にちはすだいせいじんは、「おんぎくでん」 において、なむみょうほうれんげけいのなむについて きみょう とかんやくされていることをあげた うえで、つぎのようにのべられいる。
「かえというのはせきもんふへんしんにょのりにかえするなりいのちとはもとかどずいえんへりしんにょのさとるにいのちくなりきみょうとはなむみょうほうれんげけいこれなり」 おかきp708
ふへんしんにょとは、しんりがふへんてきでへんかすることがないというめんをしめしてます。いっぽう、ずいへりしんにょとは、ふへんてきなしんりがじょうきょうにおうじて、てきせつなあらわれほうをすることです。
ぜんしゃがふへんてきな 「り」であるのにたいして、こうしゃは, りをつかいこなす「さとる」です。
ほけきょうせきもんでは,「しょほうじっそう」 というふへんてきな り がとかれているので、「せきもんふへんしんにょのり」といわれます。
もとかどでは しゃくそんがひとびとをみちびくため、さまざまなすがたをしめし,さまざまなおしえをといたことがのべられているので、「もとかどずいへりしんにょのさとる」とされているとはいされます。
「きみょうとはなむみょうほうれんげけいなり」ーなむみょうほうれんげけいには、せきもん、もとかどのおしえのすべてがふくまれているとおおせです。
いけだめいよかいちょうは、つぎのようにのべています。「ふへんしんにょのり」とは げんそくろんです。「ずいへりしんにょのさとる」とは かちそうぞうです。
げんそくろんがなければ、いいかげんになってくずれてしまう。げんそくろんだけふりまわしては、こうちょくしてしまう。そのりょうほうをけんじできるのが しんじんです。
なむみょうほうれんげけいに「ふへんしんにょのり」と「ずいへりしんにょのさとる」のりょうがわめんがそなわっているゆえに,しょうだいをこんぽんに,じじこっこくとかわってゆくじっせいかつにおうじたほとけのちえをわきたたせて、いっさいにしょうりしていけるのです。
じゃしゅうもん にちはすだいせいじんは「ほけきょうのかなをみながらおいてせめずんばしだんともにむげんじごくうたがいなるべし」(p1056)とぼうほうかしゃくのじっせんのたいせつさをきょうちょうされた。
ぼうほうとは.ひぼうせいほう、すなわちせいほうをひぼうすることをいいます。せいほうとは、ばんにんのじょうぶつをしめしたゆいいつのきょうてんであるほけきょう.そしてまっぽうにおいては.ばんにんのじょうぶつをじつげんするなむみょうほうれんげけいのぶっぽうのことです。ひぼうせいほうは"ばんにんをこうふくになるみちをとざすことになる"ゆえに、むげんじごくにおちるげんいんとなります。
また、ほかのぼうほうをほうちしてせめなければ、どうようにむげんじごくにおちることになります。 むげんじごくとはせいぜん、しごのどちらもなりえます。
だいせいじんは、おかきのずいしょで、"あくとたたかってほとけのきょうがいをひらいていける"とおしえてくださっています。
「ぼうほうのものをついなおするくどくにいってせいしをはなるべきなり」(p68)
「あくをめつするをこうといいぜんをしょうずるをとくというなり」 (p762)
「にんげんをけいせんする」あくにたいしては.せいぎのげんろんでだんことしてたたかうことが、だいせいじんのおこころにかなった、「いっさいしゅじょうのこうふく」をじつげんするなおみちです。
じゃしゅうもん うえぎょうぼさつ
にちはすだいせいじんはそたにどのおへんじのなかで、「(さかいさとるのにほうであるみょうほうれんげけいは)しゃくそんからうえぎょうぼさつへゆずりあたえられたものである」 とのべられいます。
うえぎょうぼさつは、ほけきょうのきょくうかいのぎしきでまっぽうのひろのぶるふをたくされた,ちゆうのぼさつのうえくび(リーダー)です。
ほけきょうけんたからひんだい11からはじまる「きょくうかいのぎしき 」では、"ほとけのめつのちに、だれかがせいほうをひろしめるか"がテーマになります。めつのちにせいほうひろしかよをすすめるしゃくそんにこたえて,さまざまなぼさつたちがひろしおそをちかいますが、しゃくそんは,それをしりぞけ、だいちのかほうから、りっぱないぎとふくとくをそなえたむすうのぼさつをめしだします。これがちゆうのぼさつであり、そのうえくびがうえぎょうぼさつです。
