ぜったいにうそはいわない。つごうわるいことはおおきいこえでよいことはこごえでつたえる。けつ
だんだけはみずからのたちばでいっきにすすめ、あやまちてはあらたむるにはばかることなかれをむね
とし、ちょうみんにあやまるべきはそっちょくにわびる。たったこれだけのことです。 きんげん
2008ねん11がつ20にち(き)
■[いいなんちょうせい] ぜいきんにつけじばらはいたまぬ♪ 
いいなんまちしょだいちょうちょう・やまさきひできしは、なすほさむらいてるしがぎゅうじりしぶつかした
ぎかいにふりまわされてばあたりてきなたいおうにしゅうしし、たいきょくをみうしなったま
まだっちろーるをくりかえすなかで4ねんのにんきをおえようとしている。
ちょうちょうはこのかん「しまった!」となんどもこうかいしたにちがいないとそうぞうす
るが、なすぎちょうにとってはしょせん“はなたれこぞう”なのかもしれない。
ちょうちょうがきづいたときにはおそいのだが、なすぎちょうのやりたいほうだいにため
すじゅつもなかったのであろう。けっかてきにちょうちょうは、まちせいをすいたいさせたの
みで、ことにさんぎょうしんこうのざんぱいはとりかえしがつかないだげきをおおった。ち
いきとちいきじゅうみんのふこうにちょっけつするしっせいだが、つうこんのきわみである。
そのなすぎちょうのはらのなかがわからぬ。これだけちょうせいをかきまわしてなにが
おもしろいのだろうか。きゃっかんてきにみてなすしにこじんてきりえきがあるように
はおもえぬのだがどうだろう‥はんだんにくるしむばかりだ?!ちょうかいぎいんが、
それもぎちょうが、ぎけつきかんのほうをこえしっこうぶかし、ほんらいのやまさきしっこうぶ
をふりまわしたのではまちがつちつぼにはまるのもがんけるというもの。
ぎかいのなかにおけるめいよしょくといえば、ぎちょういがいではふくぎちょうとぎかいせんにん
かんさいいんだろうが、このふたりが“なすのこ”になってしまい、てさき
として、まるでねこのてのようにうごいているとしかおもえず、けっきょく、だれ
もなすぎちょうのぼうそうをくいやめるものがいない。とくべつしょくこうむいんのしゅじくが
なんたることだろうか! ちょうちょうもおきのどくなことだ‥。
===
そしてあした21にち、りんじぎかいがかいさいされ、いよいよ、ちょうみんのきちょうな
ぜいきんをほうきするぎけつがなされる。3せく(かぶ)こんひきふぉれすとぱーく
のふさいそうがくは31おく2105まんえんだそうな。そのほぼ100%がめし
みなみまちへたいするふさいであり、したがって、(かぶ)こんひきFPのかいさんをいそぐひつよう
はまったくない。すうじゅうにちさきのちょうちょうせんきょによってあらたにせんしゅつされるちょうちょうが
はんだんすべきところを、なぜやまさきひできしはせっそくなことをしたのか?!
りかいをこえることだが、やまさきちょうちょうはついにさいごまでぎかいとちょうみんについ
しほんとうのことをつげなかった。こんひきFPのじったいをもっともよくしっている
のはとんはらまちをへいまちしたちょうちょうであるほんださとしさんしだが、そのかれはいまげん
しょくのちょうかいぎいんだ。ほんだしはこんねん6がつぎかいのとうろんのばで、「こんひきFP
をなぜさっきゅうにかいさんしなければならないのか。ちょうちょうは、そのりゆうをぎ
かいにせつめいしていない」とのべたのである。
いやはやおどろいたのなんのって!このほんだしのはつげんがほんとうなら、ちょうちょう
はあしたのりんじぎかいにあたり【こんひきFPかいさんのしんそう】をかたったうえでさい
けんほうきのぎあんをていしゅつすべきことはあたりまえであるが、くちちゃっくに
しゅうしするんだろうなぁ。しょだいちょうちょうとしてのにんき4ねんかん、さいごのさいご
まで、わがままでひりきなちょうちょうなことよ!
