Munchener Brucke このぺーじをあんてなについか RSSふぃーど

2008-11-27 あそうそうりがおばかなのはふこうちゅうのさいわいである。

[]あそうそうりがおばかなのはふこうちゅうのさいわいである。 このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 90ねんだいこうはんからずっとせんどうほしゅのじだいがつづいた。せいじかがかげきなはつげんをし、それにはくしゅかっさいするたいしゅうがいて、それをしつげんだのもうげんだのとひはんするますこみやとうのほうがかえってよろんからひはんをあびることがたたあった。

 せんどういえはしゃかいにうっせきしているふまんやたいりつこうぞうせいじてきにうまくりようし、じしんのしじをたかめるのにりようする。しゃかいほしょうをさくげんするしんじゆうしゅぎてきせいさくのしじをえるために、じゃくしゃほごせいさくをあくようしたり、きとくけんますかしているじれいをさがしてぷろぱがんだをおこなう。そうするとほんとうにしゃかいほしょうがひつようなにんがいてこまったとしても、しゃかいほしょうさくげんせいさくがはくしゅかっさいされる。

 いまだにはししたちじがたかいしじをあつめはくしゅかっさいされているところをみると、せんどうほしゅのじだいはまだつづいているのであろう。しかし、あそうたろうはあたまがわるすぎてせんどういえになれないということがわかってきた。またせんどういえにはしょみんめせんがじゅうようで、かりゅうやなかのしたくらいのかいそうのかそうてきになりそうなぞうききとくけんとっけんかいきゅうをなかのうえくらいのかいそうのなかからをみつけだしてたいりつこうぞうあおり、ふまんがじょうりゅうのまことのきとくけんものにむかわないようにかくさくするのだが、かれはそだちがよすぎて、ちゅうりゅう・かりゅうかいそうにんげんのいやらしいぶぶんをしらない。

 かのさいきんしつげんである、「いしゃしゃかいてきじょうしきがない」はつげんや、「のんで、たべて、なにもしないにんのふんのきんをなんでわたしがはらうんだ」はつげんも、かれがずのうめいせきなせんどういえであれば、どういうひとたちしゃかいからきらわれているか、どういうひとたちをたたけばはくしゅかっさいされるかというめいかくなけいさんをおこない、たとえますこみやとうからたたかれようとたいしゅうからはくしゅかっさいあれるようなげんどうにかえることができた。ぎゃくにますこみやとうのほうがよろんからはんぱつをうけ、みずからのしじりつをぞうしんできたはずである。かのはつげんには、しゃかいうっぷんをだいているにんげんだとびつくようなりっぷさーびすがまったくないのだ。

 にっぽんのそうりがばかなのはふこうなことではあるが、かれがせんどういえになりえないというのはあるいみさいわいである。

ぽーるぽーる 2008/11/28 04:34 そのはしさがせいだいにふきあがっているいま、おなじことをやったらこうかがうすいとふんでいるのかも(わらい)。
しんせいかえんぎかはともかく、「おばか」であることもはいせんしょりのしゅほうとしてはけっこうゆうこうなのでしょう。
こうしておけばのちになにがきてもましにみえるというかんじで。
それとただおばかなだけではなく、ついでにかねもちげんぜいもわすれないところもじつにぬけめない。

slpolientslpolient 2008/11/29 11:04 こんにちは。 しつもんがございます。

では、ろーぜんかっかとよばれてあきはばらでもてはやされていることについて、kechackさんはどうせつめいされるのでしょうか?
どうせ、ねっとうよくだなんだとおっしゃるつもりでしょうか。

kechackkechack 2008/12/01 13:09 >slpolientさん

わたしはねっとうよくとびけんはにわけてかんがえています。ねっとうよくはみぎがわからせいけんひはん
することもたたありますが、びけんははせいけんひはんというたいどそのものをきらいます。
わたしはろーぜんまんせーぐるーぷはびけんはのしきさいがつよいとおもいます。
  あそうそうりはほしゅはといわれながら、あまりほしゅしょくのつよいせいさくはすいこうしてません
し、あべちゃんまんせーのときとはようそうがことなります。

