであたまがよくなったきぶんがするばしょです。
しやけんのとしょかんも、たまにりようするととてもじゅうじつしていておどろきます。
あぁ、ぜいきんってむだばっかりじゃないなぁ、と。

がくがく 2008/12/16 22:55 ありがとう。
ぼくをきちんとしたおとなだなんて、うれしいことをいっってくれるやないかい。
さいきんはCDとかDVDとか「しちょうかくしりょう」をおくのがとれんどのようですね。
れんたるびでおやでかりれるようなしりょうのほうが「ただだから」というりゆうでりようもおおいのでしょうが、できれば「そのとしょかんでしかみられないしりょうはなにか」ということにちゃくもくしたしゅうしゅうにもよさんをあつめにはいぶんしてほしいです。
おおくらやまのこうべしりつちゅうおうとしょかんは、こうべしないではっこうされたしんぶんのまいくろふぃるむなんかがあって、よいとおもいました。
おおてしんぶんしゃがしゅっぱんするしゅくさつばんって、とうきょうのさいしゅうばんをしゅうろくしてあるので、こうべのにんがなにをよんだかはわからないしかけになっていたりするのです。
そういういみでは、だいがくのとしょかんなんかはこんせぷとがめいかくでいいですね。
ほかのとしょかんもがんばってほしいです。

2008-11-29 かにかにはまかぜ このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 ひょうごけんのにほんかいがわ、かおりじゅう(かすみ)にいって、かにをたべてきた。すごいかにのりょうで、しかもおさけがおいしくて、くいすぎた。「あ、がくちゃんがしずかになっている」とだれかにしてきされた。「いいけいこうだ」とまのてもいっった。でも、それをいっったのはだれかおぼえていないほど、かににねっちゅうしていたというわけだ。しばらくはかにをたべなくてもだいじょうぶというきもするいっぽう、またらいねんもいきたいとおもうくらい、ひじょうにびみであった。しょくばのぱそこんのですくとっぷはすでに、かにになっています。

 とうきょうにもどったら、かき(うみのみるくのほうの)の“おとりよせ”のあんないじょうがきていた。ぼくはあきとかふゆとか、さむいきせつはわとすきなのだけれど、おいしいものがたくさんあるというのもすきなりゆうかもしれない。からつき3きろぐらむで3400えんだそうだ。

 ちなみにかおりすには「はまかぜ」というきどうしゃとっきゅうにのっていった。さんのみやではまかぜにのって、ひめじからはばんたんせんにいる。ひょうごけんをじゅうだんするこーすだ。ばんたんせんはひめじからわだやままで、いちかわ〜まるやまかわとかわすじをとうるのだが、ぎんざんでゆうめいないくのをこえたごろからかわがのながれのむきがぎゃくになる。それまでしんこうほうこうとはんたいがわつまりせとないかいほうこうにながれていたかわのみずが、しんこうほうこうつまりにほんかいがわにむけてながれだす。「あ、にほんかいがわにきたのだな」ということにそれできづく。

 かおりすにいったのは、こんかいがはじめてだ。ひょうごけんにうまれ、そだち、しょうがっこう3・4ねんせいではこうべしやひょうごけんのことをじゅぎょうでおしわった。でもひょうごけんのしらないぶぶんがいっぱいあったし、きのおけないにんたちと、そうしたばしょをまわるのはとてもこころたのしいことだった。くるまにのせてくれたのっちくん、どうもありがとう。じかいはぼくもくるまをうんてんしたいです。

 

こーひーてんちょうこーひーてんちょう 2008/12/02 08:04 まいにちとうるさんのみやえきから、そんなすてきなでんしゃがでているとはしりませんでした。おとなになってもいっしょにりょこうにいけるようなおともだちがたくさんいるなんて、ほんとにすごくうらやましいです。のっちくんとはこのまえなごやでごいっしょしました。わたしがこうべからきたというとがくさんのことをいっってたよ!

