2008-11-23
■「ニセかがくひはん」にたいするごかい
こんねんの1がつにおれはこんなきじをかいた。
でも、ちゃんとせいどくしなかったじぶんのことをたなにあげていうけれど、「ニセかがくひはん」ってことばは、はんようせいのたかいことばで、けっきょくは「ごかい」されたりかいがりゅうつうしてしまうようにおもいますけどね。
さいきん、この「ごかい」についてわだいになっているようですね。
「ニセかがくひはん」についてのりかいがたりないであれこれひはんするのはもちろんもんだいなんだけれど、いっぽう、「ニセかがくひはん」ということばじたいがごかいされやすいことばであるとおれはおもいますね。
ちしきがなくても、それをみればおおよそのことがりかいできることばをしようすべきだとおもうんですよね。でなきゃ、これからもたえまなく「ごかい」ははっせいするとおもいますね。
たとえば「ニセかがくひがいぼうし」とかどうですかね?でもこれだと「ニセかがく」をきょういくげんばにもちこむってけんはいらないんでダメかもしれないけれど、そういうことをもっとみなでちえをだしあってかんがえてみるべきなんじゃないですかね?
2008-11-22
■[れきしとでんせつ]びじょとくび(1)
いまよんでるほん。『おおえどざんこくものがたり』(うじいえかんにん しょういずみしゃ)
「【だいさんしょう】じょうちのはて」におもしろいきじがある。
「おおらかなせい」のえどじだいだが、ふぎをおかしただんじょには、ときにげんだいじんのそうぞうをぜっするようなひげきがまっていた。
その1 ひかりお(こうちょ)ろくねん(いちはちはち〇ねん)ちゅうごくでのできごと。
このねんのろくがつごろ、みずうみきたかんくちちんのにんがちょうこうをながれくだるいちまいのといたにめをうばわれた。といたにししにてつかんをはめられみうごきできぬようくぎづけにされたうつくしいおんながよこたわっていて、おんなのかたわらに、もちがいっったとうせいのつぼとすくなからぬせんがおかれていた。さらにいようだったのは、おんなのまたしたににちをへてこたえがたいふしゅうをはっしているそうりょのなまくびがすえられていたこと。といたにはきさつがはさまれていて、そこにはおんなとそうりょそれぞれのねんれい(ひゃくじゅうきゅうさいとしじゅうにとし)と、もしおんながすでにしぼうしていたらこのせんでひつぎをかってそうってほしいが、ぞんめいならばすくわずにほうちしてはしいむねがしるされていた。
なぜ「おおえどざんこくものがたり」にちゅうごくのはなしがでているかというと「どうようのふうしゅうはわがくににもあったらしい」から。つづけてそのれいをあげている。
その2 たいしょうじゅういちねん、みやたけそとほねちょ『しけいるいさん』にのっているはなし。
その3 めいじじゅうろくねんの『あさのしんぶん』きじ
こうべおきをさおさすものもなくただようしょうふねがあり、そのなかに「さんじゅうさりなるいっこのふじんを、みせききもならぬまでにしばりあげ、わずかにひだりのてのみうごくようになしてがわらにたべものあるは、がしせざるのちゅういにや、そのまえにおとこのせつくびいっこ、だいのうえにのせあり」というのだ。
いやあ、こわいですねえ。
(つづく)
■[れきしとでんせつ]びじょとくび(2)
おそろしいはなしはさらにつづく。
ふりんあいてのなまくびといっしょにおんなをいきながらといたやしょうふねにこうそくしてながすとは……。きょうのかんかくではしんじがたいしわざだが、えどじだいのぶんけんやきろくにも、どうようのきじがいくつかさんけんするのでしょうかいしておこう。
その4 あさくちじゅうしょう『おうむかごなかき』げんろくじゅうにねん(いちろくくく)のきじ
いせほうめんからあつたにながれついたそらほふね(うつぼぶね)にうつくしいみやおんながぼうずのくびとともにのっていて、はつふねのひづけとひゃくにっけいてはろくにあげてもよいとしるしたかきつきがそえられていた。ふねにはにじゅうりょうのきんがおかれていたともいう。ふねにはにじゅうりょうのきんがおかれていたともいう。ちょうこうのといたながしそのままではないか。このふねのことはとうじおおいにわだいになったらしいが、じゅうしょうは「きょせつや」(つくりことだ)ときめつけている。
