i-miyaのにっき

かうんたー
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2008-01-04(Fri)

[] にったよしさだ1301-1338 20:43

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%94%B0%E7%BE%A9%E8%B2%9Eほか

にったよしさだ

1288 のちだいごてんのうかんれん、のちだいごてんのう(ごだいごてんのう、せいおうがんねん11がつ2にち(1288ねん11がつ26にち) -

   えんもと4ねん/こよみおう2ねん8がつ16にち(1339ねん9がつ19にち)は、だい96だいてんのう。きはみことおさむ(たかはる)。

   のちだいごてんのうは、だいかくてらとうのちうたてんのうのだいにおうじ。せいぼはないだいじんはなやまいんしけいのようじょ、だんてんもん

   いん・ふじわらただしこ(じっぷはさんぎごつじただしけい)。せいおうがんねん11がつ2にち(1288ねん11がつ26にち)にたんじょうし、いぬいもと

   がんねん(1302ねん)にしんのうせんした。かもと2ねん(1304ねん)にだいさいすいとなり、すいみや(そちのみや)といわ

   れた。

1301 にったよしさだかんれん、にったよしさだうまれる(にった よしさだせいたん せいあん3ねん(1301ねん)(せいあん2ねん   (1300ねん)とあり) )は、かまくらじだいまっきのおかじんなんぼくあさじだいのぶしょう。せいしきなめいはげん よしさだ

   (みなもと の よしさだ)。

   

   かわうちげんじのいちもんでうえのくに(じょうしゅう)にどちゃくしたにったしほんそうけのとうりょう。ちちはにったあさし、はははふしょう

   (しょせつあり)。ようみょうはこたろう(こたろう)。ひだりうまじょ、はりましゅ、えちごしゅ、ざえもんさ、ひだりべえとく

   をれきにんし、せいよんいしたさこんまもるちゅうじょうとなる。こはぎけん、ぎきょう、ぎしゅう。おとうとはわきやぎじょ

   

   にったしはかわうちげんじさんだいめのげんぎいえはちまんたろうぎいえ)のよんなん・げんぎくにのちょうしのにったぎおもにはじま

   り、にったそう(にったのしょう、げんざいのぐんまけんおおたししゅうへん)をかいはつしたが、よしさだのじだいにはしん

   たしほんそうけのりょうちはこうだいなにったそう60さとのうちわずかかずさとにすぎず、よしさだじしんもむくらいむかんでにち

   のめをあびないそんざいであった。

1301 にったしかんれん、かまくらじだいこうきには、8だいにったよしさだのちだいごてんのうのとうまくうんどうにしたがいきょへい、げんぎくにりゅう

   のどうぞくにしてほうじょうしとじゅうだいのいんせきのさいゆうりょくおかじんあしかがたかし(のちのたかうじ)のちゃくおとこちずおう(のちの

   あしかがぎせん)をくわえてかまくらをぜめ、ばくふをめつぼうさせる。とうしょ、かまくらばくふのれいぐうによってけんたけしまつりごと

   けんでのにったしほんそうけのけんいはどうぞくであるあしかがしそうりょうよりもかくしたにみられていたが、のちにせいけん

   ないぶのせいそうにより、よしさだははんあしかがしは・はんぶけはのくびはんとしてたかうじ(たかしあらため)とたいりつした

   。にったいちぞくなかでもよしさだとともにじょうきょうしたものとかまくらやにったそうにのこったものにわかれ、ぜんしゃはおもに

   よしさだにしたがい、こうしゃやさんめいときしやいわまつし、さとみし、せらたし、おおしましなどはしゅとしてきたあさがたと

   なった。いご、にったしいちぞくはなんちょうほうのちゅうかくをになうがくすのきまさしげとともにたたかったみなとがわのたたかいではい

   せん。ひえいざんでのたたかいののち、ちょうなんのにったぎけんとともにのちだいごてんのうのおうじ・つねりょうしんのうをほうじてきたぐに

   にきょてんとした。しかしぎけんはじけつし、よしさだじしんもえちぜんくにきんさきしろであしかがほうのしなみたかへにやぶれ

   、どうこくふじしまでせんしする。

1301 にったあさしかんれん、このよしさだのしゅっしょう

   あさしのせいさいにかんしてはしょせつがある。それによると、『にったしこんぽんしりょう』の「ちくごさだ・にった

   しけいず」ではいちぞくのほりぐちにゅうどうていぎ(ちち・もとしのいとこ)のようじょとする。また、けろまさのりちょ『

   にったよしさだせいでん』(にったよしさだこうけんしょうかいはっこう)によると、いちぞくのさんめいいずしゅのむすめのみょうひかとする。

   さらにのはねだし(さとみいちぞく)のけいずによると、いちぞくのさとみはんがんだいぎょうぶぎしゅうのむすめでけんたけし2ねん

   (1330ねん)きのとい5がつ4にちに61としでぼっしたとしるされている。

   