===
さらにやまさきちょうちょうは、ぎかいやちょうみんにじじつかんけいをしらせぬのみか、おおうそ
をついてまでこんひきFPをかいさんさせたのである。 というのは・・・
(かぶ)こんひきFPは、【おぼえがきさいむ1おく9000まんえん】がしゅいんとなりはたん。
このおぼえがきさいむになっとくがいかないぼくは、こんねん1がついらい、てをかえひんを
かえ、こんひきFPだいひょうとりしまりやく・やまさきひできし(ちょうちょう)にせつめいをもとめていた
のだが、ついにこんねん6がつ19にち、やまさきしよりしょうさいのていしゅつがあった。
そっこくこのせつめいしりょうをしさいにけんとうしてみたのだが、そのけっかあぜんとし
たことに、これこそやまさきしがまったくことのしんそうをつかんでいないうえ、おおうそ
をついてきたことをにょじつにものがたっているのである。こんなちんけなね
きょにすがり、われわれちょうみんのぜいきんを、なんのわるげもなくなんのせきにんもとらな
いままどぶにすてるのだが、なんとなさけないちょうちょうをいただいていることか。
|
このがぞうは、ちょうちょうからていしゅついただいたしりょうに、すうじをてんけんしな
がらかきくわえたものです。げんこうにちょくせつかいたため、もうもとのはら
こうはありません。とうしょ、こうひょうするつもりはなかったのでかきおう
っています。‥というわけでみにくいてんはごかんべんねがいます。
このおもてはあるていどのじじょうつうでないと、さっぱりわけわからんとおもいま
すがあえてねっとうえにこうひょうします。 なぜか、、、それは、、、
じつは、これをみていかんとおもった。ぎかいがどこまでしっているかは
ぼくにはすいさつできないので、ぎちょうにこれ(けんとうをかきくわえたもの)をけん
てもらい、ちょうみんへのひがいをいくらかでもくいとめてほしかった。それ
でぎかいじむきょくちょうにおねがいし、なすぎちょうにあぽをとってもらった。
さすがろうれんなるなすぎちょうだ。せつめいするとすぐにりかいできた(ようだ)。
ぼくはぎちょうに、「これをもとに、ぎかいほんらいのちぇっくきのうをはたして
もらいたい」とつげておいた。だがしかし、ぎちょうからなんのかいとうもむ
いままきょうにいたる。このしりょう、ふくぎちょういかほかのちょうかいぎいんともどもこ
さいにけんとうしてほしいうまおねがいしておいたのだが、どうなったことやら。
じゅっこうするに、なすぎちょうがほんとうにりかいできたとしたら、なにかわるだくみに
ぎゃくりようしたかのうせいがある。かいとうがないからそのようにおもうのだが、も
しかしたらしったかふりをとくいとし、かだいこくふくからにげてばかりな
のかもしれない。ことほどさようにやっかいもんであるがゆえに、さいけんほうきを
ぎけつするあしたのりんじぎかいをまえに、こうひょうしておくことにしたのである。
===
やまさきちょうちょうは、(かぶ)こんひきFPのかいさん、ならびに、まちのさいけんほうきにかんし、
@ちょうぎかいとちょうみんに、じじつかんけいをまったくあきらかにしていない
@ちょうみんせつめいかい・こうほう・CATV‥などで、おおうそのせつめいをしてきた
‥のだが、あしたのぎけつさえこえれば「らくになる」とおもっているふしが
ある。そこからあらたなるくなんがはじまることをりかいできていないようだ。
☆★『やまさきひできしっこうぶ』と『なすほさむらいてるしっこうぶもどきぎかい』のきょうえん
によって、これからもかこをびきずりながらあんぐなみちをあゆまねばな
らぬいいなんまち。まぁねぜいきんだからじばらはいたまぬわいのぅ (`ε´*)さん
2008ねん11がつ17にち(がつ)
■[いいなんちょうせい][ちほうじち] なすぎかいがさいけんほうきか!? 
