2009-01-08-Thu
■[ざっき]ほんをよむということ

いろんなにんとがーっとしゃべったりしているまになんとなくきがついたことがあって、ほんとうはそこまでにいたったけいろをまとめたりろんしょうしたりがひつようなんだろうけど、ぶんをかくのはにがてなので(ここもほうちしがちだし)きづいたそのことをさきにかいてしまうことにする。
「『ほんをよむのがすき』というにんはおおいけど、そのおおくが『じぶんのすきなほんをよむのがすき』なんでしかない」。
「しゅみはどくしょです! どすとえふすきーをいとしてます!」
さてそんなはとよめのせりふはともかく、たとえばじこしょうかいでどくしょをしゅみというにんはすくなからずいる。けれど、そもそもしゅみってなんだろう、すきってなんなんだろう。そういうことをかんがえたとき、「きみのしゅみがどくしょって、なんかのじょうだん?」みたいにあおりたくなるやつら、しゅみってのはそういうれべるのもんじゃないだろとはりたおしたくなるじしょうほんずきがおおすぎる。
そもそもしゅみっつーぐらいだからあるていどのねついはあっていてほしい。どくしょがしゅみというのなら、じぶんのすきないっさつについてあつくかたるとか、じゃんるにかけるあついおもいとか、このさっかがすげえとか、そういうのをぜひききたい、じぶんのどくしょもよりゆたかにするために。……というのにかれら、えせほんずきどもときたらおすすめのほんきいてもおすすめのさっかきいてもいちじていしぼたんおしたみてえにうごきやしねえ! なんなんだあいつら、しんぞうもいっしょにていししてんのか!?
……つーと「それはすきなほんやさっかがおおくてとまってるだけじゃないかなー」みたいなことをしょけいらおもうんだろうけど、そんなんあまいよあまいぺぷしNEXよりも。げんにだきょうしてさいきんよんだおもしろかったほんをなんとかききだして、もとねたてきなほんやらおなじようなたいぷのほんすすめてもちっともよみやしないし、めのまえになべてもとろうとさえしない。ようは「ほんがすき」「しゅみはどくしょ」とかいっってるわりには、すきなはずのそれにきょうみもこうきしんもしめさず、しゅみなはずのそれをはってんさせるきもない。おかしくねえか、しゅみってそんなもんなのか? んでもってなんかおもしろいほんありますかとかきいてくるから、いままでよんだのでおもしろかったのとかきいたうえでなんかかすじゃん。3にちでかえしてくるからもうよんだのかとおもってはなしきくとどうやらそうじゃないらしい、よむじかんがなくて……とか、ちょっとよんだけどあわなくて……とかいいやがる。あげくのはてには「やっぱり『(いまよんでるほんのしょめい)』がさいこうですよ!」などとぎょうる。はあそうですか、だよ。それでそのほんのどこがすきかとかきくと、やっぱりまたていししちまう。おいおいおいほんいっぱいよんでてことばもたくさんしってんだろ? なのになんでなにもいえねーんだよ、いったいおれにどうしろってんだ。
さてどくしょさーくるてきなところでそんなことがなんかいもあっておれがかんぺきにりかいしたのは、「どくしょがしゅみ」とか「ほんがすき」とかいっってるやつのおおくは、そのみ「ほんがすき」なのでも「どくしょをしゅみとしている」わけでもないということだ。そいつらは「じぶんのすきなほんだけがすき」なのであり、「しゅみとなるようななにかがなかったからただほんをよんでいただけで、べつにそれがしゅみになったわけでもない」。
そんなやつらがのさばっているおかげで、「りれきしょのしゅみのらんにどくしょとかいてあったらそくおとしますよ(わらい)」などとのたまうわんまんしゃちょうもでてくるし、おれも「しゅみはどくしょですねー」なんてじこしょうかいをきいたとたんにしゅんかんゆわかしき。