  びけんはというのはしゃかいてきじゃくしゃがおおく、ふだんはしゃかいてきにつよいたげられているのに
、せいけんやせいけんよとうをつよくしじすることにより、じぶんがしゃかいのまんなかにいるようなさく
かくをおぼえて、いろいろなよっきゅうふまんをかいしょうしているのです。

gmaxgmax 2008/12/01 22:50 よこからしつれいします。ろーぜんかっかといいますが、もともとは「そうさいこうほになるようなせいじかにもまんがずきがいる」というていどのことで、どちらかといえばねたのひとつでしかなく、せいじしんじょうのしじなどとはべつのところでもりあがっていただけのはなしだとおもいます。

あほかあほか 2008/12/03 15:25 のうないもうそうのきちがいさいとには、おなじようなきちがいがつどうのだねぇ
いつまで、がくせいうんどうきぶんなんだろうね。しゃかいのがんだとじかくしてね

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081127

2008-11-26 なぜかこんにゃくぜりーきせいでばばをひいたじみんとう

[]なぜかこんにゃくぜりーきせいでばばをひいたじみんとう このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 まんなんらいふこんにゃくはたけがはつばいさいかいになるそうで。とりあえずよかったですな。

 ところで、こんにゃくぜりーきせいのそうどうはいったいなんだったんでしょうか?

こんにゃくぜりーきせいろんにねっとはなぜはんぱつするか

しょうひしゃあかちゃんあつかいするのがしょうひしゃぎょうせいではないということをおわすれなきよう。ほんもののあかちゃんはせいちょうしていくが、おとなをあかちゃんあつかいしているとせいちょうどころかむしろたいかしていってしまう」としてきしている。たんにしょうひしゃせきにんおしつけるぎろんはむいみだが、しょうひしゃぎょうせいのありほうとあわせてかんがえるというしてんはとうぜんあっていいはずだ。

<ちゅうりゃく>

ほうどうげんばには「こうむいんだいきぎょうばっしんぐしてもとうぜん、たたきえ」といったかんがえかたすらある。そのいっぽうで、こっかにたいするじゃくしゃである「しみん」をひはんすることはたぶーしされている。わたしもしんぶんきしゃじだいに、じこげんこうなどでなんどかこじんのせきにんについてかいたり、きじのぶんまつに「ぎょうせいせきにんがとわれる」とかくおやくそくをとめようとしたりしたが、いずれもじつげんしなかった。

 ますめでぃあにねづよくのこる「はんけんりょく」「しみんは」といったすてれおたいぷじゃーなりずむのおおきなもんだいは、ひとびとのむせきにんいぞんをうみだすところにある。あるときはきせいをひはんしながら、なにかとらぶるがあるとすぐにぎょうせいせきにんをとい、きせいをもとめるほうこうにぎろんをすすめてしまう。こんかいのばあいは、ふくだまえせいけんのさいだいのおきみやげであるしょうひしゃちょうせつりつの「じっせきさくり」にかたんしているそくめんはいなめない。

http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT11000016102008


そうですね。ねっとよろんときせいますこみかんけいは、いんたーねっとがふきゅうしだした90ねんだいこうはんからかわらないですね。

これがせいじじょうきょうにあてはめると、りばたりずむねっとよろんしんわせい2000ねんだいぜんはんのこいずみじみんとう=しんじゆうしゅぎせいけんをささえたわけです。ねっとよろんじゃくしゃほごてきなしそうにはんぱつしましたね。

 ねっとよろんしんじゆうしゅぎとのみつげつかんけいはおわりました。きぎょうにあまくこじんにきびしいせいじかねもちにやさしくびんぼうにんにきびしいせいじをのぞんでいるにんがいたわけではないですから。ただきせいきょうかはんたい、きせいかんわがこれというくうきねっとよろんふへんてきすたんすとしてみらいえいごうかわらないというきがします。

