2009-01-09 「かんだいずみや」さんでたんじょういわい
このところずっとはれていたが、ひさしぶりのあめのにち。
11ときすぎから、しんじゅくきのくにやしょてんのちかくのきっさてんでNPOちけんのかいごう。かいちょうのやぎさんとじむきょくちょうのあきたさんと3にんで3がつかいさいよていのそうかいのうちあわせ。
12じはんから、おなじばしょでDしゅっぱんしゃのへんしゅうしゃとげんざいしんこうちゅうのほんのうちあわせ。3げっかんぎょうよてい。
13じはんに、しんじゅくさざんてらすくちのJRひがしにほんほんしゃにでむく。こんかいで4かいめのこうえんとけんしゅう。はじまるまえにじんじぶちょう(とりしまりやく)があらわれてしばしかんだん。このにんはわたしのほんもすうさつよんでいるとのことだった。ぶかによるとしごとでもずかいをもちいるそうだ。
14ときから17ときまで、こうぎとじっしゅう。こんかいも117めいほどのじゅこうしゃ。ねっしんにさんかしてもらった。じんじぶちょうもさんか。しゅうりょうごは、まいかいこんしんかいだが、こんかいはせんだいししゃのわかいしょくいんらとこんだんすることができた。じんじぶちょうともいけんこうかんができた。
18じはんからは、かんだおがわちょうのかんだいずみやさん。http://kanda-izumiya.com/いずみやさんはにほんしゅのさかやだが、いいさけをのむにんをふやすことがいいさけをつくるくらをおうえんすることだというしんねんで、かんだいずみやがくえんhttp://kanda-izumiya.com/gakuen/gakuen-annai.htmというにほんしゅがっこうをへいせつしている。あるなかがく(あるこーるちゅうがく)からあるこうこう、あるだいがくまであり、そうりつ20ねんいじょうでいままでのそつぎょうせいは1000めいにちかい。わたしもあるへりがあって、いちおうだいがくまででている。このせかいは「がくれきしゃかい」でもある。(^^:)
わたしのたんじょういわいというめいもくで、わたしたちふうふとむすめ、むすこの4にんで、このいずみやさんのびるにかいせつされているのみやで、すばらしいにほんしゅとていひょうのあるつまみをたんのうする。こうちょうとりじちょうをつとめるよこたごふさいからどいつわいんのしゃんぺんをごちそうになる。またあるこうこう5きのどうきであるかとうさんともひさしぶりにあう。いわてのいずみやさんのさんそうでのがっしゅくでわたしたちかぞくとこのめんばーはあったことがある。そのときはこどもたちはしょうがくせいだったか、ちゅうがくせいだったか。4にんでたのしくしょくじをしたあと、よこたさんごふさいらとまたかんだん。
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かんだいずみやがくえん
おさけのはなしの「じゅぎょう」ですが、あるなかがくあるこうこうのこうしはかんだいずみやてんしゅのよこたこうちょうがつとめます。だいじょうだんにふりかぶって「にほんしゅだいがく」としたかったのですが、ないようはどうみてもちゅうがく、はなしはせかいのおさけにとぶこともあって「あるこーるちゅうがく」りゃくして「あるなか」としました。
「かんだいずみやがくえん」のもくてきは、なにげなしにのんでいたおさけを「いしきして」のんでもらうことにあります。じぶんのおさけをじぶんでえらべるにんがふえることが「ほんとうのにほんしゅ」をまもることになるとおもい、そのためのほんのすこしのおてつだいをこのがくえんがしています。おさけのせいぞうこうていをちゅうしんにしたこうぎとききさけじつぎがおもなないようです。
1987ねん4がつにだいいちきがかいこうされ、いちくらす12〜13めいていどのちいさなきょうしつですが、2006ねんでそうりつ20しゅうねんをむかえ、とうきょうきょうしつそつぎょうせいは1627にん。2007ねん10がつげんざい、だい42き(ざいこうなま39めい)がかいこうなか。そのまにあるなかがくそつぎょうせいからのようぼうで「あるこうこう」が1988ねん4がつにかいこうされ、そつぎょうせいは895めい。げんざいだい38き(ざいこうなま36めい)がかいこうなか。「あるこうこうにほんしゅか」をそつぎょうし「かんだいずみやがくえんどうそうかい」ににゅうかいすると「あるだいがく(そつぎょうせい540めい、ざいこうなま26めい)」「どいつわいんか(そつぎょうせい304めい、ざいこうなま12めい)」にしんがくできます。きょうしつはかんだいずみやの4かい「かんだいずみやがくえんきょうしつ」。ざんねんながらえれべーたーはありません。とうきには「しゅうがくりょこう」としてしゅぞうへのしゅぞうりけんがくがあります。
