2008-08-01 きょしろとちじょうえのナゾ
@−ぶんかのていりゅうにこだいしゅうきょう−
クスコのホテルで、あさ、めをさましたとき、わたしはしまった、とおもった。まどガラスをあめがはげしくたたいている。こんにちはせいかいさいだいのきょしろサクサワマンをたずねるにちなのにこれではしゃしんさつえいがダメになってしまう。
インカていこくがはちじゅうねんという、きのとおくなるようなさいげつをついやしてけんぞうしたきょしろをしゃしんにおさめられないようでは、クスコにきたいみがはんげんする。
インカのくにペルーにはせかいさいだいのものがすくなくともふたつはある。ひとつはしひゃくねんまえのサクサワマンしろ。もうひとつはこだいペールーにんがちじょうにえがいた“てんもんカレンダー”ナスカのちじょうえずである。
ナスカちほうにあるこの“てんもんカレンダー”は、ほとんどがにとうへんさんかっけいなどのきょだいなきかがくずけいで、すうじゅうメートルからすうじゅうキロにわたってひろがっている。そのちょくせんとかくどのせいかくさはげんだいのそくりょうきぐをもちいてもしゅうせいのひつようさえないという。
そのほかにも、クモ、はちとりなどのきょくせんずけいがあって、なんのためにこんなものをえがいたのか、ナゾとされている。きかがくもようはこよみらしいのだが、きょくせんずけいとなるともうすいそくのいきをでない。
いっせつによれば、くうちゅうまたはこうざんからではないとはっけんできないところから、そらにすむかみがみにそなえられたものであろう、といわれている。
もういっせつによると、てんもんがくてきほうそくやほしのうんどうコースをかんそくできるところから、くうひぶきき=ひこうきとかんけいがあるのではなかろうかといわれている。こうなるともうSFのせかいにいりこんでします。しかし、なんべいのこもんじょはかならずしもSFではないことをあんじしている。
わたしは、このふしぎなナスカのちじょうえずをしゃしんでみて、そのせいこうさにためいきをついたものである。なんとしてでもひこうきのうえからみてやろうとおもっていたが、リマ〜クスコまの、わたしたちのていきびんはちじょうえずのあるナスカじょうくうをとばないらしく、ついにみることはできなかった。
したがって、もうひとつの、せかいさいだいのものきょしろサクサワマンをみることは、わたしのひがんでもあった。サクサワマンをとうしてナスカのちじょうえずのひみつもとけるかもしれない、と。それなのにあめにたたられてしまっては、まんぞくなきょしろのすがたはみられそうにもない。わたしはせんめんするのもわすれて、なまりしょくのそらをうらめしそうにみあげていた。
いくらみあげていてもなまりしょくのそらはいっこうにはれそうにもない。クスコのうきにほうもんしたわたしたちがいけないのかもしれない。どうしようかとおもっていると、わたしたちのガイド・たいらしきさんがあらわれた。
「しょくじをしてサクサワマンへいきましょう」という。わたしははらをきめた。あめがふろうが、やりがふろうがいかなければなるまい。クスコたいざいはきょういちにちでおわりなのだから。
いっかいのしょくどうにおりていくとかんこうきゃくがにもつをだえてうろうろしていた。はなしていることばからさっするとドイツにんらしい。あめでひこうきがとばないため、こまりはてている。わたしたちもこまっているが、よていをへんこうさせれなどレほかドイツにんはもっとたいへんだろう。
わたしたちはおおいそぎでしょくじをすませ、くるまでサクサワマンにむかった。あめはたしょうこぶりになってきたが、まだやむけはいはない。それでもわたしははれるかもしれないとおもいはじめた。やまのてんきはかわりやすいという。だからこうざんにあるクスコだってちょっとぐらいははれてくれてもよさそうなものだ、と。
にキロもはしったろうか。あめにけぶるおだかいへいのうえに、いしがきにかこまれたもういちだんたかい“へい”がみえてきた。くすんだりょくしょくのざっそうがまばらにはえている。その“へい”がサクサワマンしろである、とたいらしきさんがおしえてくれた。これがサクサワマンか。ノコギリのはのようにジグザグかたにくまれたいしがきがはるかかなたまでつづいている。