 ところが、ふくだせいけんあそうせいけんねっとよろんがきらうろせんにきゅうてんかんし、まるでしゃたみとうがやりそうなせいさくをやってしまってたたかれているのがおもしろいですね。

 90ねんだいのぜんはんの、じみんとうきせいかんわにしんちょうで、つぎつぎたんじょうしたほしゅけいしんとうきせいかんわをこわだかにさけんでいたじだいをおもいだします。

 さいきんやとうていがくきゅうふきんをばらまきだとひはんしたり、ちょっと80ねんだいまつから90ねんだいぜんはんのくうきをかんじます。いまのことろ、これはいいともいえないしわるいともいえないのですが。

http://www.mannanlife.co.jp/info4.html

http://www.asahi.com/national/update/1126/TKY200811260174.html

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081126_mannanlife/

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081126-OYT1T00330.htm

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081126/biz0811261102006-n1.htm

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081126-00000029-mai-soci

http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112601000223.html

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081126

2008-11-20 じみんとうはいりょうほうかいをまねいたことについてしゃざいせよ

[]じみんとういりょうほうかいをまねいたことについてしゃざいせよ このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 いりょうほうかいというしんこくなじたいをまねいたりゆうについて、わたしはさくねん12/28のえんとりーでげんきゅうした。


さいしょから、いりょうひさいしゅつをよくせいしたいぎょうせいと、いしのしょとくをかくほしたいいしかいのてつがくなきごうりきのけっかがこれである。ここでつかわれたでーたもたんじゅんにいしかずをじんこうでさったものであり、こうれいかのしんこうによるひとりあたりたりのじゅしんかいすうのぞうだいというとうぜんけいさんされるべきふぁくたーがけつらくしていた。これいがいにもいんふぉーむど・こんせんとなどのていちゃくによる1かいあたりのしんさつじかんのぞうだいなどのふかこうりょくもくわわり、げんざいのしんこくないしふそくをまねいた。

http://d.hatena.ne.jp/kechack/20071228/p1


 あそうそうりはいしかいが「いしがあまるからたいへんだ」とさわいだから、いしゃをへらしかからこんなことになった。いしあはけりからんといいたいのであろうが、そもそもいしかいのいうことをうのみにし、いしかいやこうせいかんりょうしゅっしんものちゅうしんにこうせいされたしんぎかいにまかせっきりにしたじみんとうせきにんもおおきい。

 ほんらいならじみんとうこくみんにたいしてしゃざいするたちばである。いしかいやいしゃもらるももんだいにてんかするとは、おさとがしれる。

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081120

2008-11-19 らいにちがいこくじんのしつのわるさはにっぽんのせきにん

[]らいにちがいこくじんのしつのわるさはにっぽんせきにん このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 ぜのふぉびあをあおるげんろんがねっとではあふれている。じっさいにざいにちがいこくじんはふえて、せっしょくするきかいがふえているから、がいこくじんにまつわるねがてぃぶなわだいをかきあつめれば、いくらでもぜのふぉびあをあおるねたなどできてしまうさっこんである。

 ただどのげんせつにきょうつうしてかけているのが、ふりょうがいこくじんばかりくるのはにっぽんにももんだいがあるというてんである。そのてんけいがりゅうがくせいである。もんぶかがくしょうりゅうがくせい30ばんにんけいかくといきまいているが、おせじにもせいこうしているとはいえない。

 こうざんまさゆきとうぼうさんりゅうだいがくのきっはじきょうじゅがくだらないことをかいているが、まさにりゅうがくせいのしつのわるさをいっっているようで、にっぽんきょういくのしつのわるさをいいあてているからおもしろい。

なめられるんじゃあない/こうざんまさゆき(じゃーなりすと)