   そして、『にったせいでんき』にある「さとみしけいふ」ではよしさだはあさしのようしで、いちぞくのさとみちゅうぎ(

   ぎしゅうのちょうし、たかばやしぎただしとも)のじっしとなっている。これはふじしまじんじゃの「にったしけいず」にもき

   されている。しかし、ぐんまけんきょういくかいはっこう「ぐんまけんきょうどし」『たかさきしし』・『おおたしし』など

   のがくしゃたちはこのよしさだようしせつをひていしている。そのりゆうは『にったしこんぽんしりょう』にしるしている

   にったいちもんのやっつあるかけいずのなかで、『にったせいでんき』の「さとみしけいふ」をとりいれていないと

   のことで、よしさだようしせつをだんことしてひていするけつろんをだしている。

1302 ほうじょう ていしょうかんれん、(ほうじょう ていしょう(ほうじょう さだまさ、1302ねん(いぬいもとがんねん)−1333ねん7がつ4にち(

   もとひろし3ねん/せいよし2ねん5がつ22にち))は、かまくらじだいまっきのほうじょうしのぶしょう。かなざわりゅうほうじょうし・ほうじょうていけんの

   ちょうしでちゃくし、はははほうじょうときむらのむすめか。ほうじょうていふゆなどきょうだいたすう。こにただしとき、あつしとき。かんしょくはひだりうまじょ

   。えちごしゅ。むさししゅ。やごうをもちいてかなざわ(かねさわ)ていしょうともよばれる。

1305ねん(かもと3ねん):かもとのらん

1305 あしかがたかうじかんれん、たかうじはかもと3ねん(1305ねん)にうまれた。せいたんちは、あやべせつ(かんぶとも。きょうとふあや

   ぶしじょうすぎそう)、かまくらせつ、あしかがそうせつ(とちぎけんあしかがし)の3せつがある。『なんたいへいき』はたかうじがしゅっしょう

   してうぶゆにつかったきわ、2はねのやまはとがとんできて1はねはたかうじのかたにとまり1はねはひしゃくにとまった

   というでんせつをつたえている。ようみょうはまたたろう。

1308 のちだいごてんのうかんれん、とくじ3ねん(1308ねん)にじめいいんとうはなぞのてんのうこうたいしにたち、ぶんほ2ねん2がつ26にち

   (1318ねん3がつ29にち)にどうてんのうからのじょういによってせんそ、3がつ29にち4がつ30にち)に31としというそうれい

   にてそくい。そくいのち3ねんかんはちちののちうたほうおうがいんせいをいった。だいかくてらとうないぶではとうしょよりのちだいご

   てんのうはぼうりゅう、なかつぎとしてにんしきされており、そのそくいはあにのちにじょうてんのうのいじであるこうたいしくに

   りょうしんのうせいじんまでというじょうけんつきのものであった。このなかつぎというたちばからのちだいごのしそんへの

   こういけいしょう、のちだいごじしんのおさむてんのくんしゅうにんはそうていされておらず、のちだいごてんのうはふまんをつのらせた。

   それが、そのさいていをくだしたかまくらばくふへのはんかんへとつながってゆく。

1317ねん(ぶんほがんねん):ぶんほのわだん

1318 にったよしさだかんれん、1318ねん10がつのよしさだのばいけんあんがのこっているがばいしゅがにった「ていぎ」とごきされて

   おり、ばくふでのにったほんそうけのちいのひくさをあらわしている。

   

1318 もとひろしのらんかんれん、1318ねん(ぶんほ2ねん)、だいかくてらとうのちだいごてんのうがそくいし、てんのうおやまつりごとをりそうにかかげ

   、かまくらばくふのだとうをひそかにめざしていた。1324ねん(せいちゅうがんねん)のせいちゅうのかはろくなみらたんだいによ

   ってみぜんにさっちされ、のちだいごてんのうはばくふにしゃくめいしてゆるされたものの、そっきんのひのしあさはさど

   しまへるざいとなった。

   

