2008-11-27 あそうそうりがおばかなのはふこうちゅうのさいわいである。
■[Opinion]あそうそうりがおばかなのはふこうちゅうのさいわいである。

90ねんだいこうはんからずっとせんどうほしゅのじだいがつづいた。せいじかがかげきなはつげんをし、それにはくしゅかっさいするたいしゅうがいて、それをしつげんだのもうげんだのとひはんするますこみややとうのほうがかえってよろんからひはんをあびることがたたあった。
せんどういえはしゃかいにうっせきしているふまんやたいりつこうぞうをせいじてきにうまくりようし、じしんのしじをたかめるのにりようする。しゃかいほしょうをさくげんするしんじゆうしゅぎてきせいさくのしじをえるために、じゃくしゃほごせいさくをあくようしたり、きとくけんますかしているじれいをさがしてぷろぱがんだをおこなう。そうするとほんとうにしゃかいほしょうがひつようなにんがいてこまったとしても、しゃかいほしょうさくげんせいさくがはくしゅかっさいされる。
いまだにはししたちじがたかいしじをあつめはくしゅかっさいされているところをみると、せんどうほしゅのじだいはまだつづいているのであろう。しかし、あそうたろうはあたまがわるすぎてせんどういえになれないということがわかってきた。またせんどういえにはしょみんめせんがじゅうようで、かりゅうやなかのしたくらいのかいそうのかそうてきになりそうなぞうききとくけんやとっけんかいきゅうをなかのうえくらいのかいそうのなかからをみつけだしてたいりつこうぞうをあおり、ふまんがじょうりゅうのまことのきとくけんものにむかわないようにかくさくするのだが、かれはそだちがよすぎて、ちゅうりゅう・かりゅうかいそうのにんげんのいやらしいぶぶんをしらない。
かのさいきんのしつげんである、「いしゃにしゃかいてきじょうしきがない」はつげんや、「のんで、たべて、なにもしないにんのふんのきんをなんでわたしがはらうんだ」はつげんも、かれがずのうめいせきなせんどういえであれば、どういうひとたちがしゃかいからきらわれているか、どういうひとたちをたたけばはくしゅかっさいされるかというめいかくなけいさんをおこない、たとえますこみややとうからたたかれようとたいしゅうからはくしゅかっさいあれるようなげんどうにかえることができた。ぎゃくにますこみややとうのほうがよろんからはんぱつをうけ、みずからのしじりつをぞうしんできたはずである。かのはつげんには、しゃかいにうっぷんをだいているにんげんだとびつくようなりっぷさーびすがまったくないのだ。
にっぽんのそうりがばかなのはふこうなことではあるが、かれがせんどういえになりえないというのはあるいみさいわいである。
2008-11-26 なぜかこんにゃくぜりーきせいでばばをひいたじみんとう
■[Opinion]なぜかこんにゃくぜりーきせいでばばをひいたじみんとう

まんなんらいふのこんにゃくはたけがはつばいさいかいになるそうで。とりあえずよかったですな。
ところで、こんにゃくぜりーきせいのそうどうはいったいなんだったんでしょうか?
こんにゃくぜりーきせいろんにねっとはなぜはんぱつするか
「しょうひしゃをあかちゃんあつかいするのがしょうひしゃぎょうせいではないということをおわすれなきよう。ほんもののあかちゃんはせいちょうしていくが、おとなをあかちゃんあつかいしているとせいちょうどころかむしろたいかしていってしまう」としてきしている。たんにしょうひしゃにせきにんをおしつけるぎろんはむいみだが、しょうひしゃぎょうせいのありほうとあわせてかんがえるというしてんはとうぜんあっていいはずだ。
<ちゅうりゃく>
ほうどうのげんばには「こうむいんやだいきぎょうはばっしんぐしてもとうぜん、たたきえ」といったかんがえかたすらある。そのいっぽうで、こっかにたいするじゃくしゃである「しみん」をひはんすることはたぶーしされている。わたしもしんぶんきしゃじだいに、じこげんこうなどでなんどかこじんのせきにんについてかいたり、きじのぶんまつに「ぎょうせいのせきにんがとわれる」とかくおやくそくをとめようとしたりしたが、いずれもじつげんしなかった。
ますめでぃあにねづよくのこる「はんけんりょく」「しみんは」といったすてれおたいぷなじゃーなりずむのおおきなもんだいは、ひとびとのむせきにんといぞんをうみだすところにある。あるときはきせいをひはんしながら、なにかとらぶるがあるとすぐにぎょうせいのせきにんをとい、きせいをもとめるほうこうにぎろんをすすめてしまう。こんかいのばあいは、ふくだまえせいけんのさいだいのおきみやげであるしょうひしゃちょうせつりつの「じっせきさくり」にかたんしているそくめんはいなめない。
