きょうと

あすて にほんせい ちょうけいりょう てづくり ぷろふぁいるしきぶとん(ようもういりたいぷ) むじきなり しんぐるさいず 100×205cm あすて にほんせい ちょうけいりょう てづくり ぷろふぁいるしきぶとん むじきなり しんぐるさいず 100×205cm あすて とうようぼうのごかていのせんたくきであらえる にほんせいらぐ ぼうだに/こうきんきのうつき うぉっしゃぶる しゃぎーらぐ「らいとうぉっしゅ」やく 190×240cm べーじゅ さよならりぐれっと にんげんまんよううた~あくゆうさくししゅう

きょうときょうとちり

れきし

794ねんのへいあんきょうせんとから、1869ねんとうきょうせんとまで、にっぽんしゅとでありつづけた。めいじいしんのさいにせんとのてつづきがせいしきにおこなわれていないことから、いちぶのにんげんざいきょうとにっぽんしゅとであるとしゅちょうする。

きょうとのにんにとっては、まえのせんそうといえば「きんもんのへん」もしくは「おうひとしのらん」をさす、というねたはなしもあるが、たいへいようせんそうではしょうきぼなくうしゅうもうけており、げんばくとうかもくひょうのひとつだったこともある。

ぶんか

にほんぶんか=わぶんか≒きょうぶんか とくにかいがいにいったとき、またがいこくじんからみたにっぽん(わ)をしょうちょうするもの、それはきょうとぶんかであるといえる。きょうとれきしにはにそれだけのぶんかかちがある。

きたやまぶんか?きんかくじ:あしかがぎまん)、ひがしやまぶんか?ぎんかくじ:あしかがぎまつりごと)、ももやまぶんか(ふしみしろ?:とよとみひできち)などもきょうとのぶんかである。

まつりぶんか:あおいまつり(5/15、せいれき544ねん〜)、ぎおんまつり(7/16よいやま,17やまほこじゅんこう、869ねん〜)、じだいまつり(10/22、1895ねん〜)がいわゆるきょうとさんだいまつり、これにおおもじごやまおくりび(8/16“おおもじ”“みょうほう?”“ふながた?”“ひだりおおもじ”“とりいかたち?”、1662ねん〜)をくわえてきょうとよんだいぎょうじという。

しょくぶんかきょうやさいかもなす・しょうごいんかぶ&だいこん・きゅうじょうねぎみぶな・みずな・えびいも・ぼうたら...etc.)、とうふ・なまふ?ゆばきょうつけもの、はもりょうり、さばすしおばんざいゆどうふ、そしておさけ(とくにふしみのさけ…げっけいかん・とみおきな?)など、これいがいにもきょうとぶらんどたべものはかずおおい。

(また、なつにきふねのかわとこでゆうすずみしつつおりょうりをたのしむのはなんともおつなものだ)

そのほかきょうとをしょうちょうするものとしては、じんじゃぶっかく(きよみずでらやさかじんじゃふしみいなりたいしゃかつらりきゅうへいあんじんぐうびょうどういんなど)、さどう・ちゃ(うじちゃ)・かし(はちつはし?,くずきり..)、きもの(にしじんしょく?,きょうゆうぜん?)、きょうやき?しみずやききょうにんぎょう...というようにかずおおくある。

なお、へいせい6ねん12がつに、こくほうけんぞうぶつやとくべつめいしょうていえんがあって、かつしゅうへんのけいかんほごされているてらしゃおよびじょうかく17けんが、せかいぶんかいさんとしてとうろくされている。

きこう

しほうをやまにかこまれたきょうとぼんちのきこうは、なつはひじょうにむしあつくふゆはそこびえがするといわれるほどかんだんのさがある。

ちめい

きょうとのじゅうしょはたけんにくらべ、かんじがおおくひじょうにながいけいこうにある

とくにきょうとしきょうとふきょうとしひがしやまくいまくまのあみだけみねまちのように、ながくてよみかたがわからないのがおおい。

またとおりもごばんのめになっているため、たけんにんにはわかりにくいといわれている。そのためきょうとでは、とうざいのとおりのなまえをうたでおぼえさせられる。

"まるたけえびすにおうおいけ、あねさんろっかくたこにしきしあやほとけたかまつまんごじょうゆきだちゃらちゃらさかなたな*1ろくじょうさんさとしとおりすぎ、ななじょうこえれば、はち、きゅうじょうじゅうじょうとうじでとどめさす。"