2008-11-03 こんねんのかぜ このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 かぜをひいた。あたまがいたいです。みなさんもきをつけてください。

 きのうふろにいっっていると、「きょうはなぜこんなにあせがでるのだろう」というほどあせをかいた。

 あさ9じころ、あまりのさむけにめがさめた。おかん、はしりまくり。ふとんともうふにくるまっているのにふるえがとまらない。さむいとほんとうにはがなるということをしった。

 ひるごろ、ふるえはとまったけれどもこんどはあつくなってきた。これはねつやなとおもってたいおんけいでしらべると37ど2ふん。ぼくはへいねつが35どだいなので、「そらしんどいはずや」とおもった。

 それでも、かようびのあさいちばんのしごとをしこまなくてはとおもってくるまにのってかいしゃにいくと、かようのあさいちばんのしごとはぼくのたんとうではなかった。こんなことならずっといえでねていればよかった。

 よる、ずいぶんねつはひいたけど、まだあたまがいたいです。

 しっかりねたいとおもいます。おやすみなさい。

がくがく 2008/11/09 22:41 ごしんぱいをかけてすみません。めっせーじありがとうございました。なんとかなりました。なんかさいきん、しごとをするとたいちょうがもどるようなきがします。しごとにんまになってしまうのではないかというてんで、ひじょうにわるいけいこうです。しょうがつは、きちんとやすみたいです。

2008-10-26 ほたるのひかり、ほてるのばー このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 べつにぼくはあそうたろうのしじしゃではないが、ほてるのばーにいくのはなにがだめなのだろうか? ほてるのばーぐらいまいにちじゃないけどぼくでもいくっちゅうねん。べつにほてるのばーぐらい、よいではないか。ほてるのばーはめいろうかいけいなので、ぎんざのくらぶにくらべればとてもやすい(とおもう。ぎんざのくらぶはじぶんのかねではこわくていけない)。ういすきー1はい1350えん。やすくはないけど、ねんしゅう600まんえんでつま1にんとこども2にんのふようかぞくがいるさらりーまんでもがつに1かいはぜいたくできるていどのきんがくだったりしませんか?(どうでもいいけどぼくはどくしんなので、ひょうじゅんせたいよりもかしょぶんしょとくはおおいです)

 ほてるのばーにあそうしゅしょうがまいにちいくのは、「しょみんかんかくのけつじょ」ということらしい。えっと、こっかいぎいんってねんかんのきゅうりょうは2000まんえんくらいでるから、そもそもかれらは「しょみん」ではないだろう。しかもしゅしょうはぼーなすもたかいから、もっとおかねもちだ。それにあそうたろうは、ひじょうじょうながらじもとではゆうりょくかいしゃのもとけいえいしゃでおおかぶぬしである。

 そりゃ、おきんもつかいたいだろう。むしろ、こういうにんにつかってもらうことでないじゅがなんとかしたささえされているとかんがえたほうがよい。かくりょうのしさんこうかいで、あそうたろうはしさんをもちすぎ、かねもちすぎというひはんがいちぶのしんぶんにのっていた。あほか。だったらもっとつかってもらったほうがよくはないか?

 ほっかいどうしんぶんのきしゃがしてきしたというはなしをきいた。たぶん、そのきしゃのねんしゅうは1350まんえんとかだ(だいたいしんぶんしゃにせいきこようされている30だいきしゃのねんしゅうってそれぐらいなの)。せいじぶのきしゃってやっぱりばかだとおもう。ふくだやすおに「やめろ、やめろ」とだいがっしょうして、いざやめたら「むせきにんだ」とさけびはじめたれんちゅうである。かれらのいうことをしんようしてはいけない。

 そもそもしょみんってなに? それに、しょみんでなくてはならないりゆうはなに? しょみんかんかくがこくみんをしあわせにするの? こうしたといに、ほっかいどうしんぶんのきしゃをはじめ、せいじぶのみなさんはこたえられるのだろうか?