くどうのむかしからこれらのぼさつをかどうしてきた としたしゃくそんは,にょらいひさしりょうひんだい16でくどうみつなりをあきらかし、さらににょらいかみちからひんだい21にいたって、うえぎょうぼさつをはじめとするちゆうのぼさつにみらいのひろのぶるふをたくしました。これがべつふぞく(ほんかふぞく)です。
ほんしょうでは、しゃくそんよりうえぎょうぼさつにみょうほうがふぞくされたことをのべたのち、「にちはすまたにほんこくにしてこのほうもんをひろしむ」と.だいせいじんがうえぎょうぼさつのたちばでみょうほうるふをされていることをあきらかされています。
だいせいじんは、ほんしょういがいにも、おかきのずいしょで"うえぎょうぼさつとしてのおかくしん"をのべられています。
「たたからとうなかにしてにほとけなみざのとき・うえぎょうぼさつにゆずりたまいしだいもくのごじをにちはすそひろめもうすなり、これすなわちうえぎょうぼさつのおつかいか」(p1117)
「うえぎょうぼさつのまっぽうにしゅつげんしてなむみょうほうれんげけいのごじをひろしむべしとけんへたり、しかるにさきにちはすひとりできす」 (p1557)
だいせいじんは、おしょうがいをかけてみょうほうれんげけい をひろしめられました。まさしくうえぎょうぼさつがなすべきみょうほうひろしかよをげんじつのものとされたのです。
たんじょう30ねんをむかえたちゅうごくちほうのほうめんうた「ちゆうのさんか」
このかふしと9・17「とっとりのにち」をそうごんするとっとりそうけんの "しおんのちかい・じんざいかくだいげっかん"9・12〜9・28
30ねんまえのしょうわ53ねん 1978ねんとっとりは、だいいちじしゅうもんじけんのかちゅうにあった。
いけだめいよかいちょうはおかやまからよなごのいどうれっしゃのなかかでみずからすいこうをおもね、7がつ20にち、ほたるまう、とっとり・よなごぶんかかいかんで ちゅうごくほうめんうた、ちゆうのさんかがたんじょうしました。
げっかんではゆうじょうのたいわをかくだいするとっとり「10まんかいたくとうそう」をすいしん。きねんそうかいやざだんかいを かいさいする。
またとっとりのどうしからは、よなごぶんかかいかんの「たいさくくすのき」のしゃしんアルバムがとどけられた。
「ちゆうのさんか」がたんじょうしたおり、そうあたいさんだいのせいしんをえいえんに たたえ、けいしょうしゆくいぎをこめて、どうかいかんに6ほんあるうちごほんそれぞれに「みぎきんくすのき」「さこんくすのき」「まきくちくすのき」「とだくすのき」「いけだくすのき」となづけられた。さいごのいっぽんは30しゅうねんをへて「たいさくくすのき」とめいめいされました。
じゃあくなぼうりゃくのあらしを、しとともにかんぜんとかちこえたとっとりのとも。
たなかそうけんちょう、なかがわふじんぶちょうのけついはかたい。
「どうどうとのびゆくたいさくくすのきのようにとっとりこうぬののしんきろくを。かって、かって、かちまくれ!」
34さいからこうめいとうしょきちょうのあとこうめいとういいんちょう。いいんちょうじだいににおくえんのじゅじゅをじたくでした.いゆるめいでんじけんのかんけいしゃ。ぎいんたいしょくご、せいじひょうろんかとして、ひたすらそうあたいがっかいをひはん、せんげつ、2008・6にがいこくじんきしゃクラブにて そうあたいがっかいのかいかんが、うらせんきょじむしょとうそつき、はつげん。みんしゅとうのおざわいちろう、かんなおと、いしいいち,こくみんしんとうのかめいしずかなどがこっかいでさんこうにんでとラブコール。
ちちおやがきょうどのノイローゼでそうあたいがっかいににゅうかい、きょうとだいがくじだいはにほんきょうさんとうのせいねんぶたいいん。
めいでんこうじけんぜんごからきょうどのがんめんしんけいしつをわずらう、せいどういつだつのほとけばつとおもわれる。