これとはべつになんぼくのとおりをよんだうたもそんざいする。

きょうとのあてさきなどのじゅうしょは、どくとくのかきかたをする。うえる・さがる・しゃにゅう・ひがしはいなど。

れい)「きょうとふちょう」きょうとしじょうきょうくしたたちうりとおりしんまちしゃにゅう○○まち

かんこう

きよみずでらきんかくじなどにっぽんをだいひょうするじんじゃぶっかくが、きょうとなかにかずおおくそんざいする。ゆえにせかいにほこれるかんこうとしきょうととしてせかいじゅうからかんこうきゃくがおとずれる。

かんこうきゃくるるぶかたてにあるいている。かんこうきゃくがふんそうしている「うそまいこ」もときどきしゅつげんする。ひるまにあうまいこすがたのじょせいはほぼかくじつに「うそまいこ」である。

ゆうがたすぎのぎおんあたりはほんもののまいこげいぎがあるいているのでようちぇっく。とてもきれいで、あるきかたもしゃん、としている。

しゅうがくりょこうなまがすこしずつへってきているが、しゅうがくりょこうさきとしてはまだまだけんざい。

しゅんかしゅうとうとわずほぼいちねんなか、にっぽんぜんこくからしゅうがくりょこうなまがきょうとをおとずれます。

こうつうしゅだん

とおりがごばんのめじょうであるために、いっけんとてもわかりやすいまちにおもえる。じっさい、ちゅうしんぶをとほでめぐるふんにはみちにまようことはむずかしい。しかしかんこうちがしゅうえんぶもふくめかくちにてんざいしているため、いどうしゅだんをふくすうつかわなければたどりつけないこともおおく、かんこうきゃくにとっては、いどうするのがふべんであることもおおい。

じもとにんにとってもこうつうのふべんさはせつじつで、「せかいてきにゆうめいなかんこうとしきょうとなのに、こうつうがふべんきわまりない」となかばあきらめににたこえもあがるほど。

ばす

きょうとこうつうしゅだんのようはしばすである。

ただし、「じもとにんげんでさえばすをはあくしきれない」となげくこえがあるほど、ろせんがふくざつでややこしく、ちちゃくがおおい。

したがって、どのばすにのればよいかすぐにはわからないことがおおい。とくにろせんのしゅうちゅうするJRきょうとえきばすたーみなるはふくざつ。ていりゅうしょによっては、どこにどのせんのばすていがあるのか、すぐにはわからないところもある。

ふなれなかんこうきゃくばすでくろうするのでかくごしておくこと。また、こうつうじゅうたいにまきこまれることがおおくしょようじかんがはっきりしないため、いどうじかんにはよゆうをもってこうどうすることがかんようである。ばすていまのいどうじかんとして1じかんをめやすにすればあんぜん(ばすていをさがすじかんばすのまちじかんじゅうたいなどについやすじかんからかんさん。)。ぎゃくにいえばあまくみればひどいめにあうということだ。

このように、こうりつのよいばすのりようはしなんのぎょうなのだが、きょうとざいじゅうでばすにくわしいにんげんがどうこうするだけでじじょうはぜんぜんちがってくる。きょうとばすにくわしいにんがちかくにいるなら、きょうとにくるまえにともだちになっておこう。

なお、ながねんつづくまんせいてきなあかじのため、けいえいごうりかをもくてきとして、いちぶのえいぎょうしょをみんかんばすかいしゃにみんかんいたくしている。すでによこおおじえいぎょうしょがはんきゅうばすけいはんばすに、らくにしえいぎょうしょがはんきゅうばすきんてつばすにみんかんいたくされている。2004ねん11がつ1にちからはあらたに6ごうけいとうと75けいとうもみんかんいたくされた。2008ねんどまでにぜんしばすのはんぶんをみんかんいたくする「きょうとしこうつうじぎょうるねっさんすぷらん」がすすめられている。

きょうとえきしじょうかわらまち
ばすのほんすう・ばすていともにおおく、りべんせいがたかい。しょしんしゃがまよってもかならずたどりつくことができるだろう。ただしばすであるからにはじかんがかかることだけはさけられない。
JRきょうとえきしじょうかわらまちしじょうからすま
ここにあげているちくは、いずれもでんしゃばすがべんりなちくである。かんこうのまどぐちであるJRきょうとえききょうといちのはんかがいしじょうかわらまちきょうといちのびじねすまちしじょうからすま。ほかにもでんしゃちかてつえんせんはひかくてきべんりだが、すこしはずれるだけでじじょうがまったくことなったりする。

