せいさんざいえいぎょうのぷろせすとこころわざからだ−あおくさしんごのせいちょこう このぺーじをあんてなについか RSSふぃーど

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いかさいしんみだし、つきべつのきじひょうじはみぎうえ、ぜんきじいちらんはここ、をくりっく

2008-10-11 143.ぱるはんけつかきととうきょうさいばんしみそしてかいろぶひんでL(いんだくた)

[][][] ぱるはんけつかきめいきしていくうえでは、がくしゃのじじつとろんしょうによるしんりたんきゅうへのきたいがたかまります。ただしほっかいどうだいがく/なかしまがくこころざししのちょしょのようにますこみうけするいでおろぎーろんそうにすりかえたぎそうほんにちかいせいじほんなどもでまわっていますから、せいちょとくらまされないようにせねばなりません。

ちゅうごくきょうさんとうはんにちにほんじんれきしもんだいぷろぱがんだによってにほんこくみんがはらわされてきたただいなこすとをけいげんするゆうこうさくについて、しんにちえいこくじんのびる・えもっとしは「にちべいりょうせいふぱるはんけつかきめいきすること」をていげんしています。やっかいなのは、にっぽんのますこみぎょうかいだいがくにっきょうそなどにそうなま(そうせい)するはんにちにほんじんによってにほんぜんたいが[うそのじゃんぐる]におおわれていることです。ぱるはんけつかきをめいきするにはいでおろぎーもんだいにされてしまったれきしもんだいを「じじつとろんしょう、がくじゅつてきせいかにもとづくちてきはんだんのもんだい」にびきもどすひつようがあります。「ちてきはんだんのもんだい」であればぎろんによってちしきふやしへんか・しゅうせいをくわえていくというしのすぱいらるてんかいちてきはんだんしつてきこうじょうをじつげんできます。

ぱるはんけつかきにかかわるほんものは、しゅちょうやひょうかのこんきょのしめしほうががくじゅつてきろんりてきです。「しのもんだい(じじつとろんり)」としてがくじゅつてきによりかくじつにじじつをつたえようとしています。ちてきはんだんさほうにもとづいています。はんたいににせもの(ぎそうほん)はしゅちょうやひょうかのこんきょあいまいだったりいでおろぎー(よいかわるいか、しんじるしんじない)だったりします。ちゅうごくきょうさんとうれきしぷろぱがんだおなじです。いでおろぎーろんせんとは、しんこうのもんだいですから、しゅちょうはいっぽうつうこうで「あいてにてんこう・かいしゅうをせまるのみ」です。せいかくなちしきをもたずにしゅちょうできます。そうほうこうのぎろんせいりつしません。「ぎろんがせいりつ」するのは「ろんそうとうじしゃがちてきはんだんのもんだいとしてろんせんにさんか」するばあいのみです。・・・ちてきはんだんのもんだいをしんこうのもんだいにすりかえていでおろぎーのぜんあくはんだんにもちこむがくしゃもどきじしょうがくしゃがおおぜいいます。ゆえやまもとしちたいらしはちょしょ*1で「わたし/やまもとしちたいらがまえにたいだんしたあいだゆうじ(あいだゆうじ)しは[しんねんのにん、つまりそりゃあたまのからっぽなにんげんやね。がくしゃにもうんどういえにもとくのうかにもいるな、それは。そういうしせいをとらにゃ、じぶんのからっぽがばれるからね。]といってわらわれたが、これはしにかかわるちてきはんだんがかいむのにんげんということであろう。」とろんじゅつしておられます。