がくがく 2008/11/01 11:14  べいだいとうりょうせんがあと1しゅうかんにせまったあたりから、きゅうにあそうしゅしょうのよるのうごきについて、とやかくいうほうどうがへりましたね。やはりますこみもばからしいことにきづいたんでしょうか。あそうしゅしょうのよるについては、あさひしんぶんがしてきしていた「だれとあったかについてしゅしょう(もしくはひしょかん)がうそをつく」ことがもんだいだとぼくはおもいます。

2008-10-20 いきたいならいごと……すいみんすくーる このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 このところごご10ときからはじまるしごとなんかがとっぱつてきにいっって、たいないどけいがかんぜんにくるったかんじ。ふつうにしごとをおえてよる8ときごろにいえにかえったにちとか、なにかねむれない。だいたいはやおきのにがてなぼくですらあさ7ときからかいしゃにいたりすることがおおいしょくばなので、にっちゅうはひじょうにねむたいのに、ものすごくつかれているのに、よるにいざねようとおもうとねむれない。すいみんじかんがものすごくみじかくなって、とてもふけんこうなかんじ。なんとかしんたいのりずむをととのえないと、なんかつかれがたまってしまいそうです。こんどのしゅうまつはきちんとねるのをもくひょうにしたいです。

 にちようびだった19にち、ちかくのとうきょうかてどらるでばざーをかいさいしていた。そういえばきょねんもぐうぜん、ばざーのにちにまえをとおりがかったとおもいだした。ねんちゅうぎょうじはじかんのけいかをかんじさせる。もう1ねんへったのか…。この1ねん、なにかしんぽしただろうか? すくなくともぷらいべーとはしんぽしなかったな。きのう、こうべのははから、いつけっこんするのかじゅうしにきかれたというでんわがかかってきた。そんなことをいうためだけにでんわをしてくるなんて、じつにいやみなはなしだとおもう。

lolalola 2008/10/21 09:50 で、いつけっこんするの?
はやくけっこんしてほしいんでしょうねー。でもきたいだいでおよめさんはたいへんそうです。
わたしのいえではもはやけっこんなどいうたんごはたぶーのいきで、てれびばんぐみでそれらしきわだいをやっているとごしんせつにちゃんねるをかえてくれたりします。
おしごとたいへんそうですね。ねむれないときはくびのうしろをのばしたり、ぜんくつしたり、しんこきゅうをくりかえしたりするとよいそうですよ。いんどにんのちえ。

がくがく 2008/10/26 22:39 さすがいんどにん。くびのうしろをのばす(こきっていいそう)、ぜんくつ(しんたいはかたいけど)、しんこきゅう(これはふつうにできそう)ですね。なんか「き」をつつしめるかんじのしせいがじゅうようというわけですな。やってみるわ。ありがとう。
それで、ええと、けっこん? おなじぐらいのとしで、ともだちみたいにつきあえるじょしがいたら、いつでもけっこんしたいところですが、こちらがいいなとおもったじょしには、ふられてばかりなのがじつじょうです。ここ5ねんほどれんせんれんぱいで、しまいにはめんどうになっているしまつ。さいきんは「こんかつ」なることばもはやっていますが、もうこのねんになると「まずはともだちから」とかゆうちょうなことをいっっているからだめなのか? ま、そんなかんじだからとうぶんけっこんないね。

2008-09-11 かなしいおしらせ(ぼくにとって) このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 なつやすみがなくなった。やめとけばいいのに、しごとをしようとおもったら、しごとをするじかんがたりなくなったからだ。まあこんねんはしこくにもいったからしかたがないか。やすむのもじつりょくのうち、とかいうから、じかんがたりなくなるのはぼくのせいなのだろう。

SumikoSumiko 2008/09/20 16:31 かなしんでいるがくちゃんに、たのしんでもらいたいので、ここみてね♪
http://jp.youtube.com/watch?v=vhEFU3GFl6I

がくがく 2008/09/21 02:42 ありがとうございます。みました。まいにち、でんしゃつうきんのみのうえということで、みにつまされるおもいです。おなじふまんをだえているにんはいがいにおおいのではないかとおもいます。あと、ぼくはあさ5ときだいとかそうちょうのでんしゃにのることもあるのですが、そういうでんしゃには、やたらさけくさい20だいとみられるじょせいなんかものっていて、ちょっときぶんがわるいです。しかし、そういうふまんをましょうめんからとりあげず、こういうかたちでおちょくるのはすまーとだとおもいます。とはいうものの、なんていうか、たのしんだのはたのしんだけど、ぼちぼちおじさんのいきにさしかかっているぼくもきをつけようとおもいました。じょんじょりーな・ありーっていうなまえ、ものすごいなんせんすなぱろでぃでおもしろいです。ぶらっど・ぴっとのおくさんのなまえをはじめてきいたおおさかのおっちゃんがぜったいにいいそうです。「あんじょりーなかじょんじょりーなかしらんけど……」って。

