たまむしひだりたゆう

たまむしひだりたゆう『こうこめにちろく』をよむ―にほんさいしょのせかいいっしゅうにっき (TUPそうかき (4))

たまむしひだりたゆうたまむしさだゆういっぱん

ばくまつせいじかしそうかほんみょうはぎしげる(やすしげ)

ようみょう・いさみはち、じ・こはつ

せんだいはんさむらい・たまむししんしげる(300いし)のしちおとこにうまれた。

たまむしいえはだいだいたけしげいのいえとしてしられたほか、ぶんかんとしても

はんしゅ・しげむらががくもんをしょうれいしたことがきっかけとしてたずさわるようになり

ひだりたゆうのそふ・たかししげるは『ひとしまつりごとへん』をじょうしし

はんまつりごとかいかくのまされたりろんとしてじゅうようされることなった。


ひだりたゆうはのちにあらいひがしわれのちょうじょとけっこんし、あらいいえのようしとなるが

つまがそうせいすると、つまのいもうとにいえさんをつがせるようちてがみをのこししゅつほんした。


えどについたひだりたゆうは、ぶしのこしょうほうこうなどをしてせいけいをえていたが

だいがくあたまはやしふくさいのしじゅくにいり、はたらきながらじゅがくをまなんだが

とうかくをはっきし、ここではじゅくちょうとなるまでにいたった。

そののち、せんだいはんがえどにおいたじゅんぞうかんにうつり、かんがくとしてつとめた。

えどにでてきて11ねんごの1857ねん(あんせい4ねん)

ひだりたゆうははこだてぶぎょう・ほりしょくぶまさとしきにきんならとして

えぞちをめぐった。そのきわ『にゅうきたき』をしるし、かくちのきろくやとうじのアイヌのくらしを

しるうえできちょうなしりょうとなっている。


1860ねん1がつ22にち、にちべいしゅうこうつうしょうじょうやくのひじゅんをおこなうためとべいする

けんこめはけんだんがそしきされた。

せいつかはにいみぶぜんしゅ、ふくつかはむらかきあわじしゅ、たちあいはおぐりぶんごしゅだったが

にいみのじゅうしゃとしてひだりたゆうもはけんだんにさいようされ

ポーハタンごうにのってアメリカにむかった。

いちぎょうはさまざまなこんなんにそうぐうしながらアメリカじょうりく

ジェームズブキャナンだいとうりょうにしんしょをてわたし

だいだいてきにかんげいをうけた。

そのなかでひだりたゆうは「えびすごをいとう」とかきながらもえいごのたんごちょうをつくり

アメリカこうぎょうちからやけいざいりょくこくみんせいにきょうがくしながらもきゅうしゅうしていった。

ひだりたゆうはきこくごにアメリカせいじけいざいこうぎょうぎじゅつなどをしるした

『こうこめにちろく』をいちじるした。


きこくご、ひだりたゆうはこしょうくみならのみぶんでむかえられたが

のちにおおばんさむらいとなり、1866ねんけいおう2ねん)はんこう・ようけんどうしなんとうしゅににんじられた。

ひだりたゆうはおうべいをめぐったけいけんから、じょうききかんじんざいかいがいはけんすること

ふこくきょうへいによってれっきょうとたいとうにわたりあうべきだとしゅちょうし

ばくふだけによるせいじをひはんした。


1867ねんけいおう3ねん)にとくがわけいきたいせいほうかんをおこなうと

ひだりたゆうははんしゅ・よしくににいけんしょをていしゅつし

がいあつのききにあるじきや、てんかのけいせいは1にちでかえるべきではないとしゅちょうしている。


1868ねんけいおう4ねんぼしんせんそうがはっせいすると

ひだりたゆうははんしゅのいのちをうけてあいづはんこうしょうし、こうふくのじょうけんをまとめて

せんらんのしゅうけつをはかろうとしていたが、しんせいふぐんはこれをうけいれず

おううえつしょはんはおううえつれつはんどうめいをけっせいして、しんせいふぐんとたたかうこととなった。

そのきわ、ひだりたゆうはぐんつとむきょくぎじおうせつとうどりににんじられ

しょはんのだいひょうしゃがあつまったときのぎじのせきにんしゃとしておもきをなした。

しかし、おううえつれつはんどうめいはあいつぐはいせんによってがかい、せんだいはんがこうふくをけっていすると

ひだりたゆうはえのもとたけしようとごうりゅうしようとしたが、とらえられ

ぼしんせんそうでのせきにんをおわされ、せっぷくをめいじられた。きょうねん47としだった。

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りようきやくいはんをつうちする
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