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こうしいとうのめもちょう このぺーじをあんてなについか RSSふぃーど

November 25(Tue), 2008

「こうしんがとだえてました」さえもとだえてしまった

  • あまりにせいしんてきよゆうのないせいかつのため、ぶろぐこうしんは12がつだいいっしゅうのすえごろまでできません。なにとぞごようしゃを。

November 21(Fri), 2008

[](11/24)こうしんがとだえてました(ぜんぺん)

  • いっしゅうかんぶんをかんたんに。
  • 18にちかようび。しゅうじつげんこうかきとよくじつのしごとのじゅんび。
  • 19にちすいようび。あさからみえでしゃかいしそうを。こんかいのてーまは、ろばーと・おーうぇんからかーる・まるくすへ。これを40ふんていどでしゃべるのだから、ないようはきわめてがいりゃくてきとなる。ただ、まいとしおもうのだが、がくせいにはおーうぇんのしそうのほうがひょうばんがよい。
  • 20にちもくようび。げんこうかきとよくじつのしごとのじゅんび。
  • 21にちきんようび。「ろんりてきにかんがえる」。えんえきてきぎろんのきそ、まとめ。らいねんどはもっとじっせんができるようなないようにしたい、とつぎのかりあんにあいでぃあをめもする。よる、げんこうかき。なんとかおわらせるよていだったが、よなかになってもおわらず。とりあえずできたところまでをそうふできるようにする。おくれたげんいんはやはり、べすとなこうせいがきまらずににてんさんてんしたことにことごときる。いつもながら、げんこうのこうせいをさだめるのはなんとむずかしいことか。

November 17(Mon), 2008

[][](11/17)あきはしめきりのきせつ

  • こんにちはそうちょうからえんしゅうのじゅんび。ひるにえんしゅう、そしてゆうがたにきたく。あんらくしもんだいのえんしゅうはかんぜんにきどうにのっているが、もうひとつのかたはほんとうにまいしゅうしんけんしょうぶのねたさがしになっている。どのきょうざいがこうかてきか、まいしゅうひたすらなやんでいる。そこへおそってきたのが、げんこうのしめきり。ふたつのようじをどうじにやりたくてからだがちぎれそうなおもい。
  • ゆうがた、ちゅうもんしていたえきしょうもにたーがとどく。つうはんのさいとにでていた、かたおちのとくばいひん。でもぜんぜんOK、きれいにうつればそれでいいのだ。まえのが17かた、こんかいは19かたわいど。でもこうにゅうかかくはまえのよりもいちまんえんちかくもやすい。それだけえきしょうもにたーがふきゅうしたしょうこか。
  • しかしそれにしてもひろうがのこる。かぜはなおったはずなのに、よるからずつうもする。あいかたにかたをもまれてきづく。かたからくびががちがちにかたい。ずつうはこのせいかもしれない。すとれっちをすると、どっとあせをかく。でぃす・いず・ふけんこう。

November 16(Sun), 2008

[](11/16)おもうようにはすすまない

  • ひるまえ、またいやなゆめとともにおきる。こんにちはてんけいてきな「ちこく」ねた。きょうのうちあわせにおくれていいわけにこまる、というないようのゆめ。からだにわるい。で、かんじんのげんじつのうちあわせにはまにあう。しゅさいしゃをまつよゆうも。
  • きたくご、いそいでちゅうしょく、そしてげんこうかきさいかい。ところがこのきにおよんでしりょうのふそくをはっけん。やむをえずだいがくとしょかんへ。へいかん(こんにちは6とき)までねばってさがす。とりあえずみつかるが、げんこうのしんこうにちめいてきえいきょう。
  • ゆうしょくのち、またげんこうかき。しかしやはりよていのしめきりにはまにあいそうにない。あいかわらずえきしょうもにたーがふちょうでめがわるくなる。あしたのこうぎのじゅんびもわたしをよんでいる。「はやくじゅんびしないとあした、こまるよぉ」。こんやはせめてさんじかんはねるじかんがほしいところだ。にんはこうやってからだをいためつけてじゅうびょうになっていくのか、としみじみ。