インカにんはこのきょしろに「わしよはばたけ」(サクサワマン)となづけた。たしかに、いまわたしのがんぜんにそびえるきょしろは「きょだいなわし」というかんじがする。かほうにひろがる、インカていこくのしゅとクスコにかなをいっぽたりともふみこませない、というきはくがこのきょしろにはみなぎっている。
わたしはくるまをおりてあしばやにじょうへきにつづくひろばをよこぎろうとした。と、きゅうにむねがくるしくなってきた。いけない。ここはさんせんしちひゃくメートルのこうちなのだ。にっぽんでいえばふじさんのさんちょうにちかい。きあつがひくく、くうきがひじょうにうすい。
わたしはゆっくりゆっくりあるいた。うちゅうゆうえいなみのノロノロしたどうさをつづけないと、きぜつしてしまいそうなきがする。
やっとのおもいでたかさごメートルはあったとおもわれる、はいいろのじょうへきにたどりついた。ひゃくトンからにひゃくトンはありそうなきょいしがせいこうにくみあわされていた。よくみるとじょうへきはさんだんかまえになっており、だっ張ったぶぶんから“じゅうじほうか”をあびせられるようにせっけいされている。ペルーのナポレオンといわれるパチャクチおうがつくらせただけのことはある。
わたしたちはかつてきらびやかにちゃくかざったおうこうきぞくのでいりした「おうぞくのもん」からちょうじょうをめざした。いしだんをのぼることが、これまたしんどいさぎょうとなる。にさんだんのぼるたびにしんこきゅうをしなければならない。やっとだいいちのじょうへきのうえにたどりついた。あめまじりのかぜがつめたく、みみがちぎれるほどいたい。さゆうをみるとしゃくどのみちがジグザグにつづいている。クスコのつちがこんなにあかいとはおもわなかった。
ひといきついてだいにのじょうへきをわたしたちはのぼりはじめた。たいらしきさんはごじゅうとしをこえているのに、すいすいのぼっていく。はいかつりょうがちがうのだろう。みっつめのいしだんをのぼりきると、おおきくしかいがひらけてきた。
くすんだりょくしょくのざっそう、かんきがまばらにはえている。ひろばのぜんぽうでインディオのおばさんがひとり、たきぎをひろっていた。ずいぶんふくがうすよごれている。せいかつがたいへんなのだろう。
そんなことをかんがえながらわたしたちはさきをいくたいらしきさんののちをおった。こさめはいぜんとしてやまない。しばらくあるくとふしぎなかっこうのえんけいのはいきょがみえてきた。ちょっけいじゅうメートルいじょうはあろうか。ふねのそうだりんのかたちをしている。
なんだろう。わたしはこのさんそうのどうしんえんいしぞうのいわれをたいらしきさんにきいた。「もとはここにたかいとうがたっていました。“ほんまる”のやくめをはたしていたそうです。てんたいかんそくがおこなわれ、かんき、うき、いちねんのしゅうきをさんしゅつしていたとききます」とたいらしきさん。
A−ドライアイスかわりのしょくぶつ−
のうこうみんぞくインカにんにとって、びみょうなきしょうのへんかはぜったいみのがせないものであったろう。ましてやたいようしんをすうはいするかれらにとって、てんたいかんそくはひつようふかけつのものであったらしい。
さらにせんじになるとやいんにじょうじてぜめてくるかなをはっけんするためにりようされた。しゅとクスコがぜめられたときはぜんじゅうみんがサクサワマンにひなんできるように、つくられていたという。
わたしはたいらしきさんのせつめいをききながら、とうやあとにあんむらさきいろのはながさいているのをみるともなくみていた。せんこくあったみすぼらしいインディオのおばさんにどことなくにたふぜいがある。
なんのはなだろう。たいらしきさんのはなしがとぎれたところでわたしは、あとをついてきたうんてんしゅにきいてみた。「ムニャ」のはなで、はっぱはインカにんのしたいほぞんようにつかわれた、とのこと。わたしはおどろいた。インカじだいにドライアイスかわりのしょくぶつがそんざいしたとは・・・・・・。
しかしじゅうぶんありうることかもしれない。わたしはこうこがくしゃのあまのよしたろうしのはなしをおもいだした。インカにんがつかったますいやくチャミコのちしきがいしシーボルトをとうしてにっぽんのはなおかあおすのところまでつたわっていたというはなしを。とうぜんしたいほぞんようのやくそうぐらいあってしかるべきだろう。
またインカていこくのはるかいぜん、にせんごひゃくねんもまえに、のうげかしゅじゅつさえおこなわれていたという。
