えどなかまちぶぎょうところ

えどなかまちぶぎょうところえどなかまちぶぎょうしょいっぱん

だい1しりーず

1990ねんへいせい2)7がつ6にちより9がつ28にちまでぜん14かい(つうじょうのほうそうでは13かい)にわたってほうそうされた。

1702ねん(げんろく15)にせつりつされじつざいした「なかまちぶぎょうところ」のどうしんたちが、じつはほうではさばけぬあくをやみでせいばいしていた、というきばつなせっていですたーとする。よって、1970ねんだいに「ひっさつしりーず」のありゅうさくひんとしてちゅうもくをあつめた『かげどうしん』をひっさつしりーずすたっふがつくるとこうなるぞ、とかんがえてもよいだろう。

きゃすてぃんぐには、とうじ「ひっさつしりーずさいしゅうさく」とされていた『ひっさつけんげきじん?』にしゅつえんしたこんどうまさおみたなかたけしこんびにくわえ、しみずけんたろう、かんざきあいをきよう。しじつうえのじんぶつで、じっさいになかまちぶぎょうところしょだいぶぎょうににんめいされた「たんばとおとうみしゅちょうしゅ」やくには、たんばてつろうをばってき。じゅうこうなえんぎがきんちょうかんをもたらしている。

すたっふめんではほりきちき?こうざんゆきこなかむらかちぎょう、しのざきこう?、したいいさかきくうま?といったひっさつしりーずでおなじみのべてらんらいたーじんのきゃくほんを、ひっさつしりーずのめいかめらまんでもあるいしはらきょうえいが『にじのみさき?』でしられるおくむらまさひこ?、『おにへいはんかちょう』でおなじみのたかせまさひろ?よろずやきんのすけしゅえんさくひんのじだいげきなどでしられるおおずさい?らがえんしゅつ。かくきゃらくたーのこせいをひきだし、おちついていながらもめりはりのあるりょうしつなさくひんにしあげている。

さいしゅうかいは2じかんすぺしゃるでほうそうされ、さいほうそうようとしてかくほうそうきょくへくばられたばあいには、ぜんごあにわかれてほうそうされる。

なんばらみきおのげんさくしょうせつをさんこうにしながら、ものがたりをつくっている。

げきちゅうおんがくは「ひっさつしりーず」のきょくをりゅうようしている。

なれーしょん

はなのおえどごふくはし かなしみだいてきたまちへ

こさめにぬれるすきやばし にくしみさげてみなみまち

それでもこころははれやせぬ……

わたってみなさいかじはしを ろうやもなければしらすもない

さばきはむようの なかまちへ

だが このぶぎょうところのいのち わずか17ねん

そのきろくは いっさいのこっていない

(かたり:くろさわりょう)

ないよう

ろくだいしょうぐん・とくがわつなきちのちせい。なまるいあわれみのれい?こうふされ、ひとびとのせいかつはこんきゅうしていた。

みなみまちぶぎょうところどうしん・すいりゅうそえわれわらべ(こんどうまさおみ)は、ずのうめいせき、つるぎわざもめんきょかいでんのうでまえでありどうはいからもいちもくおかれるゆうしゅうなどうしんだが、かたぶつでゆうづうがきかないうえにつまをうったことでこころをとざし、うわやくからはうとまれていた。そのすいりゅうそえが3ねんかんかけてたんさくしたとうぞく・がんきんのたつくら(いわおまさたか)ひとあじをとらえるためにわなをはっていたのだが、すんでのところでにがしてしまう。

いっぽう、きたまちぶぎょうところどうしん・こぐれらくたろうたなかたけし)はひばんのがつであることをよいことに、じょろうとともにであいちゃや?へとむかっていた。このおとこ、あたまもきれてつるぎのうでまえもたち、ぶぎょうところではひろくしられるほどのたつじんであるにもかかわらず、ねっからのかいらくしゅぎしゃであるためにちゅうこうともしび?をきめこみ、おんなとあそぶことだけをいきがいにしているのだ。

おんなとであいちゃやへいるすんぜんにおんなににげられてしまったこぐれは、ひとりのじんぶつにこえをかけられる。たんばとおとうみしゅちょうしゅ(たんばてつろう)となのったそのおとこは、こぐれに2りょうをかしあたえた。そのきんでじょろうをかい、おんなあそびにきょうじるこぐれであったが、ただならぬけはいをかんじとりかたなをてにとった。するととつぜん、ぜんしんくろしょうぞくのにんげんがたんとうでおそいかかってきたのだ。きるものもきずにおうせんするこぐれ。そして、くろしょうぞくのじんぶつのほかにもけはいをかんじたこぐれはそのじんぶつにもかたなをむける。するとそこには、さきほどかねこをつごうしてくれたたんばとおとうみしゅがちょんでいた……。