へいせいだいがっぺいによりあからい・とんはらりょうまちによりたんじょうしたいいなんまち。なんざんのまつ
へいせい16ねん5がつ15にち、がっぺいきょうていしょちょういんにいたったのだが、そのさいだい
しょうへきは、こんひきすきーばをけいえいする、とうじのとんはらまちの3せく、(かぶ)こん
ひきふぉれすとぱーくのさいむちょうかもんだいだった。
あからいちょうみんは、がっぺいしんまちがかじょうふたんをしいられるかのうせいをきらい、しんまち
がこんひきFPにかかわることにNO!をつきつけた。だが、やまさきひできあからい
ちょうちょうは、なにかこじんてきなふかいわけでもあったのだろうが、あからいちょうみんのきょ
ひのしせいをだんこむしして、まちがこんひきFPへたいしうかいたいふするとゆう、
あってはならないほうこうでけつろんづけ、ついにふかいふかいありじごくにおちた
のである。よだんだがそうむしょうは「しゅっしのはんいないのふたんにやめるよう」
つうたつによってげんにいましめていたのである‥。
そして4ねんけいか。このかん、3せくこんひきFPのゆうりょくしゅっししゃだったみつい
すみともけんせつにほんろうされつづけた。こんひきFPは、ほんださとしさんとんはらまちちょうがていけつ
した【いわれなきおぼえがきさいむ1おく9000まんえん】を、まんまとみついじゅう
ともけんせつにしはらってしまい、うかいたいつきはもくてきをそうしつしたのである。
これがしゅいんになりこんひきFPはやぶたん。ふつうなら、ほんださとしさんしをはじめ、
やまさきひできしはとうぜんに、とりしまりやくがはさんしてでもせきにんをとるところだが、
まったくのむきずのみか、いちじきのだいひょうとりしまりやくしゃちょうはむきゅうだとせけんにはげん
いながら、じったいはきゅうりょうをとっていたとゆううわささえある。
いいなんちょうぎかいもめいそう、というか、なすほさむらいてるぎちょうがしぶつかしたぎかいは
なんのやくめもはたさず、というより、あしをひっぱることにしゅうちゃくしつづけ、
ちょうちょうにこんひきすきーばのへいさをもとめたり、そのしたのねもかわかぬうちに
こんひきすきーばのけいぞくにかんするぎけつをいったり、これまためいそうにつぐ
めいそう。てんでなっちゃいないぞ、しぶつかしたなすほさむらいてるぎかい!!!
そしてそして、いよいよこんしゅうまつ21にちきんようび、さいしゅうしょうをむかえるさまだ。
ぼくは、(かぶ)こんひきふぉれすとぱーくといいなんまちざいせいにかんし、じゅうみんかんさせい
きゅうをした。これをばいまちやつのおのかくかんさいいんがしゅやくできゃっか。しかたなく
へいせい19ねん4がつ27にち、じゅうみんそしょうにおよんだが、そじょうをまつえちさいにてい
だするちょくぜん、このにっきでつぎのようにかいておいた。
『へいせい19ねんばんもはんろっぽう』をひらいてまずあかせんをいれたばしょは ・・・♪
『ちじ96の10(p.300)』でした。なにがかいてあるんだろ(わらい)♪
その『ちじ96の10』とは、ちほうじちほうだい96じょうの10だが、こ
こには、ぎかいがぎけつすれば「けんりをほうきする」ことができるとある。
つまり、いいなんちょうぎかいがぎけつすれば、(かぶ)こんひきふぉれすとぱーくについ
するさいけんをほうきできるのだ。ちょうちょうとぎちょうがぎかいこうさくをして、さいけんほう
きするにちがいないとかくしんしていたから、このようにかきのこしたうえで