ほんをよむということについて
「くそどもが、あいつらじしょうほんずきのくせにじぶんのすきなほんしかよみやがらねえ」てきなことをえんえんとかいた。しかし「じぶんのすきなほんをよむのがすき」というのは、おそらくおおかれすくなかれみながそうだろう。じぶんにもそのけいこうはある。じしょうほんずきとまことのほんずきには、すきなほんいっさつをよりおもしろくよむどりょくをするか、そしてすきになれるほんをさがすどりょくをするかていどのちがいしかないのかもしれない。
というわけでこれからもまことのほんずきになるためどりょくしていこうとおもいます。あけましておめでとうございました。
2008-12-30-Tue
■[どくしょ]いるーにゅのきょじん(くらーく・あしゅとん・すみす)

- さくしゃ: いつじあけみ, C.A.すみす
- しゅっぱんしゃ/めーかー: とうきょうそうげんしゃ
- はつばいび: 1986/07
- めでぃあ: ぶんこ
ふっかんふぇあたいしょうさく。C・A・すみすのさくひんでかつてじぶんのよんだのは、「あんこくしんわたいけい」しりーずしゅうろくさくやあんそろじー『かげがいく』の「よー・う゛ぉむびすのちかぼち」ぐらい。るりむ・しゃいこーすがでてくるやつはみどく、というかこくしょのあれをあまりよんでない。
それらのさくひんをよんでかんじたのは、ほらーとふぁんたじーとSFがまだみぶんかだったごろのにおいがつよくあるってことで、たとえるならりくつをひいてゆーもあをたしたえどがー・あらん・ぽお。ねたやぶたいがむいみにSFていすとな「ななつののろい」「よー・う゛ぉむびすのちかぼち」、ばくしょうできるえいぼんともるぎのちんどうちゅう、「うぼ=さすら」のしかくてきにかかれたきもちわるさなどがこころにのこっている。
というわけでほんしょ『いるーにゅのきょじん』だが、きほんてきにそういったこれまでのいんしょうをかえるものではない。が、それなりにおもしろいたんぺんはいくつかある。ほらーさくひんでは「あう゛ぇろわーにゅのけもの」「こおりのまもの」、ひほらーでは「やなぎのあるふうけい」「ゆーう゛ぉらんおうのふなたび」などなかなかたのしくよめた。わんあいであなはなしがおおくあるのも、たんぺんしゅうとしてとくちょうてきだろう。じょうきいがいのいちおしは「せいじんあぜだらく」「しれーるのおんなまほうつかい」で、じかんをまきもどすくすりやしんじつのすがたをうつしだすかがみなどのまじっくあいてむがこうかてきにつかわれている。
ほかのふっかんふぇあたいしょうさく、『だいうちゅうのしょうねん』『どりーむ・ましん』『どくやくみすてりけっさくせん』なんかも、きかいがあればぜひよみたい。
2008-12-16-Tue
■[あめこみ]Superman Batman: Absolute Power

Superman/Batman 3: Absolute Power (Superman Batman)
- さくしゃ: Jeph Loeb, Carlos Pacheco, Jesus Merino
- しゅっぱんしゃ/めーかー: Dc Comics
- はつばいび: 2005/07/30
- めでぃあ: はーどかばー
あらすじ:
わるいみらいじんその1がちきゅうにふじちゃくしたちょくごのすーぱーまんをらち!
わるいみらいじんその2がりょうしんをころされたちょくごのぶるーす・うぇいんをらち!
わるいみらいじんその3がひーろーになるはずのきゃらたちをまえもってぎゃくさつ!