   だがのちだいごてんのうは、しょぶんをまぬかれたそっきんのひのしゅんもとやしんごんみっきょうのそうぶんみらとふたたびとうまくけいかくをすすむ

   めた。

1319 あしかがたかうじかんれん、もとおうがんねん(1319ねん)10がつ10にち、15としのときげんぷくしじゅうごいしたじぶだいすけにほまかされ

   るとともに、ばくふしつけんほうじょうたかときのへんきをうけてたかしとなのった。ちちていしとそのせいしつしゃかどう(

   ほうじょうけんときのむすめ)とのまにはちょうなんのあしかがたかぎがいたが、そうせいしたためたかしがかとくをそうぞくするこ

   ととなった。『なんたいへいき』によれば、たかうじのそふのあしかがけときがさんだいのちにあしかがしがてんかをしゅ

   ることをねがってじじんしたとされている。

1322 にったよしさだかんれん、1322ねんにいちぞくのいわまつせいけいとおおだてしゅうしがようすいあらそいをおこしたきわ、ばくふにさいていを

   もちこんでいる。おそらくよしさだのさいていではおさまらなかったのであろう。

1324ねん(せいちゅうがんねん):せいちゅうのへん

1324 のちだいごてんのうかんれん、とうまく

   せいちゅうがんねん(1324ねん)、のちだいごてんのうかまくらばくふだとうけいかくがはっかくしてろくなみらたんだいがのちだいごのそっきん

   ひのしあさらをしょぶんするせいちゅうのへんがおこる。このへんでは、ばくふはてんのうにはなんのしょぶんもしなかっ

   た。

1325ねん(せいちゅう2ねん):えぞだいらん

1329 のちだいごてんのうかんれん、もととく2ねん(1329ねん)にはなかみやのおさんきとうとしょうしてひそかにかんとうちょうふくのきとうをぎょう

   い、きょうふくてらえんこよみてらなどなんとのてらしゃにおもむいててらしゃせいりょくとせっきんする。しかし、このごろからだいかく

   てらとうをしじするくげのかんでてんのうはとくにりょうしんのうはへのぶんれつがみられはじめ、こうしゃをじめいいんとうがわや

   ばくふがしじしたためにてんのうがわはきゅうちにたたされる。そしてくにりょうしんのうがびょうししたのちにはたいいへ

   のあつりょくがいっそうつよまることとなった。

1330 ほうじょうていしょうかんれん、1318ねんにひょうていしゅうとなり、ひきつきあたまにんなどをつとむる。せいちゅうのへんののち、1324ねんにろくなみ

   らたんだいなんぽうとなりじょうらくする。ちち・ていけんのねまわしもあり、1330ねんにたんだいしょくをじにんしてかまくらにき

   かん、ひきつきあたまにんににんじられる。

1331ねん?(もとひろしがんねん):よしだけんこう(うらべけんこう)の『つれづれぐさ』がせいりつ。

1331ねん(もとひろしがんねん) - 1333ねん(もとひろし3ねん):もとひろしのらん

1331ねん(もとひろしがんねん):のちだいごてんのう、やましろくにかさぎやまできょへいする。

1331ねん(もとひろしがんねん):ひかりげんてんのうがそくいする(きたあさのはじめ)。

1331 あしかがたかうじかんれん、もとひろしがんねん(1331ねん)、のちだいごてんのうがにどめのとうまくをきとし、かさぎできょへいした

   (もとひろしのへん)。かまくらばくふはゆうりょくおかじんであるたかしにはへいをめいじ、たかしはてんのうのよるかさぎとくすのき

   きまさしげのよるしたあかさかしろのこうげきにさんかする。このとき、ちちていしがぼっしたちょくごでありたかしははへい

   をじたいするが、ばくふはさいしをひとじちとしておもねてはへいをめいじた。『こてんたいへいき』は、これによ

   りたかしがばくふにはんかんをもつようになったとしるす。ばくふぐんのこうげきのけっか、てんのうをはじめとして

   とうまくけいかくにかかわったひのしゅんもと・えんみなどのくげやそうりょがたすう、ばくふにほばくされ、てんのうはよくねん

   おきしまにながされた(もとひろしのらん)。ばくふはだいかくてらとうのちだいごてんのうにかえてじめいいんとうひかりげんてんのう

   をようりつした。

1331 わきやぎじょかんれん、わきやぎじょ(わきや よしすけ)は、かまくらじだいまっきからなんぼくあさじだいのぶしょう。しん

   たあさしのじなんで、にったよしさだのおとうと。かのみょうじ「わきや」はぐんまけんおおたしちゅうおうぶにいちする「わきや

   まち(わきやちょう)」のちょうめいのゆらいである。ようみょうはこじろう

   もとひろしがんねん(1331ねん)、あによしさだとともににったそうにてきょへいし、かまくらをぜめている。そののちもつねに

   よしさだとこうどうをともにし、かくちでてんせんした。

1331 のちだいごてんのうかんれん、もとひろしがんねん(1331ねん)、さいどのとうまくけいかくがそっきんよしだていぼうのみっこくによりはっかくし

   しんぺんにきけんがせまったためきゅうきょどうざをけつだん、さんしゅのしんきをもってごしょをだっしゅつしたうえできょへいしかさ

   ちやま(げん・きょうとふさがらぐんかさぎちょうない)にろうじょうするが、あっとうてきなへいりょくをようしたばくふぐんのまえにらくじょう

   してとらえられる。これをもとひろしのかえとよぶ。

1331 くすのきまさしげかんれん、もとひろしがんねん(1331ねん)りんかわてらりょうわわかまつそう「あくとうくすのきべえい」としてしりょうにめいを

   のこしており、かまくらばくふおかじんちょうにないかわうちをちゅうしんにふきんいったいのりゅうつうるーとでかつどうする「あく

   とう」とよばれるざいちのごうぞくであったとかんがえられている。また、このときすでにかんしょくをおびている

   ことから、これいぜんにちょうていにつかえ、のちだいごてんのうもしくはそのしゅういのじんぶつたちとせっしょくをもってい

   たとおもわれる。

1331 くすのきまさしげかんれん、このねんにのちだいごてんのうのきょへいをきくとしたあかさかしろにてきょへい(あかさかしろのたたかい)し、

   ゆあさていほとけとたたかう。のちだいごとまさしげをむすびつけたのは、いがけんひかり、あるいはしんごんみっきょうのそうである

   ぶんみとおもわれる。のちだいごがおきしまにるざいとなっているまにも、やまとくに(ならけん)のよしのなど

   でたたかったごりょうしんのうとともに、かわうちくにのうえあかさかしろやこんごうさんちゅうはらにきづいたやましろ、せんそうしろにろうじょうし

   てげりらせんほうをくししてばくふのたいぐんをあいてにふんせんする(このさいにゆうめいなふんにょうだんをしようしてい

   る)。

1331 もとひろしのらんかんれん、ちょうていでは、13せいきこうはんいこう、のちふかくさてんのうのしそん(じめいいんとう)とかめやまてんのうのこ

   まご(だいかくてらとう)のりょうけっとうのてんのうがこうごにそくいするりょうとうてつりつがおこなわれていた。だが、くげしゃかい

   のなかにしじこうとうによるはばつがしょうじるようになるなどこんらんをひきおこし、ばくふによるちょうていのせい

   おをこんなんにした。

   

1331 もとひろしのらんかんれん、かさぎやま・あかさかしろのたたかい

   もとひろしのらんをもしたにんぎょう(きょうとふかさぎまち)

   

   1331ねん(もとひろしがんねん)8がつ、のちだいごてんのうのそっきんであるきち

   たていぼうがろくなみらたんだいにとうまくけいかくをみっこくし、またもけいかくはじぜんにはっかくした。ろくなみらたんだいはぐんぜい

   をごしょのなかにまでおくり、のちだいごてんのうはじょそうしてごしょをだっしゅつし、ひえいざんへむかうとみせかけて

   やましろくにかさぎやまできょへいした。のちだいごてんのうのおうじ・ごりょうしんのうや、かわうちくにのあくとう・くすのきまさしげもこれ

   にこおうして、それぞれやまとくにのよしのおよびかわうちくにのしたあかさかしろできょへいした。

1331 もとひろしのらんかんれん、ばくふはだいぶつていちょく、かなざわていふゆ、あしかがたかし(のちのたかうじ)、にったよしさだらのとうばつぐんを

   さしむけた。9がつにかさぎやまはかんらく、ついでよしのもかんらくし、くすのきぐんがまもるしたあかさかしろのみがのこった

   。ここでばくふぐんはくせんをしいられる。くすのきぐんはじょうへきにとりついたばくふぐんにたいしてたいぼくをおと

   したり、ねっとうをあびせかけたり、あらかじめもうけておいたにじゅうへいをおとしたりといったきさくをくし

   した。だがくすのきまさしげは、ちょうきかんのこうせんはふかのうであるとりかいしていた。10がつ、みずからしたあかさかしろ

   にひをかけてじがいしたようにみせかけ、すがたをくらませた。

1331 もとひろしのらんかんれん、もとひろしのらん(げんこうのらん)は、1331ねん(もとひろしがんねん)におきた、のちだいごてんのう

   をちゅうしんとしたせいりょくによるかまくらばくふとうまくうんどうである。1333ねん(もとひろし3ねん/せいよし2ねん)にかまくらばくふ

   めつぼうにいたるまでのいちれんのせんらんをふくめることもおおい。いかでは1331ねんから1333ねんまでのせんらんに

   ついてのべる。もとひろしのへん(げんこうのへん)ともよばれる。

   

