2008-05-17 こどものあそびどうぐとしての、「いえ」
■[ねた]とうのじだいににっぽんがぱんだをもらった、というごほう・ごやくについて
いかのところから。
→「ぱんだたいよ」のいみするもの:NBonline(にっけいびじねす おんらいん)
「ぱんだたいよ」のいみするもの
1300ねんまえにせかいでさいしょにぱんだのきぞうをうけたのはにっぽんだった
にっぽんがゆいいつしょゆうけんをもっていたうえのどうぶつえんのじゃいあんと・ぱんだ(いか「ぱんだ」)のりんりん(りょうりょう)が2008ねん4がつ30にちにしぼうした。1985ねんにぺきんどうぶつえんでうまれたりんりんは、にっちゅうこっこうかいふく20しゅうねんをきねんして、にっぽんうまれのぱんだとこうかんするかたちで1992ねんにうえのどうぶつえんへきぞうされたものだった。げんざいのところにっぽんにはごうけい8あたまのぱんだ(こうべしりつおうじどうぶつえん2あたま、わかやまあどべんちゃーわーるど6あたま)がしいくされているが、これらはいずれもけんきゅうもくてきというめいもくでちゅうごくからゆうしょうでたいよされているものであり、にっぽんにしょゆうけんはない。
“きぞう”ではなく、ゆうしょうの“たいよ”とはみみっちい?
りんりんのしぼうじきがおりしもちゅうごくのこにしきとうこっかしゅせきのほうにちちょくぜんであったことから、にほんせいふはちゅうごくせいふにたいしてこしゅせきのほうにちみやげのいみあいをこめてぱんだ2あたまのかりうけをようせいした。5がつ6にちごごにほうにちしたこしゅせきはどうじつよるのふくだしゅしょうしゅさいのゆうしょくかいで、にほんがわのようせいにこたえて「おすめす1ついのぱんだをけんきゅうもくてきでにっぽんにたいよする」ことをひょうめいした。
しかし、ちゅうごくのこっかしゅせきがほうにちしたにもかかわらず、これといったせいかもみやげもないのに、ぱんだ2あたまが“きぞう”ではなく、ゆうしょうの“たいよ”とはみみっちいというこえがちまたにあふれ、それならぱんだ2あたまのかりうけはひつようないというはんたいのこえもたかい。なぜにぱんだ2あたまは“たいよ”なのであろうか。
2007ねん9がつ13ひづけのかんとんしょうこうしゅうしのゆうかんかみ「ひつじしろばんほう」は、こっかりんぎょうきょくのすぽーくすまんであるそうきよしぎょうがきしゃかいけんのせきじょうで「わがくにはこんごぱんだをかいがいへきぞうすることをとりやめる」としてつぎのようにのべたとほうじている:
1・ちゅうごくはかいがいへのぱんだきぞうをすでにていししており、かいがいとのきょうどうけんきゅうをもくてきとしたたいよだけがぱんだをかいがいへおくるゆいいつのほうほうである。
2・ちゅうごくがぱんだをきぞうするのは、ほんこんおよびたいわんのどうほうにたいしてのみとする。
3・かいがいとのきょうどうけんきゅうは、ぱんだのはんしょくやせいりなどのぶんやでかんれんぎじゅつをもつがいこくどうぶつえんやそしきをたいしょうとするが、これはすでにりょうこうなせいかをあげている。げんざいちゅうごくは5かくにの9つのどうぶつえんとぱんだのきょうどうけんきゅうをじっししており、かいがいできょうどうけんきゅうしているぱんだは30あたまにおよんでいる。
かいがいたいよそうすうの3わりいじょうをにっぽんがしめることになるから
じょうきのこっかりんぎょうきょくのけっていが、こんかいのほうにちときにこしゅせきをしてぱんだを“たいよ”としかひょうめいできなかったこんきょとなっているのである。こんかいにっぽんがきょうどうけんきゅうのめいもくであらたに2あたまのたいよをうけることになれば、ぱんだのたいよあたまかずは10あたまとなり、32あたま(30あたま+2あたま)なかの10あたまがにっぽんということになり、かいがいたいよそうすうのじつに3わりいじょうをにっぽんがしめることになるのである。
