きょうとししもぎょうくからすまとおりしおこうじさがるひがししおこうじまちにある、きょうとしのだいひょうえき。きょうとしないにふくすうあるこうつうきょてんのなかで、さいだいのもの。
JRにしにほん・JRとうかい・きんきにほんてつどう・きょうとしえいちかてつのえきがあり、そのすべてが「きょうと」をなのる。
きょうとししもぎょうくのなんたん。おおむね、とうざいのとおりではしおこうじとおりとはちじょうとおりのかん、なんぼくのとおりではあぶらこうじとおりとたかくらとおりのかんをしめる。
しがいちのなかではあるが、さいだいのはんかがいからはちかてつで2えきふんほどはなれている。とくにうらぐちにあたるえきみなみがわ(はちじょうぐちがわ)はなおかいはつのよちがおおきい。
いかのてつどうろせんがはっちゃくする。
ちょうきょりきゃくにとっては、しんかんせんがていしゃするこのえきが、きょうとしのほとんどゆいいつのげんかんぐちである。きょうとにはくうこうがないため、しゅうへんのくうこう(かんさいくうこう、いたみくうこう)とのあくせすもこのえきにたよっているめんがおおきい。
きんきょりゆそうにかんしては、きょうとしないにろせんをゆうするおおてしてつ3しゃのうちきょうとえきにのりいれているのはきんてつ1しゃのみであるが、JRのりようしゃすうがきんねんおおきくしんちょうしていることもあり、きんこうこうつうのけつせってんとしてもじゅうようないちをしめている。
きたがわのからすまくちとみなみがわのはちじょうぐちにえきしゃをそなえ、また、こせんきょううえにはにしぐちえきしゃがある。
ほーむはちへい。8めんのほーむに14ほんのはっちゃくせんがもうけられている。うち、ちゅうおうぶにいちするつうかしきのじょうげ4めん7せんがとうかいどうほんせん(こせいせんをふくむ)ようにしようされており、のこり(1せんをのぞきあたまはじしき)はならせんが3せん、さんいんほんせんが3せん、かんそらとっきゅう「はるか」が1せんをしようしている。このほかかもつれっしゃのつうかようのせんろとでんりゅうせんもそんざいする。
ほーむ・せんろはすべてとうざいほうこうにはしり、これらをなんぼくほうこうのこせんきょうとちかどうかく1ほんがむすぶ。
しんかんせんのきょうとえきはざいらいせんのみなみがわ、ちじょう3かいにけんせつされた。ぜんれっしゃのていしゃをぜんていとした、2めん4せんのこうせいである。ざいらいせんこうないとは2かしょののりかえかいさつでつながっている。
しんかんせんほーむしたの2かいぶぶんにあたまはじしき3せんのほーむをゆうする。いちばんみなみがわの1ばんせんがとっきゅうようである。
えきははちじょうぐちがわにいちするため、しんえきしゃがかいぎょうしてじゆうつうろができるまえはからすまくちにでるためにはJRせんこうないをけいゆするひつようがあった。
JRせんにちょっこうするかたちでJRきょうとえきのちょくかにせっちされた、1めん2せんのちかえきである。
おおさかからのびてきたせんろがかつらがわをてっきょうでこえてきょうとにたっしたのは1876ねん9がつ5にちのことであるが、このじてんではきょうとえきはみかんせいで、えきにしがわのおおみやとおりふきんにかりえき(おおみやとおりかりえき)がせっちされた。れんがつくりのきょうとえきがかんせいしかいぎょうしたのは1877ねん2がつ5にち。このにちにはめいじてんのうりんせきのもと、きょうと−こうべまのてつどうかいぎょうしきてんがおこなわれ、よくじつからいっぱんえいぎょうがかいしされた。
1879ねん8がつ18にちにはおおつほうこうへきょうと−いなり−おおたにまのえんしんがかんせい。げんざいのとうかいどうほんせんにそうとうするろせんだが、げんこうるーととはことなる。
1895ねん2がつ1にちにはえきまえをきてんにきょうとでんきてつどうのしがいでんしゃがうんてんをかいしした。またどうねん9がつ5にちにはしてつのならてつどうがかいつう。げんざいのならせん(かんさいてつどうをへて1907ねんこくゆうか)だが、きょうとえきにはげんざいのきんてつきょうとせんのるーとでのりいれていた。