ちゅうがくこうこうともにきめられたくみでじゅこうしていただきます。きょうしつはほかに「おおさかきょうしつ」「なごやきょうしつ」などもありましたが、げんざいはにっていのちょうせいがつかずへいさされ、ゆいいついわてけんふじさわまちの「かんだいずみやかんもりやまそうわいんこ」での「いわてきょうしつ」のみがちほうきょうしつとしてかいこうされています。
2009-01-08 「「ざんぎょうぜろ」のすぴーどしごとじゅつ」(The 21)にとうじょう
PHPがだしているげっかんびじねすし「The 21」(ざ・にじゅういち)は、「しごとまんぞくど」120%まがじんをひょうぼうしている。この2がつごうがおくられてきました。そろそろしょてんにでまわるころでしょうか。ねんまつにへんしゅうぶのたんとうなかむらやすしきょうさん、しゅざい・こうせいのむらかみたかしさん、しゃしんのむらやまゆういちさんからしゅざいをうけたきじがのっています。(ないよう、いらすと、しゃしんともよくできていました!)
「そうりょくとくしゅう」は、「「ざんぎょうぜろ」のすぴーどしごとじゅつ」---しごとがはやいにんVSおそいにん、そのさは「あたまのつかいかた」にあった!!というたいとるでにぶこうせい。
だいいちぶ:しごとがはやくなる「いちりゅうのしこう」じゅつ。すぺしゃるいんたびゅー。
- 「しくみか」をてっていしむだにのうをつかうじかんをさくげん よしこしこういちろう(よしこしじむしょだいひょう)
- 「けつろんから」&「ぜんたいから」&「たんじゅんに」かんがえる ほそやこう(ざがてぃこんさるてぃんぐでぃれくたー)
- ずかいでしごとをふかんしてさいそくのだんどりをくむ きゅうつねけいいち(たまだいがくきょうじゅ)
- てちょうにかいて「きめる」ことでこうどうをかそくさせる ささきかおり(いー・うーまんしゃちょう)
- もくてきをめいかくにして「やるべきこと」をぎゃくさんする まつだこうた(たりーずこーひーいんたーなしょなるふぁうんだー)
- きせいがいねんをときほうっちのうのきのうをさいだいかする とまべちえいじん(のうきのうがくしゃ)
だいにぶは、ざんぎょうじかんがげきげんする「しこうはっくす」で、だいさんぶはけー・すたでぃでわかてとっぷこんさるたんとの3ばいそくしこうじゅつとしこうすぴーどをたかめるためのぶっくがいど。
いんたびゅーをうけているめんばーはちょさくやざっしきじなどでよくみかけるにんたちで、それぞれいっっていることはもっともです。
へんしゅうぶによるわたしのしょうかいはかき。そとからみるとこういうかぜにみえているのでしょうか。
「だいがくできょうべんをとるかたわら、NPOほうじんのりじちょうをつとめ、きぎょうやじちたいのこんさるてぃんぐやこうえんでぜんこくをとびまわる。そのあいまをぬってたすうのほんをしっぴつし、らいふわーくであるじんぶつきねんかんめぐりもかかさない。かぎられたじかんにちょうじんてきなしごとりょうをしょりしているきゅうつねしだが、そのひけつは”ずかいしこう”にあるという。では、ずでかんがえると、なぜしごとをはやくかたづけられるようになるのか?」
いか、へんしゅうぶのしつもん。このしつもんにこたえながらじぶんのかんがえをのべていくというすたいる。
- ずばり、「ずかいしこう」をすると、どうしてしごとがはやくなるのでしょう?
- さいしょの「りかい」にずがやくだつというのは、ふくざつなじょうほうでもすっきりとせいりできるということですか。
- ただ、さいしょにずをつくるじかんがもったいないきもします。
- ふたつめの「きかく・こうそう」も、ずでかんがえるとはやくなりますか。
- では、「でんたつ」はどうでしょうか。
- ぶかにしごとをたのむときも、ずでせつめいしたほうがいいのでしょうか。
- ずかいしこうですぴーどがあがることはわかりました。ただ、ずをえがくのがにがてというにんもおおいとおもいます。
- なるほど。ではさっそくやってみます(しばしずかい)、、、、じぶんのしごとはじぶんがいちばんりかいしている「はずなのに、いざやってみるといがいにむずかしいですね。
- ずかいいがいに、しこうすぴーどをあっぷさせるほうほうはありませんか。
- じりきかいてん?
