Hatena::Diary

A study for 911,10-14-08 and 2012ascension truths

2008-11-13 じょん ぽですた のすぴーちげんぶん

http://pilotsfor911truth.org/store.html

f:id:jiiji1941:20081113194753j:image

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Re:plese tell me, Today, 05:36 PM

Sanders

Extreme Pilot


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Joined: 13-September 06



He said,

"I think it's time to open the books ... on questions that have remained in the dark, on the question of government investigations of UFO's. It's time to find out what the truth really is, that's out there. We ought to do it because it's right, we ought to do it because the American people, quite frankly, can handle the truth, and we ought to do it because it's the law."

  • Sanders

ふるやのもりのflatheatさんのわけ 19:17

JIIJI1941さんへ (flatheat)

2008-11-13 07:54:59

とうこうは2007ねん11がつ14にち。くりんとんせいふのほわいとはうす・ちーふのたちばでぜんべいきしゃかいけんでいったすぴーちです。

「いまやとざされたはこをひらけるべきときだ。あめりかせいふのいったUFOにかんするけんきゅうけっかをこうひょうするべきときだ。なぜならあめりかこくみんにはしるけんりがあり、それはけんぽうでみとめられたけんりであるからである。」

でぃすくろーじゃー・ぷろじぇくと:ちきゅうそとせいめいたいはじつざいする 21:38

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/27960ebcdaf9e1b448f16e7769f8e6be

これからおこること by 892sun 21:39

http://www.geocities.jp/heartland1422/index.html

f:id:jiiji1941:20081113212707j:image

http://d.hatena.ne.jp/jiiji1941/20080823

892sunさんからてんさいきょかをいただきました。

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へんじがおくれてすみません。

てんさいはしゅつじをかいておいてくれれば、どうぞおつかいになってくださってけっこうです。ちきゅうくうどうせつは、しんじておりませんが、どうやらあるかもしれないかなと、ややしんじるほうへかたむきつつあります。うちゅうせんは、すでにしゅうごうしているようです。そのようなじょうほうもあります。

>>>

http://www.geocities.jp/heartland1422/hyakunenngo-9.htm

きゅう、これからおきること

ちきゅうは365にちでたいようのまわりをひとまわりし、24じかんで1かいじてんするきょだいなこまのようなものです。このこまはすいちょくにかいてんしているのではなく、やく23.5どかたむいています。このかたむきとたいようを1まわするときのきどうがだえんであるために、しきのへんかがあることはよくしられています。こまをまわしたことがあればごぞんじでしょうが、このかたむきのためにちじくはじてんとはぎゃくのほうへ、すなわちとけいまわりに25、800ねんかけてゆっくりとせんかいうんどうしています。これをちきゅうのさいさうんどうというのですが、このことはぜんぶんめいじだいからしられていたことで、かれらはこのきどうを30どずつ12にべつけて、しゅんぶんあるいはしゅうぶんのにちのたいようがのぼるいちとおなじいちのせいざからとったなまえをづけていました。せんせいじゅつでつかわれている、あのせいざめいです。さいさうんどうによってしゅんぶんてんはすこしずつずれやく2、100ねんあまりかけてつぎのせいざのじだいにいります。20せいきから21せいきにかけては、ちょうどうおざからみずがめざのじだいへのいこうきでした。これらのことはゆいぶつしゅぎしゃたちはせんせいじゅつなどひかがくてきといってばかにしますが、これもぜんぶんめいをしょうめいするきちょうないさんなのです。みずがめざはあくえりあすともいいます。このじだいのきーわーどはちょうわです。ちょうわのじだいをむかえるにあたっては20せいきまでのしゃかいしすてむはほうかいしなければなりません。これからおはなすることはおこるべくしておきたことなのです。」

