2009-01-04 てんぽうのかいかくのあんぶをさぐる、おんなきょうげんしのかつやくをえがく

すぎもとあきこさんの『おきょうげんしうたきちうきよこよみ』をよんだ。おきょうげんしとは、だいみょういえのおくむきへあがってきょうげんをひろうするもののこと。
ひろいんのうたきちこと、なかはしひろこうじまちにあるがかごやあかまつのむすめ・おきちは、きょうばしおけまちでおどりのししょうをしているさんだいめみずきうたせんにでしいりしていた。びじんのきこえがたかいうたせんは、ほんみょうをくめといい、むすめのじぶんは、めいおやまのごだいめせがわみちこうにいきうつしで、みちかんがおくめとさわがれていた。しじゅうみちをむかえたうたせんは、おわりだいなごんいえをはじめ、だていえ、とうどういえ、もうりいえなどのおだえのおきょうげんしとしてごふちをちょうだいしていた。いかは、うたせんがよめいりするもとでしにかたったことば。
「おきょうげんしは、えどのおんなやくしゃともてはやされるけれど、なに、おだいみょうしゅうのおくごてんだけにさくいちやかぎりのあだはなさ。きれいだけれど、しぼめがそれっきり……。おまえはていしゅをもって、こをうんで、みのあるはなをさかせればいいじゃないか」
(『おきょうげんしうたきちうきよこよみ』P.215より)
ものがたりは、そのうたせんのもとへむっつのれいにでしいりして、「かなでほんちゅうしんぐら」のたちやくのかんたいらで、おきょうげんしとしてのはつぶたいをひかえたうたきちが、こうぎのこどもめつけのひゅうがしんごとおかもとさいじろうにより、みっていをめいじられるところからはじまる。きょうだいこのうたつだいというなとりが、さかきばらかずえのかみというしちひゃくいしとりのはたほんにめかけとしてかこわれている。かずえのかみは、ひゅうがらがつかえるおほうとどうやくのめつけながら、ようかいこと、とりいようくららのなかまだという。うたきちは、そのうたつだいとつきあいをふかめて、かずえのかみのおしょくにかかわるてしょうをつかむようにめいじられた…。
おきょうげんしというげいみちのせかいに、こうぎのあんとうをさぐるすぱいものもつすりりんぐなてんかいがくわわり、だいいっきゅうのえんたーていんめんとじだいしょうせつになっている。しっとしたそうでしにしょうのこぎりでほおにいっしょうきえないきずをつけられながらも、けなげにげいにまいすすむする、しゅじんこうのうたきちのえどむすめのきょうじがみりょくてき。うたきちのつぎなるかつやくがよみたい。だいにさく『おおおくふたりどうじょうじ おきょうげんしうたきちうきよこよみ』のぶんこかまでまてそうにない。
おすすめど:★★★★☆☆(★=20、☆=5)
2009-01-01 2009ねんうし、ほんねんもどうぞよろしく
あけましておめでとうございます。
みなさまは、いかがおすごしでしょうか?
ねんまつねんしでおもしろいじだいしょうせつはよめましたでしょうか?
