2008-11-25 せいしょてきなせいかつがしたいですが
かがいしゃらのうごきがはげしすぎてもうつかれた。しのうとしてもしねないしでかくこともおもいうかばない。
かがいしゃらのぎゃくめかたはにちついたちとしれつさをまししつようさもましている。
とうごうしっちょうしょうけいじばんにのせられているすれもはいりこめずかきこみしてもかんしんをもつかたはない。このへんなひがいをうったえるというかにんちかつどうをこころみてもです。
しかしどうもほかのぶろぐにて「がいせんかつどうした」というきじがありすごいなとおもいました、わたしはいじめられほうもはげしくていまどきふんなにもできずきりょくはないがそういううごきがこうかをはっきすればいいのかもしれません。
さいごのしんぱんではよのかちきじゅんとはちがうだろう、せいしょのみことばをうたがうべきではなくそれをしてものろいにあずかるだけかもしれない。
よではさらしものあつかいでありいじめられるのみであったがそのうちむくいにあずかれたらいいとはおもいます。
かみをおそれてつみをこくはくしてすごせればいいが。
さんびかの「しゅよ われをばとらえたまえ」といううたのかしに「わがはを くだきたまえ さらばわがあたにうちかつをえん」というのがありそれがきにいった。わたしもそうしていただきたいです。
「いちわのすずめに」「やすかれわがこころよ」というさんびかもなぐさめがある。
しかしそのなかにあるかしの「いたみもくるしみもおすおすしくしのびたえよ」というのはほんとうにむずかしいことだとおもった。げんざいのかちかんからいうとかなりむずかしいことである。わたしはにんにあざけりをうけることがこわくってすなおになれないところがあるのでそれをてっていしてつつきまわされるのか、それともかがいしゃらのじさくじえんでのしんりせいぎょか、よくわかりえないですな。
あざけりうけようがしねしねこうげきがひどかろうがおすおすしくしのびたえよということだろうか、むずかしいことだがそうしたほうがいいのかもしれない、つみとあくのせかいよりときほうったれたくおもいます。
じこのいのちはかみがおにぎりになっているとすればいきているしかないだろう、しかたがない、たえしのびしゅをまつしかないのだろう。しょうじききつくてきつくてやりきれませんが。つらいのである。
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せいしょさいとのめっせーじをみてかみをおそれることはもっともかんようなのだとおもった。(あらためて)めをさましてつみをやめ、ただしいせいかつをしたくおもいました。
2008-11-21 かがいにっき
しのうとしたがだめであった
じさつじっこうするだけのいしちからがないらしい
かがいしゃがまた「わたしがきちそとだという」いいがかりをきかせにきていた。
いきていることもばかばかしくなるようなかこくさをおぼえるがはたしてどういうたいしょがただしいのか。
せいしょのかみにはまいにちいのりもとめるがなにをいのるかもわかりません。
かがいしゃらはざんにんすぎるしじこせいとうかをするのでやりきれない。
はたしていつまでこのせかいにいればいいのか。
じごくにいきたくはないがあくたいもひどいので(おのれの)くのうしている。
こういうところにかんそうなどかきこめるのはありがたいかもしれないが。
かぞくがふかかいなたいどしかとらないのでそれもくつうであります。
このよはいつになればあかるいいんややみのないじょうたいになるのか。
よのおわりがこないとだめか。
にほんじんにきりすとしんじゃがふえることがきぼうしたいことだろうか。
にっぽんはどうなるのだろうか、ぐうぞうれいはいがひどいが。
あくまのいんぼうのうちでかがいしゃらのやくわりはなにかとふかかいである。
2008-11-14 とさつについてのていげん
みなさんへ、じぶんはさいきんとさつについてきになりだしてけんさくしましたが、そうぞうぜっするようなせいさんなげんじつがあるようです。
そこでみなさまにおねがいですがにくしょくのふしょくをすすめたいのです。
そのさいとでもそれをすすめていましたがけんこうにがいはないそうです。
みなさんもよければみてください、とさつについてのさいとをけんさくして。
にくをくうことがいやになることはかくじつにちかいきがします。
まいにちまいにちいちびょうまにすごいかずのかちくがざんぎゃくなほうほうでころされているそうです。
なんとなしによそくしていましたがそのすうじゅうばいのしょうげきでした。
みなさんどうかできればにくをたちましょう、いまのよはきっとくるっているのです、
にんのしたのぜいたくをつきづめるためにこうしなどがざんこくなほうほうでいくせいされていたり、
けんたっきーのせいぞうのうらがわもすさまじいことがあるとのことです。
「どうぶつぎゃくたい」などでけんさくするとでてくるかもしれません。かなりまえにみたのですが。
もうけんたっきーはたべまいときめたほどです。