「ふるいしすてむのほうかいといしきれべるでのへんかくはじょじょにですが、すでに19せいきのなかばからはじまっていました。ちきゅうじんるいがぶっしつぶんめいのちょうてんをきわめかせきねんりょうによるかんきょうおせんほうしゃせいぶっしつのかいはつらんようによるちきゅうてきききはてんかいではよちされていたことです。そのために、あらゆるちゃんねるをつかって、あらゆるばしょにけいじがふろされていました。きずいたひとびとはこうどうしていたのですが、いっぱんてきにしられるようになったのは、ずっとのちになってからです。べとなむせんそうごのあめりか、とくにかりふぉるにあをちゅうしんにしてひろがっていったにゅーえいじむーぶめんとはしゃかいてきにもおおきなえいきょうをあたえました。いがくにたずさわるにんたちのなかからもうまれかわりについてけんきゅうするぐるーぷやりんしたいけんもののききとりから、しごのうについてしんけんにとりくむにんたちもいました。りろんぶつりがくしゃたちからはきゅうきょくのそりゅうしとはしゃかろうしそうしがといたおしえそのものであることがわかってくるにつれ、みずとあぶらのようなとうようしそうとせいようかがくがせっきんをはじめてもいたのです。ひとびとのなかにはぶっしつてきなゆたかさよりも、せいしんてきなゆたかさにものごとのほんしつをもとめだしたもしました。わずかずつではありましたが、じぶんじしんのいしきをしふとするにんたちがかくじつにふえていったのです。」

「なにがおきてもふしぎではないまくあけとなったのはちぇるのぶいりのげんぱつじこでしょう。じこでちょくせつなくなったにんたちをふくめぎせいになったかたがたは、そののちのじゅうねんで30ばんにんにもおよんだときいています。しゅうにんしたばかりのごるばちょふだいとうりょうは、ほうしゃのうおせんがじこくだけにとどまらずよーろっぱぜんたいにもおよぶということでかくしておくこともできずにじじつをせかいにむけてはっぴょうしたのでした。きょうさんしゅぎこっかにとってはいれいのはやさでのじょうほうこうかいでしたが、そののちのしょちのまずさがせいふのじゃくたいぶりをれんぽうないのきょうわこくにしられてしまうけっかとなり、いでおろぎーでしめづけられていたくにぐにはみんしゅかにむけてどくりつをひょうめいすることとなり、それんほうかいのひきがねとなりました。そしてそれはひがしよーろっぱにもはきゅうして、ぶんだんされていたどいつはとういつされべるりんのかべのほうかいしたえいぞうがせかいをかけめぐったときのきおくはいまもなまなましくおぼえています。」

「そのにちはよるのぬすびとのようになにげなくしずかにとつぜんやってきました。そのねんもはるまだあさき2がつもおわりのことでした。とうきょうにはつめたいきたかぜがふいていました。わたしはちょうしょくをとりながら、そのあさのしんぶんをひろげていたときです。じしんがおこりました。おおきなゆれをかんじましたが、このくらいのじしんはよくあることなのできにもとめず、それでもほかがきになっててれびのすいっちをいれました。がめんにはたじゅうほうそうでかくちのしんどがあらわされていきます。しんげんちがふくしまけんおきをつたえるとどうじに、とんでないにゅーすがすーぱーでながされてきました。ふくしまけんのげんしりょくはつでんしょで、このじしんのえいきょうでばくはつじこがおきたというのです。わたしはしゅんかんてきに、ああ、またかとおもいました。それまでもげんぱつじこはしばしばおきていましたからね。しかし、にゅーすをみながら、まだどれほどのきぼのじこなのかはっきりとはつたえられていないにもこうわらず、これはとんでもないことになるぞ、といういやなよかんがしたのをいまでもはっきりおぼえています。じかんがたち、かざむきがほくせいからひがしよりにかわっていったのです。じょうくうにふきあげられたほうしゃのうにおせんされたかぜはかんとういちえんにふきあれたのでした。まもなくえいきょうがでるとよそうされるぜんちいきにはひなんかんこくがだされました。しゅとけんのみずがめであるちいきもおせんをまぬかれることができませんでしたから、かんこくをうけるまでもなくとうきょうにはだれひとりとしてとまることさえできなくなったのです。」

「とうきょうはにっぽんのしゅとであるばかりか、けいざいでもちゅうしんてきなやくわりをになっていましたから、このじこはにっぽんにとってちめいてきなだげきでした。しゅとのきのうはていしし、ただちにりんじせいふがおおさかふにせっちされました。おせんからのがれるためにひとびとはわれさきにとしゅとからのだっしゅつをはかるよりほうほうがありませんでした。わたしもそのひとりでした。きのみきのままもてるだけのにもつとりゅっくをせおいとうきょうをのちにしました。いちどにさんせんまんちかくのにんがすむばしょ、はたらくばしょをなくしたのです。てつどうはすうしゅうかんやすむことなくじんいんゆそうをくりかえしましたが、やがてどまり、どうろにはじゅうたいでみうごきできなくなったくるまであふれていました。それまでのせかいにかんたるだいとしがあっというまにごーすとたうんとなっていきました。」