ぱるはんけつかきにかんし、ほっかいどうだいがくだいがくいんじゅんきょうじゅ/なかしまがく*2こばやしよしのりしをひはんしたことでろんそうがおきています。ひっしゃ/あおくさしんごはじっさいにりょうほうをよみくらべてみました。こくさいほうやほうがくをたしょうなりともまなんだものならば「ちてきはんだんのもんだいにかぎれば、こばやしよしのりしのほうがちてきさぎょうのさほうにおいてよりがくしゃてきであり、ぎゃくにだいがくけんきゅうしゃのはずのなかしまがくこころざししのほうがさほうにおいてせいじひょうろんてき」です。もしなかしまがくこころざししのけんきゅうたいしょうがぱるはんけつかきよりもぱーるはんじのこじんてきなしそうであったとしても、ぱーるはかせじしんがえいごで”Japan,Not Guilty”(にっぽんむざい)とめいかくにのべたしょうこものこっているようですから、なかしまがくこころざししのろんじゅつは、じっしょうしゅぎのべいこくのだいがくであればじっしょう(じじつにもとづくろんりてきしこう)のれべるがひくすぎてあいてにされないのではないでしょうか? けんきゅうたいしょうである[ぱーるはんじのいけんしょ]をげんみつにかんさつしてきじゅつするというじっしょうさぎょうがうすいはんめんで、しそうめんでの「わたしはこうおもう」ばかりがつよくでています。・・・・しゃかいほけんちょうのもんだいのほんしつは、かってにりゅうようしたり、かいざんしたりしたことであり、しょくぎょうりんりのもんだいです。じんぶんけいのがくしゃのなかにはちてきはんだんのもんだいをじじつにもとづかないおくそくやうそでわいきょくしてしまうにんがすくなからずそんざいします。にっぽんのじんぶんけいあかでみずむのもんだいについてはべつのぺーじできじゅつします。・・・ほっかいどうだいがくだいがくいんのなかしまがくこころざししにおかれては、こじんてきしんじょうがみぎであれひだりであれ、しのりょういきでこうけんすべきがくしゃとして、せかいでつうようするじっしょうをおこなうぎむがあります。

こばやしよしのりしはちょしょ「ぱーるまことろん*3で「なかしまのちょしょむすうのうそをちりばめたぎそうほんであるにもかかわらず、ぎそうをみぬかず、しんぶんのしょひょうらんでは、なかしまちょしょをななめよみし、よんでもいないぱーるはんけつかきやぱーるのげんこうろくをよんだふりをしてしょひょうをかきでまをぞうふくさせているふどうとくながくしゃがいるというじたいをかんかできなかったし、なかしまがねつぞうしたでま[ぱーるはけんぽう9じょうをしじしていた]をNHKがながすにいたったことにききかんをおぼえた。」ときじゅつしています。またこくさいにほんぶんかけんきゅうせんたーきょうじゅのうしむらけいしはせいろん2008ねん11がつごうで「けんきゅうしゃのちょさくにはしりょうをあつかうしゅほうにつきだれもがなっとくできるといういみでのきゃっかんせいがなければいけないとかんがえている。なかしまがくこころざしちょ[ぱーるはんじ-とうきょうさいばんひはんとぜったいへいわしゅぎ]のいちかきにたいし、そのじょじゅつになっとくいかないとかんじたろんしゃがいろんをていしゅつしてきた。わたしもそのひとりである。・・・いっぽうでこばやしがてんかいしたにっぽんむざいろんにかかわるぎろんは、にっぽんむざいろんをこうさつするじゅうようなしかくをしめしたとおもわれる。・・・わたしもほかならぬこばやしのてんかいしてきたぎろんをおいかけたことで、にっぽんむざいろんはふくじてきなぎろんであるというしかくにたどりついた。だからぱるはんけつはぜんひこくむざいろんではあるが、(こばやしよしのりへのいろんではあるが)にほんこくむざいろんとまではいっっていないというのがわたしのかんがえである。ふくじてきなもんだいであるにっぽんむざいろんにかんし、わたしは[よみのかのうせい]としての[ぱるはんけつ=にっぽんむざいろん]までもひていはしない。ぱるはんけつ=にっぽんむざいろんとすべきだ、とのろんにつよくぎぎをていするのである。」ときこうしておられました。とうきょうさいばんどうようにあじあかくちでひらかれたぐんじさいばんにかんしながはまひろあきしはちょしょ[ぶんけいうそしゃかいのけんきゅう]*4で「あいだゆうじしの[あーろんしゅうようじょ]をよむとえいこくじんのあくらつさがよくわかる。きにいらないとかれらはにっぽんへいほりょのくちをひらけさせ、べんきかわりにしょうべんをするなどじょのくちだった。だがせかいにはもっとわるいやつがいた。ちゅうごくじんはちゅーぶをくわえさせ、ちべっとにんのいにしょうべんをながしこんでいた。かれらはふくしゅうにもえ、とうなんあじあかくちにっぽんへいをさばくぐんじほうていをひらいた。けんじもはんじもせんしょうこくのにんげんだった。かれらはおもてむきのしけいだけでなく、いんしつひれつなしゅだんでおおくのにっぽんへいほりょをさつがいしていたこともあいだはかきのこしている。ゆうざいとするしょうこはほとんどなかったが、おうべいしょこくこうふくしたにっぽんへい1,068にんをしょけいすることでふくしゅうしんをまんぞくさせたのだ。これはさいばんのかたちをしたりんちであった。というのもちょうせんせんそうのぼっぱつとどうじにしけいがはいしされたからである。みにおぼえのないつみをきせられ、おうべいのはらいせにしょけいされたにっぽんへいは、にっぽんとあじあ、あふりかどくりつのぎせいとなったのである。」とつたえています。