【じゅうみんそしょう】したのだが、まったくそのすじがきとおりとなった。
さっき、いよいよこんしゅうまつ21にちきんようび、さいしゅうしょうをむかえるさまだとかい
たが、ついに『でくのぼうぎかい』が、こんひきFPにたいする30おくえんちょうの
さいけんをほうきすることになる。おのかくかんさいいんがばいまちやつだとさっきかき
いたが、かれをはじめとした『あからいせんきょくせんしゅつぎいん』のたいどひょうめいがちゅうもく
される。つまり、さいけんほうきにさんせいしてぎいんじしょくするか、またはさいけんほう
きにはんたいしてちょうちょうふしんにんをつきつけるかだが、どうするんだろ。
つけくわえるが、こんしゅうまつのりんじぎかいには、ほせいよさんがていしゅつされるよう
だ。もしかしたらやまざきちょうちょうは、ざんきのねんからみずからのきゅうよげんがくをていあん
するかもしれない。あるいはこんひきFPさいけんをほうきするにいたったせきにんじょう
たいしょくきんのへんのうをねがいでるのかもしれない。こうしたみずからへのちょうばつを
ていあんしないなら、もしかすると2がつさきのちょうちょうせんきょしゅつばだんねんのひょうめい
があるかもしれない。
それをあんじするように、にっけいしんぶんがけさのちょうかんで、つぎのようなきじを
けいさいした。これはきょねん11がつ17ひづけでほうどうされたますだそうむだいじん
だんわのきけつをほうじたものだ。にっけいしんぶん/2008.11.17.(07:00)
=== ぜんぶんてんさい ===
ちほうさいかつよう、さんせくしょりもようにん そうむしょうほうしん、じちたいのたいおううながす
そうむしょうはけいえいがあっかしただいさんせくたーなどのじぎょうせいりについてしょり
のしくみをかためた。はさんてつづきでちほうじちたいがさんせくのさいむをかただい
わりするばあい、ちほうさいをはっこうしてじゅうとうできるようにする。じぎょうさいせい
をするばあい、そんしつのじったいやけいえいけいかくのあまさなど、はたんにいたったげんいん
をちほうぎかいやじゅうみんにこうかいすることももとめる。これまでふめいかくだった
さんせくもんだいしょりのしくみをかくりつし、ちほうざいせいけんぜんかをいそぐかんがえ。らい
ねんどからのうんようをめざす。
2008ねんどけっさんからちほうざいせいけんぜんかほうのほんかくしこうにより、かくじおさむ
からだはさんせく・こうしゃなどもふくめた“れんけつべーす”でざいせいじょうたいをひょうかす
るひつようがある。そのため、けいえいあっかにおちっているさんせく・こうしゃのところ
りをどうすすめるかがきゅうむになっていた。
=== てんさい おわり ===
ぼくは、ちょうせいざだんかいをはじめいたるところでこのけんにかんしちょうちょうにちゅういをかんき
したがばじとうふう。どうかんがえても、やまさきちょうちょうがさいしゅつばできるかんきょうにむ
いとおもう。こんしゅうまつのりんじぎかいで『ふしゅつうまひょうめい』するか、ばんたんいたらず
につき、みずからのちょうばつをぎかいへていあんするのか、それをもこうがんむちをかん
きとうし、まちとちょうみんにだいそんがいをあたえてもなお、しらんふりをするか?
いずれにしても、しょだいいいなんまちが、やまさきひできしでなかったなら、こんな
ばかげたそんがいをこうむることはぜったいになかった。とんだくわせものがちょうちょうに
しゅうにんしていたかどうかがとわれるりんじぎかいがこんしゅうまつかいかいされる!