2008ねん11がつ17にち VOICE

しりつだいがくでちょっとのあいだきょうべんをとったことがある。きょうしつにいっておどろいたのは、やたらちゅうごくじんりゅうがくせいがおおいことだった。にっしんせんそうのあともおおくのりゅうがくせいがきた。だめちゅうごくをなんとかしたい、とあききんのようなじょせいもいてひっしにべんきょうした。1せいきをこえてふたたびやってきたりゅうがくせいのしつははるかおちていた。だいへんはあたりまえ、しけんをやればほぼぜんいんかんにんぐする。

  あるばいとはやりほうだい、そのためにていきけんふせいりようするものもおおかった。だめちゅうごくそのままのいんしょうをうけた。りゅうがくせいえいごはひっすだが、それをにほんごじゅぎょうにふりかえるあんをだいがくがだしてきた。かれらにとってにほんごがすでにがいこくごだからえいごまでやらせたらふたんがおおきいというわけだ。

  しかしべいこくりゅうがくしたってふらんすごなどがいこくごはひっすでついてくる。がいこくじんがくせいだからといってあまやかしはしない。ついていけないならだいがくをやめればいい。しかしきょうじゅかいもこのかわいそうろんをいれてえいごのじゅぎょうはきえた。ちゅうごくじんりゅうがくせいはますますらくになってあるばいとにつとむしんでいる。  

 http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20081117-02-1401.html


ほんにんは「がいこくじんになめられるな、あまやかすな」といいたいのであろうが、どうよんでもふりょうりゅうがくせいしかあつまらないにっぽんのさんりゅうしだいのひさんなふうけいをのべているにしかみえない。

ちゅうごくのゆうしゅうなわかものは、まずおうべいりゅうがくし、にっぽんりゅうがくにくるじてんでかくおち。さんりゅうしだいにいたってはにゅうがくていいんをみたすために、しゅうがくいよくがうすくほとんどしゅうぎょうもくてきがいこくじんをうけいれているしまつである。

これはほとんどあかでみーれべるがひくくゆうしゅうなじんざいをあつめられないにっぽんのこべつもんだいではないか。れべるのひくいくににれべるのひくいがいこくじんがあつまるのはとうぜんのはなしである。

2008-11-18 したたかなほしゅはどこにいったのか?

[]したたかなほしゅはどこにいったのか? このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

さんけいしんぶんのあびるくんがまたおもしろいことをいっっている。

あべすすむさんもとしゅしょうしゅしょうしゅうにんまえ、きしゃざつだんしているときなどによくいっっていたこんなことばだ。

 「さはせいりょくは、じぶんたちのしそうおぶらーとにつつみかくしてせいふしんぎかいなどにいいんとなってもぐりこみ、じぶんたちのかんがえをせいさくにはんえいさせている。それにたいしほしゅせいりょくは、しょうめんからいけん、しゅちょうをぶつけてはつぶされている。そこのところをよくかんがえないといけない」

なかやましは、「にっきょうそかいたいしなければいけない」などとはつげんしたことを「しつげん」とされ、ざいにんわずか5にちかんでだいじんのしょくをさった。たははかみしは「にっぽんだけがしんりゃくこっかだといわれるすじあいいはない」などといけんをひょうめいし、せいふけんかいにっぽんによるしょくみんちしはいとしんりゃくをしゃざいした「むらやまだんわ」)とことなるとしてこうてつ、ていねんたいしょくさせられた

ぜんしゃほうどうかくしゃのしゅうにんいんたびゅーにこたえたもので、こうしゃはみんかんのけんしょうろんぶんへのおうぼろんぶんだ。りょうしゃはいけんひょうめいのばも、それぞれがしゅちょうするないようもことなる。ただ、2にんともどうき・しんじょうはじゅんすいでも、じぶんことばがどんなけっかをもたらすのか、せいじてきにぷらすなのかまいなすなのかをじゅうぶんけいさんしてはつげんしたようにはみえないのがざんねんだ。

2にんがいちしじんのたちばだったならそれでよかったろうが、だいじんくうじとっぷとしてはどうか。ほしゅはは、あべしがしてきするようなさはせいりょくの「ずるさ」もまなび、とりいれるひつようがあるのではないか。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/081116/stt0811160220000-n1.htm


