ふとんのうえでねこがまるまっている。そのよこにいねむりいわおとが。
たいへんおもむきがあるがただたんにほんだながいっぱいなだけである。
ほぞんふくろをあいようしているがいえのおねこさまがつめとぎしやがる。すとっかーにへんこうすべきか。
いまきになるほん
さえきやすしえい みついのちしりーず きかん19かん
ひっさつわざのなまえをさけびながらたたかうらしいとのうわさ。ほんとうか。さえきさんしりーずながいですよ。すとっかーをかえとのてんのこえであろうか。
あねのいえのほちがふくじゅうくんれんのたいかいにしゅつじょう。まあまあだったとのこと。しかしいくらくんれんしてもぬすみぐいとせいかく(わるくはないのだがおにのようにしっとぶかい)はなおらんとおもう。くんれんしょいきを「しまながし」とよんでいるがくんれんしょのせんせいはほんきでたいとるをねらっているらしい。かのじょがばかなことはあきらかなのだがくんれんにはかんけいないとのこと。らぶらどーるれとりばーでもばかはいる。
いえにはてれびがないのでうかつにもさえきやすしえいさんのいねむりいわおとをやまもとこうしさんしゅえんでどらまかしているのをしらなかった。とにかくDVDをちゅうもんしほうえいびをまつ。
げんさくはきかん27かんどくりょうしているがまっとうなふぁんではない。いわおとはこうせいねんであるしだんじょかんけいなくみなころしのもてもておとこだがいかんせんおんなにたいするたいどがいただけない。きらいなだんせいきゃらべすと3にはいる。(さかえある1くらいは「おやどかわせみ」のひがしわれ)
だいはちかいでちちにおこんをしょうかいしたいわおとであるがあいかわらずこしがさだまらずおこんにみあいのはなしなぞしている。(50いら)げんさくではここでにっこうしゃさんがいる。いわおとはいまづやのこうけんとしてだけではなくしょうぐんよこいえもとのあんさつそしのためずいこうする。ひであきでまっすぐぐなしょうねんいえもとに「いいなずけにあいとうはないか」ととわれ、さすがのいわおともいつものすかしたこたえができずはじめてしんじょうをとろする。
「あうたらくるいます」いわおととなおのもんだいはたんにきんだけではない。いわおとはじょういうちとはいえしんゆうでなおのあにでもあることひらをさつめている。ともにいればきずをふかめるばかりのふたりなのだ。なにもかもすててなおとにげてもなおはしあわせにはなれない。いわおとのしょうらいをとじるくらいならじがいしかねない。もうけっしてみちはおもならないのだ。
すべてをきいたいえもとの「みちはひとつではないぞ」とのことばでおこんとのしょうらいをしんけんにかんがえるいわおと。(おそいっ)
というじゅうようなえぴそーどがぬけている。にっこうしゃさんはこんごのてんかい(たぬまとのたいりつ)のはじまりだがとばしたようだ。まあげんさくは50かんはいくらしいのでいろいろむずかしいのだろう。(30ふんだしな)
だいくかいではいわおととちちおこんときんべえでかいしょくをしてこんやくがあっさりきまる。さすがのいわおともしょくよくをおさえたようである。かえりみちでしかくにおそわれる。
ここがきになるいわおとさま1おいしょう
くろにくれないきぬうらというのはちょっと。ほかのほうがふつうなのでかなりういている。やはりねむりきょうしろうをねらっているのか。あかがやまもといわおとのてーまからーらしい。つつみたいらのさげおもかみひももあかでそろえている。
2さつじん
うわさのはどうつるぎをはいけん。いえろーらいとのほうがすきかな、ばかばかしくて(わらい)。いねむりつるぎほうはいっしゅんめをとじるかたにへんこうか。
3さーびすかっと
こんかいはなし。
りたかしゅくせいさる。こちらからたぬまにつながるのかも。でびっといとうのばかどのはよかった。おしいおとこをなくした。
なにかにっきをかくのがうまくいかない。いわおとののろいか。いやだってほんとうにこまったおとこだからしかたないではないか。おこんをこれいじょうなかせるなよ。
いねむりいわおとえどそうし
よみかえしてみてやはりいわおとはなおさまをみうけすべきだったというけつろんにたっしました。いわおととなおさまがいっしょにいきることはありえないのですがじぶんのためでなくなおようのためにみうけするべきだったと。おいらんといえばきこえはいいですが、けっきょくのところじょろうなんです。きんでしばられしんたいをうらければならないわけです。そのまいにちがなおようにとってどれだけくつうでありくつじょくであることか。なおさまがゆうじょにまでみをおとしたせきにんの98%くらいはいわおとにあるんですから、どんなことをしてもすくうべきだったとおもいます。それを「わたくしごと」としてきりすてたいわおとは、そうぞうりょくがたりなすぎます。みがってというか、まずじぶんがいてなおさまがいるというすたんすなんですよ。おとこたちのはばつあらそいにまきこまれて、びんぼうくじをひいてしまったなおさまはあわれのひとことにことごときる。しかしかんがえてみれば、ゆうじょになったおかげでまえだやとであうことができたのだからかえってよかったのかもしれない。なおをつれてにげることができなかったのはわかる。でもそれとはべつのはなしでなおさまをくかいからすくうどりょくをしなかったいわおとのつまにならずによかったとおもいます。なんかね、よみかえすどにいわおとのてんがつらくなります。