しそうはひとりげん RSSふぃーど

かんれんさいと『あのにちのそらはたしかにあおかった』
ぺーじびゅー
30300
 

2008-11-28

[]  こころおもねちゃだめだぜ

 ねながらきこうと、てあたりしだいろうどくてーぷかりてくるよめさんが、じゅういすゑのこうえんてーぷかりてきた。


 きいててとちゅうでねちまったが、おもしれえはなしてた。せんごけんぽうけっていのはなし。


 はいせんご、かいぞうしゃのなんとかってのが、じゅういもよんでしんけんぽうのいけんきいたとか。せいふしもんきかんのていとうもちかなんかだったんだろう。


 「おくむめをなんておばさんは『たいへんけっこうなないようです』。わたしゃいっった。せしゅうてんのうがでんとすわって、なにがみんしゅけんぽうなの? そういっってさっさとかえった。ごじつ、そのときみせられたとおりのが、しんけんぽうとしてはっぴょうされた」


 じんざいふっていのはいせんき、せんご「みんしゅ」でいっていのやくわりをはたしたのは、たとえばもとかぞくの「りべらる」たちだろう。かぞくなんてのは、せんそうきもしんじょうは「りべらる」だったのがあんがいおおいはずだ。


 せんそうちゅう、かぞくふじんのひとりがべいぐんほりょみて「おかわいそうに」といっったとかでだいもんだいになった。のちにでっちあげとわかったらしいが。とうじのいちぶかぞくのしんじょうとらえてたから、でっちあげもしたんだろう。


 しょうわてんのうなんか、しんじょうはあんがいこのてだったんだろう。


 はいせんごのGHQのはしわたし、せんごけんぽうのせいさく・こうふのちならしなんかにも、このてのきゅうかぞくやけいるいたちはかかわったろう。さいおんじなにんとかなんてのもいたね。


 ほんわかあったかな、おもいやり「みんしゅ」しゅぎ。みんしゅとうにゃいまも、ゆうあいなんてくちにするじんぶつがいるが、このたねのしんじょううけついでるんだろう。


 めいじのまつだったか。ろうどうしゃいてこますだけじゃだめときづいたあるだいざいばつが、ゆうあいかいなるろうどううんどうのおんどとりしたことがあった。これなんかは、そののちの「りべらる」かぞく、みんしゅとうのはとぽっぽのしんじょうのるーつだろう。ろうし「きょうちょう」ろうそのるーつ。


 おれはこういうほんわか・あったか、いちがいにけちつけるきはねえ。かぞく・かていのよさにつうじるもんはあるからだ。というか、てんのうもきゅうかぞくたちのたいはんも、おおむねこのてのまいほーむしゅぎしゃだったはずだ。いまのこうたいしなんかも、このてのしんじょうだろう。おとうとふうふはうさんくさいけどね。ほーむじゃねえ、おいえにすりよるってこと。


 せんご、このてのほんわか・あったかにほだされ(?)て、「みんしゅ」けんぽうかのかいかくにあつまったものたちはおおい。せんぜんから、きょうどうくみあいてきろうどうしゃうんどう・のうみんうんどうでさんざんくろうしたがかわとよひこなんかも、そうだった。


 がかわなんかは、「あたまはいい」がせいかつむし、ろうどうしゃかぞくにかんげんされるべききょうどうくみあいのきんを「おとこのたいぎ」にへいきでりゅうようする、こっかのうらがえしのしょうにびょうさよくにさんざんくろうさせられたくちだ。


 おれが、あたまは“きれる”がきもちはひえびえのいんてりさよく・ろうどううんどうをいっさいしんようしねえのは、このてんだ。


 だが、ほんわか・あったかに「ほだされ」たせんごみんしゅのげんかいは、はっきりみとかなきゃいけねえとおもってる。それは、このたねのものたちのせいしんこうぞうのげんかいにからむだからだ。


 ひとくちにげんや、かれらはいつもなにかのうえにじぶんをすえ、そこからものいっってた。がかわもそうだった。みのべなるとうきょうとちじもそうだった。つるみしゅんすけとかいうべたいられんとかのしんぱがくしゃもそうだった。このてのものたちはたいていばんねん、いえがらけなみじまんはじめる。


 がかわのにんたいつよさにゃけいふくするが、だんじょうのせっきょうしのいちから、やはりでなかったとおもってる。


 せいじてきな「ほんわか・あったか」をおれがしんようしねえのは、かならずいたけだかになるからだ。あいてがあるいっせんこえて、せいろんいっったりするとね。たとえばじゅういのばあさんのように。


 きもちのほんわか・あったか、にんじょうはだいじさ。それいっぽうてきにこばかにしあしげにしたまま、じんせいのいりぐちでねむりこけたさよく・しんさよくともはくずだった。ひえきったひひょうかのしょうねだえ、きんはてんかのまわりものなんておもうだにせず、てにするきんはぜんぶじぶんのものとしんじてうたがわず、ねんきんだけはちゃっかりいただき、かあちゃんといっしょにちょきんつうちょうだえ、くずのままじんせいおわるだろう。


 ほんわか・あったかのこころだえつつ、じぶんのあしもときりくずすのは、じんせいぜったいひつようだとおもってる。なにんかのうえにのっからねえじぶん。のっからなくても、あったかさなくさねえじぶん。こいつのほりおこしは、いっしょうかけてもやらなきゃいけねえさぎょうだ。こころのれべるだけじゃねえ。「おにんこうし」こうかつにりようする、このくにのせいじ・しゃかいのしくみのへんかくとついで。おれがきょうわせいにいきついたのは、これさ。


 たいていだれもわかってたはずさ。ろくじゅうねんまえに。じゅういのばあさんみたいにね。

         
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