ところで、“どうほうのち”としてぱんだきぞうのたいしょうちいきとされたほんこんとたいわんのげんじょうはどうなのだろうか。ほんこんとくべつぎょうせいくにたいしては、1999ねんにあんあん(あんあん)とかか(じぁじぁ)というしゆう1ついのぱんだをきぞうしたが、2007ねん4がつにはほんこんへんかん10しゅうねんをきねんしてらくらく(るーるー)とえいえい(いんいん)のしゆう1ついをあらたにきぞうしている。また、たいわんにたいしては、2005ねん4がつにとうじたいわんのさいだいやとうであったこくみんとうのれんせんまえしゅせきがほうちゅうしたさいに、ちゅうごくはたいわんゆうわさくのいっかんとしてぱんだ1ついのきぞうをはっぴょうした。
これにたいしてたいわんのちんみずへんそうとうはちゅうごくのみがってなけっていとはんぱつをしめしてぱんだのうけとりきょひをひょうめいしたが、ちゅうごくはきぞうよていのぱんだのなまえをこくないでこうぼし、てれびでめいめいしきてんをほうえいして、2あたまのぱんだにだんだん(とあんとあん)とえんえん(ゆえんゆえん)とめいめいした。
2008ねんにもたいわんへきぞう
そののちもちんみずへんそうとうはだんこきょひをつらぬいたので、ぱんだ2あたまのきぞうはちゅうにういたかたちとなっていたが、2008ねん1がつのりっぽういんせんきょでやとうのこくみんとうがあっしょうし、3がつのそうとうせんきょでこくみんとうこうほのうまえいきゅうがしょうりしたことからじょうきょうはおおきくへんかすることとなった。3げっかじゅんのとうせんごのきしゃかいけんでうまえいきゅうじきそうとうは2あたまのぱんだをきほんてきにうけいれるほうしんをひょうめいしており、2008ねんじゅうにもぱんだ2あたまのたいわんへのきぞうはじつげんすることになろう。
ぱんだがいこうのしゅうえん
ちゅうごくのすいけいによれば、げんざいぱんだのせいぞんそうすうはやせいもふくめてやく1595あたまであり、2006ねんまつまでのじてんでじんこうしいくされているぱんだは217あたまであるという。しかし、とうけいによれば、これらじんこうしいくされているぱんだのめすの78%はにんしんしないし、おすの90%はそだたないという。こうしたいみあいから、ちゅうごくせいふが「かいがいへのぱんだきぞうをていしした」ことはとうぜんのきけつともいえるが、それはまたちゅうごくせいふがながねんにわたってじっししてきた“ぱんだがいこう”のしゅうえんをもいみしている。すなわち、ゆいいつのぬけみちであるけんきゅうもくてきをめいもくとしたゆうしょうの“たいよ”と“きぞう”とではそのありはばみがてんとちほどにことなり、げんににっぽんでおこっている“たいよ”ならふようというこえがあがるほどに、“たいよ”のがいこうてきこうかはきわめてちいさいといわざるをえない。
せいれき685ねんにしろくま2あたまと70まいのけがわをおくっていたとのきろくがある
それでは、ちゅうごくによるぱんだがいこうのはじまりはいつだったのか。ちゅうごくのがくしゃのけんきゅうによれば、にっぽんのこうしつのしりょうに、せいれき685ねんにちゅうごくゆいいつのおんなみかどであるとうののりてんたけしきさきがにっぽんのてんたけしてんのうに“しろくま”2あたまとそのけがわ70まいをおくったのというきさいがあるという。じゅうらいのかいしゃくでは“しろくま”はほっきょくのしろくまであるとかんがえられていたようだが、とうがとおくはなれたほっきょくのしろくまをおくるというのにはむりがあり、この“しろくま”がぱんだだったというのである。
てんたけしてんのう(ざいい673〜686ねん)はにっぽんのかくしゅとくさんひんをのりてんたけしきさきにおくったが、のりてんたけしきさきはこのへんれいとしてくまとそのけがわをおくろうとしたが、にっぽんにはくまがいるときいて、にっぽんにはいない“ばく”とそのけがわをおくったという。げんざいでは“ばく”というもじはどうぶつの“ばく”をあらわすが、とうじはぱんだをさし、これをうけとったにほんがわは“ばく”というもじのいみがわからず、けがわのしょくからこれを“しろくま”ときろくしたというのである。ひっしゃもかんじんのしりょうをかくにんしておらず、ことのしんぎはふめいだが、とうじのとうのきゅうでんではぱんだがしいくされていたというきろくがあるそうで、このせつをでたらめといっしょうにふすことはできない。それにしても、ぱんだがいこうのはじまりが1300ねんいじょうもまえのひほんであったとちゅうごくのがくしゃがろんじていることはきょうみぶかい。