しかしほかのふぁすとふーどもおなじかもしれませんが。
にんはいきているだけでじゅうあつしなつみをおかしているのだとぜつぼうしたしだいです。
http://saisyoku.com/pics_killed.htm
「しょくたくのおにくができるまで」というさいとですがせいさんなえいぞうつきですので
みれませんでした。せつめいぶんをよむだけできがちがいそうなしょうげきです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%CB%BB%A6
はてなのじてんですがくわしいせつめいありますが、わたしはしょうじきよむきりょくがありません。
たんさいぼうなのでにくたちします、しぬまで。さかなたちもしようかとおもいます。
うなぎのころしほうとかけっこうざんこくですよね。あれみるとなにかうなぎたべるきになれなくなりそうです、
いままではなにもいわかんがなかったのですが、さいきんはどうも、むしいっぴきのいのちもじぶんでころすのがいやになりました。
どくぜんてきかもしれないがすこしかんがえかわったのでしょう。
とさつはとさつとよむのですがにっぽんではあまりつかわれないことばだそうです。
ほふるは、ほふるとよむのですがじょうようかんじじゃないそうです。
せいしょにはかちくをほふるというきじゅつがおおくでてきますが。
せいしょのえいきょうもあるかもしれません。
http://saisyoku.com/slaughter_cow.htm
かってですがわたしはこのさいとのしゃしんみれません、ただただおそろしくそうぞうぜっします、
どうぶつにもかんじょうやかんかくがあるのになぜにこうまでしてころすのだろうかとおもうが
じぶんもさいきんまできとしてにくをくらっていたかもしれません、
けんたっきーもすうねんまえにわざわざたべたいとおもいかっていました。
なんというひにくなにんのなまでしょうか。
http://mbis0.tripod.com/animalfactory/veal1.htm
「こうしのにくがつくられるまで」というさいとです、ここでもざんこくでみるにたえないがぞうあります、
すこしみたのですがさいとすべてはみるきりょくありませんでした。
ぺきんだっくとかも、ざんこくなほうほうでどうぶつをあつかうのですよねたしか。
そればかりではなくふだんたべているにくもかこくなかちくのぎせいがあるのですね。
ようやくにくをたつけついできました、ただただにんげんのそんざいのやりきれなさにおどろくばかりです。
かってなことばかりかいてすみませんが。
どうぶつぎゃくたいについてのさいとです、くらいわだいですみませんがどうもどうぶつというのはにんとちがいほんのうやかんじょうやかんかくのみだとおもい、
にんとちがいつみをおかしているわけじゃないためによけいにいたいたしいのでしょう。
http://www.momobox.com/kfc.htm
けんたっきーについてのさいとですがここでもざんこくなえいぞうがみられます。
これをみてさいしょにしょうげきをうけました。
どうぶつぎゃくたいについてのさいとはおおいですがわたしもかこにはひどいことをぺっとにしていました。
こころのびょうからです。こどくふまんよくあつといっったこころのびょうもんだいからどうぶつにほこさきがむきなんのじかくもできずにひどいことをせいぶつどうぶつたちにしていました。
ありなどのはたらきもののむしやねこいぬ、などのぺっとにもです、くらいことはかずかぎりないです。
いまはそのつみをじかくできたことがせめてものすくいかもしれません。
せいしょをよまねばしぬまでむじかくだったでしょう。そうおもいます。
いまかっているいぬへもむかしむちとわきまえなさなどからひどいことをしてむじかくでした、つくづくこころがやむというのはおぞましいとしりました。
あくりょうにしはいされていたのだとおもいます。
せめてしぬまでにくたちしていのりもとめるしかないです。こういうすくいがたいつみをおかしているのですがかみはなぜかめぐみなぐさめすくいをあたえてくださったようでした。
みなさまもこのことがらについてせんでんをしてくださればさいわいです。
(とさつとどうぶつぎゃくたいについてのことを)
2008-10-14 しょうしのようなはなしです。
すうねんまえに、じぶんがいっていたきょうかいの、あるくりすちゃんががんにかかり、50だいのわかさでなくなりました。きょうかいではきちょうなうつわとしてしんらいされていました。せいしんかのかんごしちょうでしたがおくさんと、むすめさんが4にんのかぞくでした。
びょうしきをもってからわずか1としほどでなくなられましたがなくなるまえにひとこと「じゅんすいになれました」といわれていたそうです。
おくさんやむすめさんたちをのこしてはやくさるというのはもんだいさんせきにおもいましたがとうじわたしはしんこうのめがひらかれずせいしょもまなんでいなかったのでそのしんじゃのほうのことばがりかいできませんでした。
