yukino77のしょうりゅうにっき〜ほうえとかやきゅうとかけいばとかいろいろ〜 このページをアンテナについか RSSフィード

2008-09-22 にんきのシャチ「クー」のし

[] なごやみなとすいぞくかんシャチ「クー」しす

  • はくりょくあるずうたいから、けんこたえのあるショーがにんき

なごやみなとすいぞくかんでにんきをはくしていた

シャチの「クー」がしんでしまいましたね。

すこしぜんからびょうきにりっており、

ショーはおやすみしていたとのことです。

わたしがさいごにクーをみたのは、もういちねんうわまえでしょうか。

なごやみなとすいぞくかんでは、あたまがよくてげいをしこみやすく

すいぞくかんのにんきもの・イルカのショーのほかに、

シャチのクーのショーもかいさいしていました。

シャチイルカよりも、はるかにおおきなずうたいながら

イルカとおなじように、ジャンプチャレンジしたりして、

あたまのよさ・うんどうしんけいのたかさをみせていましたね。

からだがおおきいので、ぜんぽうのえんぎだいにジャンプしてのるときは

かんきゃくせきのぜんれつがわには、みずしぶきがとんだりしていましたけど、

それもまたにんきだったことをおぼえています。

ずうたいがおおきいだけに、クーがみせるげいにははくりょくがありましたね。

シャチ(クー)がイルカとちがっていたところとしては、

たしょうきまぐれなところがあったのかな、とおもいます。

イルカとはちがって、きぶんがのらないと、

あまりげいをみせてくれなかったりしたこともありました。

しかし、そのようなところも

ぎゃくにほほえましかったような、そんなかんがありました。

  • げいがストレスとなって、はやじににしたかのうせいも‥?

なごやといえば、なごやじょうのきんシャチがゆうめいであり、

またサッカーの「なごやグランパスエイト」の

グランパス」はシャチいみですね。

さいしょになごやみなとすいぞくかんシャチをみたときには、

しろとくろのがいけんが、グランパスマスコット

そっくりだな」とおもったりして‥(わらい)

そんな、なごやひとたちにとっては

したしみのあるそんざいシャチのし、さびしいですよね。

ただきになるのは、シャチへいきんじゅみょうよりも

だいぶはやじににだったそうですね‥

すいぞくかんでげいをしこまれたりしたことが、

クーにとってストレスとなってしまい、

そのけっか、はやじににつながってしまったりしたとすれば、

しょうしょうせつないですよねぇ‥

もっとも、もともとシャチのじんこうしいくはむずかしいようで、

クーといっしょのタイミングでほかくされた

ほかのシャチも、すでにみななくなっているそうですが。

[][]  「いきかた にんげんとしていちばんたいせつなこと」(はてなねんかん100さつどくしょクラブ 53/100)

いきかた―にんげんとしていちばんたいせつなこと

いきかた―にんげんとしていちばんたいせつなこと

きょうせらいなもりかずお・げんめいよかいちょうのかかれた

いきかたろん」のほんですね。

けいざいにんがかかれたじでんのようなほんでは、

ふつうは、サラリーマンとしてのありほうや、

しごとにたいするかんがえかたにたいするきづきがおおかったりします。

かしこのほんでは、よみすすめるにつれて、

にんげんとしてのいきかた・ありほうを

あらためてさいこうさせられるような、

そんなないようにしあがっています。

このほんは、「おもいをじつげんさせる」・「げんりげんそくからかんがえる」

「こころをみがきたかめる」・「りたのこころでいきる」・

うちゅうのながれとちょうわする」

いじょうのいつつのしょうからなっていますね。

じょうきのしょうをみても、ビジネスほんというよりは

しんりがくてつがくけいのないようってかんじがしますよね‥(^^;)

ちょしゃはけいざいにんとしてせいこうをおさめています。

しかし、かねもうけいっぺんとうではなく、

しゃかいにやくだつ」というしんねんをもって

「どしんけんに」しごとにとりくんでいます。

そしてもうけたりえきしゃかいかんげんするなど、

にんげんとしてできあがった、ひじょうにすばらしいしせいですね。

「ぼうおのれりた」(じぶんのことはわすれて、たにんにやくにたつことをする)

というせいしんをだいじにしておられるそうです。

このほんを、「ぼうほかりこ」のだいひょうのような

ホリエモンことほりえたかふみしやむらかみファンドむらかみよあきらだいひょう、

グッドウィルグループおりくちまさひろしあたりに、

ぜひよんでもらいたいってかんじがしました‥(わらい)

この「ぼうおのれりた」は、てんだいしゅうせいしんだそうですが、

ほんしょはぜんたいてきにどことなくしゅうきょうチックなかんもうかがえます。

じじついなもりさんはぶつもんにいっっていますし、

かくれねんぶつ」や「ろくなみらみつ」といったないようもでてきますね。

ただ、うさんくさいとかおしつけがましいといったことはぜんぜんなく、

すんなりとよみすすめていくことができます。

また、さいきんにほんじんがわすれてしまったといわれている、

うつくしいこころのもちかたがだいじである、

というのはなっとくさせられました。

このほんをよんで、「あたりまえのこと」だとはおもえず、

「いなもりさんはすごいな」とおもってしまいましたから。

わたしも、このほんにかかれているような、

うつくしいこころのもちかたをわすれてしまっていたんだなぁ‥と。

まぁ、もともともちあわせていなかったのかもしれませんが(わらい)

  • じぶんも「ありとく」をめざしていきたいですね

また、にっぽんは「とみこくゆうとく」をめざすべきであると

かかれていましたけど、「とみくに」はともかく

「ありとく」は、こじんてきにもめざしたいところですね。

わたしも、「ありがとう」や「ごめんなさい」ということば

すんなりとでてくるような、そんなにんになりたいな、

とおもったりしました。さいきん、ぶっそうなじけんがおきたり、

またせちつらくなったりしていて、

ありとくはますますとおくなっているようなけいこうにあります。

しかし、このほんをよんでいて、

「にんとして、たましいやこころをたかめること」のじゅうようさを

あらためてじっかんしたおもいでした。

そういえば、がっこうではじかんわりに「どうとく」の

じかんこそありましたけど、うんどうかいのれんしゅうなどに

りんきおうへんにさしかえられてしまい(わらい)

どうとくのじゅぎょうをうけたかいすうというのは、

あまりおおくなかったなぁ‥とおもったりしました。

こんなじだいだからこそ、「こころのせいちょう」をもくひょうにして、

どうとくきょういくにとりくむべきではないでしょうか。

www.learn-japan.org(romaji/hira/kata/hirakata)