なんねんかのち、せかいはわるいみらいじんずにあやつられたすーぱーまんとばっとまんのぜったいてきけんりょくにしはいされていたのです……
しょじしてるはんのひょうしはうえのとちがう。じょうだんのばっくにじゆうのめがみからーなふたりのちょうぞうがあって、げだんのばっくにはらしゅもあやまにきざまれたふたりのかお。すごい。
てなかんじでDCはん『えいじ・おぶ・あぽかりぷす』だなーとはじめはおもっていたんだけど、それはけっきょくとちゅうまで。いろいろあってじかんじくがごっちゃになり、もとのせかいにもどろうとするふたりがやがて「じぶんたちはわるいみらいじんにあやつられていたのだ!」としんそうにきづきだすのがほんすじ。
ぐっとくるしーんはいろいろあって、たとえばさからうひーろーたちをふたりでばきばきにだんあつするところはあまりにもしょうがなさすぎてこころにのこる。「ふたごのひとらーどもめ!」っていっったぐりーんあろーをようしゃなくひーとびじょんでこがしたり、わんだーうーまんをしめころしてみたり、すーぱーまんが「したがうか、さもなくばしね」っていうこまとかちょうびびる。けっきょくさいごはわるいみらいじんがくるまえにせかいがしゅうせいされるんだけど、なかまをだんあつしさつがいしたかつてのきおくはふたりにのこっていて、かるくちをたたいてくるぐりーんあろー(「はやくどっかいけよ、おそぼちゃんにみはられてるようなきになるぜ」)のまえでこころもちあんげなかおをしているところもよいなあ。だいたいそんなかんじ。
2008-11-11-Tue
■[どくしょ]20せいきのゆうれいたち(じょー・ひる)

S.きんぐ
ほんしょのかんそうめいたものをかくまえに、すこしすてぃーぶん・きんぐのはなしをしたい。といってもぜんぜんむずかしいはなしじゃない、きんぐすきにはゆうめいなちょっとしたえぴそーどたちとざっかんていどのごくごくかるいさむしんぐだ。
かのきゃりあのしょきをみたとき、とくにはじめのさんさくだが、かていがほうかいするさまがさまざまなぱたーんでえがかれていることにきづく。しゅじんこうたちのかていは、もともとひずんでいたにしろ(『きゃりー』)せいじょうだったにしろ(『のろわれたまち』『しゃいにんぐ』)、いぶつがこんにゅうすることでおとをたててくずれていってしまう。もちろんほらーというじゃんるがにちじょうのはかいであるならば、にちじょうのしょうちょうたるかていなどいのいちばんにさくしゃからねらわれてとうぜんである。しかし、このはかいぶりにはどこかすごみをかんじる。だれかがいっったことばに「さつじんとはがいてきなじさつである」というのがあるが、ならばおおかれすくなかれじこをとうえいしたであろうしゅじんこうたちがにんをころし、しにそうなめにあい、しんでいくのをかくことも、おなじくじさつとそれにつづくなにかにほかならない。たとえば『のろわれたまち』で、しゅじんこうのひとりであるほらーすきのしょうねんまーくがほんもののきゅうけつきとであいつらくもいきのこるさまに、おなじくほらーすきだったさくしゃのきもちをかさねることはものすごくまっとうなよみで、かれにしょうてんをあわせてよむととてもめたなきもちになれる(どうしてもだめしんぷにかんじょういにゅうしてしまうが)。ちなみにぼくはけっこう『のろわれたまち』がすきですきでしょうがなくて、きんぐはん「ぽけっとのなかのせんそう」じゃね? などとよめいげんをぬかすことがよくある。『しかばねおに』なんてむだにながくてこっちがしにそうになるし、おまーじゅといえば『くろすふぁいあ』より『ばおーらいほうしゃ』のほうがもんどうむようでまされていることだなあ。
かんわきゅうだい。ではじっさいのかていにおいてきんぐはどのようなにんげんだったのか。きんぐいえのにんげんではないみにはわからないことだが、ゆうめいなえぴそーどがいくつかある。ごみはこにすてた『きゃりー』のかきさしのげんこうをつまたびさにみつけられ、「これをかきあげなさい」といわれたことや、こどもにちょっかいをかけられていっしゅんさついをだいたことが『しゃいにんぐ』しっぴつのきっかけだったこととか*1。またむすこおーえんのりとるりーぐえんせいをみずからきろくし、たんぺんしゅう『ないとめあず&どりーむすけーぷす』にしゅうろくしてもいる。しかしそれらからちちとしてのおっととしてのすてぃーぶん・きんぐぞうをすいさつすることはほとんどふかのうだ。『しゃいにんぐ』のえぴそーどをとうのこどもじしんはどうおもっているのか、などはものすごくきになるてんであるが。またせんじゅつしためたてきなよみを『しゃいにんぐ』にたいしてすると、しゅじんこうのしょうねんもそのちちもさくしゃのとうえいのためものすごくふくざつなきぶんになるものの、けっきょくはねがてぃぶなかんじょうをぽじてぃぶなかんじょうでおしかえしたぞ! やったー! ということになるのだろうか。よくわからない。「しょじょさくにはそのさっかのすべてがあらわれる」というが、『きゃりー』はよくわからないしょうせつなので、すてぃーぶん・きんぐはよくわからないさっかだということでOKなのだろう。
