れきしがくもの。ぎふけんしゅっしん。(1873ねん〜1961ねん)
おもににっぽんこだいしのにん。とうきょうせんもんがっこう*1しゅっしん。そつぎょうのちはまんてつでけんきゅういんになりはくちょうこきちのしどうをうける。
とうじぜったいしされていたこじきやにほんしょきのないようについても、つうじょうのれきしがくとどうようのぶんけんひはん(しりょうひはん)をおこなうことをしゅちょうした(ききひはん)。しりょうひはんとはつまりはれきししょをつくったもののいとをわりひくというさぎょうであり、つまりはききのないようがやまとちょうていによってしじつからおうげられているとするたちばをいみする。
とうじのこうこくしかん・かみくにしかんではにほんしんわはにっぽんけんこくのしじつだとされていたわけであり、そうするとつだのけんきゅうはてんのうせいのせいとうせいにいぎをとなえるものととらえうる。このためしょうわきになりせじょうのうけいかがすすむと、けんきゅうないようはふけいにあたるとしてこくすいしゅぎしゃからにらまれるようになった。
ついに1940ねんには「こじきおよびにほんしょきのけんきゅう」などのちょしょ4さつがはっきんしょぶんとされ、わせだだいきょうじゅしょくからしりぞいている。さらにしゅっぱんほういはんではんもとのいわなみしげおとともにきそされ、1942ねんにゆうざいはんけつをうけている*2。
はいせんのちにはぎゃくにぐんこくにくしなかったしんぽてきがくしゃともちあげられたりもした。
が、つたもとにんは1946ねんにてんのうせいをようごするぶんしょうを「せかい」にけいさいしてぶつぎをかもした*3りもしている。
なににせよこうこくしかんがほぼしょうめつしたせんごにっぽんでは、つだしがくはゆいぶつしかんとともにひろくうけいれられるところとなった。
きょうてきにみればけんきゅうないようのがくじゅつてきかちよりはしゅういのせいじてきじょうきょうによってひつよういじょうにおおさわぎされただけともいえる*4。
かりにつだとどうぶんやのけんきゅうがたすうのがくしゃによっておこなわれていたのであれば、「つださゆうきち? せんくしゃとしてはひょうかするけど、うたがわしいぶぶんはぜんぶんすてるとか、ちょっとがくもんとしてはあらっぽいよね」あたりのひょうかでおちついていたかもしれない*5。
なお、にっぽんのきんだいてきないみでのれきしがくはらんけのでしのりーす(Ludwig Riess)が1887ねんにていだい(とうだい)のしがくかにしょうせいされたことにはじまり、しりょうひはんをしゅりゅうのほうほうろんとしていた。らんけしがくは、ほんらいはれきしのふへんほうそくはそんざいしないとするたちばであり、まるくすてきなゆいぶつしかんとはあいいれない。のちにていだいしがくかは(ひらいずみすみらのえいきょうにより)こうこくしかんによってしはいされることとなる。
つたもとにんはにっぽんどくじのれきしをおもんじるたちばで、たいりくにはひはんてきなめをむけており、かつ、まるきしずむにもてきたいしていた。こうこくしかんとのかんけいをべつにすれば、せんぜんにっぽんではごくごくひょうじゅんてきなたちばだったといえる。わせだしゅっしんだったことで、かんがくしゅたいであったとうじのしがくぜんたいからするとしゅうへんてきないちにおり、ここにこうこくしかんとあいいれぬききひはんをおこなうよちがあったといえる。
*3:まあれいせいにかんがえれば、「ききのないようをれきしがくものとしてけんきゅうした」とだいぎゃくのいしとかてんのうせいへのこうげきとかとはちょくせつつながらないのはめいはくですが
*4:いやまあせいじてきじょうきょうがへんかしてもけんきゅうないようをまげないのであれば、それはそれでひょうかされてしかるべきことではありますが
*5:じっさいには「いっせきをとうじる」もくてきであえてきょくろんにふっていたとおもわれるふしもあり。だとするとこのかていじたいがむいみということになる
i-miyaのにっき
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