きゅうねんちゅうは「じだいしょうせつSHOW」でたいへんおせわになりました。
とはいえ、2008ねんはしごとにかまけて、「じだいしょうせつ」にしゅうちゅうできないふほんいないちねんでした。
2009ねんは、「じだいしょうせつ100さつどくは&どくしょろくあっぷ」をもくひょうに、じだいしょうせつをよんでいきたいとおもいます。ほんねんもどうぞよろしくおねがいいたします。
■らんがくものおがたこういおりがしゅじんこうのとりものしょうせつがNHKどようじだいげきに

つきやまかつら(つきやまけい)さんの『おがたこういおり なみはなのじけんちょう きんかきうり』をよんだ。えどじだいのおおさかをぶたいにしたじだいしょうせつでちゅうもくされるつきやまさんのしょきのさくひんである。2001ねん4がつにしまかげしゃからたんこうぼんでかんこうされ、ながねんさがしもとめていたさくひんが、ふたばしゃからぶんこかされた。さらに、このさくひんをげんさくにNHKどようじだいげきで、1がつ10にちより、「なにわのはな おがたこういおりじけんちょう」というたいとるでれんぞくTVどらまかされるという。じだいしょうせつふぁんとしてもよろこばしいかぎりだ。
ものがたりのぶたいは、ぶんまつりごとじゅうにねん(1827)のおおさか。しゅじんこうはおもいさいじゅくでらんがくをまなぶわかもの、おがたしょう(のちのこういおり)。しょうはきんかきになっていたらんがくかき『はちとげせいよう(やさすがりせいよう)』をにゅうしゅするために、ちょうほりにかかるとんやはしで、やみあきないをてがけるほんやかしまやとまちあわせていた。しかし、かしまやにうりねをつりあげられて、しょうはありきんをてつきけかわりにまきあげられて、みっかかんまってもらうことでわかれた。みっかのち、しょうはやくそくのばしょ、てんまてんじんのさてんにいくが、いっこくいじょうまってもかしまやはあらわれず、さてんのならびからややはなれたいけのあぜでかしまやはしたいではっけんされる。そこで、しょうはじゃくさむらいすがたのれいじん・とうぎさこんとであう…。
『きんかきうり』は、しゅじんこうのわかきにちのおがたこういおり(しょう)のかつやくよりも、さっそうとしたさこんのそんざいかんがあっとうてき。TVどらまではくりやまちあきさんがえんじられるようで、げんさくのふんいきをつたえられそうで、こちらもたのしみである。ちなみにおがたしょうやくはくぼたまさたかさんがはいやくされている。つきやまさくひんでは、わかいじょせいをしゅじんこうにしたものがおおく、こうきしん、せいぎかん、いちずさ、かれんさなどおとめこころがたのしめるとくちょうがみられる。
また、そのさくひんにはえどじだいのおおさかのまちとぶんかをたんのうでき、ちてきまんぞくかんがたかいものがおおい、ほんさくひんもれいがいではない。おふぃしゃるさいとのじこしょうかいによると、つきやまさんはきょうとふうまれで、おおさかだいがくだいがくいんぶんがくけんきゅうかはくしかていをしゅうりょうされていて、せんこうはにっぽんきんせいしでしゅみはががく(しょう)、げんざいはふくいけんにざいじゅうとのこと。おおさかをぶたいにしたじだいしょうせつのかきてがすくないなかで、つきやまさんのそんざいはきちょうであり、ちゅうもくしていきたい。
おすすめど:★★★★
つきやまかつらおふぃしゃるさいと―つきやまらくところへようこそ
2008-12-23 らんぽしょうさっかしょうたひろしさんのじだいしょうせつしんしりーず

しょうたひろし(しょうだ・かん)さんの『やわらさむらい・たつまきまことじゅうろう さみだれのきょうじん』をよんだ。しょうたさんは『ゆうかいじ』(しゅうせんちょくごをぶたいにしたみすてりーでじだいしょうせつではない)で、だい54かいえどかわらんぽしょうをじゅしょうした、きえいのみすてりーさっか。じだいしょうせつには、ばくふおだえのおくえし・かのたんしんをしゅじんこうとしたとりものしょうせつ『ねむりねこ』がある。
『さみだれのきょうじん』は、ひょうだいどおり、そうみりゅうじゅうじゅつ(きとうりゅうじゅうじゅつのいっぱ)のたつじんで、ていまちまわりどうしんのじなんのたつまきまことじゅうろうがかつやくするとりものしりーずのだいいちだんである。ぶたいはきょうほろくねん(1721)、やつしろしょうぐんとくがわきちしゅうのじだい。