2008ねん11がつ12にち(みず)
■[じじ][こくせい] ていがくきゅうふとしちょうそんのさいりょう 
あそうないかくほっそくじに【claclasick(くらくらしっく)ないかく】だとめいめい
しておいた。「くらくらめまいがしてたおれそうなびょうてきないかく」といっ
たいみでなづけたのだが、まさにえにえがいたようなことになった。
こうめいとうとのくされえんからしょうじたていがくきゅうふのはっそうだが、そうがく2ちょうえんのぜい
きんをつかったぶれいせんまんなせんきょうんどうであり、じこうりょうとうがけいざいこうかなどほん
きでかんがえているふしはみじんもない。りーでぃんぐさんぎょうにしゅうちゅうとうかして
くれたほうがよほどうれしいとおもうものはたんといるにちがいない。
さらに、ていがくきゅうふのしょとくせいげんでおおもめしたあげく、じこうよとうのさいしゅう
ごういはなんと『しちょうそんのさいりょうにゆだねる』というものだ。うまっしかじゃ
ねぇの♪じぶんたちのせんきょうんどうのづけをしちょうそんというぎょうせいにゆだねてど
うすんだい!ちほうじちたいがじこうのせんきょうんどうのてだすけをすることがゆるさ
れてたまるもんか (`ε´*)さん まさに【くらくらしっくないかく】だ!
『ていがくきゅうふきん、しょとくせいげんはしちょうそんのさいりょう じたいめやす1800まんえん』
これはにっけいしんぶんのきじたいとるだが、こうしたじこうよとうのごういについ
しいいたいことはやまほどあるが、1てんだけかいておきたい。
「こうがくしょとくしゃにじはつてきなじたいをもとめるかどうかはしちょうそんのさいりょうにい
ねる」ようなら、いっそのこと、すべてをしちょうそんのさいりょうにゆだねるほう
がよほどよいとおもうがどうだろう。
1800まんえんをめやすとしてこうがくしょとくしゃとするらしいが、われらがまちで
がいとうするものはどれくらいあるんだろう?だいとしとのうそんではまったくちがう
しゃくどがあるはずだ。しかし、こくみんというたちばはおなじ。このふたつをかいけつ
するには、さっきかいたように、ていがくきゅうふのすべてをしちょうそんのさいりょうに
ゆだねるほうほうがいちばんよい。ちほうじちたいのきりょうがわかるし・・・
たとえばいいなんまちのじんこうは、2008ねん11がつ1にちげんざい、5787にん。
すいていだが、65さいいじょうと18さいいかが3200にんとすると・・・
12000えん × 5787にん ≒ 6900まんえん
8000えん × 3200にん ≒ 2500まんえん
ごう けい ≒ 9400まんえん
このやく9400まんえんがいいなんまちにいっかつこうふされ、そののち、さいりょうによっ
てちょうないしんらばんしょうにこころづくしてきゅうふしたほうが、よりべたーだとおもう。
あそうさん、いっこうなさいませんか!? やまさきちょうちょうさん、ちんじょうしてっ♪
2008ねん11がつ11にち(ひ)
■[じじ][いいなんちょうせい] いいなんまちしゃきょうふしょうじのまこといん 
いいなんまちしゃかいふくしきょうぎかいが“かいごほうしゅうをふてきせつせいきゅうしていた”こと
を、めでぃあがつたえた(ちゅうごくしんぶん2008ねん11がつ8にち(つち)14:00)。
P.S. けんはこんげつ4にち、とくめいのじょうほうをもとにどうじぎょうしょにたちいりかこ2
ねんかんのきろくのうち8けんをちゅうしゅつしてしらべたところ、6けんで、けあぷら
んとおりのさーびすがじっしさ‥ (よみうりしんぶん2008ねん11がつ11にち)。
ざいだんしゃかいふくしほうじん・しゃかいふくしきょうぎかいは、わたしほうじんのひえいりほうじんだが、
われらがまちの『こころないりーだーたち』は、しゃきょうが『こうほうじん』だといっって
はばからず、しかも、おとぼけでなくほんきでそうおもっているのであ
る。なんとなさけなくあわれなものたちをぜいきんでやとっていることか(`へ´)
こころないりーだーたちとは、ちょうちょうでありぎかいちゅうすうのぎいんのことをいっった
のだが、『しゃきょうはかん(こうほうじん)』だとするかれらのかんちがいが、われらがまち
のちいきせいさくをこんていからゆさぶっており、ほうをまげたこのようなしせいで