 おもしろいことをいっっているが、それにしてもずいぶんいわかんがあるはなしだ。

 わたしのなかには「したたかなほしゅきょうじょうしゅぎてきでゆうづうのきかないさよく」というにこうたいりつがある。なにしろせんごほしゅせいりょくはいっかんとしてけんりょくにちかより、しょういをすててだいどうをとってじつりをえてきた。それにくらべてさよくは、わずかなちがいでたいりつしあいおたがいのあしをひっぱることによねんがなかったのだから。

 じだいがかわったのか?だが、あべもとそうりやあびるくんがいうようなしたたかなさはってじつざいするのであろうか。わたしにはまったくいめーじができない。かのうせいがあるとすれば、いわゆるちゅうどうやおんけんほしゅそうさはれってるをはって、したたかであるとろんじているのであろう。

 だいたいちゅうどうというのは、けいざいほしゅせいりょくといっちすることがおおく、かれらはにっぽんけいざいはってんのためににっちゅうかんけいがりょうこうであることをのぞみ、じょせいしゃかいしんしゅつがけいざいぷらすであるからそれをすいしんしようとしているだけであって、なにかかっこたるいでおろぎーのためにうごいているわけではない、きょくうたちいちにいるにんたちは、このようなにんもさはいんぼうとうつるのであろう。このようなたちいちのにんはがくしゃけいざいにん、かんりょうのなかにくさるほどおり、このようなったたちばのにんがせんごほしゅせいりょくのちゅうかくをになっていた。

 つまりあべもとそうりやあびるくんがいっっているさはのずるさと、わたしがいめーじしているしたたかなほしゅというのはおなじものをさしているかのうせいがたかいのである。

 そもそもしたたかなにんたちというのはきょくうにもきょくさにもなりえない。そのときどきのかぜをよみながらみをゆだねてじつりをえなければならないからだ。あべもとそうりやあびるくんが「ずるさ」をみにつけたかったら、にっぽんにとってなんのめりっともないれきししゅうせいしゅぎや、きょういくをみなおせばすべてのもんだいがかいけつするかのようなたんじゅんなろじっくなどのへんてこなうはいでおろぎーをまずほうきすべきである。

slpolientslpolient 2008/11/18 19:55 こんにちは。

ほかにかくばしょがなかったので、こめんとさせていただきます。
こくせきほうかいていあんでさわがれていますが、kechackさんはどのようなけんかいをおもちでしょうか?
もしよろしかったらくわしくおおしえねがいます。

さて、あびるしはすとれーとにいわずにとおまわしにいっったほうがしたたかだというかんがえなんでしょうかね…

なかやまぜんだいじんがほんきでにっきょうそをかいたいすべきとおもっているのであれば、もんぶかがくだいじんのときににっきょうそをつぶすこうさくのひとつやふたつぐらいできたとおもうんですがね…くちでいうだけなら、なんでじっせんしなかったんだと?かいたいはできなくとも、えいきょうりょくをおおはばにそぐことはかのうだったのではないでしょうか?なかやましがけいさんたかかったら、とっくにやっているとおもうんですが…

そういういみでもしたたかさがたりないのではないかとわたしはおもうんです。それが「ずるさ」にもつうじるものがあるのではないんですかね…

kechackkechack 2008/11/19 01:25 >こくせきほうかいていあんでさわがれていますが、kechackさんはどのようなけんかいをおもちでしょうか?