なにかえたいしれないふかかいなせかいにいってしまっているのかとすらおもいました。
そしてそのあとすうねんのちにようやくわたしもしんこうをあたえられましたがとうじのそのびょうししたしんじゃのほうのことばがすこしだけりかいできたようにおもいました。
にんげんはしがおわりではなくしごもえいえんのつづきます。てんごくかじごくにいってです。
そのしんじゃのかたはきっとそのえいえんのやくそくをじゅんすいにしんじることができてさいわいになくなられたのかもしれません。
そしてのこされたかぞくのこともすべてかみにゆだねてだいじょうぶだというかくしんをもてたのかもしれません。
くりすちゃんのしなまかんはふつうのにんとはやはりちがうためにそういったいっけんふかかいないんしょうをおぼえるのかもしれません。
しかしせいしょはしんりでありしんじつであるとしんじます。
わたしもいまどきふんになりじぶんにはこのよでいばしょがないとおもわされのこりのなまをどうしたものかとあたまだえています。
ぜんじゅつのしんじゃのほうがつとめていたびょういんのかんじゃさんはそのしんじゃのほうののちをおうようにしてやはり50だいでなくなりました。じこしといっていましたがひそかにじさつであるということをおやとおもっていました。かんごしちょうのほうをまことにしんらいしこころのささえとしていたからです。
そのほうもけいけんなしんじゃでしたがたんかをおおくつくりだしていて、しちょうにすいこうしてもらいきょうかいにてさっしにしてしずかにもちいられているようです。
わたしはそのさっしがつくられたとうじいいかげんでけいはくですくいがたいものでしたので、そのほうのつくるうたのいみもわからずてきとうにあしらっていました。
のちにはんせいしくいあらためじこのおろかしさをしらされました。
いまじぶんもたんかやはいくをつくるようになりました。おもむきのあるしゅみだなとおもいましたがわたしはてきとうなさくひんしかできないようです。
にゅういんちゅうにあるかんじゃさんがはいくのさっしをみせてくださりそれでかんどうやいやしなどおぼえたのです。にっぽんのりょうところつまるぶんかだろうかとおもいました。
それいがいにもにっぽんにはかずおおくのぶんかやぎじゅつがそんざいしていてすごいくにですね。
いまのにっぽんへのはげしいわざわいはかみのゆえでありきっとかみがいかりをくだされているとおもいます。
にほんじんはかみのちえともいえるまされたぎじゅつぶんかがあるのにまことのかみにそむいてぐうぞうをおがむからです。
ちなみにおりがみもまされたぎじゅつぶんかですね。よくこうあんするとおもいおどろきます。
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のち、とさつのげんじつをつたえるためのさいとをみてしょうげきをうけにくをたべるのをやめました。あまりにもすごいざんぎゃくせいがまかりとおりこんなげんじつのおもてがわはでまことしやかにせんでんされるぐるめじょうほうがあります。
いやざんにんなしんじつにおどろきました、とさつさいとをみて。いっけんすることをきぼうしたいです。
わたしはえいぞうつきのそれをみれませんでした、あまりにもざんぎゃくなないようなのでえいぞうみたらさけびだしそうだったからです。
みなさまにもすすめます、どうかにくなどのふしょくをねがいたいです。
まいにちまいにちいちびょうまにすごいかずのかちくがざんにんなほうほうでころされつづけているそうです。
けんたっきーのせいぞうのうらがわにてやはりにわとりへのざんこくなあつかいをねっとでみてぜつぼうしけんたっきーはとめました。しかしふつうにみせにてうられるにくるいもしょせんはかちくのすごいぎせいのもとになりたつのですね。
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のちはいくのさっしには「どうじ」というものがありHPもあります、あまりみるよゆうなかったですがはいくやたんかつくりのたのしさがすこしわかりました。(たぶん)
2008-09-14 いのりについて
すうねんまえに、じぶんがいっていたきょうかいの、あるくりすちゃんががんにかかり、50だいのわかさでなくなりました。きょうかいではきちょうなうつわとしてしんらいされていました。せいしんかのかんごしちょうでしたがおくさんと、むすめさんが4にんのかぞくでした。
びょうしきをもってからわずか1としほどでなくなられましたがなくなるまえにひとこと「じゅんすいになれました」といわれていたそうです。
おくさんやむすめさんたちをのこしてはやくさるというのはもんだいさんせきにおもいましたがとうじわたしはしんこうのめがひらかれずせいしょもまなんでいなかったのでそのしんじゃのほうのことばがりかいできませんでした。
なにかえたいしれないふかかいなせかいにいってしまっているのかとすらおもいました。