は、ちいきせいさく、とくにふくしせいさくはかいめつてきだげきをこうむることになろう。
こころないものたちは、ぜいきんにぶらさがったこうきょうじぎょうのさきさいりだかいを、おなじ
くぜいきんでまかなうそくめんがつよいしゃかいふくしにもとめているが、そのときにじゃまに
なるのがしゃきょうのそんざいである。つまり、『かん(こう)からたみへ』というしょう
いずみかいかくをきんかたまじょうにし、しゃきょうを『かん』だとして、そのじぎょうをわたしほうじん
のえいりほうじん=『たみ』にうつそうとゆうのが、かれらあくだいかんたちのたくらみだ。
つまりかれらは、ちいきかんきょうそうではなく、やまさきちょうせい8ねんかんのとくちょうである
『ちいきないきょうそう』によって、ちいきのそしきやにんをたおしてみずからがいきぬこ
うとせっきょくてきにこうどうしはじめた。ふくらんだふうせんのかたほうをおせばはんたいがわが
ふくれるのとおなじことで、ちいきないきょうそうは、ちいきのなかで、とみとけんりょくがきょう
ものにいどうするのみであり、そのけっか、ちいきはむしろひへいしていく。
かれらあくだいかんたちはこいずみせいけんをおうえんしたしゅうだんである。こいずみないかくにおける
こくせいせんきょのせんじんにたってうんどうしたけいかからして『かん(こう)からたみへ』
をしゅちょうすることはとうぜんだが、かたほうではいま、こいずみかいかくはかくさをうみだし
たとしてまっこうからばりぞうごん。ははは、まことにけっこうでおめしゅつどい。
ろじっくむじゅんなんのその。それいけどんどんおれいらがとうる。むちゃが
とうればどうりがひっ込む。きんのくさいがうんをよぶ。そこのけそこのけおれ
いらがもうける。ちょうせいぜいきんそのたしょおれいらのみかただどらごんぼーる。
かてばかんぐんおれいらがほんめい。 ‥りんへいとうものみなじんれつざいまえだ〜♪ v(^o^)/
‥とゆう、ろじっくむじゅんとりこしゅぎにみちみちたごじんたちがふくしにじょう
りだしているわけだが、しゃきょうのれきしとせいしんとみっしょんをないがしろ
にし、われらがまちに、おおいなるまんざいがまかりとうろうとしはじめている。
やまさきちょうちょうがそのせんとうにたって、はたをふっているすがたがいたましい。いや、
せんとうはちょうちょうではなく、かれはたんなるのうてんきなあやつりにんぎょうにすぎない。
ぼうとうかいた“いいなんまちのしゃきょうがかいごほうしゅうをふてきせつせいきゅう”というじけんは、
われらがまちのはつねつであり、そのまことのびょういんは、やまさきちょうちょうがかいらいちょうせいだと
ゆうところにこそある。はつねつはむりにさげないほうがけんめいだ。ひっしになにか
をうったえているねつにこたえるべきであり、げんいんりょうほうをいまこそほどこすべきだ。
そのびょうきのまことよとは、かんからたみへというごつごうしゅぎのもと、いいなんまち
しゃかいふくしきょうぎかいのじぎょうを『たみ』がふんとりたい‥とゆうところにある。
そして、はつねつもちょうてんにさしかかっているかんのある『ほいくしょうんえいもんだい』
がこんざいしているのだが、さらにやっかいなことに、ちょうちょうのあたまのなかがちょうちょう
さいせんとゆうありもしないことにとらわれて、ちょうせいぜんぱんにわたって、どうさつ・
はんだん・けつだんができない‥とゆう、ゆゆしきじたいがこんらんにはくしゃをかけ
ているのである。
こんかいの、いいなんまちしゃきょうふしょうじのおとしところはここにはかかぬが、たぶん、
おおきなづけをのこしたまま、たいしょうりょうほうの『くさいものにふた』でおわることに
なろう。そうどうのまこといんをとらえきれないちょうちょうと、ちょうちょうのおとこめかけにしゅうしして
いるしゃきょうが、じっしつてきないいなんまちのけんりょくしゃによってぎゅうじられているのだ。
じけんをはっかくさせようとしたがわのいともわからず、むいしきのないにあやつら
れるりーだーのもとで、とんでもないことがおころうとしている。
こんなことをおおきなこえでいっっちゃぁなんねぇが、おらがまちのおいかたは、
にんのみちなんぞこれっぽっちもわかっちゃいねぇ。やることなすこと
てめえかってで、りょうけんにはずれた、とんでもないことばっかりだぁー!!!
