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    2008ねん10がつ14にち(ひ)

    []にとうりゅうあれこれ

    いぜんどこかでにとうりゅうについてすこしこめんとしたことがあります。

    つるぎとまほうのふぁんたじーものがたりのせかい、とりわけこんぴゅーたRPGでは、にとうりゅうをすきなふぁんがおおいみたいで。わたしもむかしはよくやった。みぎてにながいくつべら、ひだりてにかさをもって、きんじょのおとこのことちゃんばらごっこをしていたごろをおもいだす。

    にとうりゅうということばをつかうゆえんはきっと、だいたすうがみやもとむさしにあるのだとおもう。さいきんはてれびでもあまりみないが、しょうちゅうがくせいのおとこのこはつるぎとかかくとうとかがだいすきだから、れきしもののほんをよむとき、みやもとむさしをてにとるきかいがおおいのだとおもう。

    そこへきてにとうりゅうのかいがん、いわゆる「にてんいちりゅう」が、たけしげいしゃとしてのかれをしょうちょうするかのごとくつたわっているものだから、にっぽんだんじとしてそれをげーむにつかいたがるきもちはわからないでもない。にほんをいっぺんにつかうなんてかっけえ!というかんじだろうか。

    じつはげんだいでも、けんどうのこうしきせんでにとうりゅうがみとめられているらしい。なかにはにとうりゅうをでんとうてきにうけつぐけんどうばもそんざいし、じっさいににとうりゅうでいどみ、たいかいでいいところまでいったれいがあるとしんぶんでよんだことがある。

    (にとうりゅうでしあいをするとたいがいよわくなってしまうので、ほとんどのにんがいっぽんでくんれんし、いっぽんでたたかうことにしているそうだ)

    おもったこと

    にとうりゅうをすきなにんにはもうしわけないが、わたしはこうおもう。

    にとうりゅうは「みやもとむさしやそれをうけつぐまつえいが、にほんのにほんとうをかまえるとようになる」ことにかちがあるのであって、じっせんではじめからつかうひつようはないだろうと。

    RPGのじんぶつは「ぼうけんしゃ」のていさいをとっていることがおおいのだから、ぎゃくうでにはたてをすえつけるか、ふりーはんどにしてふそくのじたいにそなえられるようにしておくのがいい。

    あえてげーむににとうりゅうをとりいれるなら、こういうのはどうだろう。

    げーむてきにじっそうするばあい

    にほんかまえたとき、たんじゅんにぶきのこうげきりょくをたしあわせるなんてりにそわないしおもしろくない(わかりやすいけど)。

    げーむてきにはこういうのはどうだろう。にとうりゅうたいおうの「ようになる」つるぎでかまえたとき。

    • とくしゅなおーらをほうっっていちぶのかなをいかくする(そのかちがわかるあいてだけ)
    • みりょくがあっぷする
    • てきのこうげきをうけながしやすくなる(ぼうじょうのぶきによるおう・ざんげきのみ)
    • ほんのたまににかいこうげきがはっせいする

    とーたるせんりょくてきにはていかするとしても、ろまんあるせんじゅつをくみたてられるようにしたほうがふぁんのためではなかろうか。

    このきのうは、きちんとにとうりゅうたいおうのぶきをついでそうびしていることがぜんていだ。りょうてにめいすをもってにとうりゅうがきのうしたらろまんがうしなわれてしまう。

    けんしはたしざんがもくてきでにとうりゅうをもとめるのか?「にてんいちりゅう」とはたんなるたしざんのことだったのか?そのあたりをふまえれば、もうすこしそれらしいあいであがでるんじゃないかと。

    せいようてきなつかいかた

    しゅりょくぶきは「ちゅうせいせいようのろんぐそーどもしくはそれかぜ」のつるぎであることがおおいので、それをぎゃくうでにもつかたちはいまいちいんぱくとがない。

    せいようつるぎはにほんとうとはちょいとちがって、にくとほねをぶっつぶすためにふりくだろすじゅうりょうじゅうしのぶきであるはずだ。かれらのしそうをけいしょうするなら、にほんのろんぐそーどではなくいっぽんのぐれーとそーどがいい。

    もしせいようすたいるでぎゃくうでにぶきをもつなら、せめてみじかめのつるぎ(まん・ごーしゅなど)にしてぼうぎょにつかったほうがよほどじっせんてきだし、ようふうとしてはようになる。そのばあいでもききうではろんぐそーどより、れいぴあのほうがかっこいいとおもう。

    ……んん、でもてきがうぉーはんまーをふりまわしてきたらかてないか。せんてひっしょうでてきのはらをつらぬいてください。ぷれーとをきたどわーふがあいてのときはどうなるかしりません。

    うでのかず

    どこかのまんがにでてきためがみっつ・うでがよんほんのぶどういえのことじゃないけれど、わたしはよんほんうででおそいかかってくるもんすたーがすきです。たこのかいぶつがはちほんのあしでおそってくるのもすき。

    いかのかいぶつのじゅうほんは……いまいちかなあ。あしやうでのかずは2のせいすうじょうがいい。

    きょをつく「いっぽんうでのもんすたー」がいてもいいね。2の0じょうは1。

    にとうりゅうにかぎらぬしすてむのもんだい

    AでこうげきされたらBでかえし、BでこうげきされたらCでかえし、CでこうげきされたらAでかえすのがせんとうであるとおもう。

    にとうりゅうでぜめればてきはにとうりゅうやぶりではんげきしてくるわけで、そうなればあっさりにとうりゅうをすててべつのぶきやせんじゅつにきりかえるのがゆうしゅうないくさにんではないか。

    とくていのぶきやせんじゅつにこしつするのがいちばんせんとういんらしくないきがするので、ぶしにせよようへいにせよきしにせよへいしにせよ、そういうきりかえをじつげんできるやわらかいしすてむがいちばんひつようなのかも。

    ひつようになればきしだってにとうりゅうはするにちがいない。にかたなにしゅうじゅくしてないもんだいはともかく。

    せんじゅつやぶきのじじょうまでそうぞうしてみる

    れきしてきにみてせいようのせんとういんはかなをころすより、せんとうのうりょくをうばいひとじちにとることをじゅうししたようなので、にっぽんのさむらいとちがって、さすよりこっせつさせることをえらんだのかもしれない。ひたすらころすのがもくてきなら、それらしいぶきとせんじゅつをえらぶはず。

    かたなのたんれんぎじゅつにおいてにっぽんがまされているのは、にほんじんがさっしょうをつよくもとめるみんぞくだから、なのかもしれない。おそらくふぁんたじーのせかいにおけるにほんじんのしょくにんたちは、「ついもんすたーようのものすごいぶき」をあみだしたはずで、それはやりやかたなとはかぎらない。たぶんぶしのひょうじゅんぶそうすたいるが、われわれのしるものとはことなるはず。

    りあるなれきしをもとにぶきやぼうぐをつくるより、そういったばっくにあるしんかのれきしまでそうぞうして、あらたなきしぞう・ぶしぞう・ようへいぞうをあみだすのも、げーむのつくりかたとしてはおもしろいかもしれない。そういうのはむかしながらのふぁんたじーしょうせつでもあまりみられなかった。

    「なぜてつよりかたいうろこをもつというどらごんに、たいじんようのぶきであるばりすたやぐれーとそーどをつかうのか?」とぎもんをもちながら、せんようのぶきをでざいんしていけば、わざわざ「どらごんすれいやー」なるせかいのどこにあるかわからないぶきにたよるひつようがなくなるかもしれない。

    とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kumashige/20081014/1223912562
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