November 15(Sat), 2008

[](11/15)かいふくできるか

  • いっこくもはやいぜんめんふっきをめざしてさくやはたっぷりやすんだはずだったが、けさもはなづまりとたいさがのこった。きのうのよるはちじんがまんしょんのこうそうかいかららっかするゆめをにけんもみた。それはそれはひさんなりゅうけつじこだったが、てんらくしたちじんはなぜかしあわせそうなかおをうかべてあすふぁるとによこたわっていた。にけんともわたしはかろうじてらっかをまぬかれたが、きょうふでかおがゆがんだままである。なんというゆめだと、われながらあきれる。わかくしてみずからいのちをぜっったあるこうはいのことをおもいだす。

November 14(Fri), 2008

[][](11/14)またかぜにやられた

  • きのうまでしゅうちゅうしてげんこうかきをしていたら、きょうのこうぎのちにいへんが。のどのいたみからずつうへ。きついかぜびきのがくせいがすうにんいたので、うつったのかも。ゆうがた、かぜぐすりをのんできゅうよう。しんや、つかれをすこしとってげんこうかき、ふっかつ。ただ、まだすこしだけずつうはのこっている。いしゃにいくべきなんだろうなあ。

[]じょせいせんようしゃりょう

  • あるげんこうをかいていて、くわしくとりあげることをだんねんしたてーまについてすこしかきたい。それは「じょせいせんようしゃりょう」である。わたしのちょうさ・けんさくがたりないだけかもしれないが、じぇんだーやふぇみにずむ、じょせいがくといったじゃんるのちょしょ・けんきゅうしょるいでは、「じょせいせんようしゃりょう」についてくわしくろんじているぶんしょうがすくないようにおもわれる。だいがくのおおきなとしょかんでけんさくしても、「じょせいせんようしゃりょう」というきーわーどではいっさつもひっかからず、じぇんだーやふぇみにずむ、じょせいがく、だんじょともどうさんかくなどで、これまですでにひゃくすうじゅうさつのもくじをあたったが、このもんだいをしゅだいとするろんこうにはけっきょくであえなかった(くりかえしかくが、わたしのしらべがたりないだけかもしれない)。これはこぼれはなしだが、あまぞんで「じょせいせんようしゃりょう」でけんさくをかけると、あだるとDVDがじゅうほんじゃく、あだるとまんががいっさつけんさくけっかにふじょうしただけだった。ないようは(おそらく)じょせいせんようしゃりょうでのちかんこういやせいはんざいをあつかっているのだろう。しゅっぱんかいではこれがじったいなのだろうか。
  • わたしはこうぎで「じょせいがく」をたんとうしているが、「せいによるさべつ」についてがくせいにいけんをもとめるとまいとしじょういをしめているのが、この「じょせいせんようしゃりょう」である。そのおおくが、「あれはだんせいさべつではないか」というないようでかいてくる。これを「さべつぜせいそちにたいするむちだ」とか「ちかんなどのせいぼうりょくのじったいをしらないからだ」といっとうりょうだんするのはたやすい。だが、まいとしのようにそういういけんがでてくるいじょう、このしさくについてもっとひろく「じょせいせんようしゃりょうをりようできないがわ」にもしゅうちやりかいをすすめるひつようがあるのではないかともおもわれる。そしておたがいがふまんのできるかぎりすくないかたちでうんえいするせきにんがてつどうがいしゃがわにあるのではないかとおもう。これはすいそくだが、しょうちゅうこうのきょういくのなかで「じょせいせんようしゃりょう」をりくつでせつめいされ、なっとくしたせいとたちがすくないのがげんいんのひとつではないか。いや、そもそもしょうちゅうこうでそんなきょういくをうけるきかいがあるのだろうか。
  • いっぽうで、ずっと「じょせいせんようしゃりょう」はひつようだとする(おもに)じょしがくせいからのいけんもねづよい。わかいじょせいがでんしゃつうがくなかに、よっぱらいやきょどうふしんなだんせいにづけねらわれたり、じっさいにちかんひがいにあったけいけんはたとえいちどでも、そのきょうふはながくのこる。それらがはんざいとりっけんされることはまれであって、つまりけいさつちょうのにんちけんすうにかうんとされない。だから、ちかんたいさくがすすんで、かりにいちねんをつうじてちかんひがいがいっけんもなかったとしてもでんしゃにじょせいせんようしゃりょうはひつようではないか、といけんをのべてくれたじょしがくせいもいた。たんじゅんに「じょせいせんよう」とかくとはんぱつをおぼえるにんも、じょせいにかぎらず、じどうなどせいはんざいにおける「じゃくしゃ」にとってひかくてきあんぜんがかくほされるくうかんがあらゆるこうきょうくうかんにひつようだ、というしゅちょうならば、どうおもうだろう。でんしゃの「じょせいせんようしゃりょう」もまだまだくふうのよちがあることがみえてくる。
  • そしてさいしょのはなしにもどるのだが、ねっとうえでけんさくをかけると、どうやら「じょせいせんようしゃりょう」にはんたい、あるいはぎもんをもっているひとびとのこえ(かず、はべつにして)のほうがおおきいようである。このもんだいのりんりとろんりをせいりすることは、らいねんどにむけてげんざいのわたしのしゅくだいとなっている。