こくせきじょうこうだけとりたててさわぐというすたんすはりかいできません。わたしはきほんてきにがいこくじんろうどうしゃうけいれにははんたいですが、ごうほうてきににゅうこくしたり、にほんこくせきしゅとくをきぼうするがいこくじんにたいしれいしずむてきにはんたいするしせいはひはんしたいとおもいます。
 このけんにかんしては、にっぽんにのこってにほんじんとしていきたいというにんがたすういることをほこりにおもうべきではないですか。

>なかやまぜんだいじんがほんきでにっきょうそをかいたいすべきとおもっているのであれば、もんぶかがくだいじんのときににっきょうそをつぶすこうさくのひとつやふたつぐらいできたとおもうんですがね…くちでいうだけなら、なんでじっせんしなかったんだと?かいたいはできなくとも、えいきょうりょくをおおはばにそぐことはかのうだったのではないでしょうか?なかやましがけいさんたかかったら、とっくにやっているとおもうんですが…

>そういういみでもしたたかさがたりないのではないかとわたしはおもうんです。それが「ずるさ」にもつうじるものがあるのではないんですかね…

 するいほしゅといえば、こくてつかいかくがそのてんけいでしょう。けいざいてきりえきとさよくのじゃくたいかというりがいをいっちさせて、さよくをきらわれものにしたてあげることにせいこうし、さよくつぶしにおおくのにんがはくしゅかっさいしましたね。
 にっきょうそでもおなじようなことができそうですが、にっきょうそははっきりいっってもうつよくないし、ちまなこになってつぶすかちもない。それにこくてつかいかくとちがってけいざいてきなめりっとがほとのないので、あんまりこういうことにいっしょけんめいやっていると、けいざいせいさくをもとめるざいかいなどのけいざいほしゅじんえいからすかんをくらうんですよ。

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081118

2008-11-04 むらやまだんわ、こうのだんわはだれもくつがえせない

[]むらやまだんわ、こうのだんわはだれもくつがえせない このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 むらやまだんわ、こうのだんわにはんたいというやからはおおいが、だれもこれをくつがえすほうほうをていじできていない。なぜできないかといえばかんたんで、ひとつはにっちゅうかんけいをりょうこうにたもつことが、にっぽんけいざいにとってきわめてじゅうようで、けいざいかいをすぽんさーとしているじみんとうせいけんをになっているいじょうはにっちゅうかんけいをていたいさせるせいさくはとりにくい。もうひとつはあめりかのにっぽんれきししゅうせいしゅぎにたいするけいかいしんがつよい、つまりかれらをのばなしにするとさいしゅうてきにははんべいになるというぎねんから、れきしにんしきでにっぽんがせんえいてきなたいどをとると、こくさいてきにこりつするかのうせいがたかいかたである。

 これらのもんだいをこくふくして、たかしむらやまだんわ、こうのだんわをくつがえせるこうていあらをていじできるものはだれもいない。ほしゅはのにんでも、むらやまだんわ、こうのだんわはついにんするしかないとおもっているにんがおおい。とくにうはでもえりーとになればなるほどどのけいこうがつよい。

 ようはあたまのいいにんで、むらやまだんわ、こうのだんわをくつがえせるとおもっているにんがほとんどいないので、いちぶのばかなにんたちが、でぐちせんりゃくのないげんろんおなにーとしてのむらやまだんわ、こうのだんわひていごっこをやっているだけなのではないか。けっきょく、もんだいはつげんをしたとして、またばかなにんがくびになって、ねっとうよのふらすとれーしょんがたまるというじゅんかんをはんえいきゅうてきにつづけてゆくのであろう。

 どうしてもくつがえしたいのであれば、けいざいをぎせいにしてもれきしをみなおすというかくごできょくうせいとうでもつくり、ふどうさんぎょうやうんゆぎょうといったどめすてぃっくなさんぎょうのけいえいしゃをすぽんさーにしてせいけんかくとくでもめざしてもらうしかないだろう。

itarumurayamaitarumurayama 2008/11/05 08:18 >どうしてもくつがえしたいのであれば、けいざいをぎせいにしてもれきしを
>みなおすというかくごできょくうせいとうでもつくり、ふどうさんぎょうやうんゆぎょうと
>いったどめすてぃっくなさんぎょうのけいえいしゃをすぽんさーにして
>せいけんかくとくでもめざしてもらうしかないだろう。