めるとだうんとよばれるさいあくのろしんゆうかいまでにはいたりませんでしたが、ちぇるのぶいりにひってきするだいじこであったのはまちがいありません。しかし、ほんかくてきなげんいんきゅうめいよりは、さらなるおせんのかくさんをふせぐためというりゆうでたてものぜんたいにこんくりーとがちゅうにゅうされてふういんされたのです。げんしりょくあんぜんいいんかいがおだいもくのようにぜったいあんぜんだといっっていた、にじゅうみえについていたはずのあんぜんそうちはなぜさどうしなかったのか。これはひらくまでわたしのすいそくにすぎませんが、あのごろはおおきなけんせつぷろじぇくとはぜねこんとよばれるおおてのけんせつがいしゃがとりしきっていました。これらのぜねこんはけんせつがいしゃとはいってもじゅちゅう、せっけい、げんばのかんとくまでをおこなうだけで、じっさいはすべてのげんばさぎょうはしたうけきぎょうがうけおっていたのです。げんぱつけんせつのようなおおきなりえきのみこめるぷろじぇくとにはもうけもおおきいからりけんにむらがるせいじやたちもおおいのです。したがってかれらをふとらせ、おおくのしたうけきぎょうもうるうわせるにはどこかでごまかすしかありません。けっさいをうけるせっけいしょとじっさいにげんばでのさしずかきをかえるとか、ざいりょうのしつをおとすとかへらすとか、てまちんをへらしていくしかありません。それでもしたうけ、まごうけはしごとがないよりはましとしごとのとりあいですから、じっさいのげんばではかこくなろうどうじょうけんとやすいちんぎんではたらくことになる。こんなやりほうのはらをたてたろうどうしゃねことよばれるいちりんくるまやはいざい、ごみなどをこんくりーとのなかへながしこんだというようなはなしもききました。みためさえきじゅんとおりにしあげておけば、めにつかないきそこうじほどてぬきがまかりとうる。こんなじこさえおきなければはっかくすることもありませんが、そんとくばかりにあらをぬかしていれば、いつかばれるときがくるのです。」

「おいるしょっくいご、えねるぎーかくほのためにせかいてきにげんぱつのけんせつがさかんになったじきがあります。しかし、たびかさなるじことかんきょうおせんのもんだいから、あのごろはあめりかもよーろっぱもげんぱつけんせつにははんたいするよろんがつよくなりせかいのながれはげんぱつはいしにかたむいていたのでした。しかしにっぽんはそののちもしげんえねるぎーがないということでげんぱつをすいしんしてきました。そしてけっかてきにはこんなおおきなつけをはらうことになりました。いいですか、にんげんのつくったものにぜったいなどというものはありえません。かんぜんなせっけい、かんぜんなけんちく、かんぜんなぎじゅつ、かんぜんなそうさ、かんぜんなあんぜんそうち、そんなものがありましょうか。そのいずれかにけっかんがあればじこはおきるかのうせいがある。げんぱつのこわいのはさいあくのばあいはちきゅうまぐまにまでえいきょうをあたえ、じんるいがちょうきかんにわたってこういしょうにくるしむことになる。どうかあなたにおねがいしたいのは、かえったらひとびとによびかけてください。いまからでもおそくはありません。ひとつひとつさらにげんかくなきじゅんでさいてんけんし、わずかでももんだいがあればただちにうんてんをていしし、あたらしくけいかくされているものははくしにもどすべきです。」

「えねるぎーがたりなくなればせつやくをかんがえればいい。せつやくしてもたりなければやりくりをくふうすればいい。ひつようがはつめいのははとなりあたらしいはっそうがうまれてくるのです。じんるいにはまだかくえねるぎーをつかいこなせるだけのりちからがそなわっていなかったのです。じょうおんでのげんしてんかんぎじゅつがかくりつされるまでかくえねるぎーをつかってはいけなかったのです。ふきょうはこまる、でんりょくがふそくしたらけいざいにえいきょうする、そういっていたにんはいのちやけんこうをそんなおきんでかうつもりだったのでしょうか。そんなにんほどじぶんのいえのちかくにげんぱつができたらもんくをいうにんなのではないでしょうか。」