1331 にったよしさだかんれん、もとひろしがんねん(1331ねん)のもとひろしのへんではかまくらばくふにしたがい、かわうちくにできょへいしたくすのき

   まさしげのこうげきにさんかしている。しかし、よしさだはびょうきをりゆうにむだんでにったそうにかえってしまう。こ

   れをりゆうのひとつとして、ばくふはにったそうにたいしただいのぐんひをようきゅうし、おうぼうてきなとりたててをいっ

   ており、よしさだがばくふにそむききょへいをけついするちょくせつのきっかけになったともかんがえられる。こてん『

   たいへいき』と『うめまつろん』に、びょうきとしょうしてにったそうにひっそくしていたよしさだが、にったそうのけんぶんにきた

   ばくふのちょうぜいし・かなざわいずもすけおやれん(ばくふひきつきぶぎょう、ほうじょうしえしゅうのいちぞく)とくろぬまひこしろう(おないにん

   )をとらえて、おやれんをゆうへいし、ひこしろうをきったことで、きょへいをけついしたとしるしてある。また、

   もとひろしのへんでしゅっぺいなか、ひそかにごりょうしんのうからほうじょうしだとうのれいむねをうけとっていたとのせつもある

   。

1332 のちだいごてんのうかんれん、てんのうはよくもとひろし2ねん/せいよしがんねん1332ねん)おきしまにるざいとなり、ばくふはくにりょうおや

   おうのつぎによていされていたじめいいんとうひかりげんてんのうをかわりにそくいさせる。このじき、のちだいごのこう

   こごりょうしんのう、かわうちくにのくすのきまさしげ、はりまのくにのあかまつのりむら(えんこころ)らはんまくせいりょく(あくとう)がかくちでかつ

   どうしていた

1332 もとひろしのらんかんれん、のちだいごてんのうはそっきんのちぐさただしけんとともにばくふにとらえられた。ばくふはじめいいんとう

   のひかりげんてんのうをそくいさせ、げんごうをせいよしとあらためさせるとともに、1332ねん(もとひろし2ねん/せいよしがんねん)3がつ

   、ひのしゅんもとやきたばたけぐぎょう、さきにるざいとなっていたひのしあさらをざんつみとし、のちだいごてんのうをおきしま

   へはいりゅうとした。こうしてとうまくうんどうはちんあつされたかにみえた。

1332 もとひろしのらんかんれん、せんそうしろのたたかい

   ごりょうしんのうくすのきまさしげはせんぷくしてきかいをうかがっていた。1332ねん(もとひろし2ねん/せいよしがんねん)11がつ、くすのき

   まさしげはかわうちくにこんごうやまのせんそうしろできょへいし、どうげつ、ごりょうしんのうもよしのできょへいしてとうまくのれいむねをはっし

   た。くすのきまさしげは12がつにあかさかしろをだっかいし、

1333ねん(もとひろし3ねん)5がつ11にち:こてさしはらのたたかい

1333ねん(もとひろし3ねん)5がつ12にち:くめがわのたたかい

1333ねん(もとひろし3ねん)5がつ15にち・16にち:ぶばいがわらのたたかい

1333ねん(もとひろし3ねん)5がつ22にち:ひがしかちてらかっせん。ほうじょうたかときら、じがいしてかまくらばくふめつぼう。

1333ねん(もとひろし3ねん):ごりょうしんのうせいいだいしょうぐんとなる。

1333ねん(もとひろし3ねん):きろくところ・ざつそけつだんところ・むしゃところをおく。

1333 ほうじょうたかときかんれん、1333ねん(もとひろし3ねん/せいよし2ねん)にのちだいごてんのうがおきをだっしゅつしてほうきくにのせんじょうやまで

   きょへいすると、ばくふはにしこくのとうまくせいりょくをちんあつするため、ほうじょういちぞくのなごやたかいえとおかじんのひっとうで

   あるしもつけくにのおかじんあしかがたかし(たかうじ)をきょうとへはけんする。たかいえはあかまつのりむら(えんこころ)のぐんにとう

   たれ、たかしはのちだいごてんのうほうにねかえってろくなみらたんだいをこうりゃく。かんとうではうえのくにのおかじんにったよしさだ

   がきょへいし、ばくふぐんをれんぱしてかまくらへしんげきする。にったぐんがかまくらへしんこうすると、たかときはほうじょうけぼ

   ていてらのかさいけたにひがしかちてらへしりぞき、ほうじょういちぞくやかしんらとともにじじん、きょうねん31。

1333 ぶばいがわらのたたかいかんれん、ぶばいがわらのたたかい(ぶばいがわらのたたかい)は、かまくらじだいこうきのもとひろし3

   ねん(1333ねん5がつ15にち5がつ16にちに、むさしくにたまがわかはんのぶばいがわら(げんざいのとうきょうとふちゅうし)に

   おいて、ほうじょうやすしいえひきいるかまくらばくふせいとにったよしさだひきいるはんばくふせいとのかんでおこなわれたかっせんである

   。

1333 ほうじょうていしょうかんれん、1333ねんのちだいごてんのうのきょへいにこおうして、うえのくにのおかじんにったよしさだのひきいるしん

   たぐんがかまくらにしんこうすると、ばくふぐんのたいしょうとしてつるみのたたかい、かまくらへはいたいしたのちにはきょふくろさか

   をぼうびする。きょふくろさかでやぶれると、しゅくん・ほうじょうたかときにあいさつするためにひがしかちてらにびき、さいごの

   とつげきをかんこうしようとするちょくぜん、たかときからそれまでのちゅうぎをしょうされて、ろくなみらたんだいのりょうたんだいしょく

   とさがみくにのしゅごしょくをあたえられた。1333ねん5がつ22にち、にったぐんにぜめいっってせんし。

1333 なまひんじんじゃかんれん、もとひろし3ねん(1333ねん5がつ8にちにったよしさだのちだいごてんのうよりかまくらばくふとうまくのりんむねを

   うけたさいに、さんつちかみであるなまひんじんじゃけいだいではたあげをし、かまくらにぜめこんだとつたえられる。こ

   のとき、はたあげにさんしゅうしたぶしょうは150きだったとつたえられている。けいだいにはしゃどののほか、にったぎ

   ていこうぞう、よしさだこうはたあげつか、かみき、きねんひなどがある。まいとし5がつ8にちにはれいまつりとしてかぶらやまつりがおこな

   われる。

1333 あしかがたかうじかんれん、よくもとひろし3ねん/せいよし2ねん1333ねんのちだいごてんのうはおきしまをだっしゅつしてせんじょうやまにろうじょうし

   た。たかしはふたたびまくいのちをうけ、にしこくのとうまくせいりょくをちんあつするためになごやたかいえとともにじょうらくした。

   なごやたかいえがあかまつえんこころにうたれたことをきとして、のちだいごてんのうのりんむねをうけていたたかしはてんのう

   ほうにつくことをけついし、どうねん4がつ29にち、しょりょうのたんばしのむらはちまんぐう(きょうとふかめおかし)ではんばくふのへい

   をあげた。しょこくにたすうのぐんぜいさいそくじょうをはっし、おうみのささきみちよなどのおかじんをしたがえてにゅうきょうし

   、どうねん5がつ7にちにろくなみらたんだいをめつぼうさせた。どうじきにうえのくにのおかじんであるにったよしさだもきょへいし

   ており、たかしのちゃくしでかまくらからだっしゅつしたちずおう(のちのぎせん)をほうじてかまくらへしんぐんし、ばくふを

   めつぼうさせた。このとき、たかしのがわしつのこであるたけじゃくまるがこんらんのさいちゅうにころされている。

   たかしはかまくらかんらくのちにほそかわわし・らいはる・ししのきょうだいをはけんしてよしさだをじょうらくさせ、かまくらをあしかがほう

   にしょうあくさせている。

   