2008ねん11がつ05にち(みず)
■[いいなんちょうせい][じんぶつ] ゆうじゅうふだんな“やまちゃん” 
1しゅうかんまえのゆうぐれとき、やくばげんかんふきんで、やまさきひできいいなんちょうちょうにぐうぜん
でくわした。たちばなし15ふんのしょうさいをここにかくわけにいかぬが、らいねん
1がつ13にちこくじのちょうちょうせんきょにかんしてだったことはいうまでもない。
わかれさいにかれから「ちかぢかあいたいのでれんらくする」ともうしいれがあった。
ぼくにとってはあえてにちをきめてまではなすひつようはない。それでもちょうちょう
からのせっかくのもうしでだから、このにっきのこうしんをていししてれんらくをまっ
たが、なんのおとさたもないままきょうにいたった。いつものぱたーんだ。
これまでも、こんなかたすかしをなんかいくっってきたことか!こうゆうじ
ふんかってなやりほうがじつに8ねんもつづいたけっか、まちはすいたいのいちずをたどって
いる。もくぜんのじゅうようかだいはすべてさきおくりし、ねてかほうをまつをゆうせんし、
すすんでことのかいけつにのりだすことができない、ないしは、しない‥。
そもそもかほうなんぞ、ねていてやってくるわけもなく、けっかはいつも
きたいにはんしうらめである。このあくじゅんかんをくりかえしているのだが、これ
じゃあいかん!このまえ、げきしん!やすぎしちょうせんきょ!!‥というきじをかき
いたが、これは、そのなかのいっせつである。
===
やるべきことはほうきし、せんでもいいことをしてはしっぱい。けっかてきにまちの
じしんをきずつけ、【しんまちけんせつけいかく】【がっぺいきょうていしょ】【そうごうしんこうけいかく】
‥というまちのろーどまっぷは、とっくのむかしにみずからがほうりなげてしま
い、そのにちそのときそのばしょでのくうきをきゅういでは、たくみなつくりはなしをし、
にげてばかりいるのがじったいではないか!
===
やまさきちょうちょうが、こうしたにえきらないたいどをくりかえしてきたことによ
り、まちがじゅうようかだいをけつだんするきょくめんにおいてはんだんをあやまり、まちはおおぞんし、
ちょうみんはひがいをおおってきたが、これからますますかそくどがつくだろう。
ぼうとうで、「ちかぢかあいたいのでれんらくする」とちょうちょうがいっったことをかい
たが、これだってもしかするとしゅつまかせだったのかもしれないし、そ
うでないにしてもにげているげんじつはぬぐえないし、また、じぶんから
いいだしたことでもへいきでわすれるのもとくぎのないではあろうが、ふつうの
せいかつをしているたちばからすれば、きわめてひじょうしきなとくぎであり、れんらく
をまたされるたちばからすると「やってらんねぇ!」ってとこ。
ちょうちょうからのれんらくを1しゅうかんまち、ほんじつもこのにっきをかきながらごぜんちゅう
まってみたが、なんのおとさたもない ^^;) いつものぱたーんだ ^^;)
このきじだが、せっかくかいたのでねっとにのせることにした。それ
にしても“やまちゃん”、こんなゆうじゅうふだんなたいどをとってばかりいる
から、さいせんのゆめがどんどんとおのいているよ!