November 12(Wed), 2008

[](11/12)げんこうかき

  • きのうからひとり、へやにとじこもってげんこうをかいている。すいみんはみだれ、こうないえんはくちないでぞうしょくし、のどがいたむなかをいっしんふらんにしりょうとぱそこんをにらんでいる。
  • もちろんしごとはいっている。こんにちはつでこうぎだった。しかしそれいがいのじかんはすべて、げんこうかきのためにささげているといっってよい。

[](11/12)おばまじきだいとうりょうのしょうりせんげん

  • きょうのこうぎで、がくせいにじょうきのしょうりせんげんをしょうかいした。このえんぜつにはにっぽんとはことなる、あめりからしいせいじえんぜつのしょようそがつまっているとおもわれたからだ。いっこくのききにさいしてこくないにてきはいないとしゅちょうするか、それともじつはこくないにてきがいるのだとしゅちょうするか。こくないでてきどうしでいがみあってはならないと、おばましはじゅうぶんすぎるはいりょをみせた。ふりかえってにっぽんは、おおさかはどうか。

「はんざつ」なよみまちがいで「みぞゆう」のじたいだが、そのよみかたはれきだいそうりを「ふしゅう」しているわけではなかろう。

  • かんじがよめるからちせいがあるわけではないが、かんじがよめないとちせいがふそくしているようにおもわれるけいこうはあるかもしれない。まあ、いっこくのせきにんしゃのいんしょうをよくするようそにはならないだろう。

November 10(Mon), 2008

[][](11/10)たかつきもひえる

  • ごごからこうぎ。きょうもせっきょくてきあんらくしもんだいをけんとう。てきすとのなかで「にんをころしてはならない」というげんりはせかいのしょしゅうきょうおよび、ひしゅうきょうてきしゃかいしそうやおおくのいしにきょうつうするりかい、というきじゅつがあった。だが、ないしん「ほんまかいな」とうたがいのめ。「にん」のなかに「ほかしゅうはのしんじゃ」や「ほかせくとのかつどうか」をふくめなくてもよいというかいしゃくがうまれやすいのはなぜか、というといのほうがきょうみがある。
  • ゆうがた、きたくへのばすていはかんぷうでうすらさむい。たったにしゅうかんできゅうにいふくをかえねばならないのは「めんどうくさい」のひとこと。「にっぽんはしきがあってよい」といういけんもあるが、わたしはさむいならねんじゅうさむい、あついならねんじゅうあついでけっこう、というたんじゅんなにんげん。できればねんじゅうさむいほうがありがたい。おおさかのなつはさつじんてきだから。(さつじんてきてんこうにさつじんてきせいじ)
  • よる、たいちょうがかいふくけいこうなのでしょういちじかんうぉーきんぐ。よるのにゅーすをみる。つかみきんのくばりほうのいけんがまとまらないというほうどう。その2ちょうえんがあるなら、「しょうがいしゃじりつしえんほう」をやらなくてもすむためのしきんにまわせませんか。

