くだら(346〜660) いまのぜんらきたみち、ぜんらみなみみちにあったくに。せいはふよ。
にっぽんではかんようてきにはくだらとよばれている。にっぽんにきたくだらとらいじんがじこくをくんならとよんでいたためそれがなまったというせつがあるがしんぴょうせいはひくい。かんこくではぺくちぇとよぶ。しんわうえのけんこくねんはBC18ねんになっているが、れきしてきには346ねんをけんこくねんとしている。
けんこくしんわでは、たかくれいしそのしゅもうのむすこがけんこくしたことになっている。たかくれいはふよぞくであるため、ふよせいをなのったとおもわれる。うまかんのはくすみくにがうまかんちほうをとういつしたこっかとされている。べつせつではふよけいのくだらきぞくのしたにしょみん(うまかんにん)がいるにじゅうみんぞくこうぞうのせいふくこっかとするものもある。
にっぽんとのかんけいはひかくてきりょうこうであり、ぶんかてきこうりゅうやこうえきがひんぱんにおこなわれており、くだらのききのときにはえんぐんをおくったり、りょうどのかつじょうをしたりしている。にほんしょきによればけいからだてんのうろくねん=512ねんごろ(くだらほんきにあてはめるとたけしねいおう12ねん=511ねんごろ)ににんなしけんをくだらにかつじょうしたというきろくがある。
くだらは475ねんまえのちにたかくれいにとうじのみやこのかんしろ(そうる)をせんりょうされている。そののち、くまつにせんとした。このときくだらはいちどほろび、たけしねいおうのそくい(501)でふっかつしたというがくせつがある。
660ねんとうとしらぎのれんごうぐんにほろぼされる。くだらさいこうをきして、にっぽんのえんぐんとともにとうとしらぎのれんごうぐんとしろむらこうのたたかい(ちゅうごくがわのきじゅつではしらえ)663ねんにおこなわれるがないふんによりはいぼくする。このとき、くだらおうぞくはにっぽんにぼうめいし、これらにっぽんにぼうめいしたくだらおうぞくのまつえいはくだらおう(くだらのこにしき)しとよばれていた。にっぽんではてんさとるてんのうのじだいはまだくだらさいこうをあきらめてなかったようである。てんたけしてんのうのじだいにはさいこうせいりょくはしたびになる。
また、2004ねん03がつ18にちに、にほんこくないでぼうめいくだらおうぞくにこうのぐん(おおさかふまいかたしない)のぐんぞうをまかせたというしょうこがはっくつされたというはっぴょうがあった。
きゅうくだらちいきであるぜんらみちはれきしてきにれいぐうされており、きゅうしらぎちいきとのたいりつがはげしい。いまもだいとうりょうせんのとくひょうにそれがにょじつにあらわれている。
かんれんご:ふたもじきーわーど
せかいはきょうもうつくしい
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