せんじつあのしゅうかんしんちょうにうそ、デマきじをきこう、そうあたいがっかいたにがわふくかいちょうからぎゃくに1100まんえんと、ぜんこくしにしゃざいこうこくをもとめられこくそされる。2008・5・1 そうあたいがっかいをたいかい。そののち、うそはっぴゃく、でそうあたいがっかいとせいねんぶかんぶすうめいをこくそ。そんがいばいしょう5500まんえんをようきゅう。やまざき、にちけん、にちじょ としんこうのこんせきがありそうです。 べんごしはみうらかずよしのかずみさんさつがいでむざいをかちとった、あのひろなかべんごしぐんだんです。 http://www.google.co.jp/gwt/n?guid=on&site=web&eosr=on&q=%E7%9F%A2%E9%87%8E%E7%B5%A2%E4%B9%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6&source=m&start=5&output=xhtml1_0&hl=ja&ei=iIyxSKDgFISA7QOZmt-qAw&ct=res&cd=3&rd=1&u=http%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%25E7%259F%25A2%25E9% やのあややにつげる! さいばんはせいじょうなかんかくではできない、いままでやのをしえんした、しじしゃをうらぎるこういです。なんねんせいじやをしたのでしょうか。せいじやです「いけだせんせいのせいじかとは」 まきくちしょだいかいちょうはろんぶんで.おうぼうなあくとくせいじやとたたかうおざきがくどう
についてげんきゅうされている。 また、とだせんせいも[けんせいのとうし・おざきがくどうをもはんとせよ!]ときびしくしったしておられた。 じだいのせんかくしゃはこうげきされる。これがれきしのつねである。おざきがくどうじしん、くに
ぞくとののしられようが、ひこくみんとなじられようが、だんことしてぐんこくしゅぎとたたかいぬいた[しし]であった。 ししはつよい、ししはひとり、きぜんとたたかう。そうあたいがっかいをだんあつしたあくほう、「ちあんいじほう 」についても .おざきがくどうは「ぜんぱいせよ」と どうどうとこっかいでうったえている。 また1921ねん(たいしょう10ねん)には、ぐんしゅく のけつぎあんをこっかいにていしゅつし.だいえんぜつをいった。 そのとき、かじんのよさのあきこが おざきせんせいは「けんりょくとしてのせいじを」はなれ,「じんどうとしてのせいじ」「げいじゅつとしてのせいじ」にたったせんくしゃであるとしょうさんしました。
やのあややもせいじにたずさわったにんげんならおざきがくどうのようにみんしゅうのためのせいじやでしょうがいしんねんをもちなさい
ばかものです。おんしらずです。がっかいいんがやのあややのおうえんの ためにがっかいのかいかんをしようした。からまつりごときょういっち はてきはずれです。まくまのあいさつはれんごうもしている。がっかいいんがこうめい、じみんとうのこうほをかいかんでかってにおうえんしたら、まつりごときょういっちですって、りっしょうこうせいかい、れいともかいもかってにおうえんしていますけどね。みんしゅとうさんの。 ぶぶんてきまつりごときょうぶんりでまったくもんだいにはなりません。
ぺきんオリンピックのとうじつにロシアぜんたいしゅぎのプーチンが、みなみオセチアとアブハジアのりょうじちしゅうにいまだちあんいじのめいもくでぐんたいをちゅうりゅうさせています。
おうべいのぐんじりょくとロシアとは3ばいいじょうのかくさがあります。グルジアはスターリンのこきょうです。ひにくなものです。べいこくはすでにこっかいにかんたいをはけんしロシアのこっかいかんたいとたいじしています。
http://d.hatena.ne.jp/wikipediamobile/%93%ec%83I%83Z%83%60%83A?sid=9eeee13b9e90499a&guid=on#wp-4
プーチンはじぶんにひはんてきなひとびとをさつがいしています。にっぽんのおざわいちろうはにっぽんのプーチンです、みなさん、おざわみんしゅとうは、うごうのすです。おざわのどくさいせいじになります。 かくへいきをせいぞうしたり、くうぼをつくります。たいへんきけんなせいじやです。おざわいちろうをせいかいからさってもらえることがへいわけんぽうをいじする、さいぜんのほうさくです。