1897ねん11がつ16にちには、じゅうらいにじょうえきをきてんとしていたきょうとてつどう(げん・さんいんほんせん。1907ねんこくゆうか)がきょうとえきへののりいれをかいしした。
1914ねん8がつ、2だいめえきしゃがかんせいした。これは1915ねん11がつにきょうとごしょでおこなわれたたいしょうてんのうのそくいだいれいにあわせたえきかいぞうのいっかんで、げんざいのえきまえひろばふきんにあったえきがえきしゃ・ほーむごとげんざいちまでこうたい、かくしゅのぎょうじにもりようしやすいきょだいなえきまえひろばがせいびされた。えきしゃはもくぞうだが、るねさんすしきのゆみなものだった。
1921ねん8がつ1にち、とうかいどうほんせんきょうと−おおつかんはひがしやまとんねるをけいゆするしんせんにつけかえられた。これによりどうせんきゅうせんのうちきょうと−いなりかんはいなり−ももやままのしんせつせんをかいしてどうじつからならせんがしようすることになり、ならせんきゅうせんのきょうと−ふしみかんははいし(ふしみ−ももやまかんはかもつせんとして1928ねんまでそんぞく)された。
1928ねん11がつ15にちには、きゅうならせんのはいせんしきをてんようしてけんせつされたならでんきてつどう(げん・きんてつきょうとせん)がのりいれをかいしした。どうせんはとうしょはしょうせんをこえてからすまくちがわにきてんえきをおくことをのぞんでいたが、じつげんしないままげんざいにいたっている。
1934ねん10がつ10にちにはとうかいどうほんせんのでんかくかんがすいたからきょうとまでえんしんされ、きょうと−あかしかんででんしゃのうんてんがはじまった。
たいへいようせんそうのせんさいもまぬかれた2だいめえきしゃだったが、1950ねん11がつ18にちにしっかによりぜんしょうした。
2だいめえきしゃのしょうしつをうけて1952ねんにかんせいした3だいめえきしゃはてっきんこんくりーと2かいだててよこながのたてもののなかほどに8かいだててのとうがたつというきんだいてきなけんちくとなった。
1956ねん11がつ19にちにはとうかいどうほんせんよねはら−きょうとまのでんかがかんせいした。とうかいどうほんせんではさいごのでんかくかんである。
1964ねん10がつ1にちにはとうかいどうしんかんせんがかいぎょう。どうねん12がつ28にちにはえきまえにきょうとたわーがかんせいした。
1978ねん10がつ1にちにはえきまえにはっちゃくしていたしでんがはいしされ、かわって1981ねん5がつ29にちにはちかてつきょうとえきがかいぎょうした。
1984ねん10がつ1にちにはならせんがでんか、1990ねん3がつ10にちにはさんいんほんせんきょうとくちがでんかされ、きょうとえきにのりいれるろせんはすべてがでんかろせんとなった。
1980ねんだいになると、3だいめえきしゃはこんくりーとつくりのきんだいけんちくとはいえさすがにしゅういのおおきなたてものとくらべてみすぼらしくみえるようになり、またろうきゅうかもすすんできたので、1994ねんのへいあんせんと1200ねんきねんじぎょうのいっかんとしてたてかえがけっていされた。けんちくこんぺをへてはらひろししのせっけいによるちじょう60mのこうそうびるあんがさいようされ、1997ねん6がつにしんえきしゃがかいぎょうした。しょうぎょうしせつもふくめた「ぐらんどおーぷん」はどうねん9がつ11にちである。
からすまくちがわにたつきょうとえきびるには、えきしせつのほかにもいかのようなしせつがにゅうきょしている。
からすまくちえきまえひろばのちかには、ちかてつけんせつにあわせてつくられた「ぽるた」というちかがいがある。
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