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT11000016102008
そうですね。ねっとよろんときせいますこみのかんけいは、いんたーねっとがふきゅうしだした90ねんだいこうはんからかわらないですね。
これがせいじじょうきょうにあてはめると、りばたりずむとねっとよろんのしんわせいが2000ねんだいぜんはんのこいずみじみんとう=しんじゆうしゅぎせいけんをささえたわけです。ねっとよろんはじゃくしゃほごてきなしそうにはんぱつしましたね。
ねっとよろんとしんじゆうしゅぎとのみつげつかんけいはおわりました。きぎょうにあまくこじんにきびしいせいじ、かねもちにやさしくびんぼうにんにきびしいせいじをのぞんでいるにんがいたわけではないですから。ただきせいきょうかはんたい、きせいかんわがこれというくうきはねっとよろんのふへんてきすたんすとしてみらいえいごうかわらないというきがします。
ところが、ふくだせいけんやあそうせいけんはねっとよろんがきらうろせんにきゅうてんかんし、まるでしゃたみとうがやりそうなせいさくをやってしまってたたかれているのがおもしろいですね。
90ねんだいのぜんはんの、じみんとうがきせいかんわにしんちょうで、つぎつぎたんじょうしたほしゅけいのしんとうがきせいかんわをこわだかにさけんでいたじだいをおもいだします。
さいきんはやとうがていがくきゅうふきんをばらまきだとひはんしたり、ちょっと80ねんだいまつから90ねんだいぜんはんのくうきをかんじます。いまのことろ、これはいいともいえないしわるいともいえないのですが。
http://www.mannanlife.co.jp/info4.html
http://www.asahi.com/national/update/1126/TKY200811260174.html
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081126_mannanlife/
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081126-OYT1T00330.htm
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081126/biz0811261102006-n1.htm
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081126-00000029-mai-soci
2008-11-20 じみんとうはいりょうほうかいをまねいたことについてしゃざいせよ
■[Opinion]じみんとうはいりょうほうかいをまねいたことについてしゃざいせよ

いりょうほうかいというしんこくなじたいをまねいたりゆうについて、わたしはさくねん12/28のえんとりーでげんきゅうした。
さいしょから、いりょうひさいしゅつをよくせいしたいぎょうせいと、いしのしょとくをかくほしたいいしかいのてつがくなきごうりきのけっかがこれである。ここでつかわれたでーたもたんじゅんにいしかずをじんこうでさったものであり、こうれいかのしんこうによるひとりあたりたりのじゅしんかいすうのぞうだいというとうぜんけいさんされるべきふぁくたーがけつらくしていた。これいがいにもいんふぉーむど・こんせんとなどのていちゃくによる1かいあたりのしんさつじかんのぞうだいなどのふかこうりょくもくわわり、げんざいのしんこくないしふそくをまねいた。
あそうそうりはいしかいが「いしがあまるからたいへんだ」とさわいだから、いしゃをへらしかからこんなことになった。いしあはけりからんといいたいのであろうが、そもそもいしかいのいうことをうのみにし、いしかいやこうせいかんりょうしゅっしんものちゅうしんにこうせいされたしんぎかいにまかせっきりにしたじみんとうのせきにんもおおきい。
ほんらいならじみんとうはこくみんにたいしてしゃざいするたちばである。いしかいやいしゃのもらるももんだいにてんかするとは、おさとがしれる。