1333 のちだいごてんのうかんれん、このようなじょうせいのなか、のちだいごはもとひろし3ねん/せいよし2ねん1333ねん)、なわながねんらめい

   わいちぞくのはたらきでおきしまからだっしゅつし、ほうきくにせんじょうやま(げん・とっとりけんとうはくぐんこんうらちょうない)できょへいする

   。これをついとうするためばくふからはけんされたあしかがたかし(たかうじ)がてんのうほうにみかたしてろくなみらたんだい

   をこうりゃく。そのちょくごにひがしくにできょへいしたにったよしさだはかまくらをかんらくさせてほうじょうしをめつぼうさせる。

1333 くすのきまさしげかんれん、もとひろし3ねん/せいよし2ねん1333ねん)、まさしげらのかつやくにしょくはつされてかくちにとうまくのきうんが

   ひろがり、あしかがたかうじにったよしさだ、あかまつえんこころらがきょへいしてかまくらばくふはほろびた(もとひろしのらん)。のちだい

   ごてんのうがきょうへのがいせんするとき、ひょうごまででむかえ、どうどうけいごについた。

1333 もとひろしのらんかんれん、くすのきまさしげは12がつにあかさかしろをだっかいし、1333ねん(もとひろし3ねん/せいよし2ねん)1がつにはろくなみ

   らせいをせっつくにてんのうじなどでげきはした。

   ばくふはふたたびだいぶついえとき、なごやしゅうきょう、だいぶつたかなおらがひきいるたいぐんをさしむけた。まずばくふぐんはくすのき

   まさしげのはいかのへいやしょうげんらがまもるうえあかさかしろへむかった。うえあかさかしろのまもりはかたくばくふぐんもくせんす

   るが、しろのすいげんをたち、へいやしょうげんらをこうふくさせた。おなじごろよしのでもごりょうしんのうをやぶった。

   のこるはくすのきまさしげがわずかなぐんぜいでろうじょうするせんそうしろのみである。だがくすのきぐんは、よろいをきせたわら

   にんぎょうをおとりとしてやをしゃかけるといったきさくにより、ふたたびばくふぐんをほんろうした。ばくふぐんはすいげんを

   たとうとするが、せんそうしろではじょうちゅうにすいげんをかくほしておりびくともしなかった。さらにくすのきぐん

   はいちぶがうってでてばくふぐんをきしゅうし、ぐんきをうばってじょうへきにかかげちょうしょうしてみせた。くすのきぐんは90

   にちかんにわたってばくふのたいぐんをあいてにたたかいぬいた。

1333 にったよしさだかんれん、もとひろし3ねん/せいよし2ねん1333ねん5がつ8にちのちだいごてんのうのよびかけにこたえ、なまひんみょうじん

   にいちぞくをあつめかまくらばくふとうばつのためきょへい。さいしょにあつまったぐんぜいはわずか150きにすぎなかったと

   つたえられている。とうしょはとねがわをこえて、いちぞくがたすういるえちごほうめんへしんぐんするよていであった

   が、おとうとのわきやぎじょにさとされてかまくらぜめをけついしたとつたえられる。えちごのいちぞくもくわわり、にった

   ぐんはひがしやまみちをにしへすすみ、うえのくにしゅごところをおとし、とねがわをこえたじてんであしかがたかし(のちにたかうじ

   )のちゃくしちずおう(のちにあしかがぎせん)のぐんとごうりゅうした。ほうじょうしとるいだいのいんせきかんけいにあるとざまおいえ

   にんさいゆうりょくものあしかがたかしのちゃくおとこがくわわったことにより、しゅうへんのおかじんもくわわり、にったぐんはすうまんき

   もにふくれあがったといわれる。

   

   さらににったぐんはかまくらかいどうをすすみ、いるまがわをわたりこてさしはら(さいたまけんところざわしこてさしまちふきん)にたち

   し、さくらだていくに・かなざわていしょうひきいるばくふぐんとしょうとつする。(こてさしはらのたたかい)へいすうはばくふぐんのほうが

   かっていたが、どうようにばくふへふまんをつのらせていたかわえつしらむさしのおかじんのえんごをえてにったぐん

   はしだいにゆうりとなり、ばくふぐんはぶばいがわらとうきょうとふちゅうし)までたいきゃくする。ばくふぐんはふたたびふんばい

   かわらにじんをはり、にったぐんとけっせんをかいしする。(ぶばいがわらのたたかい)にったぐんはいちどはたいはいするが

   、よくじつにはえんぐんにかけつけたみうらしいちぞくのだいたかずよしかちらのへいをあわせてばくふぐんをげきはしてお

   り、おそらくあしかがたかしによるろくなみらたんだいめつぼうのほうがとうたつしており、ばくふぐんのぞうえんたいのねがえりな

   どがあったのではないかともかんがえられる。よくじつ、せきど(とうきょうとたまし)にてにったぐんがだいしょうり

   をおさめている(ぶばいがわらのたたかい)。

   

   こてさしはらのたたかいかんれん、こてさしはらのたたかい(こてさしがはらのたたかい、こてさしはらのたたかい・しょう

   てさはらのたたかいとも)は、なんぼくあさじだいむさしくにいるまぐんこてさしはら(さいたまけんところざわしきたの)でおこなわれ

   たかっせんである。くにきだどっぽ『むさしの』のぼうとうぶぶんでふれられていることでしられている。

   