そしてそのあとすうねんのちにようやくわたしもしんこうをあたえられましたがとうじのそのびょうししたしんじゃのほうのことばがすこしだけりかいできたようにおもいました。
にんげんはしがおわりではなくしごもえいえんのつづきます。てんごくかじごくにいってです。
そのしんじゃのかたはきっとそのえいえんのやくそくをじゅんすいにしんじることができてさいわいになくなられたのかもしれません。
そしてのこされたかぞくのこともすべてかみにゆだねてだいじょうぶだというかくしんをもてたのかもしれません。
くりすちゃんのしなまかんはふつうのにんとはやはりちがうためにそういったいっけんふかかいないんしょうをおぼえるのかもしれません。
しかしせいしょはしんりでありしんじつであるとしんじます。
わたしもいまどきふんになりじぶんにはこのよでいばしょがないとおもわされのこりのなまをどうしたものかとあたまだえています。
ぜんじゅつのしんじゃのほうがつとめていたびょういんのかんじゃさんはそのしんじゃのほうののちをおうようにしてやはり50だいでなくなりました。じこしといっていましたがひそかにじさつであるということをおやとおもっていました。かんごしちょうのほうをまことにしんらいしこころのささえとしていたからです。
そのほうもけいけんなしんじゃでしたがたんかをおおくつくりだしていて、しちょうにすいこうしてもらいきょうかいにてさっしにしてしずかにもちいられているようです。
わたしはそのさっしをつくったとうじいいかげんでけいはくですくいがたいものでしたので、そのほうのつくるうたのいみもわからずてきとうにあしらっていました。
のちにはんせいしくいあらためじこのおろかしさをしらされました。
いまじぶんもたんかやはいくをつくるようになりました。おもむきのあるしゅみたなとおもいましたがわたしはてきとうなさくひんしかできないようです。
にゅういんちゅうにあるかんじゃさんがはいくのさっしをみせてくださりそれでかんどうやいやしなどおぼえたのです。にっぽんのりょうところつまるぶんかだろうかとおもいました。
それいがいにもにっぽんにはかずおおくのぶんかやぎじゅつがそんざいしていてすごいくにですね。
いまのにっぽんへのはげしいわざわいはかみのゆえでありきっとかみがいかりをくだされているとおもいます。
にほんじんはかみのちえともいえるまされたぎじゅつぶんかがあるのにまことのかみにそむいてぐうぞうをおがむからです。
ちなみにおりがみもまされたぎじゅつぶんかですね。よくこうあんするとおもいおどろきます。
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のち、とさつのげんじつをつたえるためのさいとをみてしょうげきをうけにくをたべるのをやめました。あまりにもすごいざんぎゃくせいがまかりとおりこんなげんじつのおもてがわはでまことしやかにせんでんされるぐるめじょうほうがあります。
いやざんにんなしんじつにおどろきました、とさつさいとをみて。いっけんすることをきぼうしたいです。
わたしはえいぞうつきのそれをみれませんでした、あまりにもざんぎゃくなないようなのでえいぞうみたらさけびだしそうだったからです。
みなさまにもすすめます、どうかにくなどのふしょくをねがいたいです。
まいにちまいにちいちびょうまにすごいかずのかちくがざんにんなほうほうでころされつづけているそうです。
けんたっきーのせいぞうのうらがわにてやはりにわとりへのざんこくなあつかいをねっとでみてぜつぼうしけんたっきーはとめました。しかしふつうにみせにてうられるにくるいもしょせんはかちくのすごいぎせいのもとになりたつのですね。
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のちはいくのさっしには「どうじ」というものがありHPもあります、あまりみるよゆうなかったですがはいくやたんかつくりのたのしさがすこしわかりました。(たぶん)
あるおばあちゃんが「わたしはねんとってしまったので、なんのほうしできません。いのることしかできないんですよ」といっったそうです。それはどういうことかともうしますと、「わたしにはぴすとるもきかんじゅうもありません。みさいるしかもっていません」といっっているようなものなのです。さたんがおそれるのは、にんげんのちしきやちえではありません。もちろん、ちからでもありません。さたんがもっともおそれるのは、いのりなのです。
http://homepage1.nifty.com/kameari/worship/2003/06/0629.html
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うえのきじゅつはさいとのばっすいですが、いのりもとめることはさいだいのぶきなのですね。わたしもそうしたいです、いままであくたいでたいこうしていましたがむえきなこういですしだいたいにおいてかえってひどいほうふくをひきおこしました。おろかでしたがどうにもなりません。
このさきにはいのりたくおもいます。