ちょっとまった。
たけしのりてん(ぶそくてん、623ねん?-しんりゅうがんねん11がつ26にち(705ねん12がつ16にち) ざいい690ねん-しんりゅうがんねん1がつ24にち(705ねん2がつ22にち))
てんたけしてんのうとたけしのりてん(のりてんたけしきさき)のざいいはぜんぜんかさなってません。
いんようをつづけます。
ちゅうごくがぱんだをきりふだとかんがえたのは1941ねん・・・
いっぽう、ちゅうごくがぱんだをがいこうのきりふだとしてきようしたのは、1941ねんにとうじのだいざいばつであったそういえがなんみんきゅうさいのしゃれいとしてぱんだ1ついをべいこくにきぞうしたのがはじまりで、1946ねんにはこくみんとうせいふがえいこくせいふにぱんだ1あたまをきぞうしている。あるとうけいでは、1936ねん〜1946ねんのまにちゅうごくからはこびだされたいきたぱんだはごうけい16あたまで、これとはべつに70あたまほどのひょうほんがおうべいのはくぶつかんへおくられたという。そののち、1949ねんにちゅうかじんみんきょうわこくがせいりつし、ぱんだはほんかくてきにがいこうのきりふだとしてのやくわりをになうことになる。
ちゅうごくせいふは1957ねんにしせんしょうでつかまえた3あたまのぱんだのないの1あたまをとうじのゆうこうこくであったそつらのもすくわへきぞうしたが、1959ねんにはもう1あたまをはいぐうしゃとしてついかきぞうしている。また、1965ねんから1980ねんまでのまにきたちょうせんへごうけい5あたまのぱんだをきぞうしている。そののち、1970ねんだいからぱんだがいこうはほんかくかすることになるが、そのさいしょは1972ねんのべいこくのにくそんだいとうりょうのほうちゅうであった。
にくそんだいとうりょうほうちゅうときのえんかいのせきじょうで、ときのしゅうおんらいそうりがにくそんふじんにぱんだいんのたばこをさしだし、「おすきですか」とたずねた。にくそんふじんが「たばこはすいません」とおうじると、しゅうそうりはたばこのはこにいんさつされているぱんだのえをゆびさして、「これはおすきですか」とたずね、「もしべいこくが2あたまのじゃこううしをおくってくださるのなら、ぺきんどうぶつえんも2あたまのぱんだをべいこくへおくります」とのべたという。これをきいたにくそんふじんはにくそんだいとうりょうに「あなたきいた、ぱんだよ、そうりがぱんだをおくってくださるそうよ」ときょうきしたという。
このべいこくをかわきりとして、ちゅうごくはそののち、にっぽん、ふらんす、えいこく、にしどいつ、めきしこ、すぺいんにもがいこうのきりふだとしてぱんだをきぞうし、つぎつぎとこっこうをひらくこととなる。1957ねんから1982ねんのまに、ちゅうごくはゆうこうのしょうちょうとして9かくにに23あたまのぱんだをきぞうしており、じょうじゅつした685ねんから1982ねんまでにやく40あたまのぱんだをがいこくへきぞうしている。
1987ねんからきぞうをじしゅく
1975ねんに「ぜつめつのおそれのあるやせいどうしょくぶつのたねのこくさいとりひきにかんするじょうやく」(=わしんとんじょうやく)がはっこうしたことで、ちゅうごくは1987ねんからきしょうどうぶつであるぱんだのがいこうかーどとしてのきぞうをじしゅくすることとなり、そののちはきょうどうけんきゅうをめいもくとするたいよがぱんだのかいがいていきょうのしゅりゅうとなることになったのである。そのきょうどうけんきゅうがさいしょにじっしされたのが1994ねんであり、あいてさきがわかやまあどべんちゃーわーるどであった。それいこう、きょうどうけんきゅうをめいもくとするぱんだのたいよは、かんこくのそうる、べいこくのあとらんた、わしんとん、めんふぃすなどせかいかくちのどうぶつえんにたいしてじっしされている。