   ふじさわ(かながわけんふじさわし)までへいをすすめたよしさだは、ぐんをけしょうさか(けわいざか)きりどおしほうめん、きょく

   らくてらさかきりどおしほうめんときょふくろさかきりどおしほうめんにわけてかまくらをそうこうげき。ごくらくてらさかきりどおしのとっぱをこん

   なんとはんだんしたよしさだは、かんちょうにじょうじていなむらさきからきょうこうとっぱし、ばくふぐんのはいごをついてかまくらへ

   らんにゅう。ほうじょうたかときのいちぞくをほうじょうしぼだいてらのひがしかちてらでじがいさせ、きょへいからわずか15にちでかまくらばくふ

   をめつぼうにみちびく。しかし、かまくらかんらくのち、ちずおうをほさするためにあしかがたかしがはけんしたほそかわわし

   ・けんしきょうだいらとしょうとつし、いばしょをうったよしさだはじょうらくする。

1333 もとひろしのらんかんれん、かまくらこうりゃく

   5がつ8にちにったよしさだがうえのこくしょうひんみょうじんできょへいした。にったぐんはいちぞくやしゅうへんおかじんをあつめてへいをぞう

   やしつつ、とねがわをこえてなんしんした。あしかがたかしのちゃくしちずおう(のちのあしかがぎせん)らもごうりゅうし、

   にったぐんはすうまんきぼにふくれあがったといわれる。ばくふはほうじょうやすしいえらのぐんぜいをげいげきのためにむか

   わせるが、こてさしはらのたたかいやぶばいがわらのたたかいではいたいし、かまくらへおいつめられた。

   にったぐんはみかたからかまくらをこうげきした。きりどおしのまもりはかたく、たたかいはいったんはこうちゃくするが、にったぐん

   はいなむらがさきからかまくらへとつにゅうした。5がつ22にちほうじょうたかときらほうじょういちもんはひがしかちてらにおいてめつぼうした(

   ひがしかちてらかっせん)。ちんぜいたんだいほうじょうえいときも、しょうにていけい、おおともていしゅう、しまづていきゅうらにぜめられて5がつ25にち

   にはかたでじじんした。

1333 もとひろしのらんかんれん、えいきょう

   のちだいごてんのうのとうまくうんどうはついにせいこうをみた。のちだいごてんのうはきょうとへきかんし、もとひろしのげんごうをふっかつさ

   せ、ねんがんであったてんのうおやまつりごとであるけんたけしのしんまつりごとをかいしする。だがもとひろしのらんろんこうこうしょうにおいて

   、のちだいごてんのうのそっきんがゆうぐうされたのにたいして、あかまつのりむらをはじめとするおおくのぶしそうがれいぐう

   された。こうしたことがしんまつりごとへのしじをうしなわせ、あしかがたかうじのりはんとむろまちばくふのせいりつへとむすび

   ついていく。

1333 くすのきまさしげかんれん、のちだいごてんのうけんたけしのしんまつりごとがはじまると、まさしげはきろくところよりにん、ざつそけつだんところぶぎょうにん

   、かわうち・いずみのしゅごとなる。けんたけしのしんまつりごとにおいてはまさしげはのちだいごのぜつだいなしんにんをうけ、ゆうき

   おやひかり、なわながねん、ちぐさただしけんをあわせて「みきいちくさ」とへいしょうされ、「あさおんにほこった」とされる

   (たいへいきのきじゅつ)。

1333 のちだいごてんのうかんれん、けんたけしのしんまつりごと

   ききょうしたのちだいごはひかりげんてんのうのこういをひていし、けんたけしのしんまつりごとをかいしする。またじぶんがしょぞくするだい

   かくてらとうのちゃくりゅうであるあにのちにじょうてんのうのいぞくをこうたいしにしめいせずほんらいぼうりゅうであったはずのじぶんの

   おうじをこうけいしゃとしてしめいし、じこのしそんによるこうとうのどくせんをきとした。このためたいりつしてい

   たじめいいんとうのみならずみかたであるはずのだいかくてらとうないぶからもてきたいしゃをうむこととなった。

   けんたけしのしんまつりごとはひょうめんじょうはふっこてきであるが、ないじつはもうこてきなてんのうせんせいをめざし、ぶけをはいじょした

   くげちゅうしんのせいけんうんえいをしき、せいきゅうなかいかく、とちそしょうへのたいおうのふびやおんしょうのふこうへい、だいだいり

   けんせつけいかくなどそのしさくのたいはんがかくほうめん、とくにぶしせいりょくのふまんをよび、またゆうめいなにじょうかわららく

   かきにみられるようにそのむのうをひはんされ、けんいをまったくしっついした。

1333 きたばたけけんいえかんれん、ちちのおやぼうは、のちの「さんぼう」の1にんとしてのちだいごてんのうにきんじし、1333ねん(もとひろし3

   ねん/せいよし2ねん)からかいしされたけんたけしのしんまつりごとをほさしていた。

1333 あかまつのりむらかんれん、のちだいごてんのうかまくらばくふだとうをかかげてきょへいしたもとひろしのらんにおいて、もとひろし3ねん

   (1333ねん)、のちだいごのおうじごりょうしんのうのれいむねをうけてはんばくふせいりょくとしてきょへいする。はじめ、いちぞく

   のたかだしがないつうしようとしたためへいをうごかし、さいじょうやましろにてせんし、そのぼだいてらであるりょうたくいおり

   にてじがいにおいこむ。そののち、ろくなみらたんだいのいのちをうけたびぜん(おかやまけん)のしゅごかじしがへいを

   だすが、そのせんぱつたいであるいとうしとみついししろでたたかいそのめいしゅであるいとうただぐんをふくじゅうさせ、これ

   をにしこくばくふぐんのそなえとしてみついししろにのこしとうじょうをかいしした。

   こののちえんこころはむろやまにじんをきづき、しょごうぞくのさんしゅうをまった。しばらくののち、しらかわさと・やまだむらこべ

   さと・いしみなみはなやまでへて、ぬのびきたにそいにみなみにむかい、あらかじめちょうなんはんしにきづかせておいたまや

   やましろへいる。もとひろし3ねん(1333ねん2がつ11にちには、はやくもろくなみらぐん2まんがぜめよせてくるが、あかまつ

   ぐんとくいののふせりたたかをてんかいし、これをげきたいした。

   えんこころはいきおいをかってひさびさしにじんとりり、24にちにはさけぶにしんしゅつ。3がつ10にちにろくなみらぐん1まんがせがわに

   ふじんした。そのにちのよる、えんこころのじんにあまがさきからじょうりくしたしこくのおがさわらせいがきしゅうをかけえんこころはきん

   か50きでかなをとっぱしひさびさしにきじんした。そこでへいのしゅうごうをまち、のりすけのしんげんをききいれ3,000

   きをひきいててきじんにやしゅうをかけてきははいそうした。ここでまた、のりすけがついげきあんをだし12にちにはやまざき

   にしんこう。きょうとよど・あかい・にしおかふきんにほうかをかんこうした。これにたいしてろくなみらぐんは、たかはし・すみだ

   りょうけんだんに2まんをあずけしゅつじんさせた。これをしったえんこころは、ぐんをふたつにわけいっぽうをくがなわてへさし

   むけ、みずからはろくなみらぐんがじんとりるかつらへしんぐんした。りょうぐんはかつらがわをはさんでたいじしたが、このときかわは

   ぞうすいしとてもわたれそうになかったがのりすけがせんじんをきりおしわたりかなをけちらした。そのままだい

   みや・いのくま・ほりかわ・あぶらこうじにほうかしつつろくなみらをめざした。ききかんをおぼえたのかろくなみらは、とき

   のてんのうひかりげんみかどをろくなみらにむかえろくなみらをかりごしょとした。また、あらてのこうの・とうやまをはじめへいを

   たいりょうにとうにゅうした。

   これまで、はちくのしんげきをしていたえんこころぐんはそうくずれとなった。えんこころとのりすけは、いそぎおとこやままでとう

   れたがここでえんこころはじじんするとじゅうしゃにつげたといわれている。しかしえんこころは、じぶんのはたじるしで

   あるひだりみっつともえのはたのうえにだいりゅうをえがきはちまんぼさつのおつげとしさいどきょうへぜめこむとつげたのであ

   る。

   そののち、やまざきのせんでかいしょうしたがつぎのらくちゅうせんではいぼくした。それからえんこころはしばらくやまざきのじんに

   いたが、なごやたかいえ・あしかがたかし(たかうじ)のしゅつじんをしるとげいげきにでてなごやたかいえをさようらいいえがうち

   とりたたかはおわった。このせんののちたかしはりょうちであるたんばしのむらへむかいへいをあつめ2まん3,000きできょ

   へいした。いきおいをましたみかどほうのしょしょうはきょうをほうい。これをみたろくなみらたんだいはかまくらへおちのび、ろく

   なみらはかんらくした。いっぽうかんとうではにったよしさだがふんせんしてかまくらをおとし、もとひろしのらんはしゅうけつした。

   

1334ねん(けんたけしがんねん):けんたけしのしんまつりごとのちだいごてんのうによるおやまつりごと。

1334ねん(けんたけしがんねん):『にじょうかわらのらくがき』がかかげられる。

   

1334 あしかがたかうじかんれん、かまくらばくふのめつぼうのち、たかしはのちだいごてんのうからいさおこうだいいちとされ、ちんじゅふしょうぐんおよ

   びじゅうよんいしたひだりべえとくににんぜられ、またに30かしょのしょりょうをあたえられた。さらにてんのうのきのみことおさむ

   からいちじをたまってたかうじへかいめいした。たかうじはけんたけしせいけんではせいじのちゅうすうからはなれており、あしかが

   いえのしつじしょくであるたかしちょく・たかしやすしきょうだいなどをおくりこみ、おとうとのあしかがなおよしをかまくらしょうぐんふしつけんとし

   た。これにはのちだいごてんのうがたかうじをけいえんしたとするみかたと、たかうじじしんがせいけんときょりをおいたと

   するみかたとがある。また、せいいだいしょうぐんのせんしたをうけ、かまくらにばくふをひらくいとがあったとする

   せつもある。このじょうたいは「しんまつりごとにたかうじなし」といわれた。

   のちだいごてんのうきたばたけけんいえをちんじゅふしょうぐんににんじておさないぎりょうしんのう(のちののちむらかみてんのう)をほうじさせて   おうしゅうちんていにむかわせると、たかうじはなおよしにおさないなるよししんのうをほうじさせかまくらへげこうさせている。のち