November 09(Sun), 2008

[](11/9)にちようびはやすみたいけど

  • ひるまえからずっとこうぎのじゅんび。こんしゅうはあるじじょうで、すこしさきのほうまでじゅんびするはめに。けっきょくしんやまで。
  • ゆうがたあたりから、あまりののうのつかれで「うぎゃ〜」とさけびたくなる。どうきょのあいかたにとってはめいわくこのじょうない。じぇんだーろんとあだむ・すみすといぎりすのこめでぃぶんかとせっきょくてきあんらくしとど・もるがんのほうそくをいっぺんにやるのはむりだ。これがひじょうきんこうしのにちじょう。

November 08(Sat), 2008

[](11/8)やすみやすみ

  • こんにちはけんきゅうかいにでかけるよていだったが、きのうからのふちょうがこうてんせずだんねん。ここでむりをするとげつようのこうぎにひびくとはんだん。きゅうようをとりつつ、げんこうをかくためのどくしょ。

[]「T−すくぇあ30thらいぶ」

  • よるのBSらいぶをみる。ただ、ただなつかしい。だいひょうきょくなのにえんそうしてくれなかったきょくもおおいが(まあいちじかんはんのばんぐみなのでかっとされたのかもしれないが)、らすとは「TRUTH」でしめる、というのはよそうどおりのてんかいだった。めんばーのいれかわりのはげしいぐるーぷ(のちにいちじき「ゆにっと」になったはず)ながら、いちぶのめんばーはかおをだしていなかったが、でもじゅうすうめいのめんばーがおなじぶたいにあがってえんそうをしてくれる、というのはなんともうれしいきかくである。
  • わたしがとうじのぐるーぷめいである「ざ・すくぇあ」をききはじめたのは、あるばむ「ADVENTURES」('84)から。きおくがまちがってなければ、KBSきょうとでほうそうしていた「Music Tomato JAPAN」で「TRAVELERS」のPVをみて、「なんてかっこういいんだ!」とおもったのがさいしょだったとおもう。さっそく「ADVENTURES」をこうにゅうし、そこからいっきにかこのあるばむへとさかのぼってききはじめた。ちゅうこでてにいるものはLPをかった。きおくがあいまいだが、「Lucky Summer Lady」「Midnight Lover」(ともに'78)「Make Me A Star」('79)「Rockoon」('80)「あしせんびのゆうわく」('82)はきょうとえきまえにみせがあったれいくれないどうでかり、「MAGIC」('81)「うちみずにRainbow」('83)はちゅうこLPをかったはずである。しょきのあるばむはめろでぃーらいんがおしゃれ(と、こどもごころにおもった)なきょくがおおく、にっぽんのあいどるかしゅのがっきょくしかしらないわたし(80ねんだいぜんはんのにっぽんはくうぜんの「あいどるぶーむ」だった)にはしょうげきだった。とくに「MASIC」のいんしょうはきょうれつで、ひょうだいきょく「MASIC」もさることながら、10きょくもくの「かわいいてくの」でたもりがくめめいのものまねでさんかしており、とうじのめんばーでありこのきょくのさくしさっきょくものであるくめたいさくのじっぷをまねていることをしった。また、LPばんをかいてんさせながらぎょうししていると、ふしぎなしかくげんしょうがおこる、というあそびがあったのも、このあるばむだったとおもう。「ADVENTURES」あとでは「Stars and the Moon」('84)はかったはずだが、そののちの 「R・E・S・O・R・T」「S・P・O・R・T・S」はかっていない。わたしはとうじから、ばぶるなしゃかいのふんいきにじょうっかったようなきょく(のようにとうじはきこえた)がすきではなかったのだ。このにまいのあるばむはすうねんまえにCDをかりてきいたが、やはりいんしょうはあまりかわらなかった。でも、そのつぎの「TRUTH」('87)はとうじ、CDをかった(わたしがれこーどをかわなくなったのは87ねんごろである)。これはわたしもとうじのにんきばんぐみであったF1ぐらんぷりのねっしんなしちょうしゃだったからだ。ただ、そののち「すくぇあ」からわたしのかんしんはとおざかり、80ねんだいをだいひょうするにだいふゅーじょん・ぐるーぷのもういっぽうである「かしおぺあ」へといこうするのだが、それはまたいずれ。
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