2008-11-20 Q&A(2) 
カタールの15ばん、けずりすぎやろ。どうもTARAです。
ほんじつはひきつづきたがくぶが○×にゅうしなので、しゅうじつきゅうこう。だからよせんをけん、ひるまえにしゅっきんというぼうきょもかのうだった。
ゆうき「『ユリシーズ』をよむ―100のQ&A」(2) をよむ。こんかいのこうさつたいしょうは、だいに、だいさんそうわ。
べんきょうになったしてき。
- 「スティーヴンのそののちのあしどりは、ディージーこうちょうのアイルランドにんかんをりっしょうしている」(256)
- マスター・ナラティヴとしてのいんがろんてきれきしかんと、それにささえられたけいしきとしてのきんだいしょうせつとに、「けいしきとテーマのりょうめんにおいて[…]いぎをもうしたてている」「ひもくてきろんてきな『ユリシーズ』」(258)
- スティーヴンの「《パリしょう》、にせものにちゅうい」というないてきどくはくは、「ほんそうわのだいめいが「プロテウス」であることから[…]にじゅうのいみをおびている。ひとつは『ユリシーズ』へのじこげんきゅうであり、もうひとつは『オデュッセイア』へのげんきゅうである。(270)
だいさんつからわかるとおり、ゆうきは、だいさんそうわ「プロテウス」にメタフィクションてきようそをみだしている。「メタフィクション」ということばこそつかっていないが、このてんはいかのいんようかしょにもあらわれている。
スティーヴンのもとめているのはみずからのアイデンティティのていりつである。かれがかいがんへやってきたりゆうは「あらゆるもののさまざまなしょめい」をよみとることであったが、それとどうじにそのしょめいをよみとるじこをよみとり、さらにちちとこのかんけいについてそうねんをめぐらすためである。それはシェイクスピアとかのえがいたハムレットからはってんし、みずからをえがくさくしゃジョイスのそんざいにもかかわるもんだいである。かれが「しょめい」というとき、そのはいごにはさくしゃがいることをしさしている。「うしろ。だれかいるのかも」というつぶやきは、そうしたかのじいしきのはんえいではなかろうか。(271)
ふりかえったスティーヴンのしせんのさきには、ジョイスが!? しけんによれば、こういうかいしゃくはしらない。『ユリシーズ』のさくしゃはスティーヴンである(とみなせる)、といったメタ・メタなけんきゅうがあったようなきがするが、わたしじしんそれはみどくだ。ともあれ、ゆうきのろんはみりょくてきなどくかいである。
「○○(じんめい)は××(しょめい)において・・・」というかたちでのひきしょうも、ようしょではなされている。がいとうページがないからといって、めくじらたてるのはよそうかな。
260−262ぺーじでは、「ユダヤにんはいせきとアイルランドにんのかんけいは?」というQについてだが、がいせつてきなのがざんねん。おそらくしふくのつごうだろう。というか、じぶんでいっかいふくしゅうしなきゃならないな。はんユダヤ・アイルランド、おやユダヤ・アイルランド、はんユダヤ・イングランドのはんてんとちょうふくをマッピングすること。