2008-11-19 らいにちがいこくじんのしつのわるさはにっぽんのせきにん
■[Opinion]らいにちがいこくじんのしつのわるさはにっぽんのせきにん

ぜのふぉびあをあおるげんろんがねっとではあふれている。じっさいにざいにちがいこくじんはふえて、せっしょくするきかいがふえているから、がいこくじんにまつわるねがてぃぶなわだいをかきあつめれば、いくらでもぜのふぉびあをあおるねたなどできてしまうさっこんである。
ただどのげんせつにきょうつうしてかけているのが、ふりょうがいこくじんばかりくるのはにっぽんにももんだいがあるというてんである。そのてんけいがりゅうがくせいである。もんぶかがくしょうがりゅうがくせい30ばんにんけいかくといきまいているが、おせじにもせいこうしているとはいえない。
こうざんまさゆきとうぼうさんりゅうだいがくのきっはじきょうじゅがくだらないことをかいているが、まさにりゅうがくせいのしつのわるさをいっっているようで、にっぽんのきょういくのしつのわるさをいいあてているからおもしろい。
しりつだいがくでちょっとのあいだきょうべんをとったことがある。きょうしつにいっておどろいたのは、やたらちゅうごくじんりゅうがくせいがおおいことだった。にっしんせんそうのあともおおくのりゅうがくせいがきた。だめなちゅうごくをなんとかしたい、とあききんのようなじょせいもいてひっしにべんきょうした。1せいきをこえてふたたびやってきたりゅうがくせいのしつははるかおちていた。だいへんはあたりまえ、しけんをやればほぼぜんいんかんにんぐする。
あるばいとはやりほうだい、そのためにていきけんをふせいりようするものもおおかった。だめなちゅうごくそのままのいんしょうをうけた。りゅうがくせいもえいごはひっすだが、それをにほんごじゅぎょうにふりかえるあんをだいがくがだしてきた。かれらにとってにほんごがすでにがいこくごだからえいごまでやらせたらふたんがおおきいというわけだ。
しかしべいこくにりゅうがくしたってふらんすごなどがいこくごはひっすでついてくる。がいこくじんがくせいだからといってあまやかしはしない。ついていけないならだいがくをやめればいい。しかしきょうじゅかいもこのかわいそうろんをいれてえいごのじゅぎょうはきえた。ちゅうごくじんりゅうがくせいはますますらくになってあるばいとにつとむしんでいる。
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20081117-02-1401.html
ほんにんは「がいこくじんになめられるな、あまやかすな」といいたいのであろうが、どうよんでもふりょうりゅうがくせいしかあつまらないにっぽんのさんりゅうしだいのひさんなふうけいをのべているにしかみえない。
ちゅうごくのゆうしゅうなわかものは、まずおうべいにりゅうがくし、にっぽんにりゅうがくにくるじてんでかくおち。さんりゅうしだいにいたってはにゅうがくていいんをみたすために、しゅうがくいよくがうすくほとんどしゅうぎょうもくてきのがいこくじんをうけいれているしまつである。
これはほとんどあかでみーのれべるがひくくゆうしゅうなじんざいをあつめられないにっぽんのこべつもんだいではないか。れべるのひくいくににれべるのひくいがいこくじんがあつまるのはとうぜんのはなしである。
2008-11-18 したたかなほしゅはどこにいったのか?
■[Opinion]したたかなほしゅはどこにいったのか?

さんけいしんぶんのあびるくんがまたおもしろいことをいっっている。
あべすすむさんもとしゅしょうがしゅしょうしゅうにんまえ、きしゃとざつだんしているときなどによくいっっていたこんなことばだ。
「さはせいりょくは、じぶんたちのしそうをおぶらーとにつつみかくしてせいふのしんぎかいなどにいいんとなってもぐりこみ、じぶんたちのかんがえをせいさくにはんえいさせている。それにたいしほしゅせいりょくは、しょうめんからいけん、しゅちょうをぶつけてはつぶされている。そこのところをよくかんがえないといけない」
なかやましは、「にっきょうそはかいたいしなければいけない」などとはつげんしたことを「しつげん」とされ、ざいにんわずか5にちかんでだいじんのしょくをさった。たははかみしは「にっぽんだけがしんりゃくこっかだといわれるすじあいいはない」などといけんをひょうめいし、せいふけんかい(にっぽんによるしょくみんちしはいとしんりゃくをしゃざいした「むらやまだんわ」)とことなるとしてこうてつ、ていねんたいしょくさせられた