- きゅうつねさんごじしんは、むかしから「まえぎょうは」だったのですか。
「へんしゅうこうき」では、Y・Nというなまえでかきのようにしょうかい。
「こんかいごとうじょういただいたたまだいがくのきゅうつねけいいちせんせいは、2005ねんからの4ねんかんでぜんこくのじんぶつきねんかんをなんと250いじょうもまわったという。「たかいこころざしをもってかつやくしたにんがおおく、まいかいすごくいいしげきをもらえるん」ですよ」とのこと。ねんまつねんしのやすみに、じぶんもどこかのじんぶつきねんかんにあしをはこんでみようとおもう。」
なかむらさん、ねんまつ・ねんしはどのじんぶつきねんかんもきゅうかんでーす。(^^:)
しつもんにたいするこたえののったくわしいきじのないようは、ざっしでみてください。
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2009-01-07 「じんぶつろんこうぎをうけておこったじぶんのへんか」
たまきゃんぱすでこうぎふたつ、ぜみひとつ。ということで、いそがしいついたちでした。
「まねじめんとでざいん2」は、じんぶつきねんかんのたびからわたしがまなんだいじんたちのいきかたについてがくせいたちにたいけいてきにつたえ、じぶんのろーるもでるをみつけてもらうというかもくです。さいしゅうてきには、わたしがこうあんした「じんせいちょうかんず」をいちまい、A4で2まいのれぽーとがていしゅつがかだいとなります。れぽーとは「わたしのろーるもでる○○○○からまなんだこと」というひょうだいでていしゅつしてもらう。○○○○のぶぶんはおかもとたろうとか、ひぐちいちようとか、はらたかしとか、じぶんがきょうみをもったり、ししょうとしたいじんぶつめいがいります。げんだいのわかものはどういうじんぶつにきょうみをしめすか、たのしみです。
いか、あんけーとから「このじゅぎょうをうけておこったじぶんのへんか」のぶぶんをぴっくあっぷ。
- こんごもほんをよんだりきねんかんをおとずれたりしてもでるをみつけたい
- 「ぶしどう」というほんはめをとうしておきたい
- れきしやいじんについてもっとべんきょうしたほうがいいとあらためてかんじた
- このじゅぎょうでおわりにするのではなく、きにいったにんがいればどんどんしらべていきたい
- きゃりあでざいんをしてこれからのじんせいいめーじをせっきょくてきにいきていきたい
- ずかいのぎじゅつをまなぶことでべんきょうのしかたがかわり、じんぶつをしることでかちかんをひろげられた
- じぞくできるこころざしをもてるようどりょくしたい
- こうどうのへんかというより、「いしきのへんか」をつよくかんじるじかんだった
- いじんのれきしかんなどをまわってもっとおおくのことをまなびたい
- はらたかしのようにたかいこころざしをもっていきたい
- このだいがくにいっってじぶんはぎじゅつをみがくことにせんねんしてきたが、なかみをみがくことがおろそかになっていたのかもしれない。はるやすみにひさびさにりょこうにでもいってけんぶんをひろめたい
- じぶんのなかでへんかしたものがあります。それはこころざしをもつことです。
- いけなみしょうたろうの「おとこのさほう」がさんこうになった。このようなじんせいのべんきょうをつづけていきたい
- きょうようがふえた
- てれびなどでもいじんのことばにいしきがいくようになった
- びじゅつやがかにたいしていまんでいじょうにきょうみをもち、しらべたりびじゅつかんにいくようになった。これはしゅみのひとつとしてつづけていきたい
- 「こころざし」をたいせつにすることがいちばんおおきかった
- じぶんのほうしんがみえたとおもいます
- いじんたちのようにおおきくなりたい
- こころざしをもってつよくいきていく
- こうどうにうつしたい
- いじんのじんせいにきょうみがでてきた。それによりじぶんじしんのみかたもかわった
- じぶんのいきかたをみなおしてみることができた
- じだいげきをみるようになりました
- じぶんのやりだしたことはせきにんをもってさいごまでやってみようとかんがえがかわりました