J.ひる
さてここまですてぃーぶん・きんぐとそのかてい(さくちゅうにおいてもじっさいのそれも)についてかんがえたりかんがえることをほうきしてみたりした。なぜわざわざそんなことをしたかというと、ほんしょ『20せいきのゆうれいたち』のさくしゃじょー・ひるがかのむすこだからである。『しゃいにんぐ』しっぴつのきっかけとなったのがかれかどうかはわからないが、しゅうろくされたかずかずのたんぺんでさまざまなふしのかんけいがびょうしゃされていて、そういえばいぜんにやくされたちょうへん『はーとしぇいぷど・ぼっくす』もひろいん(すでにしぼう)のちちおやがひどいやつで、でもぼうとうのけんじは「とうさん」にたいしてというねじれっぷりだったなあということをおもいだしたところでちちきんぐについてかんがえてみたというのがじっさいだ。ここでほんしょにちちころしのいんゆにみちあふれたさくひんがおおくふくまれていれば、すてぃーぶん・きんぐのせいかくについてちょっとしたすいそくがかのうだったが、とくにそうではないのできたいがいれはんぶん、でもよいほんをよんだというきもちもはんぶんである。というわけでほんしょほんたいのかんそうにうつろう。
『20せいきのゆうれいたち』
『はーとしぇいぷど・ぼっくす』がろっくみゅーじっくへのあいにみちみちていたさくひんだったように、ほんしょもさまざまなかたちでぽっぷかるちゃーへのげんきゅうをしていく。たとえばえいが、たとえばこみっく。そしてもうひとつのとくちょうとして、じゃんるしょうせつてきでないふつうのたんぺんしょうせつをもしゅうろくしていることがあげられる。しかしそのじつほとんどすべてのしゅうろくさく――げんそうしょうせつであれほらーしょうせつであれふつうのであれ――がきょうつうてんとしてもっているのは「ちょっとしたずれ」だ。そのずれがどくしゃのかたをすかすものであるか、それともとうじょうじんぶつをおそれさせるものであるかはともかくとして。
いっそくさきにまとめるなら、とにかくどくしゃのよそうをうらぎりきたいをうらぎらない、よいたんぺんしゅうだとおもう。くりだされたあしはらいをけいかいしているとしょうめんからどつかれ、かんぺきにぼうぎょをかためたら「ああ、もうかえるじかんだおつかれ」などといわれ、いかっておいかければはりせんではたかれる。おもしろいほんをさがしてはためいきをついているにんとか、とにかくすげーほんをよんでみたいにんにおすすめしたい。できればちちであるすてぃーぶん・きんぐのさくひんにめをとうしておくのもいいだろうが、ひっすではない。ただ、あるていどどくしょなれしたにんのほうがいいかもだけれど。
いかにきにいったたんぺんのかんそうなどかきとめ、ねたばれきみこうさつをおこなう。
*1:そーすがかくにんできない。どきゅめんたりーだかでいっっていたきがする
2008-10-25-Sat
■[えいが]ぼくらのみらいへぎゃくかいてん

あらすじ:さびれたまちぱせーいくのびでおやてんいんじぇりーとそのあくゆうまいく。あるにちまいくがはつでんしょのでんきをあびてじきにんげんになり、みせのびでおてーぷがすべてしょうきょされてしまう。おりもおり、じょうれんのおばちゃんが『ごーすと・ばすたーず』をりくえすとしにきた。はじをしのんできょうごうみせにいくも、すでにびでおなんてDVDにきりかわってる。こまったふたりがおもいついたのは、かめらかたてにじぶんたちでそれをさいげんすることだった……
まーとれーらーみりゃだいたいわかるってのはそのとおりで、DIYりめいくがにんきをはくす→まちのじゅうにんもまきこんでいろいろりめいくする→「はりうっどのものですが」っていう。しかしとれーらーではわからないものもあるので、にじゅうはいふんをよっつなべてねたばれかいひ。

ほかのきゃら(かまんでぃとかさーじぇんと・ろっくとか)になるとぜんぜんわからなかったです……wikipediaびきびきよんでました