せりざわぶんがくあいこうかいかんりにんのにっき
ここのほーむぺーじにあそびにきてください。せりざわぶんがくあいこうかい
2008-06-15 かみやしのこうえん4
せりざわひかりおさむりょうとかとりっくのぐたいてきなかかわりは、
せりざわひかりおさむりょうのちょうじょが1927ねん1がつにうまれる。このちょうじょは、かとりっくのじゅあらをうける。そるぼんぬだいがくでのおんししみあんきょうじゅがむすめのきょうふに、らばすーるくんのぼどうがきょうふになります。
ただ、このときはせりざわしは「わがしゅうきょう−『こうふくへのしょうたい』でこのようにかいています。
むしんこうになってからよーろっぱですうねんくらした。そのまに、わたしはかとりっくおそをしった。 それはよーろっぱとのぶんかとせいかつにおよぼしているきりすときょうのえいきょうにおどろいて、きりすときょうをしろうとどりょくしたからでもあるが、 ふらんすでしたしくしたひとびとのおおくが、かとりっくのねっしんなしんじゃだったからにもよる。とくにおんしもそうだが、 ぱりでうまれたちょうじょをそだててくれたかていがかとりっくで、このこをどうしてもじゅせんしないではおかないねついをしめして、 わたしにかとりっくをおしえた。とうじわたしはむねをやんでとおくはなれてりょうようしていたから、むなしいこころで、おんしやそのひとびとのあいじょうをゆだねて、 こどものじゅあらをしょうだくした。・・・・・
かとりっくのりかいについてはすすんでいたかもしれないけど、かとりっくのかみをわがかみといしきしてじゅせんのしょうだくはしていないとおもいます。おんしやともひとたちのむすめへのあいじょうからしょうだくしたということだとおもいます。
ただ、とうびょうなか、るるどのいずみをよういされたりして、せいじんについてもとうぜんいしきされることもあったとおもいます。
かとりっくきょうとにならなかったせりざわしは、1951ねん6がつのせかいぺんくらぶにしゅっせきし、ろーまほうおうにせっけんする。なぜかとりっくにかいしゅうしないかととわれ、せりざわしは「おんちょうがないからです」とこたえている。
「おんちょうがないから」とは、かみさまからせりざわひかりおさむりょうしにちかづいてくれないとかんがえているのだろうか?