ふうふは、こせきほうのさだめるこんいんとどけをていしゅつすることでほうりつうえのこんいんがみとめられるが、こんいんとどけをだしていなくても、ふうふとしてのにんしきがじたともにあり、じじつじょうのふうふかんけいがあるばあいについて、いっぱんに「じじつこん」よぶ。ないえんかんけいとも。ただし、ほかにこせきうえのこんいんかんけいがあるばあいにはじゅうこんてきないえんとしてくべつされる。
じじつこんのふうふまにおいて、きんねんはいっていのほうてきみぶんをみとめるけいこうがある。せたいをひとつにしたばあい、そうほうにこせきうえのはいぐうしゃがべつにいないことがかくにんできれば、「おっと(ひつじとどけ)」「つま(ひつじとどけ)」といっったぞくがらきさいがかのうである。じゅうみんひょうのきさいによって、ねんきんやほけんのふようにんてい、かぞくわりひきのにんていなどがなされている。
ただし、いぜんとしてじじつこんふうふまのこどもはちゃくしゅつことしてみとめられずひちゃくしゅつことなったり、ふうふまにそうぞくけんがない、ぜいせいじょうのふようはみとめられないなどふりえきもそんざいする。
ちゅうい:「じじつこん」「ないえん」ということばは、ろんしゃによって、コンテキストによってかなりたぎてきにもちいられていることにちゅうい。ふうふべっせいをもくてきとするじじつこんと、こせきやこんいんせいどにたいするぎもんからはっせいしたじじつこんでは、それぞれとうじしゃのいしきはことなる。