まことじゅうろうはどうじょうかえりのよみちに、はいごからくろふくめんのぼうかんにぎりつけらる。あいてのこうげきをなんとかかわして、きょうれつなけりでたおすが、ぼうかんはたおれこんだひょうしに、じぶんのかたなでみずからのからだをつきさしてしんでしまう。ふくめんのぬのをはずすと、まことじゅうろうのかおみしり、まことさききょうゆきすけのかおがあった。きょうゆきすけはまことじゅうろうのちちとどうはいのていまちまわりどうしんのしそくで、そのいもうとせんめぐにまことじゅうろうはこういをよせていた。きょうゆきすけにいのちをねらわれるりゆうがまことじゅうろうにはおもいつかなかった。
おなじころ、しょうぐんきちしゅうのごようとりつぎのしょくにある、かのうきゅうとおりは、めやすはこにとうじられたそじょうにかんれんした、さんとおりのみっしょをてにしてた…。
まことじゅうろうは、きゅうとおりのみついのちをうけてめやすはこへとうじられたものの、せいしきにはせんぎにまわすことができないうったえについて、ないようのしんぎ、ぎんみのひつようせいのうむをしらべる、めやすはこあらためほうというみついのちがくだされる…。
このさくひんのみりょくとしては、しゅじんこうのつかうじゅうじゅつのわざ、めやすはこあらためほうというやくしょくのみょうみ、ぜんぺんをおおうすいりしょうせつっぽさがあげられる。きょうほというじだいがきょうみぶかくえがかれているてんもふれておきたい。たつまきまことじゅうろうのつぎなるかつやくをはやくよみたいとねがう。
おすすめど:★★★★☆
(★:20てん、☆:5てん)
2008-12-06 だいやぶはるひこしょうじゅしょうのすりるかんにみちたじだいしょうせつ

きたじゅうにん(きたしげと)さんの『あおひ(あおび)』をよんだ。ぜんさくの『なつのつばき』は、えどのじょうけいびょうしゃ、すとーりーてりんぐ、きゃらくたーづくりとしんりびょうしゃ、どれをとってもすばらしいじだいしょうせつのけっさくだった。こんかいの『あおひ』は、『なつのつばき』よりまえにしっぴつされたさくひんで、しゅじんこうはおなじたちはらしゅうゆきすけながら、えがかれているじだいはぜんさくより2ねんまえのてんめいよねんあきになる。
- さくしゃ: きたじゅうにん
- しゅっぱんしゃ/めーかー: ぶんげいしゅんじゅう
- はつばいび: 2008/11/07
- めでぃあ: ぶんこ
- さくしゃ: きたじゅうにん
- しゅっぱんしゃ/めーかー: ぶんげいしゅんじゅう
- はつばいび: 2008/01/10
- めでぃあ: ぶんこ
しゅうゆきすけは、だいおばんしゅうのくみあたまをつとめるはたほんたちはらさゆうえもんのしょうふくのむすこながら、じゅうろく、しちのころにぶらいのみちにいり、ぎょうあとがあらたまらないため、しんるいいちどうによりざしきろうにいれられる。そののち、おおかじのおきたときに、そぼのしじで、ざしきろうからしゅつほんし、もととりごえまちのひこじゅうみせでながやくらしをしている。しゅうゆきすけのなりわいは、かたなのめりこうりと、かんだまつえだまちにあるいちとうりゅうどうじょうのしはんだい、そしてよろずしらべこと、だんじこと、もめごとのちゅうさい。
しゅうゆきすけは、なじみのごふくとんやふじやきたいらより、れんぞくしょうにんざんさつじけんのたんさくをいらいされる。ひがいにあったしょうにんたちは、いずれもあたらしいあきないがきまるかもしれないと、たいきんをもってでかけたまつに、ばっさりときられてかわにうかんでいたという。きたいらのようけんがおえたのちのしゅせきで、しゅうゆきすけはしゃみせんとじょうばんつのししょうのしやをびきあわせられる。しやは、しゅうゆきすけのむかしのあそびなかまのいもうと・なつだった…。
「わしはな、そのとき、はじめてみた。あおいほのおをな」
と、さんざえもんはしゅうゆきすけをじっとみた。
「あおい、りんのようなひだ。にんをころしたものは、あおひをせおうというぞ。おにのきよ」