ぜんしゃはほうどうかくしゃのしゅうにんいんたびゅーにこたえたもので、こうしゃはみんかんのけんしょうろんぶんへのおうぼろんぶんだ。りょうしゃはいけんひょうめいのばも、それぞれがしゅちょうするないようもことなる。ただ、2にんともどうき・しんじょうはじゅんすいでも、じぶんのことばがどんなけっかをもたらすのか、せいじてきにぷらすなのかまいなすなのかをじゅうぶんけいさんしてはつげんしたようにはみえないのがざんねんだ。
2にんがいちしじんのたちばだったならそれでよかったろうが、だいじんやくうじとっぷとしてはどうか。ほしゅはは、あべしがしてきするようなさはせいりょくの「ずるさ」もまなび、とりいれるひつようがあるのではないか。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/081116/stt0811160220000-n1.htm
おもしろいことをいっっているが、それにしてもずいぶんいわかんがあるはなしだ。
わたしのなかには「したたかなほしゅ&きょうじょうしゅぎてきでゆうづうのきかないさよく」というにこうたいりつがある。なにしろせんごほしゅせいりょくはいっかんとしてけんりょくにちかより、しょういをすててだいどうをとってじつりをえてきた。それにくらべてさよくは、わずかなちがいでたいりつしあいおたがいのあしをひっぱることによねんがなかったのだから。
じだいがかわったのか?だが、あべもとそうりやあびるくんがいうようなしたたかなさはってじつざいするのであろうか。わたしにはまったくいめーじができない。かのうせいがあるとすれば、いわゆるちゅうどうやおんけんほしゅそうにさはのれってるをはって、したたかであるとろんじているのであろう。
だいたいちゅうどうというのは、けいざいほしゅせいりょくといっちすることがおおく、かれらはにっぽんのけいざいはってんのためににっちゅうかんけいがりょうこうであることをのぞみ、じょせいのしゃかいしんしゅつがけいざいにぷらすであるからそれをすいしんしようとしているだけであって、なにかかっこたるいでおろぎーのためにうごいているわけではない、きょくうのたちいちにいるにんたちは、このようなにんもさはのいんぼうとうつるのであろう。このようなたちいちのにんはがくしゃやけいざいにん、かんりょうのなかにくさるほどおり、このようなったたちばのにんがせんごのほしゅせいりょくのちゅうかくをになっていた。
つまりあべもとそうりやあびるくんがいっっているさはのずるさと、わたしがいめーじしているしたたかなほしゅというのはおなじものをさしているかのうせいがたかいのである。
そもそもしたたかなにんたちというのはきょくうにもきょくさにもなりえない。そのときどきのかぜをよみながらみをゆだねてじつりをえなければならないからだ。あべもとそうりやあびるくんが「ずるさ」をみにつけたかったら、にっぽんにとってなんのめりっともないれきししゅうせいしゅぎや、きょういくをみなおせばすべてのもんだいがかいけつするかのようなたんじゅんなろじっくなどのへんてこなうはいでおろぎーをまずほうきすべきである。
slpolient
こんにちは。
ほかにかくばしょがなかったので、こめんとさせていただきます。
こくせきほうかいていあんでさわがれていますが、kechackさんはどのようなけんかいをおもちでしょうか?
もしよろしかったらくわしくおおしえねがいます。
さて、あびるしはすとれーとにいわずにとおまわしにいっったほうがしたたかだというかんがえなんでしょうかね…
なかやまぜんだいじんがほんきでにっきょうそをかいたいすべきとおもっているのであれば、もんぶかがくだいじんのときににっきょうそをつぶすこうさくのひとつやふたつぐらいできたとおもうんですがね…くちでいうだけなら、なんでじっせんしなかったんだと?かいたいはできなくとも、えいきょうりょくをおおはばにそぐことはかのうだったのではないでしょうか?なかやましがけいさんたかかったら、とっくにやっているとおもうんですが…
そういういみでもしたたかさがたりないのではないかとわたしはおもうんです。それが「ずるさ」にもつうじるものがあるのではないんですかね…
kechack
>こくせきほうかいていあんでさわがれていますが、kechackさんはどのようなけんかいをおもちでしょうか?