   だいごてんのうのおうじでありおなじくせいいだいしょうぐんしょくをのぞんでいたごりょうしんのうはたかうじとたいりつし、たかうじあんさつ

   をこころみるがたかうじがわのけいごがげんじゅうではたせなかった。けんたけしがんねん(1334ねん)、たかうじは、じっしつねりょう

   しんのうをこうたいしとしたいのちだいごてんのうのちょうきあのれんことむすび、のちだいごてんのうともかくしつしていたごりょう

   しんのうをほばくしかまくらのなおよしのもとにゆうへいさせる。

1334 くすのきまさしげかんれん、けんたけしがんねん(1334ねん)ふゆ、まさしげがほうじょうしざんとうをうつためにきょうをはなれたちょくご、ご

   りょうしんのうがむほんのけんぎでほばくされ、あしかがたかうじにひきわたされた。そのちょくご、まさしげはけんたけしせいけんのやく

   しょくのおおくをじしょくしたとみられることから、まさしげはごりょうしんのうのゆうりょくよちからであったとみられてい

   る。

1334 にったよしさだかんれん、けんたけしのしんまつりごとにおいては、よしさだはかまくらぜめのこうによりひだりべえとくににんぜられ、たけし

   ものところのちょうとなる。

1335ねん(けんたけし2ねん):なかせんだいのらん

1335 はこね・たけのしたのたたかいかんれん、もとひろし3ねん/せいよし2ねん(1333ねん)かまくらばくふをだとうしてせいりつしたけんたけしせいけん

   あったが、げんじつからかいりしたせいさくのかずかずにぶしはふまんをつのらせた。けんたけし2ねん(1335ねん)はっかくした

   さいおんじこうしゅうとほうじょうやすしいえのいんぼうはしっぱいにおわったが、これをきっかけにぜんこくのきゅうほうじょうししょりょうで

   ほうじょうざんとうのほうきがあいつぐ。とくに7がつしなのですわしのしえんのもとほうきしたほうじょうときぎょうは、かくちのはん

   けんたけしせいけんせいりょくをきゅうしゅうし、あしかがなおよしをおいだし、かまくらをせんりょうするいきおいをみせた。(なかせんだいのらん)

1335 はこね・たけのしたのたたかいかんれん、これにたいし、あしかがたかうじはときおこなをうつためにじぶんをはけんするように

   のちだいごてんのうにさいさんようせいするが、 たかうじがじりつすることをおそれたのちだいごはそれをきょかしなかった

   。 しかしたかうじはむだんでかんとうにしゅっぺいする。のちだいごはついにんでたかうじをせいひがししょうぐんににんじた。 たかうじぐん

   はときこうぐんをかまくらからおいだし、ときぎょうしょうそくをたち、ときおこのはんらんはちんあつされた。

   せんご、たかうじはたいりつかんけいにあったにったよしさだのしょりょうをかってにぼっしゅうし、けんたけしせいけんではおんしょうほうがおこなう

   おんしょうとしてぶんぱいするなどじりつのいしをしめした。のちだいごはさいさんきらくめいれいをだすがたかうじはむしし

   、よしさだをひなんするぶんしょをおくりかえすだけであった。よしさだははんろんのぶんしょをていしゅつし、しんぎのけっかぎ

   ていのうったえをみとめ、たかうじをとうばつすることにけっていし、よしさだにせんむねをくだした。

   けいか

   11がつ、よしさだはみことりょうしんのうをほうじ、ぐんをひきいとうかいどうをくだった。たかうじついとうぐんにはたすうのくげもさんか

   している。ちょうてきとなることをはじたたかうじがしゅっけするなどあしかががわのしきがあがらなかったため

   、たかうじぐんはなおよしがちゅうしんとなりさくせんこうどうにでる。よしさだはみかわやはぎかわ、とおとうみさぎさか、するがてこしかわはら

   でげいげきにでたなおよしぐんをうちやぶり、いずこう(みしま)をせんりょうし、かまくらへちゃくちゃくとぐんをすすめた。よしさだ

   がはこねにせまったとのほうにせっし、いちじしゅっけしていたたかうじがなおよしのせっとくにおうじ、せんせんにふっきする

   。よしさだはみしまでぐんをしゅうけつさせるとぐんをにほうめんにわけ、みずからはからめてぐんをひきいてはこねとうげにすすみ

   、おおてぐんはじっていわきやぎじょをたいしょうにあしがらとうげへしんぐんさせる。たかうじぐんはなおよしぐんがはこねにふじんし、みこと

   しはたけのしたぜんめんのあしがらとうげにふじんする。

   12がつ11にちりょうぐんはげきとつする。はこねほうめんではよしさだぐんがなおよしぐんをおしきみにせんきょくがてんかいする。たかうじ

   とぎじょのしゅせんばはあしがらとうげのすぐにしにあるたけのくだとなった。たかうじのさんじんでしきがあがるたかうじぐん

   がおしきみにせんきょくがてんかいし、よくじつこれをみたおおともていさい、しおやたかていはたかうじぐんにねがえり、ぎじょぐん

   はそうくずれとなりはいそうする。そのむくをうけたよしさだはたいろをたたれるおそれがでたためぐんをてったい

   させる。これをみてささきみちよはたかうじぐんにねがえりよしさだぐんもそうくずれとなった。13にちにはいずくに

   ふをたかうじぐんがだっかいし、よしさだぐんはとうかいどうをそうくずれではいそうした。てんりゅうがわにかかるうきはしをよしさだが

   おくれてくるみかたのためにのこしたと『うめまつろん』にはかかれているが、『たいへいき』にはうきはしを

   きってたいきゃくしたとぎゃくのことがかかれている。

1335 たか しやすしかんれん、たか しやすし(こう もろやす、?−1351ねん3がつ24にち(しょうへい6ねん/かんおう2ねん2がつ26にち))