2008-09-07 きせいかんわ このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 せんぱくめんきょのこうしんこうしゅうをぶじ、つうかした。ほっ。

 こうしんこうしゅうでは、じどうしゃのこうしんこうしゅうとほぼどうようで、あんぜんこうしゅうにくわえて、この5ねんいないのせいどへんこうについてせつめいがある。この5ねん、というのはめんきょのこうしんたいみんぐが5ねんごとだからだ。そういえば10ねんくらいまえもおなじしんばしえきちかくのざっきょびるのちかでこうしゅうかいをうけたきおくがある。5ねんまえはなかのさんぷらざだった。

 そこでびっくりしたのは、いつのまにかぼくがものすごくおおきなふねをそうじゅうできるしかくをもっていたということだった。ぼくがいま、そうじゅうできるのはそうとんかず20とんまでのぜんしゅるいのせんぱくか、24めーとるいないのぷれじゃーぼーとだ。24めーとるいないのふねのそうとんかずは、おおきいふねのばあいだと40とんをちょうすのではないか。しかもじんめいきゅうじょなど1にちですむのほうていこうしゅうをじゅこうすれば、こがたりょきゃくふねやゆうぎょせん、こがたぎょせんのせんちょうにもなれるのだという。2004ねんにせんぱくしょくいんほうがかいせいされて、さいぶんか(というほどでもなかったけど)されていためんきょのだんかいがおおはばにかんそかされたのだ。

 ぼくがふねのめんきょをしゅとくしたのはこうこう2ねんのときだったから1993ねんだ。そのときしゅとくしたのは「4きゅうこがたせんぱくそうじゅうしめんきょ」だった。とうじはこがたせんぱくといえば1きゅうから4きゅうだった。10ねんまえにこうしんこうしゅうをうけたときのとぴっくは「5きゅう」ってのができましたよ、ということだった。すいじょうばいく(かわさきじゅうこうのじぇっとすきー=しょうひんめい=がゆうめいですね)でのじこがおおかったため、きせいがきょうかされたのだった。しかし5きゅうっていうめんきょをつくったところで、ふねとすいじょうばいくのりかたがちがうため、こんぽんてきなもんだいのかいけつにならなかった。

 いっぽうで2001ねんにこいずみじゅんいちろうしがしゅしょうにしゅうにんし、きせいかいかくのあらしがこくどこうつうしょうにもふきあれる。きゅううんゆしょうは、きゅうけんせつしょうとちがってこうくうかいしゃにしんきさんにゅうをさせたじっせきをつくるなど「きせいかんわのきしゅ」をじにんする。というわけで2003ねんにめんきょをこうしんしたときにぼくは2きゅうせんぱくそうじゅうしということになった。それまでの1きゅうと2きゅうのくぶんがはいしされ1きゅうになり、きゅう3きゅうときゅう4きゅうが2きゅうになったのだ。とはいえきゅう4きゅうには5とんげんていというふねのおおきさにしばりがついていた。いっぽうですいじょうばいくようのめんきょがしんせつされた。ふつうのせんぱくめんきょだけではそうじゅうさせないというわけだ。

 とはいえきとくけんにははいりょされていて、ぼくのめんきょはふつうのふねにくわえて、すいじょうばいくもそうじゅうできるしかくになっていた。それをさらにきせいかんわしたのが2004ねんだ。こがたせんぱくのめんきょは1きゅうもしくは2きゅう。そしてすいじょうばいくのためのとくしゅめんきょ。そうじゅうできるふねのおおきさにはくぶんをもうけず、1きゅうはがいようにでてよくて、2きゅうはえんかい。そのくぶんは5かいり(5まいる)。ただしすいじょうばいくは1きゅうをもっているにんではべつにめんきょがひつよう、というわけだ。