「ねんねんふえていたしぜんさいがいはそのねんもせかいかくちでもういをふるっていました。いたりあのべすびおすはしばしばかさいりゅうをふもとのまちへながしだしようがんどーむはぶきみにせいちょうしていましたし、にしいんどしょとうではぺれーやまのばくはつだいふんか。あめりかではますますきょだいかしたはりけーんがあばれ、みししっぴーははんらんをくりかえしていました。とるこではこっかいのすいいがじょうしょうし、いすたんぶーるはだいこうずいになりました。めきしこからころんびあ、べねずえらとつづくかざんちたいはふんかとじしんをれんどうさせるようにうごきがかっぱつになっていましたし、ちゅうごくたいりくでもだいしょうのじしんとこうずいにみまわれていた、そんなじきでしたから、もともとじしんくにのにっぽんでもじしんがおきたからとてふしぎではなかったのです。」

「わたしはゆくさきのあてはなかったのですが、ただほうしゃのうおせんからのがれたいのいっしんでにしへにしへとあるきつづけておかやまあたりまできていました。わたしとおなじようにひなんしてきたにんたちにとあたえられたふるいこうしゃをかりずまいに、わかいにんたちでぐるーぷをつくってぼらんてぃあかつどうのようなことをしていました。わたしじしんがひなんたみでしたが、ほかにはすることがなくて、よわっているかたがたや、おとしより、からだのふじゆうなほうのおせわをしながらわたしもたべさせていただいていたのです。そのねんもおしつまりそとにはしろいものがおりはじめました。だんぼうきぐもなくしんぐもじゅうぶんとはいえないじょうたいでしたので、わたしたちはなるべくかたまってねるようにしていました。もちろんそれでもひえるので、おとしよりはしょうべんにたつかいすうがふえます。そのたびおこされるのでなかなかじゅくすいできません。なんどかうとうとしていたとき、わたしのみみに、はっきりとだれかがとおくからよびかけているのがきこえてきました。」

「もちろん、このへやのなかからではなく、とうめいかんのあるすんだじょせいのこえのようでした。はっきりとしたにほんごでした。”わたしのこえがきこえるにんたちは、これからおつたえすることをどうかちゅういぶかくきいてください。わたしたちはちきゅうそとちてきせいめいたいです。あなたほうをおすくいするためにやってきました。まもなくこのほしはちきゅうきぼのだいさいがいにみまわれます。これまでいじょうのさいがいがおきます。どうかわたしたちをしんじて、これからおつたえするばしょにむってください。”とくりかえしよびかけてくるのです。とっさにわたしはとなりでねていたゆうじんをゆりうごかしてめをさまさせると、こえがきこえないかたずねました。しかし、かれはふきげんそうに”なにをねぼけているんだ”といっってまたもうふをあたまからかぶってねてしまいました。わたしはかけていたもうふをからだにまいてこうていにでてこえのきこえたほうをみあげてみました。そのときのこうけいはいまもまぶたにはっきりとやきついています。すばらしいこうけいでした。どんよりとしたくらいふゆそらに、いくつかのうちゅうせんのようなきらきらとひかるぶったいがうかんでいたのです。」


「わたしはむねがたかなりました。このまますぐにでもかけだしたいきもちでいっぱいでした。でもここのにんたちをのこしてじぶんだけたすかるわけにはいかない。わたしはこうしゃにもどり、そのままねむれずにあさまでかんがえていました。できればぜんいんいっしょにうちゅうせんにのりたい。よるがあけるのをまって、ぜんいんにあつまってもらいさくやのことをせつめいしました。みんなはわたしが、このくらいふんいきをやわらげるためにつくりはなしをしているのだとかんちがいして、おわるといっせいにはくしゅをしてくれましたが、わたしのかおがあまりにしんけんだったので、きっとゆめでもみたんだよとなぐさめられるしまつでした。それからしばらく、いつもとおなじようなひびがつづいたのですが、あるよる、あのにちとおなじようなこえがきこえたようなきがしたので、わたしはおどりあがってにわへとびでるとそらをみあげました。くらいよぞらにはなにもみえませんでした。がっかりしたわたしはきもちをしずめようとおおきなしんこきゅうをしながら、どうすればみなにわかってもらえるのかこころにむってといかけたのです。するとどうでしょう。ふたたびあのうつくしいこえがひびき、うちゅうせんがひとつ、またひとつとすがたをあらわしたのです。わたしはむちゅうになってぜんいんをこうていによびよせてそらをみあげさせ、しんじられないこうけいにみなはおどろきのかんせいをあげたのです。」