   は、なんぼくあさじだいのぶしょう。たかしおものこ。かんいはおわりしゅ、えちごしゅ。『こうかいけいず』ではたかしすぐのあに

   とされているが、どうじだいのしりょうである『そのたこよみ』では「しゃおとうとしやすし」としるされている。

   あしかがたかうじにつかえ、1333ねん(もとひろし3ねん/せいよし2ねん)のかまくらばくふにたいするきょへいでぶこうをあげた。それ

   によりよくねん、けんたけしのしんまつりごとにおけるざつそけつだんところのぶぎょうにうえすぎのりぼうとともににんじられた。1335ねん(

   けんたけし2ねん)のなかせんだいのらんでもたかうじにしたがってかまくらにおもむき、ほうじょうときぎょうをやぶる。そののち、にったよしさだ

   そうたいしょうとするちょうていのたかうじついとうぐんがぜめてきたとき、みかわくにでこれをげいげきしいったんはやぶれるが、

   かまくらにひっそくしていたたかうじがしゅつばするとこれにしたがい、よしさだのぐんをはこね・たけのしたのたたかいでおおいに

   うちやぶるというこうせきをあげた。

1335 なかせんだいのらんかんれん、かまくらじだいまっきにのちだいごてんのうがとうまくうんどうをおこし、あしかがたかうじなどばくふのゆうりょく

   おかじんがこおうし、1333ねん(もとひろし3ねん/せいよし2ねん)、かまくらはにったよしさだらのこうげきでかんらくし、ほうじょうしは

   めつぼうする。かまくらばくふがめつぼうしたのち、てんのうおやまつりごとであるけんたけしのしんまつりごとがかいしされ、かまくらには、のちだい

   ごてんのうのおうじのなるよししんのうをちょうとしたかうじのおとうとのあしかがなおよしがしつけんとしてこれをほさするかたちのかまくら

   しょうぐんふがせっちされた。けんたけしせいけんはぶけのしじをえられず、ほうじょういちぞくのざんとうなどはかくちでほうき

   をくりかえしていた。1335ねん(けんたけし2ねん)には、かまくらじだいにかんとうさるつぎをつとめ、ほうじょうしとつながりが

   あったくげのさいおんじこうしゅうやひのしらがきょうとにせんぷくしていたほうじょうたかときのおとうとほうじょうやすしいえ(とききょう)を

   とくい、じめいいんとうののちふしみほうおうをようりつしてせいけんてんぷくをきてたいんぼうがはっかくする。こうしゅうらはのちだいご

   てんのうのあんさつにしっぱいしてちゅうさつされたが、やすしいえはのがれ、かくちのほうじょうざんとうにきょへいをよびかけた。

1335 なかせんだいのらんかんれん、なかせんだいのらん(なかせんだいのらん)は、1335ねん(けんたけし2ねん)7がつ、ほうじょうたかとき

   (かまくらばくふだい14だいしつけん)のいじときぎょうが、しなののすわらいおもらにようりつされ、かまくらばくふふっこうのため

   きょへいしたはんらん。せんだい(ほうじょうし)とこうだい(あしかがし)とのまにあって、いちじてきにかまくらをしはいした

   ことからなかせんだいのらんとよばれている。

1335 あしかがたかうじかんれん、けんたけし2ねん(1335ねん)にしなのくにで、ほうじょうたかときのいじほうじょうときぎょうをようりつしたほうじょうしざん

   とうのはんらんであるなかせんだいのらんがおこり、ときこうぐんはかまくらをいちじせんきょする。そのきわ、なおよしがどくだんで

   ごりょうしんのうをころした。たかうじはのちだいごてんのうせいいだいしょうぐんのかんをのぞむがえられず、どうねん8がつ2にち、ちょく

   じょうをえないままかまくらへしんぱつし、のちだいごてんのうはやむなくせいとうだいしょうぐんのごうをあたえた。たかうじはなおよし

   のへいとごうりゅうしさがみがわのたたかいでときおこなをくちくして、どうげつ19にちにはかまくらをかいふくした。たかうじはじゅうにい

   にじょせられた。

   なおよしのいこうもあってたかうじはそのままかまくらにほんきょをおき、どくじにおんしょうをあたえはじめきょうとからのうえ

   らくのめいれいをこばみ、どくじのぶけせいけんそうしのうごきをみせはじめた。どうねん11がつ、たかうじはにったよしさだをくん

   がわのかんであるとしてのちだいごてんのうにそのとうばつをじょうそうするが、のちだいごてんのうはぎゃくによしさだにみことりょうしんのう

   をほうじさせてたかうじとうばつをめいじ、とうかいどうをかまくらへむかわせた。さらにおうしゅうからはきたばたけけんいえもみなみ

   したをはじめており、たかうじはしゃめんをもとめていんきょをせんげんするが、なおよし・たかしすぐなどのあしかがほうがみかわ

   くになどかくちでやぶれはじめると、たかうじはけんたけしせいけんにはんきをひるがえすことをけついする。どうねん12がつ、みこと

   しはにったぐんをはこね・たけのしたのたたかいでやぶり、きょうとへしんぐんをはじめた。このかん、たかうじはじめいいんとう

   ひかりげんじょうこうへれんらくをとり、きょうとしんぐんのせいとうせいをえるこうさくをしている。

1335 のちだいごてんのうかんれん、あしかがたかうじのりはん

   けんたけし2ねん(1335ねん)になかせんだいのらんのちんあつのためちょくじょうをえないままひがしくににでむいたあしかがたかうじが、

   らんのちんあつにつきしたがったしょうさむらいにかまくらでどくじにおんしょうをあたえるなどしんまつりごとからりはんする。のちだいごはしん

   たよしさだにたかうじついとうをめいじ、よしさだははこね・たけのしたのたたかいではやぶれるものの、きょうとでくすのきまさしげ

   きたばたけけんいえらとれんらくしてあしかがぐんをやぶる。たかうじはきゅうしゅうへおちのびるが、よくねんにきゅうしゅうでたいせいをたて

   なおし、ひかりげんじょうこうのいんせんをえたのちにふたたびきょうとへせまる。くすのきまさしげはのちだいごにたかうじとのわぼくをすすむ

   げんするがのちだいごはこれをしりぞけ、よしさだとまさしげにたかうじついとうをめいじる。しかし、にった・くすのきぐんはみなと

   かわのたたかいではいぼくし、まさしげはとうししよしさだはみやこへにげかえる。

1335 くすのきまさしげかんれん、けんたけし2ねん(1335ねん)のなかせんだいのらんをとうばつにむかったたかうじがそのまましんまつりごとにりはん

   し、たかうじついとうのいのちをうけたよしさだがはこね・たけのしたのたたかいにはいぼくしてあしかがぐんがきょうへせまるが、きたばたけ

   けんいえらとれんらくしてあしかがほうをきょうよりくちくする。

1335 にったよしさだかんれん、けんたけし2ねん(1335ねん)にしなのくにでほうじょうしざんとうがたかときのいじ・ほうじょうときぎょうをようりつし、

   かまくらをせんりょうするなかせんだいのらんがおきると、あしかがたかうじのちだいごてんのうのちょくじょうをえないままとうばつにこう

   かい、かまくらにほんきょをおいてぶけせいけんのきせいじじつかをはじめる。たかうじはよしさだをくんがわのかんである

   としてそのついとうをのちだいごにじょうそうするが、ぎゃくにのちだいごはよしさだにたかうじついとうれいをはっし、よしさだはみことりょう

   しんのうをほうじてとうかいどうをかまくらへむかう。よしさだはおとうとわきやぎじょとともにやはぎかわのたたかい(あいちけんかりや

   し)、てえつかわらのたたかい(しずおかけんしずおかしするがく)であしかがなおよし・たかしやすしのぐんをやぶるが、かまくらから

   しゅつげきしたたかうじにはこね・たけのしたのたたかい(しずおかけんしゅんとうぐんおやままち)でげきはされ、きょうとにはいそうする。

1335 はこね・たけのしたのたたかいかんれん、はこね・たけのしたのたたかい(はこねたけのしたのたたかい)は、なんぼくあさ

   じだいのけんたけし2ねん(1335ねん)12がつ11にちゆりうすこよみ1336ねん1がつ24にち)に、あしかがたかうじせいとにったよしさだ

   せいのかんでおこなわれたかっせん。のちだいごてんのうけんたけしせいけんにはんはたをひるがえしたあしかがたかうじをうつためににったぎ

   ていをはけんしたがしっぱいし、けんたけしせいけんはほうかいした。げんざいのしずおかけんおやままちたけゆきしたしゅうへんでおこなわれた

   。

1336ねん(けんたけし3ねん):