とりいようくら

ようかいといわれたおとこ とりいようくら (しょうがくかんぶんこ) あしゅらつるぎ―とりいようくらうらたんさく (がっけんMぶんこ)

とりいようくらとりいようぞういっぱん

せいねん1796.12.22(ひろしまつりごと8.11.24)、ぼつねん1873.10. 3(めいじ 6)

えどばくまつまくしんしぶかわろくくら、ごとうさんうえもんとともにみずのさんばからすとしててんぽうのかいかく?をすいしんした。とりしまりのきびしさから、ようかい(ようかい)とおそれられた。

だいがくあたまはやしじゅつさいのみつお(よんなんというしりょうもある)。はたほんとりいいえへようしにいる。つうしょうようくら。めいはただしよう。かんはかいしゅ。

ずのうあきとしで、じゅがくにもぞうけいがありこうどうりょく、じむのうりょくにながけ、そのかぎりではゆうのうなかんりであった。しかしせいかくはいんけんで、しゅっせよくとどうじにしっとしんがいじょうにしたたかったようである。しかもようがくはにっぽんをほろぼすとしんじてうたがわないきょうしんてきなほしゅしゅぎものであった。

1836(てんぽう 7)ねん おとあたまからにしのまるめつけとなる。

1837(てんぽう 8)ねん だいしおへいはちろうのらん。そののちのしょりで、ろうなかみずのただしくにのしんにんをえる。

1838(てんぽう 9)ねん めつけとなる。ばんしゃのごく(1839ねん)でようがくをだんあつなどをおこなう。

1841(てんぽう12)ねん てんぽうのかいかく。とりいえどみなみまちぶぎょうにばってきされる。なお、とうじのきたまちぶぎょうとうやまきんしろうけいもと。

1843(てんぽう14)ねん いんばぬまのかいこんをたんとう、かんじょうぶぎょうかってほう。

1844(てんぽう15)ねん しっきゃく(みずのやなかまのうらぎりなどによる)してよくひろしか2ねん、ぜんざいさんぼっしゅうのうえまるがめはんにおあずけしょぶんとなる。

  • まるがめでのとりいにはちゅうやけんこうでかんしものがつき、しようにんといしがおかれた。かんしはきびしく、ときにはしぶつをもちさられたりいっさいむしされたりすることもあった。かえい5ねんのにっきにはいちねんなかはなしをしなかったというきじゅつがある。そんなむりょうをなぐさめるため、またけんこういじのため、じゃくねんからのかんぽうのこころえをいかしゆうへいやしきでやくそうのさいばいをいった。また、みずからのけんこういじのみならずりょうたみへのちりょうをおこないしたわれた。はやしやのしゅっしんであったためがくしきがほうふで、まるがめはんさむらいもおしえをこいにほうもんし、かれらからすうたかしをうけていた。このように、なんきんされていたじだいのとりいは“ようかい”とこんめいされきらわれたぶぎょうじだいとはぎゃくに、まるがめはんしゅうへんのひとびとからはそんけいされかんしゃされていたようである。

1868(めいじもと)ねん10がつ まるがめをしゅっぱつするも「じぶんはしょうぐんいえによってはいながされたのであるからしょうぐんいえからのしゃめんのぶんしょがこないとだめだ」といっってよういにうごかず、まるがめはんをこまらせたという。

1870(めいじ3)ねん きょうりのしゅんふ(げんざいしずおかし)にいじゅう、めいじ5ねんとうきょうにもどる。

  • ばんねんはちじんやきゅうゆうのいえをたずねてむかしばなしをするへいおんなせいかつにあけくれる。

1873(めいじ 6)ねん ぼつ。きょうねん78。

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とりいようくら

とりい ようくら(とりい ようぞう)は、えどじだいまくしん。のちに(ただてる)となのる。 かけい じっぷはだいがくあたまをつとめたばくふじゅしゃのはやしこう(はやし・たいら)(ごう・じゅつさい(じゅっさい))でようくらは3おとこ。はたほんとりいせいじゅん|とりいいちがくせいじゅんのちょうじょとうよのむことしてようつぐことなり、とりいいえ... つづきをよむ

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