しかし、“たいよ”はあくまでゆうしょうべーすであり、たいよをうけるどうぶつえんがわにはただいなけいざいてきふたんがかかってくる。いっぱんにべいこくのどうぶつえんがきょうどうけんきゅうのめいもくでぱんだのしゆう1ついをきかん10ねんかんでたいよされると、そのたいよりょうはぱんだ1あたまにつきねんかん100まんどるで、10ねんかんのたいよりょうごうけいは2000まんどるであり、さらにこどもがうまれたばあいは1あたまにつきまいとし60まんどるがついかとなり、こどもは2としになったらちゅうごくへへんかんすることがじょうけんづけられるという。たいよりょうのたかはこうしょうことであるので、ここのじょうきょうによりことなるのだろうが、ぱんだのばあいはしいくにかかわるしせつ、しりょう、じんいんのけいひもきょがくであり、いずれのどうぶつえんもたいよりょうとけいひのねんしゅつにくりょしているようである。
「しろ」「くろ」から「しょうぎょうてきなしょく」に
ひっしゃがぱんだをはじめてみたのはぺきんちゅうざいなかの1987ねんで、かぞくとともにおとずれたぺきんどうぶつえんであった。とうじ5としと2としのこどもたちはぱんだがみられるというのでぜんじつからだいこうふんであったが、じっさいにぱんだをまのあたりにしたらがっかり。らんのなかのぱんだはうすよごれていてしろいけはきばんでいるし、ふんびんのくさいがあたりいちめんにたちこめていてくさくてたちとまっていられないほどだったのだ。ゆめをこわされたこどもたちはらくたんすることしきりであった。とうじはがいこうかーどもそのていどにしかあつかわれていなかったようだ。ちなみに、げんざいのぺきんどうぶつえんではぱんだはがらすはりのへやにしゅうようされていて、そのたいぐうはかことはくらべものにならぬほどにかいぜんされている。
せかいのこどもたちにあいされるぱんだをぜつめつからすくうためにこくさいてきなきょうどうけんきゅうをすすめることはじゅうようだが、そのぱんだがかどにしょうぎょうてきしきさいをおびさせられてにんげんにもてあそばれることのないようにしてほしいものである。
ついき:このげんこうをかきおえた5がつ12にちにしせんしょうでだいじしんがはっせいした。こんかいのじしんでぎせいとなったかたがたやそのかぞくにちゅうしんよりあいとうのいをあらわするとともに、いっこくもはやくほんかくてきなきゅうえんかつどうがかいしされることをせつぼうします。なお、ほんこうのかんれんじこうとして、しせんしょうにはまさあん(があん)、せいみやこ、がりゅう(がりゅう)の3ちてんにぱんだのしいくきちがあり、そのうちぱんだ100ひきちかくをしいくしてさいだいきぼをほこるがりゅうはしんげんちにしょざいすることから、ぱんだのあんぴがしんぱいされたが、ぱんだはぶじなことがかくにんされたという。
(きたむらゆたか=すみともしょうじそうごうけんきゅうしょ ちゅうごくせんにんしにああなりすと)
(ちゅう) ほんこらむのないようはひっしゃこじんのけんかいにもとづいており、すみともしょうじかぶしきがいしゃ および かぶしきがいしゃ すみともしょうじそうごうけんきゅうしょのけんかいをしめすものではありません。
とりあえずぜんぶんいんようしてみましたが、「とうのじだいのぱんだ」にかんしては、めいはくなけんしょうてきすとがすでにそんざいするようです。
きょねんぺきんどうぶつえんにいったときに、らいじょうしゃにくばっていてもらったしせんしょうせいみやこせいみやこおおくまねこはんいくけんきゅうきちがだしているぱんふに、いかのようなことがかかれていた。
ちゅうぶん