- れきしをあんきするというかんがえから、れきしはじぶんのひきだしのいちぶになるというかんがえにかわりました。ほんをよむことがにがてでしたがとしょかんにいきさがし、てにとってみることもふえました。
- もっとはやくこのじゅぎょうをとっていればよかった。いちねんのひっしゅうかもくにしてもいいくらいだ。すくなくともじゅぎょうをうけるまえとあとではじんせいかんがかわったきがする
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2009-01-06 だいがくいんこうぎ--「げんだいせかいかいせきこうざ」のかくろんぶんのずかいにちょうせん
ゆうこくから、だいがくいんしながわきゃんぱすでことしさいしょのこうぎ。じゅこうせいはぜんいんがしょくぎょうをもっているしゃかいじんで、へいきんねんれいは30だいなかば。18じはんから21とき40ふんまで。
こうきは「じっせんちしきけいえい2」というかめめいでこうぎをいっているのだが、じゅこうとうろくしゃは28にんとぜんかもくでもっともおおい。
さくねんさいごのじゅぎょうでわたした「げんだいせかいかいせきこうざ」というほんにとうじょうする11にんのろんこうのうちひとりをえらんでそれをいちまいのずかいにするというかだいをかしている。
- てらしまみろう「21せいきにいっって7ねんかんのせかいちょうりゅうのへんかについて」
- きゅうつねけいいち「げんだいせかいのつかまえほう−−−ずかいしこうのすすめ」
- さかいけいこ「いらくをめぐるこくさいじょうせい」
- ちんさいあきら「ちゅうごくのたいとうとせかいのちょうりゅう」
- きんびとく「いま、ちょうせんはんとうをどうかんがえるか」
- てらしまみろう「21せいきのにっぽんのないなるへんか」
- あかしやすし「あじあにおけるふんそうかいけつとへいわ」
- えがわしょうこ「しんぶんのよみかた・てれびのみかた」
- あさのしろう「ちほうからかわるにっぽん」
- なかたにがん「にっぽんぶんめいのしょうらい」
- ほったちから「ちきゅうきぼでにっぽんのしょうここうれいかをかいせきする」
- てらしまみろう「ぜんきりれーこうざのそうかつともんだいいしきのかくにん」
それぞれがえがいたいちまいのずをもちいてぜんたいはっぴょうをおこない、ぜんいんでぎろんしていきながら、せかいちょうりゅうとにっぽんのありほうをべんきょうするというしゅこうで、せかいがいっきにわかるというえきさいてぃんぐなじかんになった。いか、じゅこうせいのあんけーとから。
「ほかのこうぎのぐるーぷわーくでぱわーぽいんとのしりょうをさくせいしているのですが、ふくすうのにんげんでひとつのしりょうをさくせいすることにひじょうにくせんしています。(はなしがうまくながれないので)きょうこのばでずかいをつかえばもっとぐるーぷわーくがうまくいくきがしてきました」
「このじゅぎょうはすべてがふにおちる。なんとしてもずかいしこうをてにいれるようにどりょくします」
「ちゅうきけいかくかんれんぎょうむたぼうにつき、なかなかこうぎにでられずにもうしわけありません。ひさしぶりのずかいしゃわーでりふれっしゅしました」
「なんかいでよむもちべーしょんがあがらないほんであっても、ずでせつめいをうければりかいすることができるとおもった」
「「ずかいはひろうします。ひろうするのでのうにじょうほうがこびりついています(1かげつまえにずかいをみるとほんをおもいだせます)。30ねんけいかくを1がつちゅうにかんせいさせてじんせいをたのしみます」
2009-01-05 しごとはじめのにち--きょうのいちまい
わたしのこうぎはあしたからだが、うちあわせがあってだいがくにくるまで20ふんほどかけてでかける。まず、いつもおせわになっているひしょしつのさいきょうじょせいぐんだんにしんねんのごあいさつ。きょうからじゅぎょうがはじまったせんせいたちにもなんにんもでくわしごあいさつ。ある50だいのどうりょうのせんせいからはわたしのほんを「すうさつほどねんまつねんしによんで、ためしてみたらあたまのめぐりがちがった、おれいをしなきゃ」といわれるなど、なごやかなふんいきですたーと。