がんきんのたつくらひとあじをとりにがしたすいりゅうそは、ひとあじがすがたをけしたすぐちかくにてらがあることにちゃくもく。とうぞくはてらをぬすびとやどにりようしているとかくしんし、うわやくであるくらもとはらぐちつよし)にてらしゃぶぎょうへのてらしゃないたんさくきょかしんせいをねがうすいりゅうそえであったが、まったくあいてにはされずふまんをつのらせるのであった。

つくだしまりょうしをしているたきち(しみずけんたろう)は、たんばとおとうみしゅにさかなをやしきまではこんでくれとたのまれる。やしきにいっってもだれもおらず、かってくちにいっったたきちは、とつぜんくろしょうぞくのにんげんにおそわれる。いのちがないとおもったたきちはきよしくしをかくごするが、そこにあらわれたのはなんとたんばとおとうみしゅ。にんをきずつけてよせばおくりになったことが3かい、おんなこどもがおぼれそうになっているのをみをていしてたすけだしたのも3かい……たんばとおとうみしゅはたきちのかこをすべてしりづくしていたのだった。

なにごともうまくいかないすいりゅうそは、いきつけのいざかや・しのむらでひとりさけをのんでいた。じょしょうであるおしの(かんざきあい)にかさをかりてかえるかえりみち、ぎわくのてらであるむみょうどうてらのじゅうしょく・ぎょういおりしょうにん(きたきゅうしゅうおとこ)とすれちがう。そしてたけやぶのなかでとつぜん、くろしょうぞくのにんげんにおそわれたのだ。あめのなか、つるぎをぬきおうせんするすいりゅうそとつるぎをまじえたしゅんかん、かおをおおうしょうぞくがとれてめんがつゆになった。なんと、しのむらのじょしょうであるおしのではないか。そのしんじつをしらべるため、しのむらへもどりおしのがじぶんのいのちをねらったりゆうをきつもんするすいりゅうそえ。

「わけはおれがはなそう」

あらわれたのはたんばとおとうみしゅだった。

しゃくぜんとしないすいりゅうそえに、いがのにんだったおしのをつかってうでだめしをしたりゆうをはなしはじめるたんばとおとうみしゅ。ながさきぶぎょうであったたんばとおとうみしゅは、とつぜんまくかくによりえどへよびもどされた。ながさきぶぎょうにんきがおわれば、やがてはおおめつきへとしょうかくするのがつうれいなのだがこんかいはちがった。えどにあらたにぶぎょうところがかいせつされるのだ。なんぼくのまんなかにあたらしくぶぎょうところができ、そのめいを「なかまちぶぎょうところ」という。たんばとおとうみしゅはそのしょだいぶぎょうににんぜられたというのだ。しかし、なかまちぶぎょうところのめんめんはなんぼくりょうぶぎょうところでつかいものにならないようながらくたどうしんたちがあつまってくることはめにみえていた。たんばとおとうみしゅはあるおもいをひめ、まされたどうしんがほしかったのだ。うでがたち、あたまがきれるどうしんが……とくにすいりゅうそえのようなゆうしゅうなどうしんをのどからてがでるほどほしていたたんばとおとうみしゅは、そのりきりょうがほんものかどうかためしたのだ。しかしすいりゅうそは、したくきん50りょう、ふちもみなみまちのばいというはかくのじょうけんにはめもむけず、しずかにそのばをさるのであった。

どくじにてらをたんさくするすいりゅうそえであったが、そのことがてらしゃぶぎょうにしられくらもとからおしかりをうける。そのたいどにすいりゅうそははんぱつするが、しんらいするうわやくであるかさい(たきたゆうすけ)にいさめられだまりこむしかなかった。ことなかれしゅぎのみなみまちにみきりをづけたすいりゅうそはなかまちへあしをはこび、たんばとおとうみしゅにてらしゃぶぎょうへのかけあいをいらいする。たんばとおとうみしゅがどれだけのじんぶつなのか、みきわめにきたのだ。そして、すいりゅうそえのきぼうがかなったばあいは、たんばとおとうみしゅのかたうでになることをやくそくする。

たんばとおとうみしゅのゆさぶりでうごきだしたてらしゃぶぎょう・わきさかあわじしゅ(かんかんたろう)は、にしつるてらでたつくらひとあじにえどからはなれるようしじ。らちしてきたおんなたちをしまつしたたつくららは、えどからはなれるじゅんびをはじめる。

てらしゃぶぎょうじゅうしょくとうぞくの3つがぐるになっていたことがはんめいしたことにより、すいりゅうそはやくそくどおりなかまちぶぎょうところへのさんかをきめる。そこで、ばくふざいせいがきびしいさいちゅうにどうしてまちぶぎょうところがかいせつされるのか……たんばとおとうみしゅはゆっくりとくちをひらいた。

