2008-10-13
■アンマンからペトラいせきへ、JETTバスでひがえりする@ヨルダン
ぼくがペトラいせきへいったのは、エジプトからヨルダン、イスラエル、シリアとちゅうきんとうをきたかみして、トルコへいるとちゅう。
1988ねん8がつ14にちのことだ。
エジプトのヌエイバから、アカバわんをフェリーでわたって、アカバで1はく。
いっしょだったフランスにんのこづれびじょから「いっしょにペトラへいかない?」とさそわれた。
が、よくちょうとっとと、アンマンへとむかった。
アンマンでやどをきめて、ひがえりでペトラのいせきへむかう(おうふくのバスきっぷ6JDはきのうかっていた)。
JETTバスのあさ6とき40ふんはつにのると、とちゅうでちょっときゅうそくがあって、とうちゃくがごぜん10じはん、つまり4じかんかかった。
ペトラいせきのにゅうじょうりょうは1JD(1ヨルダンディナール=360えん)だったが、そのあとかなりこうがくになったらしいよ♪
2000ねんでついたちにゅうじょうりょうが20JD(3400えん)!、だそうだけどね(わらい)。
これは、2300ねんまえのいせきだって。
ペトラのいせきは、いりぐちからうまにのっていくにんもおおく、こえをかけてさそわれる。
ケチなせかいりょこうものはながねんのしんしょくがつくりだした"シク"とよばれるほそながいたにを、1にんであるいていく。
りょうがわからだんがいがせまったこまいみちをかなり(30わくらい)あるくと、とつぜんめのまえがひらけて、しんでん(エル・ハズネ)がしゅつげんする。
これはかなりかんどうてきだが、ぼくはまったくじょうほうをもってなかったので、ほかのにんの3ばいくらいおどろいたかな。
そのあとはいわやまにかこまれたペトラのいせきがひろがる。
ぼくはいせきなかをあるいてあるいてあるきまわって、かなりやまのうえまでのぼったら、そこでまたひっそりとしたしんでんをみつける。
かみはせかいりょこうものをまねいて、けいじをあたえてくれました(これは、ヒ・ミ・ツね)。
このあるいたところが、ED-DEIRというところ。
のぼるのに45ふん、おりるのに30わかかった。
ペトラからのかえりのバスで、ユーゴにんのわかものとあって、いろいろはなしをしたよ。
かれはこれからエジプトへいき、ぼくはトルコへいくので、ちょうどすれちがったというわけだった。
そののちたびをつづけて、ヨーロッパへいっった。
コペンハーゲンからオスロへのやこうれっしゃのクシェットでイスラエルにんのカップルといっしょになった。
イスラエルにんが、「イスラエルからペトラのいせきをみにいって、かえってこなかったともだちがいるんだけど、あわなかったか?10ねんまえだけどさ」ときいてきたよ。
イスラエルにんはもちろん、そのころヨルダンへはにゅうこくできなかった。
わかもののかんではこっそりとペトラのいせきをみてくるのがりゅうこうしたらしい。
それでそのままかえってこなかったにんもおおかったんだってさ。
【りょこうてつがく】いせきをみて、どんなでんせつをつくれるかがだいじね。
【さんこう】
ペトラのいせきは、「インディジョーンズ・さいごのせいせん」のぶたいになったのでゆうめいらしいよ。
もちろんぼくはこのえいがをみたが、それがせかいいっしゅうなかのなんべいチリのしゅとサンティアゴだった。
ところがぼくはつかれていて、(また、このえいがはたいしておもしろくなかったので)とちゅうでねてしまったんだ。