こくせきじょうこうだけとりたててさわぐというすたんすはりかいできません。わたしはきほんてきにがいこくじんろうどうしゃうけいれにははんたいですが、ごうほうてきににゅうこくしたり、にほんこくせきしゅとくをきぼうするがいこくじんにたいしれいしずむてきにはんたいするしせいはひはんしたいとおもいます。
このけんにかんしては、にっぽんにのこってにほんじんとしていきたいというにんがたすういることをほこりにおもうべきではないですか。
>なかやまぜんだいじんがほんきでにっきょうそをかいたいすべきとおもっているのであれば、もんぶかがくだいじんのときににっきょうそをつぶすこうさくのひとつやふたつぐらいできたとおもうんですがね…くちでいうだけなら、なんでじっせんしなかったんだと?かいたいはできなくとも、えいきょうりょくをおおはばにそぐことはかのうだったのではないでしょうか?なかやましがけいさんたかかったら、とっくにやっているとおもうんですが…
>そういういみでもしたたかさがたりないのではないかとわたしはおもうんです。それが「ずるさ」にもつうじるものがあるのではないんですかね…
するいほしゅといえば、こくてつかいかくがそのてんけいでしょう。けいざいてきりえきとさよくのじゃくたいかというりがいをいっちさせて、さよくをきらわれものにしたてあげることにせいこうし、さよくつぶしにおおくのにんがはくしゅかっさいしましたね。
にっきょうそでもおなじようなことができそうですが、にっきょうそははっきりいっってもうつよくないし、ちまなこになってつぶすかちもない。それにこくてつかいかくとちがってけいざいてきなめりっとがほとのないので、あんまりこういうことにいっしょけんめいやっていると、けいざいせいさくをもとめるざいかいなどのけいざいほしゅじんえいからすかんをくらうんですよ。
2008-11-04 むらやまだんわ、こうのだんわはだれもくつがえせない
■[Opinion]むらやまだんわ、こうのだんわはだれもくつがえせない

むらやまだんわ、こうのだんわにはんたいというやからはおおいが、だれもこれをくつがえすほうほうをていじできていない。なぜできないかといえばかんたんで、ひとつはにっちゅうかんけいをりょうこうにたもつことが、にっぽんけいざいにとってきわめてじゅうようで、けいざいかいをすぽんさーとしているじみんとうがせいけんをになっているいじょうはにっちゅうかんけいをていたいさせるせいさくはとりにくい。もうひとつはあめりかのにっぽんのれきししゅうせいしゅぎにたいするけいかいしんがつよい、つまりかれらをのばなしにするとさいしゅうてきにははんべいになるというぎねんから、れきしにんしきでにっぽんがせんえいてきなたいどをとると、こくさいてきにこりつするかのうせいがたかいかたである。
これらのもんだいをこくふくして、たかしむらやまだんわ、こうのだんわをくつがえせるこうていあらをていじできるものはだれもいない。ほしゅはのにんでも、むらやまだんわ、こうのだんわはついにんするしかないとおもっているにんがおおい。とくにうはでもえりーとになればなるほどどのけいこうがつよい。
ようはあたまのいいにんで、むらやまだんわ、こうのだんわをくつがえせるとおもっているにんがほとんどいないので、いちぶのばかなにんたちが、でぐちせんりゃくのないげんろんおなにーとしてのむらやまだんわ、こうのだんわひていごっこをやっているだけなのではないか。けっきょく、もんだいはつげんをしたとして、またばかなにんがくびになって、ねっとうよのふらすとれーしょんがたまるというじゅんかんをはんえいきゅうてきにつづけてゆくのであろう。
どうしてもくつがえしたいのであれば、けいざいをぎせいにしてもれきしをみなおすというかくごできょくうせいとうでもつくり、ふどうさんぎょうやうんゆぎょうといったどめすてぃっくなさんぎょうのけいえいしゃをすぽんさーにしてせいけんかくとくでもめざしてもらうしかないだろう。
itarumurayama
>どうしてもくつがえしたいのであれば、けいざいをぎせいにしてもれきしを
>みなおすというかくごできょくうせいとうでもつくり、ふどうさんぎょうやうんゆぎょうと
>いったどめすてぃっくなさんぎょうのけいえいしゃをすぽんさーにして
>せいけんかくとくでもめざしてもらうしかないだろう。
「やすくにうよく」のすぽんさーとして、けんちくふどうさんけいがおおい、というのは
けっしてぐうぜんではない、ということですね。
こんかいのあぱしかり、ひがしにほんはうすしかり。
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20081104
kechack
>itarumurayamaさん
おおてぜねこんをのぞくけんちくかいしゃ、ふどうさんがいしゃはこくないかんけつかたさんぎょうですから、あじあと
のかんけいがどうなってもかんけいないんですよ。
もっともAPAのようなやすうりほてるやは、いんばうんどじゅようにささえられているので
、えいきょうがあるででしょう。
このにゅーすがながれると、ちゅうごく、かんこくあたりのさいとえーじぇんとがAPAとのけいやく
をうちきるといったうごきがあるかもしれません。
さとう
れきししゅうせいしゅぎしゃたちやねとうよたちの
ほこりがとりもどせるじょうきょうって
どういうじょうきょうなのかなと
そうぞうしましたら
はいせんがうけいれられないためというこたえがでました
はいせん=よわい うけいれられない
はいせん=わるい うけいれられない
はいせん=あやまる うけいれられない
かいけつするには
さいせんしてかつしかないんじゃないんでしょうか
とおもうんですが
そういうことも
ことばにはなってなくて
うのうじょうほうのまま
はんえいきゅうてきに
くやしさだけがあふれてくるんでしょうね
2008-10-31 なぜますこみはかいさんかぜをあおるのか?
