いみ

どらえもんおもしろがくしゅうしりーず めんせき:すてっぷ1「めんせきのいみとたんい」 KREVA CONCERT TOUR’07 いみしん [DVD] あるいみつあー ゆめのいみ めっせだん「あるいみこわい」ばくしょうとーくへん

いみいみいっぱん

あるげんしょう(こうい・げんご・そのほか)にてんぷされる、あるたねのじょういがいねん

はてなだいありーきーわーどにはいみがある。

じしょてきな「いみ」のいみ

い‐み【いみ

  1. あるひょうげんにたいおうし、それによってしじされるないよう。
    1. あるげんごけいしきによってしめされ、あらわされるないよう。または、そのさしあらわしほうのかた。わけ。「たんごの?をしらべる」→いぎ。
    2. げんご・さくひん・こういなど、なんらかのひょうげんをとうしてあらわされ、またそこからくみとれる、そのひょうげんのねらい・かまえ・こころ。「なにをいいたいのか?がわからない」
  2. ものごとがほかとのれんかんにおいてもつかちじゅうようさ。「そんなことをしたって?がない」

こうじえんより)

さんこうりんく

いみいみとはまさに、といにたいしてこたえをもとめるうんどうそれじたいとおもてうらいったいである

いみ」というのはじったいのないものであり、ぐたいてきなはんちゅう・こたいとしてはあくできるいっぽうでようたいやことがらとしてとらえられることもあります。

いみのいみ:さいのげんせん、しじないよう/もくてき/かち

なぜいみなのか?
げんごについてろんずるさいにもっともじゅうようなてびきとなるのが「いみ」である。いみげんごほんしつてきなものとするにせよ、あるいはそれをひほんしつてきなものとするにせよ、すくなくともわれわれがにちごろ「いみ」ということばと「ことば」ということばとをかかわりふかいものとしてあつかっているのはじじつである。そうであるいじょう、そのかかわり(あるいはむかんけい)のじつじょうをせっとくてきにせつめいしなければならない、とわたしはかんがえる。

しゅうだん、かんけい、こうかんという、しゃかいというものをかんがえるときにじゅうようがいねんをとおして、しゃかいの「いみ」をかんがえていきます。ただし、いみということばは、おそらく、くんたちのつかいかたとはちがっているとおもいます。いみということばのとらえほうもまた、しゃかいというものをかんがえるときにかんがえなければならないのです。

みやだいは、「まったり」ということばを「いみからのりだつ」といういみでつかっています。

みやだいは、じぶんがたしゃにとっていかなる「いみ」をもつか、というようないみで「いみ」ということばをつかっています。いいかえれば、ちい、めいよ、かたがき、がくれき…といった「けんいのげた」をはくことによってあんしんする、というようなことです。

かんれんご:ふたもじきーわーど

きーわーど「いみ」にかんするろんそうのきろく

このきーわーどは、かこにそのそんぞくのぜひについてぎろんがおこなわれました。

ぎろんは、ごばくのもんだい、きーわーどとうろくもののししつのもんだいなどにはじまり、いっぱんてきなちゅうしょうめいしのそんぞくについてのぎろんにはってんしました。はてなだいありーひょうぎかいへのじょうていがはかられたこともありましたが、ひょうぎかいはかいさいされませんでした。しかし、きーわーどもでれーしょんしすてむがどうにゅうされるえんいんともなりました。さいしゅうてきには、りんくすこあがひくくおさえられていることもあり、このままそんぞくすることでいけんのいっちをみました。

つづきをよむ」いかに、とうじのろんそうにかんするきろくの(ひょうぎかいのぎだいあん)をのこします。なお、このきーわーどじたい(へんしゅうりれきこめんとらん)も、ぎろんのきろくそのものです。

つづきをよむ

りんくすこあ
10
りようきやくいはんをつうちする

Wikipedia では

しゅってん: ふりーひゃっかじてん『うぃきぺでぃあ(Wikipedia)

いみ

いみ(いみ)とは、つぎのようながいねんである。 #ことば(たんご・ようごなど)がもっているがいねんのこと。たとえば、「あめ」は、おんせいてきには「あ」と「め」がくみあわさっただけのものであるが、そこには「あからすいてきがおちてくるげんしょう」「あからおちてくるすいてきじたい」というようないみがそなわって... つづきをよむ

「いみ」をふくむぶろぐ RSSふぃーど

2008-11-22

www.learn-japan.org(romaji/hira/kata/hirakata)