いわゆる「ぎこころざしわじんでん」(さんごくしのぎかきのとういでんのわじんじょう)にしるされている、さんせいきににしにほんのどこかにそんざいしたとかんがえられるわじんのくに。ほかのわじんのくにをせいじてきにとうおするめいしゅとしてきろくされている。
げんぞんする『さんごくし』のかんほんはじゅうにせいきいごのもので、そこには「やまたいこく」としるされているが、よりふるいほかのしりょうとのこうごうから「やまたいこく」のごうつとするせつがゆうりょく。また、だいのじがじょうようかんじにふくまれないことから、だいのじでだいようして「やまたいこく」とかかれることがおおい。
じゃうまだいのよみについては、「やまと」のこおとをかんじでおんやくしたもので、ほんらいは「やまと」のようによむべきものとかんがえうるが、のちのやまとせいけんとのくべつなどのために「やまたい」とよまれることがおおい。
いちろん、つまりちりてきないちにかんするろんぎもながくおこなわれており、おもなせつには「きゅうしゅうせつ」と「やまとせつ」がある。「やまとせつ」のなかにはのちのやまとせいけんとのかんれんせいをとなえるいるけんきゅうしゃもおおい。しかし、いずれのせつもしょうこふじゅうぶんでていせつをみない。
やまたいこく(やまたいこく)は、『ぎこころざしわじんでん』などにでてくるくにである。 がいよう 「やまとこく」、「やまだいこく」などともよばれる。また、やまたいくにともきじゅつされる。 やよいじだいの2~3せいきににっぽんにあったとすいていされている。じょおうがおさめていたことからぎこころざしわじんでんではじょおうくにともしるされている。 やまたいこくはもともとおとこおうがおさめていたが、こっかせいりつから70~80ねんご、わこくぜんたいでちょうきかんにわたるそうらんがおきた(わこくだいらん)。やまたいこくもそのえいきょうをのがれえず、ひみこというじょしをおうにきょうりつすることによって、ようやくこんらんがおさまった。おとうとがかのじょをほさしくにを... つづきをよむ
うらにわ
つめたくひやすけい
hiroshi-hayashiのにっき
きになることをはるところ