ばくまつのせいじか、しそうか。ほんみょうはぎしげる(やすしげ)
ようみょう・いさみはち、じ・こはつ
せんだいはんさむらい・たまむししんしげる(300いし)のしちおとこにうまれた。
たまむしいえはだいだいたけしげいのいえとしてしられたほか、ぶんかんとしても
はんしゅ・しげむらががくもんをしょうれいしたことがきっかけとしてたずさわるようになり
ひだりたゆうのそふ・たかししげるは『ひとしまつりごとへん』をじょうしし
はんまつりごとかいかくのまされたりろんとしてじゅうようされることなった。
ひだりたゆうはのちにあらいひがしわれのちょうじょとけっこんし、あらいいえのようしとなるが
つまがそうせいすると、つまのいもうとにいえさんをつがせるようちてがみをのこししゅつほんした。
えどについたひだりたゆうは、ぶしのこしょうほうこうなどをしてせいけいをえていたが
だいがくあたまはやしふくさいのしじゅくにいり、はたらきながらじゅがくをまなんだが
とうかくをはっきし、ここではじゅくちょうとなるまでにいたった。
そののち、せんだいはんがえどにおいたじゅんぞうかんにうつり、かんがくとしてつとめた。
ひだりたゆうははこだてぶぎょう・ほりしょくぶまさとしきにきんならとして
えぞちをめぐった。そのきわ『にゅうきたき』をしるし、かくちのきろくやとうじのアイヌのくらしを
しるうえできちょうなしりょうとなっている。
1860ねん1がつ22にち、にちべいしゅうこうつうしょうじょうやくのひじゅんをおこなうためとべいする
せいつかはにいみぶぜんしゅ、ふくつかはむらかきあわじしゅ、たちあいはおぐりぶんごしゅだったが
にいみのじゅうしゃとしてひだりたゆうもはけんだんにさいようされ
ポーハタンごうにのってアメリカにむかった。
いちぎょうはさまざまなこんなんにそうぐうしながらアメリカにじょうりくし
だいだいてきにかんげいをうけた。
そのなかでひだりたゆうは「えびすごをいとう」とかきながらもえいごのたんごちょうをつくり
アメリカのこうぎょうちからやけいざいりょく、こくみんせいにきょうがくしながらもきゅうしゅうしていった。
ひだりたゆうはきこくごにアメリカのせいじやけいざい、こうぎょうぎじゅつなどをしるした
『こうこめにちろく』をいちじるした。
きこくご、ひだりたゆうはこしょうくみならのみぶんでむかえられたが
のちにおおばんさむらいとなり、1866ねん(けいおう2ねん)はんこう・ようけんどうしなんとうしゅににんじられた。
ひだりたゆうはおうべいをめぐったけいけんから、じょうききかんやじんざいをかいがいにはけんすること
ふこくきょうへいによってれっきょうとたいとうにわたりあうべきだとしゅちょうし
1867ねん(けいおう3ねん)にとくがわけいきがたいせいほうかんをおこなうと
がいあつのききにあるじきや、てんかのけいせいは1にちでかえるべきではないとしゅちょうしている。
1868ねん(けいおう4ねん)ぼしんせんそうがはっせいすると
ひだりたゆうははんしゅのいのちをうけてあいづはんとこうしょうし、こうふくのじょうけんをまとめて
せんらんのしゅうけつをはかろうとしていたが、しんせいふぐんはこれをうけいれず
おううえつしょはんはおううえつれつはんどうめいをけっせいして、しんせいふぐんとたたかうこととなった。
そのきわ、ひだりたゆうはぐんつとむきょくぎじおうせつとうどりににんじられ
しょはんのだいひょうしゃがあつまったときのぎじのせきにんしゃとしておもきをなした。
しかし、おううえつれつはんどうめいはあいつぐはいせんによってがかい、せんだいはんがこうふくをけっていすると
ひだりたゆうはえのもとたけしようとごうりゅうしようとしたが、とらえられ