 すいじょうばいくにのれるきとくけんにくわえてふねのおおきさくぶんてっぱいにより、ぼくは2きゅう・とくしゅめんきょのほじしゃということになった。めんきょのらんくあっぷのしけんもおおはばにきせいがかんわされたらしく、こうしんこうしゅうのこうしによると、がいようこうかいのがっかしけん(4たくもんだいで14とん)にごうかくしさえすれば、1きゅうせんぱくめんきょをしゅとくできるらしい。じつぎしけんはない。そんなにかんたんなのなら、いま1きゅうをとっておくのがよいのではないか。もちろんにちじょうてきにふねをのるよていはないし、とうめんは「しゅうまつはくるーじんぐ」なんていうゆうがなくらしをできるみとおしはない。しかし、もしつぎにきせいがきょうかされることがあれば、おそらくきとくけんをしゅちょうできるだろう。もっとも14とんのがっかしけんのために、いくらおきんがかかるのかややきになる。

 

▼そふとぼーるなげ

 こうこうの「じょしそふとぼーるなげ」といきょうぎをてれびちゅうけいしていたのをみかけた。ゆうしょうしゃは77めーとるをなげたということだった。りくじょうぶにしょぞくしているらしい。なぜそふとぼーるぶにいらないのだろう? がいやからのばっくほーむでは、ものすごいいりょくをはっきしそうだけど。それともそふとぼーるとそふとぼーるなげは、まったくべつのきょうぎなのかな?

2008-09-04 でびゅーさく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 ももちゃんがCDをつくりました。ごあんないはこちら=「あさみ*Vocalist Tomomi Sasaki」。にんげんがうたううたがすきなにんは、ぜひかってください。いんでぃーず(じしゅせいさく)はんとはいえ、かのじょのでびゅーさくになります。ふつうのCDしょっぷではかえないはずですので、ほしいかたはちょくせつ、ほんにんにめーるとかでれんらくをとられるか、かのじょらいぶかいじょうでこうにゅうできるみとおしです。ちなみにすけじゅーるもかのじょのうぇぶさいとかぶろぐにさいしんのじょうほうがこうしんされているとおもいます。ちょくせつほんにんにあくせすするのがなんとなくきがひけるというばあいは、ぼくにひとこともうしつけていただければ、ほんにんからしいれておきます。ぜひ、おすすめします。

 

 ところで「ももちゃん」とはだれか、というはなしです。ぼくはいまほどゆうめいでないごろからしょうそねまことというじゃず・ぴあにすとのふぁんだったわけです。で、あんまりゆうめいでないみゅーじしゃんのらいぶになんどもあしをはこぶと、きゃくせきにもみおぼえのあるかおがならぶというじたいにけっこう、そうぐうします。「あ、あのにん、こないだのらいぶにもきてはった」といったぐあいです。

 

 じゃずなんていうしゃようもいいところのおんがくのぴあにすとだと、らいぶのかいじょうもちいさいばしょがおおかったりするので、よけいにそういうことがおおくなる。しかも、おたがいにみずからがせけんてきにはまいのりてぃであることをいしきしているので、しょうそねまことがいかにすばらしいかというおもいのたけをかたることによって、かなりむすびつきがつよくなったりするわけです。

 

 とはいえ、こうじょうてきにかおをあわすわけでもないので、じゅうらいならなまえもしらずにすれちがっておわるようなにんなわけです。しかし、そこはそれ。ごたぶんにもれずねっとのおかげで、じかんやばしょをえらばずにこみゅにけーとできるうえ、かなりたがいのぷらいばしーをかいじしたりするところまでいくわけですよ。ねっとをつうじでかいわをしようとすると、すくなくともなのるひつようがある。そのうち「きくんはなにものぞ」ということにきょうみももちはじめる。

 