「これはずっとのちになってわかったことですが、ちきゅうそとちてきせいめいたいのうちゅうせんはそれからさんかげつにわたってちきゅうじょうくうにたいざいし、せかいじゅうのにんたちのきゅうしゅつにあたったそうです。わたしはというと、けっきょく、うちゅうせんにはのりませんでした。どうしてもいやだといいはるろうじんふたりとのこったのです。じぶんのせわもできなくなったこのにんたちを、どうしてもおいてはいけなかったのです。うちゅうせんがさったあと、しばらくはへいおんなひびがありました。おそいはるがやってきたごがつもなかばのことだったでしょうか、したからつきあげるようなつよいしょうげきをうけたとおもったしゅんかん、わたしはいしきをうっていました。いやせいかくにはうったのではなく、いしきとからだがぶんりしていました。わたしはくずれたこうしゃからほうりだされ、ひたいからもあたまからもちをながしてたおれているじぶんのからだをじょうくうからながめていました。いたくもなんともありませんでした。わたしはそれまでにすくなからずれいてきなちしきをまなんでいましたので、これがゆうたいりだつげんしょうなんだなとおもいました。わたしはしんではいませんでした。なぜならわたしとわたしのからだはぎんいろにひかるこまいひもでまだつながっていたからです。しとはこのひもがきれることだとしっていたからです。ふとふりかえると、しんじられないようなしーんをめにしました。さきほどまで、いっしょにいたふたりのろうじんもまたおなじようにくうちゅうにうかんでいて、どうやらしりあいかしんせきかわかりませんでしたが、なつかしそうにはなしているではありませんか。おきあがるのさえたいへんだったろうじんたちは、いまはとてもげんきそうで、わたしにきづくといままでのれいをいうのです。なかまにおしえられたらしくてじぶんたちがしんだことをしっていました。ふたりはなかまのにんたちとそらたかくのぼっていきました。わたしももうすこしたかくのぼってみたのですが、そこにはさきほどとおなじようなこうけいがあちこちでみられました。おおぜいのにんたちがおなくなりになったのでしょう。」

「わたしはあまりたかくのぼってぎんのひもがきれたりしないだろうかとしんぱいになったとたん、じぶんのにくたいにびきもどされました。それはにくたいてきなくつうをかんじることでもあるのです。あたま、ひたい、こしにげきつうがはしりました。おきあがることもできず、はうようにしてちかくのけやきのたいぼくのしたまでいってじょうはんしんをもたせかけたところで、またきをうしないました。どのくらいねむっていたのでしょうか、あいかわらずにぶいひかりしかほうったないたいようがさんかんにしずもうとしていました。わたしにだれかがささやきかけているようなきがしていましたが、まだいたみがこくく、なにをすることもできません。ぺしゃんこにつぶれたこうしゃのすきまにからだをねじこんで、てさぐりでみつけたしんぐをからだにまきつけて、またねむりました。どれほどのかん、ねむっていたのかはいまだにわかりません。しかし、あたまのなかでひびくよびかけはひましにつよくなり、ついにはめをとじるとびじょんがあらわれるようになりました。どうやらちかくにいきのこったれいのうりょくしゃがいててれぱしーをおくっているらしい。わたしはまだいたむからだにむちうって、なくなったろうじんたちのいたいをまいそうすると、びじょんでかんじたほうこうにむってしゅっぱつしたのです。」

「わずかなせんったげんまいとみずをかたにかけて、にんのまったくいなくなったみちをゆっくりとあるいていきました。すうじつあるいたところでびじょんはせんめいとなって、もうちかくだとわかりました。かれらにもわかったらしくてとちゅうまででむかえてくれました。かれらはだんじょあわせてぜんいんで15にんほどのぐるーぷでした。かれらはわたしよりずっとほうふなれいてきなちしきをもち、このようなちきゅうきぼのさいがいもよちしていたというのです。すうねんまえからこののうかをかりうけ、じきゅうじそくのせいかつをおくりながられいてきなちしきをまなび、りちからをつかえるようなくんれんをしていたのだそうです。かれらのはなしでは、こんかいのじしんがさいごのたてなおしで、もうこれいじょうのさいがいはおきないだろうといっっていました。ちきゅうにたまったさいごのうみがはきだされたということです。それからはわたしもかれらのぐるーぷのいちいんとしてそこでのせいかつがはじまりました。」

きゅう、これからおきること、おわり

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