『あおひ』(p.50)
はんにんとおぼしきおとこをみかけた、あめうりのさんざえもんは、こうしゅうゆきすけにはなす。しゅうゆきすけじしんも、かつてきったおとこのことであくむをよくみる。
にんをきるいっしゅんのきんぱくと、きったのちのかいさとしが、ちしぶきとなってひびのすきまからふきだす。しゅうゆきすけはにんをきって、じつはじぶんのこころもきったのだ。こころのそこで、くろいちたまりがゆれ、それがときおり、ふつえておもてにふきだす。そのとき、こころがひずみ、はげしいいたみがはしる。
ようやくこころにふたをしたとおもっていた。が、こんどのじけんが、しずんでいたよどみをふたたびゆすったのだ。あれだけのにんをきって、なおそくまないおとことはいったいなにものだ。
『あおひ』(p.40)
はんにんをおっていくしゅじんこうに、はらはらどきどきして、さすぺんすにみちたじだいみすてりだが、そのすりるかんをだしているのがはーどぼいるどなぶんたいにあるようにおもわれる。このさくひんがじだいしょうせつとしてはじめて、だいやぶはるひこしょうをじゅしょうしたのもうなずける。ぶんこのかいせつでなわたかずおさんがふれていたように、だいやぶさんには、『こつるぎ』というじだいしょうせつさくひんがある。
2008-12-02 りきゅうのこいとしがつむぐ、じだいをうごかしたびがく

やまもとけんいちさんの『りきゅうにたずねよ』(PHPけんきゅうしょ)をよんだ。さくしゃのやまもとさんは、あづちじょうをつくったおとこをしゅじんこうにした『ひてんのしろ』でまつもとせいちょうしょうをじゅしょうし、なおきしょうこうほにもせんしゅつされる、しんさくがもっともちゅうもくされるじだいしょうせついえのひとり。せんごくじだいのてくのくらーと(だいいっきゅうのこうじん)をえがいたけっさくがおおいさっかだけに、りきゅうをどのようにえがくのか、きたいをこめてよみはじめた。
- さくしゃ: やまもとけんいち
- しゅっぱんしゃ/めーかー: PHPけんきゅうしょ
- はつばいび: 2008/10/25
- めでぃあ: たんこうぼん
――わがいっしょうは……。
ただいちわんのちゃを、きよしじゃくのうちにきっすることだけにこころをくだいてきた。このてんちにいきてあることのしふくが、いっぷくのちゃであじわえるようにとくふうをかさねてきた。
――わしがひたいずくのは、ただうつくしいものだけだ。
(『りきゅうにたずねよ』P.10)
じしんのぜったいてきなびがくをもって、てんかびとのひできちとたいじしえいようをきわめた、しをたまったりきゅう。
「あなたようには、ずっとおもいおんながございましたね」
りきゅうのしをもくぜんにし、つま・しゅうおんは、りきゅうのこころのおくそこにすみつづけるおんなのそんざいへのしっとをくちにする。
なつからふくろをとりだした。うつくしいかんべにばなにそめたあさのうえぬのだが、すっかりいろあせてしまった。
なかにちいさなつぼがいっっている。
てのひらにすっぽりおさまるみどりゆうのひらたいつぼで、どうがややうわめにはっている。かおりごうにつかっているが、すがたはしょうしゃで、くちがちいさい。もとはしゃかのほねをいれたしゃりきだったかもしれない。
ぜんたいにまんべんなくかかったみどりゆうに、ふかみとせんやかさがある。
おおくのめいぶつをてにしたりきゅうが、はだみはなさずにもつ、みどりゆうのかおりごうのゆらいとは…。ものがたりは、てんせいじゅうきゅうねんにがつにじゅうようかのあさ、りきゅうがせっぷくのあさからはじまる。じけいれつのぎゃくにさかのぼるかたちでりきゅうのこい、しをたまわることになるりゆう、そして、かれをけいせいするびいしきのなぞを、ひできちやいえやす、のぶなが、いしだみつなりら、しゅういのじんぶつのしてんをまじえてときあきらかしていく。
よんでいくうちに、りきゅうのび―かのもちいるめいぶつとたいじするようなきんちょうかんとこうようかんにつつまれ、いっきによむのがもったいないようなきぶんになった。ひとつひとつがけいさんされ、よぶんなものやむだなところがない、たんせいなぶんしょうがうつくしく、きたいをうらぎらないけっさくである。