すえにっぽん《こういえねんかん》きさい、こうもと658ねん10がつ22にち、とうちょうおんなこうたけしのりてんしょういっついかつからだしろくま(おおくまねこ)わ70ちょうかわちょうさくいくにれい、そうきゅうにっぽんてんたけしてんのう。
てけとーわけ
にっぽんの『こういえねんかん』のきろくによれば、せいれき658ねん10がつ22にち、とうおうちょうのおんなみかどであるのりてんたけしきさきがひとつがいのいきたしろくま(ぱんだ)とけものかわしちじゅうまいをくにれいとして、にっぽんのてんたけしてんのうにおくっています。
(ちゅうりゃく)
てんたけしてんのうのざいいはせいれき673(672)ねんから686ねん、たけしのりてん(のりてんたけしきさき)のざいいは690ねん-705ねんで、658ねんにはどちらもかぶらないよ。658ねんにそくいしていたにっぽんのてんのうはじゅうそしたこうきょくてんのうであるさいめいてんのうで、とうのこうていはたかむねだ。
もしかして、せいれき685ねんのまちがいかな? それならばそうほうのざいいにいちおうかぶる。
うぃきぺでぃあのきじゅつと、「にっちゅうぱんだこうりゅうししろん」のねんぴょうとはことなってますが、まぁそれはともかく。
と、なんだかふにおちないような。ただ、にほんしょきかんにじゅうじゅうろくのさいめいきよねん(658ねん)のところにこういうきじゅつはあるのだ。
げんぶん
これとし、えつくにしゅあべひきたしんひらおっと、とうしゅくしん、けんなまひぐまに、ひぐまかわしちじゅうまい。
てけとーかきくだし
これとし、えつくにしゅのあべひきたしんひらおっと、しゅくしんをうちて、いきたひぐま(ひぐま)のに、ひぐまかわしちじゅうまいをけんず。
てけとーわけ
このねん(さいめいよねん=658ねん)に、えつくにしゅのあべひきたしんひらおっとがしゅくしん(みしはせ=ほくぶのみんぞく)をうって、いきたひぐまにとう、ひぐまのかわしちじゅうまいをけんじょうしました。
このもとてきすとが、あるにんによってごやくされたのではないか、というはなし。
→||| TokyoZooNet |||:じゃいあんとぱんだのはつらいにちっていつ?
▼じゃいあんとぱんだのはつらいにちっていつ?
せんしゅう、うえのどうぶつえんおりじなるのぱんだらいその30ねんきねんぽすとかーどをごしょうかいしましたが、どくしゃのほうからしつもんのめーるをいただきました。
ちゅうごくをおとずれたことのあるこのかたは、せいみやこぱんだはんしょくきちのすたっふから、けんとうしのじだいにちゅうごくからじゃいあんとぱんだがおくられた、とおききになったそうです。このけんについて、ぶんけんなどてがかりがあるのでしょうか、とのおといあわせでした。
ちゅうごくにちょくせつといあわせないと、はなしのいどころはわかりません。でも、いろいろしらべてみると、らもな・もりす&ですもんど・もりすちょ『ぱんだ』(ちゅうおうこうろんしゃ)にこうかいてありました(p.23)。
へるべると・う゛ぇんとがしらべて、こういっている。「うんなんしょうのさんがくのちくりんのしろくまは、とうのこうていいっせいのちせいろくにいちねんにかかれたきろくにすでにでている。とうじの『にほんしょき』によると、ろくはちごねんじゅうがつにじゅうふつか、ちゅうごくのこうていがにっぽんのこうていににとうのいきたしろくまとそのけがわしち〇まいをおくったとされている。(りゃく)」
ちょしゃのもりすらは、この「しろくま」というのはじゃいあんとぱんだかもしれない、とかせつをたてますが、さまざまなじょうきょうしょうこにろんはだこうして、はっきりしたこたはでません。なにしろ、「こうしたことからわかることは、ちゅうごくのぶんめいしゃかいにおいてもむかしからぱんだがじじつじょうしられていなかったということである」とさえかいているのです。
しかし、それいぜんに、にほんしょきにはほんとに「しろくま」のきじゅつがあるのでしょうか? じょうき『ぱんだ』のやくしゃはつぎのようなやくちゅうをつけています。