ぱるはんけつかきは、はんけつかきにきさいされているじじつにもとづいてぎろんされるべきです。せいさんざいえいぎょうであれ、いしゃであれ、りょうりにんであれ、ぼんそぷろたるものは、こじんのしそうやしんじょうにかんけいなく、いったんけいやくしたいじょうは、けいやくないようをじつげんすべくひびどりょくしています。ぷろのぎょうせきぷろとしてのせいかぶつではんだんされます。しんりたんきゅうでほうしゅうをえるがくしゃは[じじつとろんしょう]というがくじゅつてきさほうちてきろんそうにいどむべきです。がくしゃとしてのしょくぎょうりんりからは、ちてきりょういきでえいきょうりょくがおおきながくしゃのたちばあくようして、いでおろぎーつごうでじじつをわいきょくするなどのはれんちこういははずべきいはんじこうです。ぱるはんけつかき(ぱーるはんじのいけんしょ)のないようをめいきするうえで、げんてんであるぱるはんけつかきそのものをうわがきしてかきかえようとしたり、ぱーるはんじのこじんてきしそうをもちだしてかいしゃくろんでへんけんとよだんをあたえていでおろぎーにゆうどうしようとするのはこまりものです。

はいせんごのにっぽんをしはいしたGHQとうきょうさいばんしかんをてっていせんでんしました。そのGHQのしゅりゅうはにゅーでぃーらーとよばれるりべらるさはのしゅうだんだったようです。にゅーでぃーらーはまっかーしーあかがりり1950ねんごろせいりょくをよわめるまでべいこくでもせいけんのちゅうすうをおさえていたそうです。じぺーじでは「はいせんごのにっぽんでせんりょうせいさくをじっししたGHQめんばーとはにゅーでぃーらーとよばれるりべらるさはのがくしゃ・かんりょうたちだった。このるーずべるとたいせいにゅーでぃーらーがこうちくしたせいじたいせいをだはするためにはじまったのがれーがんだいとうりょうにだいひょうされるべいこくのほしゅしゅぎうんどうである。るーずべるとしかんをひなんするたちばをとるべいこくのほしゅしゅぎものたちであれば、るーずべるとしみそのものともいえるとうきょうさいばんしかんみなおしりかいされやすい。・・・・べいこくでもにゅーでぃらーたちはきょうかいをちゅうしんとしたちいききょうどうたいかぞくかいたいし、どうとくきょういくをひていしたれんちゅうだった。ほしゅしゅぎとはかぞくちいききょうどうたいをきょうかすることでじゆうとみんしゅしゅぎをまもろうとするうんどうである。しゃかいしゅぎてきなかんりょうによるしはいにはんたいしちいさなせいふをききゅうする。」とのえざきみちあきらしのしてきとていげんについてきじゅつします。

*1:「にほんじんとそしき」やまもとしちたいらちょ ISBN:9784047100916

*2:「ぱーるはんじ」なかしまがくこころざしちょ ISBN:9784560031667

*3:「ぱーるまことろん」こばやしよしのり ISBN:9784093890595

*4:「ぶんけいうそしゃかいのけんきゅう」ながはまひろあきちょ ISBN:9784886563231

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