じむきょくのきかくこうほうたんとうのしょくいんと、こんごのがくないそとのしごとのうちあわせとじょうほうこうかんをしょういちじかんほどおこなう。うちあわせをいったわたしのけんきゅうしつからみると、たんざわさんけいのさきにかんせつのふじさんのうえのすがたがみえる。ふゆのはれたにちにはこのうつくしいすがたがみえるから、ここしばらくはたのしみだ。
このやすみにひっこしを(さくねんにどめ)していらい、ちかくのおおきなこうえんをあいけんちょこらをつれてさんぽするのがにっかとなっている。このけしきをでじかめでまいにちさつえいするようになっているが、ここにはおおきなほんかくてきなそうびのかめられんずをかつだにんをよくみかける。ひとりのにんもいれば、しゅうだんでとりをねらっているらしいにんもいる。さとやまをほぞんしているおおきなこうえんであり、やちょうかんさつのめいしょになっているらしい。
わたしも、さんばのかるがもがたいれつをくんできもちよくいけをおよぐすがたをうつしてみた。このぶろぐでもふゆからはる、はるからなつ、なつからあき、あきからふゆといようにしぜんのへんかするさまをさつえいしたさくひんをしょうかいしていきたい。どんなしゃしんがとれるか、まいにちのちいさなたのしみにしたいとおもう。
たかし ともあき
きゅうつねせんせい、おはようございます。
しばらくせんせいのぶろぐにあおをだしなかったのです。すみませんでした。ほんねんもなにとぞよろしくおねがいいたします。
ところで、ねんがじょうをとどきましたか?
FeBe*ほそかわ
きゅうつねさま
あけましておめでとうございます。
おーでぃおぶっくFeBeのほそかわともうします。
さくねんは、ごちょさくのおーでぃおぶっくかにくわえ、きゅうつねさんごじしんにもおーでぃおぶっくをきにいっていただけたようで、うれしくおもっております。
うんどうしながらのおーでぃおぶっくは、しゅうかんになりやすくわたしもきにいっています。
ぶろぐでもたびたびごしょうかいいただき、ありがとうございます。
ほんねんも、なにとぞよろしくおねがいします。
おしゃしん、すてきですね。なんだかほんわかして、あたたかそうなくうきさえかんじます。
けれど、まだまださむいにちがつづいております。どうかおからだにおきをつけておすごしください。
こんねんこそは、おあいできること、たのしみにしております。
きゅうつねけいいち
たかしくん
がじょう、とどいています。
すうねんまえから、ねんがじょうはやめて
すべていんたーねっとせかいでやりとりすることに
しました。
2009-01-04 「しろすじろうとしろすまさこてん」(よこはま)--じだいにこびない。じだいをそめぬく
ひさしぶりのよこはま。しょうがつだからだろうか、ものすごいにんのむれ。
いとこのみっちゃんいっか4にん(みっちゃん、おっと、おっとのはは、むすめ)、おとうとふうふ、わたしたちふうふ、そしてははのけい9にんででしょくじ。そののち、るみねがあまりにこんでいてどこにもいれないので、そとにでてしょらとんほてるで(ここはきせきのようにいいばしょがあいていた)こーひーをのみながらしんせきのどうこうなどをわだいにはなしにはながさく。みっちゃんのなくなったははおや、さいきんなくなったみっこおばちゃん、わかいせだいのどうこう、、。
かえりに、よこはまそごうでかいさいちゅうの「まよわぬふたり。しろすじろうとしろすまさこてん」をみる。このふたりのすんだたけしそうそういはなんどかたずねたことがあるから、しらないところをちゅうしんにみてまわる。
じろうは、「たつとりあとをにごさず」といってなくなるまえにしんぺんのしょるいやしりょうをみずからしょうきゃくしてしまっていた。GHQとにほんこくけんぽうせいていをめぐってひばなをちらしてるとき、あめりかは「えあうぇい」として、せいきゅうさをいましめにっぽんりゅうの「じーぷうぇい」でじかんをかけながらやっていこうとせっとくしている。また、GHQがわを、「you」、にっぽんがわを「they」(weではなく)とよび、ちゅうりつてきたちばをとっている。
しろすじろうは、だんでぃのみほんとしていまなおにんきがあるが、「だんでぃのようけん」についてかたっている。ようするにだんでぃとは「やせがまん」であるとのことだ。