さらにせんねんまえにはせんしちひゃくごじゅうどのこうおんでないととけないしろがねをとかして、せかいさいしょのしろがねコップをつくり、トウモロコシさけをのんでいた。そのうえ、すいせんべんじょがあって、かんがいようすいみちにはじどうゴミとりそうちまでほどこされていたというから、ぶんめいがさかさまになったようなさっかくにわたしはおちいったきおくがある。
なんべいげんじゅうみんさいごのこうていがはっぴゃくねんまえにはじまったインカていこくだから、インカにんはこのようなせんじんののこしたこうどなぶんかをすべてきゅうしゅうし、おうようはってんさせたとみなければなるまい。
じじつ、かずおおくのこうこがくしゃもそういっっている。あまのしにいわせれば、ごうかなさけうつわにしても、すいせんべんじょにしても、おうごんのきぐにしてもすべてしょみんかいきゅうまでいきわたっていたことになる。したがってインカのけんらんたるおうごんぶんかはしょみんのものであった。それはインカがせかいさいしょのしゃかいしゅぎていこくたいせいをつくりあげたことからもうなずける。
とうじのせいようのおうこうきぞくぶんかは、インカのしょみんぶんかよりはるかにおくれていた。したがってしたいほぞんようやくそうなどという“ぶんめいのぎゃくてん”をめのまえにつきつけられると、にんげんのないめんにひめられた「ちから」がどれほどすごいものであるか、がほねみにしみてわかる。
−とうやあとにさくあんむらさきいろのムニャのはなから、こだいペルー、インカていこくのぶんかいさんにおもいをはせていたら、なまりしょくのくもがしろっぽくなりはじめていた。めをあげると、ぜんぽうのアンデスさんみゃくがじょじょにすがたをあらわしてきた。こげちゃいろのやまはだがみえてきたな、とおもったら“もじ”がうかびあがってきた。めをこらしてよくみると、つぎのようなもじがやまのにしがわしゃめんいっぱいにえがかれていた。
「VIVA EL PERU B・I・9」
スペインごである。たいらしきさんにほんやくしてもらった。「ペルーばんざい。ほへいだいきゅうれんたい」ということであった。ペルーりくぐんのきねんひらしい。
しかし、そんなことはわたしにとって、どうでもよかった。これはげんだいの“ちじょうえず”だ!あのナスカちほうのちじょうえずとなんとなくよくにていることだろう。わたしはいきがどまりそうになるほどこうふんしてきた。
いまのペルーにんがこだいペルーにんのまねをしたのか、それともぐうぜんのいっちなのか。そのとき、わたしはにっぽんにもこんなものがあるとおもった。きょうとの「おおもじやき」である。なつのよぞらをこがす「だい」のじは、むかし、さぞひとびとをしんぴてきなきもちにさせたにちがいない。「おおもじやき」はおぼんのおくりびぎょうじである。これもしゅうきょうとかんけいしている。
ひるがえって「ペルーばんざい」をかんがえてみるとき、りくつはどうあれ、これもぞうったひとびとにとって、ゆうきをこぶさせるためのシンボル(しょうちょう)であることはほぼまちがいなかろう。
にんげんをゆうきづけたり、かんどうさせたり、けいけん(けいけん)なきもちにさせてくれるものをにんげんがえいえいとしてつくりたくなるのはいまもむかしもおなじであろう。こだいじんはいまよりもはるかにしぜんのきょういをかんじ、いきていくうえにみずからをゆうきづけるものをほしがったことはじゅうぶんにかんがえられることである。
こだいじんがアンデスのしゅんげんなやまによじのぼって、みずからのてでぞうったにとうへんさんかっけい、ふとうしへんけい、クモ、はちとりのえずをみたときのかんどうが、わたしにはわかるようなきがした。
またナスカのちじょうえずはさいきんのけんきゅうによると、きかがくもようにかんしては「げし」のせんをあらわしたり、しゅんぶんしゅうぶんのせんをあらわすことがわかった。
それがじじつとすれば、こだいペルーにんはナスカのちじょうえずをとうして、たいようをはじめとするしぜんげんしょうにけいけんないのりをささげたのかもしれない。クモ、はちとりなどはこだいじんがかんがえた、いきていくうえにゆうきとちからをあたえてくれるシンボルであろう。
そのシンボルがいっしゅの「ぶんか」というかたちでげんざいまでつたえられている。ぶんかのしたじには、やはり「しゅうきょう」があったことをわたしはさいかくにんしたようなきがした。
−ぜんぽうの「ペルーばんざい」ときざまれたやまはだはますますあかるくなってきた。とおからずそらははれるだろう。