ちょときになるぶぶんがあるが、それはひとまずおいといてつぎ。
その5 きょうわさんねん(いちはち〇さん)にがつにじゅうふつかのじけん。やだいこうさとし『ひろしさとしずいひつ』より。
それはかおりごう(かおりはこ)のかたちをしたながさごメートルほどのふねで、ガラスはりのてんじょうからなかがすけてみえ、ふなぞこにはいわにあたってもくだけないようてっぱんがはられていた(ずいひつなかにえがかれたずは、まるでこがたのUFOのようである)。ふしぎなふね。しかしせんたいいじょうにひとびとをおどろかせたのは、せんちゅうにいようなじょせいがいたことだ。かぜかわりないしょうをみにつけたかのじょは、ろくじゅうセンチしほうほどのはこをだいじそうにだえていた。
かのじょはいったいなにものか。ころうはこうかいしゃくしたという。「このおんなはばんくにのおうじょで、おっとがありながらふりんをおかしたので、ばつとしてじょうふのくびともどもうみにながされたのだろう。だえているはこのなかみはじょうふのなまくびにちがいない」と。けっきょくこのふねはどうしょりされたのか、ひろしさとしはなにものべていない。ともあれびじょとなまくびがセットになったひょうりゅうぶつが、ふりんのざんこくなけつまつであるというれんそうは、えどじだいのひとびとのかんでもぐゆうされていたようである。
これは、かのゆうめいな「うつろふね」ですね。で、まえにもどってあさくちじゅうしょう『おうむかごなかき』のはなしにも「そらほふね(うつぼぶね)」とある。
さて、これはいったいどうしたことか?
にたようなはなしがたすうあるのだから、かつてそのようなふうしゅうがあったとかんがえるべきか?
そうではなく、にたようなはなしがたすうあるのは、それがしじつではなく「でんせつ」だからなのか?
もちろん、おれはこうしゃをとる。
うつろふねについてはまえにもかいた。
「おぐりはんがん」の「しょうてひめ」もふぎのつみによりろうこしにとじこめられてながされた。
このきじをよんでいちばんのしゅうかくは、えどのざんこくなふうしゅうをしることができたことではなくて、このはなしがにっぽんだけではなくちゅうごくにもそんざいするということをしることができたことでありました。
■[れきしとでんせつ]スーパーマンとももたろう リターンズ
このまえかいた
にとおりすがりのほうから、
スーパーマンのオリジンのもとねたはじゅっかい(しゅつエジプトき)にあるモーセがあかんぼうのときにかわにながされるところなのでは?
というコメントをいただきました。ありがとうございます。
『しゅつエジプトき』によれば、モーセがうまれたとうじ、イスラエルにんがふえすぎることをけねんしたファラオはイスラエルにんのだんじをころすようめいれいした。しゅっしょうのちしばらくかくしてそだてられたが、やがてかくしきれなくなり、あしふねにのせてナイルかわにながされた。そこへファラオのおうじょ(いっせつにはハトシェプストともいわれる)がとおりかかってかれをひろい、みずからひきあげたのでマーシャー(ひきあげる)から「モーセ」となづけた。
なるほどにている。ざっとけんさくしてみた。
まことのりょうしんではなく、ようしとしてむかえてくれたにんげんのようふぼにそだてられたてんが、ユダヤにんなのにエジプトにんのおうじょにひろわれてエジプトおうじとしてそだてられたモーゼ ににていることと、スーパーマンのげんさくしゃ、ジェリー・シーゲルとジョー・シャスターがユダヤにんであることからうまれたせつ。
それと、
⇒ラジオえいがかん:「アメリカにんがだれでもしらないスーパーマンのひみつとは?!」まちやまともひろさん - livedoor Blog(ブログ)
というか、まちやまさんのはなしはポッドキャストできいたおぼえがある。いまのいままでしつねんしていました。
ただし、これはどうも「せつ」であるらしく、ほんとうにそうなのかはほりゅう。かのうせいはたかいとはおもうけれど。
ちなみにこれらのはなしも「うつぼふね」でんせつとどうよう、ちゅうくうののりものでひょうちゃくするはなしなんですよね。まえにもかいたけれどさんぞうほうしもかわにながされてじゅうしょくにひろわれてそだてられた。