ばくふのだいどころのくるしいさいちゅうに、まくかくがなぜあたらしいぶぎょうところをつくったのか……なるほどたいぎめいぶんはあるんだが、ほんねはちがうな。なかまちぶぎょうにおかみからおりるねんかんのひようってのはばくだいなもんだ。しかしな……ごようたつしょうにんはきまっている。こめ・みそしょうゆ・あぶらはいうにおよばず、たたみ・しょうじ・ふすまのかぐるいから、かみ・ふで・すずりにいたるまでごようたつのめんめんのかおぶれがそろっているんだ。そいつらからまくかくにながれるきんってのはばくだいなものよ。まくかくは……ほんとうにくさりきっている!そんなれんちゅうからな……しょだいぶぎょうをおおせつかるとは、おれもあまくみられたものよのぉ……なんでもいうことをきくとおもっていやがるんだ。むこうがそれならな、こっちもそれなりのいじをとうしてみてえじゃねえか!」

そしてたんばとおとうみしゅは、つづけてこうはなす。

「おまえさんたちさんにんにかぎり、あくはたたききる。いずれつゆときえるのがなかまちのさだめならば……さばきのしょうなどはのこすことはねえだろう。それがなかまちのいじ……さばきはむようだ」

すいりゅうそえ、こぐれ、たきちの「がらくた」たちはえどをでるすんぜんのとうぞくをぜんめつさせたのち、ぶぎょうぼうずをたたききるためににしつるてらへとのりこむ。

もんどうむよう!」

すたっふ

せいさくえんどうしんすけ(てれびとうきょう) さくらいようぞう?しょうちく
ちーふぷろでゅーさーごうつへいた(てれびとうきょう) さくらはやしすけ(しょうちく
ぷろでゅーさーおがわおさむ(てれびとうきょう) なかしまなど(しょうちく
しゅだいか「あいのりふれいんさくしおおつあきらさっきょく:はまけいすけ?/へんきょく:びのはるき/うた:かんざきあい びくたーおんがくさんぎょうK・K
なれーしょんくろさわりょう
さんこうぶんけんなんばらみきお? さくひんより
さつえいいしはらきょう あきたしゅうけい ふじわらさぶろう
しょうめいはやしとしお
へんしゅうそのいこういち
じょかんとくさかいのぶゆき?

きゃすと

すいりゅうそえわれわらべこんどうまさおみ
こぐれらくたろうたなかたけし
たきちしみずけんたろう
おさきおがわあつこ?
くらもとたかしすけはらぐちつよし?
かさいろくべえたきたゆうすけ?
おしのかんざきあい?
たんばとおとうみしゅちょうしゅたんばてつろう

かくわたいとる(ぜん13はなし。さいほうそうはぜん14はなし)

わすうさぶたいとるきゃくほんかんとくげすと
1さばきはむよう!ほりきちき?いしはらきょうかんかんたろうきらーかん・いわおまさたか
2しおんむようのやみしまつ!ほりきちき・こうざんゆきこいしはらきょうえんどうたつあきら?こうらろくひろし
3しをまつおとこのきけんなかけ!なかむらかちぎょうおくむらまさひこむたていさん・はっとりえんゆき?ごみりゅうたろう
4ぬれぎぬはらしてそうろうしのざきこう?おくむらまさひこかわらさきけんぞう?くろだふくび・たまなましろう
5おおおくにすむまものしたいいさかきくうま?たかせまさひろ?あかざみよこくろべすすむまつおかともえ
6ふこうをせおったおんなわくたまさあき?たかせまさひろにしかわみねこ・やまもとしょうへい?
7やみにきえたおんなたがみおす?おおずさいあかつかまさと?・たかざわじゅんこ?・えんどうせいじ?
8きんだんのあいになくおんなかもいたちひこ?おおずさいしがきたろう・やまうちとしお?・うちだかつまさ?
9おかめのなみだふるたきゅう?はらだゆういち?じょにーおおくら・こうずはずき・かたぎりりゅうつぎ
10しをまねくあいのじごくさとうごがつ?はらだゆういち?いけなみしのこうほうけいじみかみしんいちろう
11やみのもとじめをけせ!わくたまさあき?つしまかち?さがわみつお?・くさなぎこうじろう?
12ひじょうのかげかり!わくたまさあきつしまかちねがみあつししみずめぐみ
13われらくたたちのさいごのかけ!のがみたつお?なかはらあきらいしはらきょうおきたひろゆきかわしまなおび・はまだあきら?・あおきよしあき?・こうけんしゅんたろう?
りんくすこあ
100
りようきやくいはんをつうちする

Wikipedia では

しゅってん: ふりーひゃっかじてん『うぃきぺでぃあ(Wikipedia)

えどなかまちぶぎょうところ

えどなかまちぶぎょうところ』(えどなかまちぶぎょうしょ)は、てれびとうきょうけいにてほうそうされたれんぞくてれびじだいげき。だい1しりーず1990ねんにぜん13はなしほうえいされた。だい2しりーず1992ねんにぜん12はなしほうえいされた。 がいよう *えどまちぶぎょうといえば「きたまちぶぎょうところ」「みなみまちぶぎょうところ」がゆうめいだが、じつはれきしのき... つづきをよむ

www.learn-japan.org(romaji/hira/kata/hirakata)