そのようけんは、1・すじをとうす(じろうのいういぷりんしぷるににている)。2・じゃくしゃにやさしい。3・わたし(わたくし)しない。4・みためにそこそこかっこいい。かれじしんはいぎりすのだんでぃずむをみにつけたしんしで、あっとうてきにかっこよかったが、ようけんに「そこそこ」といれるところなどは、じゃくしゃにやさしいところがたしかにある。
57としでとうほくでんりょくかいちょうをしりぞいたのちは、くるまとにちようだいくとごるふにきょうじたかんとりーじぇんとるまんだった。
しの5ねんまえにかいた1980ねんのゆいごんしょがかざってあり、「いち、そうしきむよう いち、かいみょうふよう」だった。
しろすまさこのいきかたにもおおくのにんがかんしんがあり、いまなおざっしのとくしゅうやほんもうれつづけている。
しょきこうげいの「うぶなうつくしさ」にひかれるまさこは、「なんでもなくて、そしてなにもかもあるもの」がきゅうきょくのうつわだといい、すくなくとも10ねはつきあってみなければわからないとしている。
いぎりすりゅうのかんとりーじぇんとるまんだったじろうとにっぽんのこてんぶんがくとこびじゅつのうつくしさをさいはっけんしたまさこ。
じろうのしゅみのかぐとまさこがあつめたこっとうにかこまれてせいかつしたたけしそうそうでのくらし。
たびにでるとせっかちなじろうと、みちくさのすきなまさこ。
かえりにみたかんばんのぽすたーには、「じだいにこびない。じだいをそめぬく」ということばで、じろうとまさこをそれぞてせつめいしてあって、うまいとおもった。
2009-01-03 「くきとてんこころ」(きた やすしり)
「くきとてんこころ」(PHP)は、ひょうでんさっかとしてせいりょくてきにしっぴつをつづけるきたやすしりのさいしんさくである。
このさっかのほんは、やまもとしちたいらしょうをじゅしょうしたでびゅーさく「しらすじろう せんりょうをせおったおとこ」いらい、「ふくざわゆきち」や「まつしたこうのすけ」などのひょうでんもよんできた。
くきりゅういちは1850ねんうまれで、ふくざわゆきちのけいおうににゅうがくし、そのよくねんにもんぶしょうにいりえいしんし、もんぶぎょうせいにぜつだいなえいきょうをあたえて、にっぽんのこびじゅつちょうさほぞんやびじゅつきょういくにちからをそそぎ、だんしゃくにれつせられた。
おかくらてんこころは1962ねんうまれで、ふぇのろさのえいきょうでにっぽんびじゅつにけいとうし、もんぶしょうでくきのもとでびじゅつぎょうせいにかかわり、とうきょうびじゅつがっこうのせつりつ、にっぽんびじゅついんのそうせつなどをおこない、よこやまだいかんなどのまされたにほんがいえのいちぐんをそだてた。
このほんは、にっぽんのびのでんとうをまもったそのめいゆうふたりのあいぞうのものがたりである。
じだいをになうじんざいのとうりゅうもんであったけいおうにまなんだくきは、ふせいしゅつのきょういくしゃであったふくざわゆきちがゆいいつしょうがいゆるさなかったでしでもあった。もんぶぎょうせいにふかくかかわるなかから、とうじのにっぽんはうえからのかいかくでなくてはれっきょうにのみこまれてしまうというききかんが、おんしをうらぎるかたちになってしまう。「もんぶしょうはたけばしにあり、もんぶきょうはみたにあり」といわれたふくざわが「にほんじんはおうべいにおくれている」ととききゅうそくなきんだいかをじつげんしようとしたのにたいし、くきは「もんぶしょうのくきか、くきのもんぶしょうか」といわれたほどのじつりょくしゃになり、「じゅうらいのにっぽんにもすばらしいところはあう」としゅちょうし、にっぽんにほこりをとりもどそうとかんがえた。そしてしがくのだんあつにのりだしかんがくをじゅうしするろせんをとる。けいおうにとってくきはゆだであった。くきはそうりだいじんにももんぶだいじんにもならなかったが、せひょうはたかかった。「とうきょうひびしんぶん」(1887ねん8がつ2にち)はかっかいのゆうりょくしゃらんきんぐをはっぴょうしている。それによると、きょういくいえでは3くらい、びじゅつしょうれいいえでは2くらい、ぶっさんしょうれいいえでは5くらいにいっっている。