あと、どうしてもきになるのは、スーパーマンがももたろう(かぐやひめとかもそうだけれど)とおなじく「こどものいないふうふ」によってそだてられたってところなんですよね。
2008-11-21
■まいにちしんぶんのごほう
⇒まいにちしんぶんのごほう、ミスよりもしんこくなしゃかいぶてきなしゅざいしゅほう - ガしまつうしん
ごほうやネットへのリテラシーふそくよりももんだいなのはそのしゅざいしゅほうです。すでにけされてウェブぎょたくにのこっているまいにちのきじもとじかんたくしゅうげき:じけん6じかんまえにネットかきこみ…はんこうしさに『アクセスのきろくなどからかきこみがなされたパソコンがとくていできるとみられ、そうさほんぶはしんちょうにしらべている』というぶんめんがあります。これは、まいにちほうどう「ネットにはんこうしさ」はごほうというさんけいしんぶんのきじの『かきこみのないようは、さんこうじょうほうとして、そうさとうきょくにもつたえていたという』であきらかなように、きしゃがウィキペディアのかきこみをみつけてけいさつにつたえてきじにしたものです。
きょねん4がつ27ひづけまいにちしんぶんのきじ。
⇒ネットちゅうしょう:みんしゅとう“ひょうてき”10まんけん とちじせんとさんいんほせん−きょうのわだい:MSNまいにちインタラクティブ
とういつちほうせんでこんげつじっしされたとうきょうとちじよとさんいんおきなわせんきょくほけつせんきょをめぐり、それぞれ8にちと22にちのとうひょうびすうじつまえからみんしゅとうやどうとうがしえんしたこうほについて ひぼう(ひぼう)するかきこみがインターネットのけいじばんにしゅうちゅうてきにはりつけられたことがわかった。かきこみはげんざい、けんさくサイトでけいのべやく10まんけんがヒットし、ネットをぶたいとした“ちゅうしょう”としては、かこにれいがないきぼ。たんきかんにはりつけがくりかえされていることから、そしきてきにおこなわれたかのうせいがあるとみて、そうさとうきょくもじょうほうしゅうしゅうにのりだした。
「わかった」→「そうさとうきょくもじょうほうしゅうしゅうにのりだした」、こんかいの「わかった」→「そうさほんぶはしんちょうにしらべている」。おなじパターンでまたやらかしたってことですね。
あのときつられたにんはおおかった。で、とうじおれがかいたきじ。
⇒まいにちしんぶん【ネットしゅざいはん】のきになるきじについて
■「じぶんのあたまではんだんする」
⇒ぎじかがくやオカルト… なぜ、だまされるのか? (1/3ページ) - MSNさんけいニュース
「あのにんのいうことだから、ほんとうだろう」というしゅたいせいのほうきも、みずからのこころをだますこういだ。「じぶんのめでしっかりたしかめ、じぶんのあたまではんだんするしゅうかんを」とよびかける。
そもそも「じぶんのあたまではんだんする」とはいったいどういうことなのか?ぎじかがくやオカルトをしんじるのも「じぶんのあたまではんだん」したことではないのか?「じぶんのめでしっかりたしかめ、じぶんのあたまではんだん」したら、たいようはちきゅうのまわりをまわっているようにおもえる、ちきゅうがたいようのまわりをまわっているなんてことはがにしんじがたいし。
「ささいなことでも、『なぜ』といしきてきにといなおしてほしい。そのはいけいにはかならずりゆうがあるのだから」
「ふこうにおちいると、そのげんいんをれいにもとめる」のは「『なぜ』といしきてきにといなおし」たからではないのか?といなおさなければ、たんにじぶんはふこうだとおもうだけでしょう。
スプーンまげができるのならば、どうしてきんぞくかこうぎじゅつとしてやくたてないのか。そんなのうりょくをもったにんをせいさんラインにずらりとならべれば、つぎつぎときんぞくかこうがほどこされ、たちまちせいひんができあがる。
そうすればよいのに、だれもがまちがったはんだんをしていているのでじっこうされていないのかもしれませんね。「じぶんのめでしっかりたしかめ、じぶんのあたまではんだんする」ためには、たにんのはんだんをうのみにせず、じっさいにじぶんでしざいをとうじて、ちょうのうりょくによるきんぞくかこうのせいさんラインをつくってみてたしかめてみるべきですよね。
…ってそうじゃありませんよね、あんざいいくろうせんせい。