■[Opinion]なぜますこみはかいさんかぜをあおるのか?

じみんとうよりのばいたいなら、「かいさんすべきない」とろんをはるかといえばそうでもない。ますこみのたちいちにかんけいなく、ますこみはかいさんかぜをあおる。
それはそうだ。ますこみはねたがおおいほうがいいにきまってる。とくにてれびはせんきょがあればほうどうばんぐみのしちょうりつがのびる。
ますこみはむじょうけんにかいさんをしゅちょうするせいじかをしじし、さきのばしをしゅちょうするせいじかをうとむ。
せいじかがかいさんかぜをふかすのは、べつにますこみにげいごうしているわけではない。せんきょがちかづくと、こうにんけんをにぎるせいとうかんぶのきゅうしんりょくがたかまる。だいたいこのじきかいさんかぜをふかせているのは、そういうせいとうかんぶだ。
2008-10-20 かんりょうのふしょうじとせいふのせきにん
■[Opinion]かんりょうのふしょうじとせいふのせきにん

VOICEのこうざんまさゆきしのきじだが、どうもかんりょうのふしょうじがないかくやよとうのせきにんになるのがきにいらないとうだ。
しかししんぶんはなぜか「せいふのせきにん」をついきゅうする。のうみずそうはなにをしている、とか。なんどでもいう。だいじんのせきにんではない。わるいのはやくにんで、そのくびをきることがのうみずそうのしごとだ。
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20081016-01-1401.html
しかしおもいかえせば、こいずみじだい、かんりょうのふしょうじでないかくやかくりょうのせきにんをとわれたであろうか。ますこみによってはせいふやかくりょうのせきにんをぜめたてたが、よろんへのそきゅうこうかはほとんどなかった。かんりょうそしきにたいしてとっぷだうんでかいかくしようというたいどをしめして、そしきかいかくのいよくをしめせば、よろんはかんりょうのふしょうじとないかくのせきにんをぶんりしてかんがえるようになる。
じつはこれはこいずみせいけんにはじまったことではない。じしゃさせいけんのはしもとせいけんときのかんなおとこうせいそうも、とうじはかいかくものとしてにんちされ、かくりょうでありながらかんりょうのふしょうじにたいしてせきにんをついきゅうされるよろんはおきなかった。
やはりあべせいけんいこうであろう。こうむいんせいどかいかくがとーんだうんし、かんりょうそしきとせいふよとうのみつげつかんけいがふっかつし、そのためにせいふよとうはらくになったが、いっぽうでかんりょうそしきのふしょうじの
しんせいかえんぎかはともかく、「おばか」であることもはいせんしょりのしゅほうとしてはけっこうゆうこうなのでしょう。
こうしておけばのちになにがきてもましにみえるというかんじで。
それとただおばかなだけではなく、ついでにかねもちげんぜいもわすれないところもじつにぬけめない。
では、ろーぜんかっかとよばれてあきはばらでもてはやされていることについて、kechackさんはどうせつめいされるのでしょうか?
どうせ、ねっとうよくだなんだとおっしゃるつもりでしょうか。
わたしはねっとうよくとびけんはにわけてかんがえています。ねっとうよくはみぎがわからせいけんひはん
することもたたありますが、びけんははせいけんひはんというたいどそのものをきらいます。
わたしはろーぜんまんせーぐるーぷはびけんはのしきさいがつよいとおもいます。
あそうそうりはほしゅはといわれながら、あまりほしゅしょくのつよいせいさくはすいこうしてません
し、あべちゃんまんせーのときとはようそうがことなります。
びけんはというのはしゃかいてきじゃくしゃがおおく、ふだんはしゃかいてきにつよいたげられているのに
、せいけんやせいけんよとうをつよくしじすることにより、じぶんがしゃかいのまんなかにいるようなさく
かくをおぼえて、いろいろなよっきゅうふまんをかいしょうしているのです。
いつまで、がくせいうんどうきぶんなんだろうね。しゃかいのがんだとじかくしてね