おかくらてんこころはくきより12としとししたのえいさいでもんぶしょうでじょうしであるくきにししゅくし、くきのかんがえかたをびじゅつのせかいにせんやかにてんかいしていく。こうねん「くきのあるところかならずてんこころあり、てんこころあるところかならずくきあり」といわれるほどのどうしとなっていく。てんこころのしょさいで「だいいち しじゅうとしにてくきないかくのもんぶだいじんとなる だいに ごじゅうにしてかしょくにこころざす だいさん ごじゅうごにしてさびす」というじんせいけいかくらしきめもをみたにんがいる。てんこころのこころざしをしるめしりょうでもあるが、いっぽうでてんこころのくきにたいするけいとうぶりがうかがわれる。「にっぽんびじゅつはちゅうごくのもほうではない」とつよくおもったてんこころはにっぽんびじゅつのさいこうにしょうがいをかけていく。とうきょうびじゅつがっこうのこうちょうをおわれたてんこころは、じしょくのちわずか3がつでにっぽんびじゅついんをそうせつし、にっぽんびじゅつのとうとしたゆたかなながれをつくりだしていく。
くきとてんこころのみんぞくしゅぎてきしそうが、とうじのおうべいかというあっとうてきなながれのなかで、にっぽんのぶんかとほこりをかろうじてまもったということもいえるのだ。ここはきょうもわたしたちがせおっているかだいでもある。
このふたりは、じだいをよむどうさつりょく、めだとうとするせいへき、そしてこうしょくであったことなど、きょうつうてんがおおい。りょうしょくいえであったくきとじぶんのよくぼうをおさえることができなかったてんこころは、にたものどうしだった。それがくきのつまとてんこころとのふりんそうどうにはってんしていくとはひにくなものである。
くきのむすこであったしゅうぞうは、じつはてんこころのこではないかとうたがわれたが、のちにてつがくしゃとなって「すいのこうぞう」というめいちょをかく。しかしこのしゅうぞうもてつがくしゃでありながら、「どん・じゅあんのちのきしずくみのうちに ながるることをはずかしとせず」といううたをえいんでいる。
やはりどうどうたるりょうしょくいえであった。ちはあらそえないものである。
また、くきとてんこころのふたりのせいかくはよくにている。じだいにたいするかんかくがするどいこと、かだんであること、にんにえいきょうをあたえるきょういくしゃてきししつにとんでいること、おもてのかおとうらのかおがあることなどである。どちらもせいこうすることにいきがいをかんじるにん、どうきづけるにん、である。
このほんは「めいじのどん・じゅあん」というふくだい(どん・じゅあんは、どん・ふぁんのこと)をもっているが、そのぶぶんはえがききれていないようにかんじる。きたやすしりのしょもつにはときおり、たいしょうとしたじんぶつにたいするかんそうやためいきがかかれていて、ほんねがかいまみえることがあるが、いくぶんもらりすとてきふんいきがあるようで、こうしょくのぶぶんにはぜんぱんにひょうかがつらい。それがひっちにあらわれている。しょうせつかではないし、おとこをかくことがてーまなのでおんなやれんあいをえがくことはにがてだとおもうが、どうだろう。
きたは、さいきんまでしょうけんがいしゃきんむだったが、せんもんのかいけいぶんやのせんもんしょくだいがくいんできゃくいんきょうじゅをつとめながら、ほんかくてきにひょうでんをかくことをけっしんしたようである。「しらすじろう」をかいたときには、こきょう・ひょうごけんみた(さんだ)のきょうどしいえというかたがきだった。しらすじろうも、こんかいのくきりゅういちもそういうきょうどしけんきゅうのなかからうかびあがったてーまであろう。
ちょしゃにとってきょうどしはじぶんじしんをしんほりすることでもあるから、しらべ、かくひつぜんがあり、それができはえにつながっているようである。
きたやすしりは、きょうどしというくめどもことごときぬいずみをほりあてたようである。そのどくじのいずみをだいじにして、きんだいにっぽんのじんぶつをかくことをつうじて、にっぽんのすがたをえがいてもらいたい。







いじんのでんきをよんでるとしげきをうけますが、わかいにんはとくにそうですね。
がくせいのこめんとをよんでますと、しげきのおおきさがわかります。
こんねんもおおくのにんにしげきをあたえてください。
とみたさんも、ごるふでいいしげきをおおくのにんにあたえてください。(^^:)