「やすくにうよく」のすぽんさーとして、けんちくふどうさんけいがおおい、というのは
けっしてぐうぜんではない、ということですね。

こんかいのあぱしかり、ひがしにほんはうすしかり。
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20081104

kechackkechack 2008/11/05 08:55 >itarumurayamaさん

 おおてぜねこんをのぞくけんちくかいしゃ、ふどうさんがいしゃはこくないかんけつかたさんぎょうですから、あじあと
のかんけいがどうなってもかんけいないんですよ。
もっともAPAのようなやすうりほてるやは、いんばうんどじゅようにささえられているので
、えいきょうがあるででしょう。
このにゅーすがながれると、ちゅうごく、かんこくあたりのさいとえーじぇんとがAPAとのけいやく
をうちきるといったうごきがあるかもしれません。

さとうさとう 2008/11/09 19:54 れきししゅうせいしゅぎしゃたちやねとうよたちの
ほこりがとりもどせるじょうきょうって
どういうじょうきょうなのかなと
そうぞうしましたら
はいせんがうけいれられないためというこたえがでました
はいせん=よわい うけいれられない
はいせん=わるい うけいれられない
はいせん=あやまる うけいれられない
かいけつするには
さいせんしてかつしかないんじゃないんでしょうか
とおもうんですが
そういうことも
ことばにはなってなくて
うのうじょうほうのまま
はんえいきゅうてきに
くやしさだけがあふれてくるんでしょうね

とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081104

2008-10-31 なぜますこみはかいさんかぜをあおるのか?

[]なぜますこみはかいさんかぜをあおるのか? このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 じみんとうよりのばいたいなら、「かいさんすべきない」とろんをはるかといえばそうでもない。ますこみたちいちかんけいなく、ますこみはかいさんかぜをあおる。

 それはそうだ。ますこみねたがおおいほうがいいにきまってる。とくにてれびはせんきょがあればほうどうばんぐみのしちょうりつがのびる。

 ますこみはむじょうけんにかいさんをしゅちょうするせいじかをしじし、さきのばしをしゅちょうするせいじかをうとむ。

 せいじかがかいさんかぜをふかすのは、べつにますこみにげいごうしているわけではない。せんきょがちかづくと、こうにんけんをにぎるせいとうかんぶのきゅうしんりょくがたかまる。だいたいこのじきかいさんかぜをふかせているのは、そういうせいとうかんぶだ。


とらっくばっく - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20081031

2008-10-20 かんりょうのふしょうじとせいふのせきにん

[]かんりょうのふしょうじとせいふせきにん このえんとりーをふくむぶっくまーく このえんとりーのぶっくまーくこめんと

 

VOICEのこうざんまさゆきしのきじだが、どうもかんりょうのふしょうじがないかくやよとうのせきにんになるのがきにいらないとうだ。

しかししんぶんはなぜか「せいふせきにん」をついきゅうする。のうみずそうはなにをしている、とか。なんどでもいう。だいじんせきにんではない。わるいのはやくにんで、そのくびをきることがのうみずそうのしごとだ。

http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20081016-01-1401.html

 しかしおもいかえせば、こいずみじだい、かんりょうのふしょうじでないかくやかくりょうのせきにんをとわれたであろうか。ますこみによってはせいふやかくりょうのせきにんをぜめたてたが、よろんへのそきゅうこうかはほとんどなかった。かんりょうそしきにたいしてとっぷだうんでかいかくしようというたいどをしめして、そしきかいかくのいよくをしめせば、よろんかんりょうのふしょうじとないかくのせきにんをぶんりしてかんがえるようになる。

じつはこれはこいずみせいけんにはじまったことではない。じしゃさせいけんのはしもとせいけんときのかんなおとこうせいそうも、とうじはかいかくものとしてにんちされ、かくりょうでありながらかんりょうのふしょうじにたいしてせきにんをついきゅうされるよろんはおきなかった。

やはりあべせいけんいこうであろう。こうむいんせいどかいかくがとーんだうんし、かんりょうそしきとせいふよとうのみつげつかんけいがふっかつし、そのためにせいふよとうはらくになったが、いっぽうでかんりょうそしきのふしょうじの