 というわけでしょうそねまことのうぇぶさいとがたしか1999ねんにおーぷんして、2003ねんぐらいまでにけいじばんにさんかしていたにんたちと、ぼくはかなりしたしくなりました。ほぼまいしゅうまつみんなであってのんではなしていたりしたじきもありました。そこでともだちになったにんのおとうさんがなくなり、おつやにいってまちがってしんぞくせきにすわり、さんれつしたにんにあいさつするというちんじもおきたのです。「まあ、しんぞくみたいなもんやんけ」とか、いろいろいっったりして。まあしゅみをつうじてしりあったなかだから、それぐらいなかよくなるというわけですね。そういうなかまのうちの1にんがももちゃん、というわけです。かのじょはねっとではmomosasakiとなのっていました。ももちゃん、というのはちいさいごろからのあだなだったそうだけど、はんどるねーむをうけてぼくらもかのじょを「ももちゃん」とよんでいます。

 

 で、まえおきがながくなってしまったのですが、ももちゃんはこどものごろからずっとせいがくをつづけていたのだそうです。とおっていたとうきょうおんだいではおぺらなんかもてがけていたというから、ようするにおんがくで(あるいはうたで)みをたてるけっしんをとうじからしていたということだとおもいます。それでこんかい、CDをだすことになったということで、まさにおめでとうのひとことです。これからもがんばってほしいです。

 

 それに、このCDのいいところは「おんがくがいい」というてんです。ももちゃん、はっきりいっってうたがうまいです。ぷろなんやからあたりまえやん、というつっこみいじょうのせいかがあがっているとおもいます。ぷろでもうまいほうのぶにじゅうぶんにいるのではないかな。たまにへいばんなうたをうたうかしゅっているでしょ。まあてくのみたいなへいばんをたのしむおんがくならそれでいいのだろうけど、にんげんがうたううたなんだからかんきゅうをつかったひょうげんでこころをゆらしてほしいものです。それがかのじょのうたにはあるし、なんかしょうらいせいもかんじるわけです。このにんは、もっとおんがくのひょうげんをふかめるかのうせいをもっているのではないかと。かといって、いわゆる「もりあがれじょゆう」のようなくどさというか、いやらしさもないからふしぎです。なんなんだろう? これってきゃらくたーなのかな。

 

 きゃらくたーといえば、ももちゃんによるらいぶのMCはひじょうにおもしろいです。たぶんほんにんはおおまじめにやっているのだろうとおもう。でも、どこか、すっとぼけているのです。とてもゆにーくなくうきかん。ももちゃんどくじのせかいです。きのうのよる、ぼくのいえにもCDがとどいたのでれいをいう(ぼくもきちんとそうりょうこみみ3000えんでこうにゅうしたけど)ついでに「いまからきくよ」というめーるをおくると、もう5ふんごにはかんそうをさいそくするめーるがとどいていました。まだききはじめやっちゅうねん。ほんにんはひていするとおもいますが、ちょっとてんねんきゃらです。こんなことをかいていると、「がくちゃん、ひどい」とかいいそうです。というわけで、かのじょらいぶにあしをはこぶことも、ぜひおすすめします。ちなみにかのじょのほんみょうはささきあさみ(ささき・ともみ)といいます。

 

 これはぼくのよそうというか、はんぶんはきぼうなわけですが、このCDがきっかけになって、かのじょはあらためてめじゃーれーべるからでびゅーするんじゃないのかな。というか、こんかいCDをつくったことで、めじゃーれーべるにうりこむためのぷれぜんしりょうができたかたちです。それがこんごをてんぼうするうえで、とくによろこばしいぽいんとだとぼくはおもっています。いまわかてのじゃずぼーかりすとで、こんなにうたえるにんはにっぽんにいないからです。たぶん。あやこさとるえだけがじゃずう゛ぉーかるではないというのをにっぽんのちょうしゅうにあぴーるしてほしいです。にほんじんは、ももちゃんのうたごえをきいて、うっとりしてほしいです。たとえばそしゅうやきょくなんて、いまのわかいせだいにそきゅうりょくのたかいせんきょくなのではなかろうか? じゃずぎょうかいぜんたいのかっせいかというか、てこいれにもつながるにちがいないとぼくはおもいます。

www.learn-japan.org(romaji/hira/kata/hirakata)