げんぶんでは Japanese imperial annal(まま、げんちょは annals )となっているが、おそらく『にほんしょき』のことであろう。せいれきろくはちごねんじゅうがつにじゅうふつかはてんたけしてんのうじゅうよんねんにじゅうふつかで、そのがいとうかしょにはほんぶんちゅうのきじゅつがみられない。さいめいてんのうよねんじゅういちがつのかしょに、「これとし(ことし)、えつくにしゅ(こしのくにのかみ)あべひきたしんひらおっと(あへのひけたのおみひらぶ)、しゅくしん(みしはせのくに)をうちて、なまひぐま(しくま)ふたつ・ひぐま(しくまの)かわしちじゅうまいけん(たてまつ)る」とある。しゅくしんはえぞとおなじとするせつ、えぞのいちぶ、えんかいしゅうのつんぐーすぞくというせつ、ちゅうごくこてんからのかりものというせつなどがある(いわなみ「こてんぶんがくたいけい」による)。
うーん……、「しろくま」とはかいてない……。しかも、にほんしょきの685ねんに、う゛ぇんとがかいているようなかしょはない……。ただし、かずだけいっちするぶぶんがべつのところにある……。じゃあ、ひぐまというのはじゃいあんとぱんだのこと? それでも、ちゅうごくからおくられたわけじゃなさそうです。
う゛ぇんとはいったい、なにをみたんでしょうか。なぞ。ちゅうごくのけんきゅうしゃも、もりすらのちょしょをさんこうにしたのでしょうか? それとも、ほかにぶんけんが?
う゛ぇんとのほんは『せかいどうぶつはっけんし』(へいぼんしゃ)としてほうやくされています。
そのなかで、う゛ぇんとはじゃいあんとぱんだにかんしてすうさつのさんこうぶんけんをあげていますが、そのどこかに「ごかい」のもとがあるのでしょうか?
う゛ぇんとのいんようがあやしいとすると、やはりはつらいにちは1972ねんというけつろんです。──しかしさて、もうちからがことごときました。どなたかしょうさいをごぞんじではありませんか?
この「へるべると・う゛ぇんと」しがもうれつあやしい、というかんじです。
「にっちゅうぱんだこうりゅうししろん」のにんは、いろいろしらべて、
1・せいれき685ねんは658ねんのまちがい
2・「えつくに(しゅ)」をちゅうごくのちほうとかんちがい
3・「ひぐま」を「しろくま」とごどく
というせつをまとめています。
ざんねんなけつろんだけど、ぱんだはあすかじだいのにっぽんにきていなかったようだ
もとてきすと、ものすごくおもしろいのでぜひよんでみてください。
しかし、でんぶんじょうほうおそるべし、です。
ちょっとそういうのにきょうみのあるかたは、いかのてきすともどうぞ(じぶんのにっきからですが)。ほかにもいろいろありますです。
→「ひゃくひきのさる」あるいは「ひゃくひきめのさる」というじしょうについて
→「みししっぴのたいえきぐんじんにうまれたしんせいじの67%がれっかうらんのせいできけい」というのはほんとうか
→「だいよんのけんりょく」というごやくがますこみとますこみひはんしゃをごかいさせているけんについて(←こういうのさいてー)
- 98 http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=hot
- 58 http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4DVXA_ja___JP260&q=なめないでいただきたい
- 57 http://x51.org/x/06/03/3005.php
- 47 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20071017/jijitu
- 39 http://diary.jp.aol.com/yzuc9ww/
- 34 http://b.hatena.ne.jp/finalvent/
- 27 http://d.hatena.ne.jp/
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