でんしゃちかてついがい)かっこないのえきはしゅようえき

がある。かくろせんのしゅようえきがぶんさんしており、ほかのだいとしのようにそれらがちかてつでむすばれているわけでもないというのがじゃくてん。とくにJRはんきゅうけいはんきんてつは、しゅとしておおさかこうべなどのたふけんへのいどうにりようされる。

ちかてつ

じょうきゃく1にん・1kmあたりにかかるゆそうこすとが、JRおおてしてつちかてつのなかでもっともたかいことでゆうめいなきょうとしえいちかてつ*2。あかじもかなりのものらしい(へいせい14ねんけっさんでやく2003おくえんのあかじ)。

げんざいからすませんとうざいせんの2ろせんがえいぎょうちゅう。ろせんがえんしんされたために、かいぎょうとうしょにくらべてじょうきゃくすうはふえるけいこうにあるが、るいせきあかじをかいしょうするまでにはいたっていない。

なお、とうざいせんについてはえんしんけいかくがすすんでいる。2008ねん1がつにはにじょうたしんてんじんかわかんがかいぎょうよていである。

たくしー

たしょうのこうがくはしかたないとわりきれるだけのよゆうがあれば、たくしーじかんてきにもかくじつである。ちなみにしゅっぴはしないのいどうで2,000えんぜんご。かくじつにいどうできるのがりてん。かんこうきゃくならたくしーおすすめ。4にんくらいでこうりつよくついたちかんこうしたいなら、かしきりたくしーをりようするのもひとつのて。ただしたくしーかいしゃによってはあくしつなてぐち*3もめずらしくないことにちゅういをはらっていただきたい。MKたくしーがていりょうきんでにんき。

じてんしゃたくしー

Velotaxi Japan2002ねん5がつよりかいししている。

ごご1ときからごご5とき・とうきはきゅうしとなっているが、300えんとてがるなねだんでりようできる。

うんこうくいきはおいけいなんしじょういほく・てらまちいせいからすまいとう。くわしくはVelotaxi きょうと うんこうくいきをさんしょうのこと。

じどうしゃ

こうきょうこうつうきかんがふべんなのでじどうしゃでのいどうがべんりにおもえるが、じつはじどうしゃでのいどうもふべんである。とおりはごばんのめになっているものの、どれもみちがせまいため、とくにかんせんどうろ*4をちゅうしんにじゅうたいがたはつする。しないちゅうしんぶはいっぽうつうこうもおおい。ただばすなどにくらべて、じかんやこうどうはんいのせいやくがはるかにすくないのがりてん。

おーとばいじてんしゃ

じゅうたいをこうりょせずにいけるので、べんりである。ただし、えきまえなどにはぜったいちゅうりんしてはいけない。ひじょうにとおくのじてんしゃほかんじょにいどうされてしまう。てらまちのりんじほかんじょならまだいいが、じゅうじょうやきっしょういん、くぜはしのほかんじょにはこばれたらめもあてられない。

かんこうでじてんしゃをりようするならばれんたさいくるおすすめ。「のりすて」のできるしすてむのみせもある。

*1:「ゆきだ」とは、ゆきだやまちとおり(べつめい:よううめとおり)のこと

*2http://www.mlit.go.jp/tetudo/useful/railways/subway/37sub_kyoto.htm

*3:わざととおまわりしてたくしーかをふんだくるなど。とくにいほうせいはないがやはりよいきはしない。

*4ほりかわとおりり・しじょうとおりかわらまちとおりり・ごじょうとおりり・からすまとおりり・いまでがわとおりり・まるたまちとおりりなど

きょうとのりんくしゅう

きょうとをけんさく

ないようすこあ
63
いはんほうこく
りんくすこあ
33

Wikipedia では

しゅってん: ふりーひゃっかじてん『うぃきぺでぃあ(Wikipedia)

きょうと

きょうと(きょうと、みやこ、きょうのみやこ)は、にっぽんのれきしてきなみやこ。きょう、きょうし、こうみやこともいう。794ねんににっぽんのしゅとにさだめられたとみしろ・へいあんきょうにあたり、にっぽんのせいじ・にっぽんのぶんかのちゅうしんちとなった。 きょうとのいち めいしょう 「きょうと」のゆらい ひがしあじあではこらい、れきしてきに「てんこのすむみやこ」「しゅと」をいみするふつうめいしとしてきょう(きょう)、きょうし(けいし)がおおくしようされたが、にしすすむではしばしのきである「し」のもじをさけ、きょうしをきょうとというようになった。にっぽんでもあすかきょうややすひとしきょうなどがきょうとともよばれた。へいあんきょうはとうしょからきょうとともよばれたが、ていちゃくしたのはへいあんこうき... つづきをよむ

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